新会社法に関しては、


従来に比べて債権者保護の影が薄くなったと感じます。


しかし、これまで長期間にわたり、債権者保護は、手厚すぎた気がします。



戦後の間接金融を中心とした経済成長政策が、法の面でも終わりを告げ、


本格的な自由市場政策への転換期に入ったのでしょうか。



来年早々には、


子会社が他社を吸収合併する際、吸収する会社の株や現金を渡すことなく、


親会社の株を株主渡すことで、買収が可能となる三角合併が可能となります。


経営課題の質はこれまでと、少々変わってきそうです。



組織相手の交渉は、


相手組織の担当者、担当者の上司、経営者が1枚岩でない場合がおうおうとしてある。


相手組織の交渉相手のポジションによって、それぞれ立場に応じた反応が返ってくる。


よく相手を調べてから交渉すると、結果が大きく変わることでしょう。





昔、


「お天道様が見ているよ。悪いことはしちゃいけないよ。」


って、言われませんでした?



「これは、悪いことかも知れない」


と、思いながらイタズラすると、


見つかって、よく見知らぬおじさんに叱られました。


小生が子供の頃は、大人が恐かった記憶があります。



誰かが、注意して、注意されたら、改める。


社会生活を豊かに生きるための智恵が、消失しています。



自分の子供の躾すらできない大人。


自分の子供が叱られると、眉をしかめる大人。

さらに、自分に躾ができていない大人。




大人が叱らなくなって、子供は育ちました。


年寄りがいても、電車の優先席で、携帯をいじりながら寝そべる若者。。。


同じく、優先席で通話する60過ぎのおじさん。




自分の怠慢も含めて、教育を疎かにしたつけが、まわってきたな、


と感じます。






和歌山県の知事が逮捕されました。


地方行政や建設業を知らない人は、どうして、そんなことをするのかと思われることでしょう。



以前、和歌山にいたことがあります。


「知事選は、建設業者の生き残りがかかっている」


と聞きました。


つまり、勝った知事を応援した、建設業者が、知事の任期中の仕事をもらえるのです。


負けた知事を応援した建設業者は、その間、仕事が来なくなり、倒産することもあります。



この問題点は、システムにあります。


今回の事件では、中立であるはずの役所が大きく関与していました。


役所の監査システムが機能していないことが問題の1つでしょう。



個人がなんでも出来てしまうシステムは、個人に責任を追求することになります。


結局、和歌山では、出納長が自殺してしまいました。




日本人は、村単位の社会を形成します。


村には村の決まりがあります。


そして、いつの間にか、他の村人には理解できない決まりまでできています。



小生は、幼児期に田舎から田舎を転々としましたから、感覚的に身にしみています。


田舎には、不文律があって、何も言わなくても分かりあえる、暮らしやすさの反面、


一定の価値観しか受け入れない、田舎の決まりがあることを。



その村で生きることを「よし」とするか、否か、


個人の選択肢だと思います。





某銀行で


女性向け住宅ローンの取扱を強化しているようです。



でも、その銀行のローン保証会社が、、


少なくとも、6年前には、


女性の住宅ローン申込に対して、


「経験則上、女性への住宅ローンは、焦げ付く可能性が高い」という理由で(女性への貸付は焦げ付く可能性が高いというのは、小生は懐疑的です)、


ローン申込を否決したことを小生は知っています(もちろん借入申込者本人には理由は伝えません)。



現場は、保証会社は、銀行に対して保証をする立場上、


仮に銀行本体がやりたいと思っても、しわ寄せは、必ず保証会社にいくため、


これまでの姿勢を崩すことはなく、おいそれと保証はしないでしょう。




これから、現場は、大変でしょうなあ。


経営陣は、現場に無知なんだよ。

頑張れ銀行員。




私の知り合いの中学生は、学校でノートをとらないそうです。


「どうして」と聞くと


「書かなくても、頭に入っているから」


と答えるそうです。


羨ましい。。。



スポーツで最近話題の松坂大輔選手。


交渉権に60億円が提示されています。


高額ですね。




転職の才能がある友人がいます。


彼は、レジュメを出すことはないそうです。


過去の実績と経験を上手く説明し、自分を売り込んでいます。




才能もイロイロです。





「はつかねずみと小鳥と腸づめの話」『グリム童話集』(ウィキペディア)



