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iOS7 Update Trouble

さて、UIが変わりいろいろ賛否のあるIOS7であるが、(しかしアメブロのこの新エディタも使いづらいな、文字サイズを変えても変更した文字サイズが表示されないし。IE10を使用中)配布されて一週間も経過したのでそろそろ良いだろうと思ってアップデートしたらトラブルになった。

環境
・iPhone4S
・iOS6の最終版からiOS7.0.2へアップデート

具体的に症状は
1)アップデート作業中にiCloudのパスワード要求があるのだが、正しい物を入力しても受け付けない(新しい利用条件が表示されるはずが表示されないのでパスワード設定されていないようだ)。
2)とりあえず迂回してアップデート作業を終えるが、iCloudが無効化されて設定できない。
3)ITunes & App StoreのApple IDも変更できないしパスワード設定も出来ない。
という困った事態に陥った。

まあ、一週間もたっているので誰か同じ症状の人が居るだろう、ということでググってみた。いくつかの場合はPC側のパスワード再設定で乗り切っていたがそれはしたくない(iCloudを使用している複数デバイスがあるから)。そういうわけで少し探してみたらあった(ここ)。

リンク先では機能制限の解除だけで直ったようにも読み取れるが、自分はそうではなかったのでもう少し詳細を書く。

手順
1)[設定]-[一般]-[機能制限]で機能制限の解除をする(要パスコード)。
2)[設定]-[iTunes&App Store ]でApple IDをタップし、適当な(ダミーの)IDとパスワードを入れる。
3)当然入るわけがないので今度は本物のIDとパスワードを入れる。
4)通ったら[設定]-[iCloud](今度は有効化されているはず)でIDとパスワードを設定する。
5)問題なければ(今度は)新しい利用条件が表示されるので許諾する。
6)機能制限を元に戻す。

これで元通りになった。手順2は本来不要なものであるがなぜか一発ではIDが通らなかったので入れてみた手順だ。機能制限にはApple IDに関連した制限機能があるのでこれを設定しているとアップデート作業と干渉し合うようだ。おそらくアップデート作業の検証ミスだろう。

想像するに、機能制限がかかっているとApple IDの再設定が出来ない(そもそも機能制限にはそういう機能がある)からアップデート時に正しく動かないし、アップデート作業中に(機能制限の如何に関わらず)AppleIDの再設定が出来るようにするとそこはセキュリティ上の穴になる、という二律背反な仕様なのだろう。本来ならユーザに周知しておく問題だが。

ダミーIDの問題は何か他にも(おそらくは些細な)問題があることを示唆しているようだ。多分データ構造なり手順なりにタコな部分があるのだろう。

まとめ
1)機能制限をしておくと、アップデート作業後いろいろ問題が起きる可能性がある。
2)対応できないiCloudのパスワード要求は迂回してもアップデート作業には問題ない。
3)アップデート作業後に機能制限を解除して対応できる(具体的な手順は上述)。
4)この問題はセキュリティがらみくさいので、今後アップデート作業時は機能制限を解除しておく方が吉。

追記
しかしこの新エディタもできが今ひとつ。この文章を書くだけで3回もバグ(らしきもの)を見つけた。
1)ある文字サイズで書いて、一部(というか大部分)を選択して文字サイズを(ある程度)大きくすると後半が欠落する。多分、文字サイズとそれまでのデータ表示領域の関連でデータがこぼれても気にしない仕様になっている。まあ、仕様と言うよりバグだ。自動でリサイズしない表示領域は(内部で)前もって余裕を持たせてからデータを放り込んでサイズ調節するものだ。
2)Firefox24.0とATOK2013の組み合わせだとそもそも日本語が入力されない。だからこの文章はIE10で書いている。
3)リンクを含む文字列部分の文字サイズ変更をするとリンクが欠落する場合がある。

2013.9.30追記
誤字間違いにスグ気がついたのでその部分を修正。

人生は金だ、というもう一つの話

通常イメージされる「人生は金だ」という台詞とは別のお話です。


人生に価値はあるのか?というまあ普通の十代が考えるようなことを遙か昔に考えて、結論として「価値はない」というところに自分としては落ち着いたわけですが、まあその言葉も結構誤解が生じやすいし、うまいたとえも見つからず放置してきた(大人はわざわざそんなこと言わない)のですが「まあ言って(書いて)おいても良いかな」ぐらいに達観してきたので書き残しておこうかと。


