第19回 別府アルゲリッチ音楽祭:イヴリー・ギトリス;ヴァイオリン・マスタークラス | Wunderbar ! なまいにち

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まだまだひよっこですがクラシック大好きです。知識は浅いがいいたか放題・・・!?

2017. 5. 18 (木)  19 : 00 ~    しいきアルゲリッチハウスにて

 

第19回 別府アルゲリッチ音楽祭

 

<公開ヴァイオリン・マスタークラス>

 

講師:イヴリー・ギトリス (ヴァイオリン)

受講生:石倉瑤子、辻 彩奈

 

E. イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第6番 ホ長調 Op.27-6

バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz. 117 BB 124 より 第3楽章 Melodia, Adagio

(石倉瑤子)

 

E. イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第4番 ホ短調 Op.27-4

J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより 

        パルティータ 第2番 二短調 BWV1004より  シャコンヌ

(辻 彩奈) 

 

 

今年の別府アルゲリッチ音楽祭は私はこの日(もう10日前のことになります汗)のマスター・クラスと室内楽コンサートに参加した。

私はこの日の会場である、しいきアルゲリッチハウスに初めて行ったが、このハウスについては前回記事にしているのでそちらを参照してください。

 

 

現役最高齢(現在94歳!!)のヴァイオリニスト、イヴリー・ギトリスのことを私が初めて知ったのは、2014年4月に放送されたETV特集「ストラディバリウス~魔性の楽器 300年の物語」での中だった。これは2013年11月に放送されたNHKスペシャル、「至高のヴァイオリン ストラディバリウスの謎」に未公開の映像や演奏を大幅に加えて再編集した豪華版。

 

その中で半世紀以上同じストラドを弾いているギトリス(当時92歳)が登場する。

(当たり前だけど)見た目はすごくおじいちゃんなのに、いったん弾き始めると人が変わったように指が動くことに驚嘆! そして番組の最後で語った言葉に強い印象を受けた。

 

「このヴァイオリンは私よりずっと前に生まれた。願わくばこれからも生き続けてほしい。私だけの所有物とは考えていないよ。 私はこの楽器の人生にとって、旅人のひとりに過ぎないのだから。 ある日私がいなくなっても誰かと幸せになってほしい。 これって夫婦では言えないことだよね(とニッコリ)。」

 

それ以来リサイタルに行ってみたい、と思いつつ東京まではなかなか行けないので機会に恵まれなかったが、なんと別府までいらっしゃるとはビックリマーク この機会を逃したらもう拝見するチャンスがないかもと思い、マスタークラスを申し込んだのだった。

 

ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン     ヴァイオリン

 

スタッフに支えられつつ歩いて会場内に入ってきたギトリス。(リハーサル後に直接来たので)「着替える暇がなくてこんな汚い服でごめんね。」とニッコリ微笑んだ。

 

前半の受講生は現在桐朋学園大3年生の石倉瑤子さん。

ギトリスはイザイの課題曲を最後まで演奏させた。で、ひとこと。

「何も言うことはない。」え? そして「君は僕に何を言ってほしい?」と。

 

ギトリスはこんな感じで前半~後半を通じて技術面に関する指導はほとんどなかった。

「君は僕に指使いや弓の扱い方など具体的なアドバイスを言ってほしいのかもしれないけど、僕は今日はそういったことは言わないよ。なぜなら君はもうちゃんとした先生についているし、演奏も完成しているからだ。今日はもっと違う話をしよう。僕に何か聞きたいことはないかい?」

 

そして石倉さんが質問したのは、以下の3つだった。

① 私は将来ソリストとして演奏したいが、どうしたらいいですか?

② (ギトリスに向かって)お聴きになって分かったと思うが、私は大きな音が出ない。どうしたら大きな音が出せますか?

③ 私はコンクールでいい成績がなかなかおさめることができない。どうしたらいいですか?

 

ギトリスの答えは(まず簡潔に書くと)、

① → 今も十分ソリストとして演奏したじゃないか。君はもうすでに立派なソリストなんだよ。

② → まず大きな音が出ていないとは全く思わなかった。それに大きな音さえ出ればいいのかい? 

③ → コンクールの上位入賞することだけがコンクールに出場する目的ではないんだよ。

 

実際には、色んなたとえ話を挙げてとても丁寧なお話をされた。

①に関しては、毎日を大切に生きること。"Everyday is another day."と何度も言っていた。

明日は当然やってくるものではない。人生何か起こるかわからない。日々が人生そのものだと認識することが大事。

②については、愛を告白するときにどなるのとささやくのとどっちがいいと思う?と例を出しながらお話された。 私も聴いていてむしろ迫力ある音色だなあと思ったくらいなので全く大丈夫じゃないかと思ったんだけど・・・

 

③について。これはギトリスも時間をかけて話していた。

まず、自分はcompetition (コンクール)が基本的には嫌いだ、ということ。

ギトリスが「君はコンクールに出たいのかい?」と聞くと、石倉さんは 「いいえ。」

「じゃあなぜ出るの?」  「先生が出ろって言われるので・・・汗

この会話を聞いたとき、今の音大生の切実な悩みというかジレンマを感じてハッとした。

コンクールでいい成績をおさめないと生き残っていけない、というシビアな世界・・・

 

ギトリスも、「僕はコンクールは嫌いだけど、一方で現代の厳しい音楽事情もよく分かっているつもり・・」と話しながら言葉に詰まり、なんと涙したのだ。

そして「優秀な成績が残らなくても、今日僕は君の演奏を聴いて感動した。素晴らしい才能だ。そのことは事実だ。」 「コンクールの成績のみを気にせず、演奏の場を聴衆とのコミュニケーションの場と考えたらどうだい。自分が楽しんで演奏できることが一番重要だ。」というようなことをお話していた。

 

 

 

後半の受講生は辻彩奈さん。そう、辻彩奈さん!エ!