あるところにねずみ、鳥そして腸づめが幸せに暮らしていた。


鳥は森にたきぎを集めに、ねずみは水を運び火を炊き食卓の用意をし、腸づめが料理をしていた。


あるとき、鳥が他の鳥と出会いそんな生活はばかげているという。鳥だけが苦労しているというのだ。



その結果、鳥は生活を変えることを提案し、鳥が水を運び、ねずみが料理をし、腸づめがたきぎをあつめることになる。


腸づめは早速森にたきぎを集めに出かけるが、なかなか帰ってこない。心配になった鳥は森へ探しに行くと一匹の犬を見つける。


その犬は腸づめを良い獲物たと思い、殺していた。


小鳥は犬に文句を言うが犬は嘘をつき言い逃れをする。



仕方なくうちに戻りねずみに全て話し、これからはふたりで頑張ろうと誓う。


その後ねずみはお膳立てを始める。


先に腸づめがしていた様に鍋の中に入りシチューに味付けしようとする。


しかしねずみには耐えられず、命を落としてしまう。


ねずみが見当たらないことに驚いた鳥は持っていた薪を投げ飛ばす。


すると薪が火の中に飛び込み、火事が発生する。鳥はあわてて井戸に行き水を汲もうとするが手がすべり、つるべごと井戸の中に落ちてしまい溺れ死んでしまう。




人には自分に合った役割があり、それを無視して慣れぬ事をしようとすると悲劇的な事になる、といった教訓的な話だそうです。


自分に合った役割とは、なかなか難しい。




小生にも、自分の役割が何か未だにわかりません。


同世代の友人と話すと、「今の仕事が天職」とか「自分にはこれしかない」とかと言う話しをほとんど聞かない。


小生が育った学校教育制度では、標準的な人間を育成することが求められていたのではないだろうか。


大量生産システムに必要な能力である、均質的な価値観や能力の向上です。


今の教育のように、個性ではなく、協調性を重視された。


因みに、小生は、ひいきにしてくれた先生でさえ、協調性がないと言うほど、割と変わり者でありました。



小生の世代の友人たちと話しをすると、


何となく、何でも出来てしまうから、今の仕事をしていると言う人が多いのです。


不器用な人の方が、却って天職を見つけ出し、幸せそうです。


皮肉ですね。




『星の王子さま』アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(ウィキペディアより)


泣いている王子のところに、キツネが現れる。


悲しさを紛らわせるために遊んで欲しいと頼む王子に、仲良くならないと遊べない、とキツネは言う。


キツネによれば、「仲良くなる」とは、あるものを他の同じようなものとは違う特別なものだと考えること、あるものに対して他よりもずっと時間をかけ、何かを見るにつけそれをよすがに思い出すようになることだという。


これを聞いた王子は、いくらほかにたくさんのバラがあろうとも、自分が美しいと思い精一杯の世話をしたバラはやはり愛おしく、自分にとって一番のバラなのだと悟る。


キツネと別れるときになり、王子は自分がキツネと「仲良く」なっていたことに気付く。


別れの悲しさを前に「相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった」と思う王子に、「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出せるなら、仲良くなった事は決して無駄なこと、悪い事ではなかった」とキツネは答える。


別れ際、王子は「大切なものは、目に見えない」という「秘密」をキツネから教えられる。





愛とは何でしょう?


童話のように、時間で愛をはかるなら、家族への愛が深いことになるのでしょう。



親はあなたに見返りも求めて育てただろうか。


あなたは、親や配偶者に何回感謝して、何度ありがとうと言っただろうか。



受ける愛も与える愛も共通して無条件です。


受けた人に返すものでもなければ、与えた人から返してもらうものでもない。



生きているうちに自然に愛は、もらったり、与えたりするものなのでしょう。




ほんの少し心があたたかくなりませんか。





特殊法人の某放送局のTV番組で、国策としてイノベーションを進めると、格差社会になると、話が進められていました。


また、「格差を広げるな」と「格差はやむを得ない」や、


「福祉」、「消費者購買力」の話しで、議論を交わしたりしていました。


有名大学の大学教授などが、難しい話をしています。


内容が良く分からず、感情論に引き入れようとする司会が議論を進行していきます。



「イノベーション」=「技術開発」が前提で、話しが進められています。


ある大学教授が「シュンペーターによると、馬車から鉄道に技術革新が進んだとき、馬車を使える人と使えない人で格差が生じた云々」と説明します。




でも、シュンペーターはイノベーションは、テクノロジー分野の技術革新だけが、イノベーションとは言ってませn。


シュンペーターは、イノベーションを、「製品、生産方式、市場、生産要素、組織について、革新されたもの」としています。


パソコンを使える人と使えない人で格差が生じるなどと言う、単純な議論をすべきではないと感じます。



例えば、パソコンが普及すると、パソコン利用者に向けて書籍に関わる産業に新しい需要ができ、


新しい需要に応えられる産業は、復興し、そうでない産業は、衰退します。


新しい産業は、古い産業の労働者を吸収するから、マクロ的に見て、マイナスにならず、プラスに作用してきている、


過去においても、イノベーションで国が破綻することもないし、国民が飢えたこともないでしょう。



むしろ、イノベーションは常に発生しているので、逆にイノベーションしないという議論が虚しいと思います。



さらに、もう1つ。


アメリカ西部開拓時代に、金鉱堀りが大流行しました。


当時の金鉱堀り産業は衰退しました。


しかし、当時から生き残った業種があります。


リーバイス等のジーンズです。


つまり、周辺産業も無視できないということです。



一小市民としては、市民向けに放送するなら、政治的ディベートで終始せず、イノベーションが何で、どんな効果を及ぼすか、よく踏まえて議論して欲しいものだと思います。






授業参観で、小学生の体育を見ました。



まず、なわとび。


「50回跳んで」と先生が回数を指示します。


すると、適当にごまかす子、


終わってもまだ跳んでる子、


わざと転んで、おどける子


と、様々です。


皆、個性が強いです。




次に、バスケットボール


全般的な特徴として、概して運動能力の高い子は、センター(ゴール下でリバウンド処理)兼ポイントガードを担当していました。


このポジションを担当する子は、リーダーです。

次に身体能力の高い子はフォワードを担当しています。


残りの子は、なんとなく、居るといった感じです。




負け組と勝ち組には次のような特徴がありました。


負け組は、ボールが来ると群がり、右往左往してます。


一方、勝ち組は、チームのポジションを見ながら、コート上に分散しています。


さらに、身体能力の高い子が3人以上いると、勝つ確率が相当高くなります。




企業組織の縮図とよく似ています。


もちろん、小学生の体育の方が数段単純で分かりすくなっていますが。。。