とりあえず誤解を受けやすいのでここでの「金」(かね)とは何かをはっきりさせておきましょう。


とりあえず「金」とよく似た二つの言葉「通貨」、「貨幣」のこの文中での使い分けから。貨幣とは実態(つまり物としての形)をもったもので今では通常、紙幣か硬貨を指します。一万円札とか百円玉ですね。「通貨」は実態の有無を問いません。一万円札20枚でも銀行の残高(これは今では電子データ)20万円でも同じ「通貨」20万円です。


ここでの「金」とは通貨だと思ってください。


たとえば電子データそれ自体にたいした価値はありません。何かの拍子で吹き飛んでしまう、些細な物質の物理状態です。これ(電子データ=金)に価値があるのは交換可能だ(と思っている)からです。交換した結果がおいしい食べ物だったり、快適なサービスだったりします。つまり「金」は何か価値のある別物に交換できる(それ自体は)無価値なものです。


人生も同じようなものだと考えています。


人生自体に価値はありません。ある個人の人生はその人が生まれてから死ぬまでの時間内で定義されますが、生きていると言うことはその時間を何かと交換します。これは行為または実行と呼ばれます。何かの思索にふけることも行為であり実行です。その結果を発表する、またはしないのも行為です(後者はその否定ですが)。スポーツをすることも恋愛をすることもゲームをすることも、あなたが時間と交換した行為であり、あなたの人生の一部です。それらの行為には価値があるでしょう。どのような価値なのかはご自分で決めてかまわないと思います。そして他者も自分の行為と絡めてあなたの行為の評価をするでしょう。その評価は必ずしもあなた自身の評価と一致するとは限りませんがそれは当たり前です。ワインの非常に好きな人が一本のワインに20万払うことはあるでしょうが、そうでない人はそのようなことはしないでしょうから。


この文章を読んでいる方は当然ながらある程度の人生を歩んでいるでしょう。それなりの時間を行為と交換してきているはずです。そしてそれはこれからも続くことでしょう。もちろんいつまでかは分かりませんが。あなたはいくら入っているか分からない財布を持っているようなものです。この財布からは常にいくらか出て行きます。あなたはリアルタイムにそれを何に使うか決めなければいけません。「何もしない」という決定でもそれは実行されます。財布が空になった時にあなたの人生は終わります。そしてそれまで交換して積み上がったものがあなたの人生の価値です。


だから人生は金なのです。


勝つが本にて候

先日、遅ればせながら第2回電王戦第4局を見た。見た後に思い浮かんだのが表題の一節だ。


電王戦を知らない人のために一応説明しておくと、電王戦はコンピュータソフトとプロ棋士が戦う将棋戦だ。今年行われた形式はコンピュータソフト上位5つと選出されたプロ棋士5人が戦う形式で、今年はプロ側の1勝一分け3敗で終わった。自分の知る限り、現役のプロ棋士が公式にコンピュータソフトに負けたのはこの大会が初めてだと思う(今回の電王戦はここから 見られる。多分会員登録必須、無料)。


第4局の大まかな流れを書くと、プロ側の必敗形から粘って粘って何とか引き分けに持ち込んだ形で、それまでの対戦成績からこの局を負ければプロ側負けが決まる重要な分岐点だった。その心理的圧力は私には想像することも出来ないが終局後の塚田九段の顔を見てその一端に触れたような気がした。


「勝つ」と言うことは重要だと頭では分かっていても勝負の世界に生きている人ほど自分は理解していなかったらしい。表題は朝倉宗滴の残した一文「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つが本にて候」の一部で戦国時代の武士にとって「勝つ」と言うことの価値を表したものだ。第4局終局後に(投げない塚田九段に対する)批判はおそらくあったであろうが、私にとってこの第4局はプロ棋士が現代の武者であることと「勝つ」ということの価値を実感させてくれた素晴らしい一局だった。


コンピュータソフトは対戦相手を恐れないし敬意を払うこともない。プロ棋士間の対戦姿勢はどうあれコンピュータソフトに対する人間の姿勢はあれで良いのだと思う。