「評価基準を決めて活動するチームなんて、うちの会社にはない。」


という経営者も多いことと思います。


従業員に難しすぎることを要求していませんか?




「従業員は、経営者の気持ちを理解してくれない。」と、経営者のぼやきを聞きますが、


諦めてください。




使用者となることを目標としている人は、経営者の気持ちなど理解したくないのです。


経営者になりたい使用者についても、現状のメリットを捨て去ることはなかなか難しいです。




ぼやいている経営者の方には、次のようにアドバイスしています。


「誰でも考えることなく、仕事ができる仕組みを経営者が作ってください。」と。


例えば、マクドナルドのマニュアルです。




つまり、経営者の気持ちを分からなくても、


勝手に行動できる方法を作るのです。




世の中、指示がなければ動かぬ人が多いのです。


そのような状況下では、考える隙を与えないマニュアル方式が喜ばれます。




目標を達成するのが組織ならば、チームとなることが必要です。


チームは、グループとは違います。




チームが目標を達成するには、チーム自身が評価基準を決めることが重要です。


管理者が指定した評価基準を強制しても、動機付けが薄く、チームが達成するための工夫をするのが困難になるからです。


誰かに強制されると、誰でも評価基準を達成することの意義を感じることができないものです。




マネジメントは、次の事についてチームと事前に申し合わせておく必要があります。


①評価指標と経営戦略との整合性。


②修正等の介入を行うこと。


③マネジメントが介入する状況やタイミング。




ルールが決まれば、皆、ゲームを楽しむことができます。





会社の機関において、株主は投資家であり、経営者は業務を執行(実行)する人です。


株主は、経営者に委任をするのなら、


少なくとも委任期間終了までに、


①どのような目的をもって、でどんなことをするのか?


②1年毎にどのような実績を残すのか?


③実績が残せない場合、どうするのか?


くらいは、打合せる必要があるでしょう。




小生が見る限りにおいて、何も決めずに、委任関係を発生させると、お互いに必ず後悔します。




例えば、


「あの経営者は、会社に赤字にして、私達の投資したお金を無駄に使った。」


「あの株主は、あんなに献身的に事業を運営したのに全然分かってくれない。」


という風にです。




経営と所有を分けるなら、経営者とオーナーはいつまでにどうなるか十分に検討してから行うと、人間関係を崩さずにすみます。






企業の売上を増やすのは、技術だと考えられています。


しかし、技術は可能性を示すに過ぎません。


技術そのものではなく、技術をどう使うかが課題です。


可能性を顕在化するのは、イノベーションを意識したマーケティングです。




顧客から見れば、


「今、求めているもの」、


「将来的に必要としているもの」、


「潜在的に期待しているもの」


にしか関心をもちません。




つまり、顧客が求めるのは、技術でもなく、御社の製品でもなく、もちろん御社でもないのです。


顧客の期待、行動、価値観が何なのかが重要なのです。




インベンションとは発明であり、イノベーションとは、将来の予測による既存技術の根本的改良のことです。



製造業では、一定期間ごとに大きな波があります。


例えば、電気器具なら三年で一区切りとなるでしょう。


三年経つと全く売れない製品は出てきます。


その時、乗り切ることができるか否かで会社(中小企業では経営者)の実力が試されます。




製造業として生き残る欠かせないのが、製品開発です。


長期的には、コア技術から派生するインベンションとマーケットとの組み合わせの検討、


中期的には顧客志向性を予測したイノベーション(技術革新)が重要になります。




開発におけるインベンションとイノベーションの相違点を示すと次のようになります。


インベンションは、自社のコア技術開発に際して、偶発的に発生するすることが多いのです。


例えば、鉄鋼業に不要であった形状記憶合金の金属性質が新たな商品として見直されたのは、これに当たるでしょう。



一方、イノベーションは、顧客の嗜好性などから計画的に開発していくことになります。


ハードディスクが市場にニーズに沿って、14、8、5.25、3.5インチと小さくなっていったのは、これにあたります。


顧客、技術の情報収集、分析がキーポイントとなります。



このイノベーションの考え方は、サービス業にも応用ができます。




ある企業の男性経営者は、


社内トラブルの話しをするために、よく近くの喫茶店に行くそうです。


狭い社内で話しをするより、外で話しをした方が、緊張もほぐれてじっくり話しができるからです。


しかし、よく行く近隣の喫茶店。



かわるがわる女性を連れ、泣いている女性も多い。


喫茶店の人に


「この男性、女性にだらしない人なのかなあ」


と思われていないか、うしろめたい気持ちになるそうです。



同情します。。。



税金が無駄に使われたとマスコミが騒ぎます。


マスコミに問う。


無駄であったか、有効であったかの検証なしに何故騒ぐ。


有効であったことの検証なしに、公共投資が無駄だと決めるのは何故か?


一農家に行って、一時点の感想を聞くことがそんなに重要なのでしょうか。




景気が回復せず、企業の将来投資が差し控えられ、財務改善の為に借入を返済している中では、低金利によって投資を促しても、効果がないと言う仮説が成り立ちます。


国を破綻、或いは破綻が大げさであれば衰弱させないため、景気を回復策として公共投資を実施するために、予算の確保は必要になるでしょう。




使用しない設備に投資しろとも言いません。


社会保険庁、公共投資に関わる不祥事などで、「私達のお金が無駄に使われている」と言うことを見逃せとはいいません。


しかし、無駄使いと政策投資の議論は同じ土俵でして良いものでしょうか。




本質的な議論をせずに、「借金は悪だ、公共投資も反対」という、ヒステリックな感情論の展開は如何なものか。





よく、「子供たちの未来に借金を残すな」と聞きます。


例えば、前長野県知事の田中康夫氏も250兆円を超える国の借金を子供たちに残すなと言います。

国の借金は、国債等で賄われます。




国債を所有者は誰でしょう。


日銀によると、政府等が40%(うち20%が郵貯・簡保)、市中金融機関が30%、他。家計はわずが2%に過ぎません(平成15年)。


個人は、銀行等を通じて間接的に国債を持たされていることになります。


どうやら、国債の内訳を見ると、”今の大人や企業が、今の借金を賄っている”ようです。


「子供たちの云々」は、論理が飛躍してないでしょうか。





持分会社には3つの形態があります。


合名会社、合資会社、合同会社です。




合名会社は、無限責任社員(無限に責任を負う)により出資を受け、業務執行される会社です。


合資会社は、無限責任社員と有限責任社員(出資の価格を限度とする)により出資を受け、業務執行される会社です。


合同会社は、有限責任社員(出資の価格を限度とする)により出資を受け、業務執行される会社です。


つまり、持分会社は、出資者が事業の運営を営むことになります。


いわゆる、経営と所有が分離していない形態です。


株式会社のように、出資者が取締役に業務執行を委任する形態とは異なります。




中小企業のほとんどは、株主が出資して、その会社の社長となっています。


実態からみると、世の中は合同会社の形態をとっていると言えるでしょう。




通常、中小企業が銀行から融資を受けるときには、少なくとも社長は、連帯保証人にされます。


これは、何を意味するかというと、


あなたの会社は株式会社として、債権者を保護してくれそうもないから、合名会社(合資会社)としてなら融資しますよ。


ということに他ならない。




そのため、債権者にとっては、会社の内容よりも社員の資力が重要となります。


銀行が、会社に融資するとき、「会社ではなく、社長に金を貸すんだ」といわれる所以は、ここにあります。




言い換えると、会社としての信用力がないこと(会社に対する合理的な判断材料がないこと)が最大の理由でしょう。


(中には、金貸しとしての審査能力がないというご意見もあるでしょう)



蛇足ですが、合名会社の社員として債権を取り立てられるより、連帯保証人の方が債務に対する責任は重くなります。

つまり、合名会社の社員(出資者)場合、


「会社が払える余力があるから会社に先に払ってくれ」とか、


「会社に払わない理由があるなら、同じ理由で払わない」とか2次的に債務を負うのに対して、


連帯保証は問答無用で取り立てられてしまいます。








徳川5代将軍綱吉は凡庸の小人であった。


柳沢吉保が意のままに動かされ、浅野内匠頭長矩が、吉良上野介義央を刃傷したことを閣議もせず、吉保の意見に従って53000石没収の上、切腹を申し付けた。


また、悪僧亮賢に言われた通り、生類憐れみの令を下し、人民を処罰した。



人と交わる以上、相手の人物が君子か小人かを見分けることは重要です。



腹を切って上司を諫めるのは、無駄死になります。



上司が小人なら、コントロールして仕えるべきか、脱藩するか、よく考えましょう。




「縁無き衆生は度し難し」(釈迦)



処世と流儀が異なれば、意見を述べても無駄な努力に終わる。


効果のない人には、諫言苦言を述べず黙殺するのが無難です。