お名前は私でさえも知ってるくらいで、もうすでに第一線で活躍していらっしゃるのでそんな方が今さら何かアドバイスが必要なんだろうか?と思った。

 

イザイの課題曲を第3楽章まで通して演奏。すっごいうまくてびっくり!!

ギトリスも石倉さんのときと同じく「技術的に何も言うことはない」と言って、

 

「今はperfectでclearな演奏が最重要かのように思われているが、そうではないということを覚えていてほしい。間違えることを恐れないでほしい。 今は例えばレコーディングでもいいところをつなぎ合わせてCDを作ろうとするが、昔は違った。例えば、クライスラーのレコードで明らかに間違った音をそのまま録音しているものがあってね、それを聴くとその間違った音も含めて美しい演奏なんだ。 もちろん僕は間違えろ、と言ってるんじゃない。間違えたとしてもそのミスも含めて君の演奏なんだということだ。」

 

そしてギトリスのかつての師、エネスコやジャック・ティボーの話をしてくれて興味深かった。

特にエネスコは「これをこうしろ、ああしろ。」というトップダウン的な指示は全くせず、いつも一緒に演奏をするだけだったという。だが、この共に延々と演奏することがギトリスにとってはとても楽しく、その中でたくさんのことを学んだそうだ。

 

「何か別の曲を演奏してくれないかい?」と言われて(前半の石倉さんもそう言われて急きょ楽屋からスコアを持ってきてバルトークを演奏した)、辻さんが答えたのが、

「じゃあ、バッハのシャコンヌ。」 

これには驚いた。もちろん私もシャコンヌは大好きで辻さんの演奏でシャコンヌが聴けるなんてラッキー音譜と思ったが、15分前後にも及ぶこの大曲を選ぶなんて大胆不敵!笑う

演奏はとても素晴らしく、一本通った芯の強さのようなものを感じた。涙が出そうだった。

 

で、とても興味深かったのが、ギトリスが「君はシャコンヌについてどう思う?何を思って弾いているの?」と聞いたときに、辻さんが「うーん・・・わかりません。」と言ったこと。

私は正直「えっ?答えられないの?」と思った。私が感じた芯の強さのようなものは何だったんだろう・・・ 本当に何も考えずに弾いているんだろうか。いやそんなことはないはず・・・汗

 

ギトリスは「僕のシャコンヌのイメージはお母さんとこどもたちが手をつないでゆっくり歩いている。そしてその歩いている彼方には光がさしこんでくる。希望の光のような・・  あるいは、自分の周りにたくさんドアがあって、その中のひとつのドアを開けると違う世界がぱーっと広がっていくような、そんなイメージを持ってるんだ。」と言っていた。 すごくよくわかる。

 

それから、シャコンヌの基本音階はとてもベートーヴェンの運命の動機のように非常にシンプルなものだけど、(運命と同じく)その基本をどんどんヴァリエーションを加えて世界がどんどん広がるところがやっぱりすごい曲なんだと言っていた。

 

そして辻さんの和音の押さえ方(バラバラに鳴らさずに一緒に鳴らすこと)やフレーズの鳴らし方(常にひとつひとつのフレーズを意識してひとつのフレーズの先に自分を持っていくようにイメージすること)を自分のストラドを弾きながら指導した。ちょっとした指導で全然変わるのが驚き。

 

 

最後に石倉さんも呼んでふたりを自分の目の前に並んで座らせた。

「君たちはどうしてヴァイオリンを弾いているの?」

これに対してふたりともほぼ同時に首を横に振って、 「わからない。」 と答えた。

これも私にとっては正直とても驚き。「なぜ弾いているかほんとにわからないのかな?」 それとも日本人特有のあいまいさなんだろうか・・

 

でもギトリスは、「わからなくていいんだよ。これからもわからないという気持ちを持ったまま弾いていきなさい。自分を成長させるにはそれが大事。」 

なるほど、と思いつつも、ひとことでもいいから何か答えてほしかったな、とも思った。

 

 

そして最後に私たち聴衆に語りかけた。

「このような若い才能をどうかつぶさないでほしい。温かく見守って育ててほしい。彼女たちのような才能は、殺伐として理不尽なことも多い今のこの世の中を変える希望の光かもしれない。 昔私が受けた化学の授業で、溶液の中にたった一滴何かを垂らすとその溶液の色がぱーっと全く別の色に変わるような実験をしたことがあった。彼女たちはそんなたった一滴かもしれないし、世の中全体を変えることはできないかもしれない。 でも私たちの周りの小さい世の中に化学反応を起こす一滴になるかもしれないのです。」

 

そして、彼女たちには  これからもコンタクトをとっていきたいから連絡先を教えなさい。27日に東京でリサイタルをするからよかったら二人とも出演しないかい?と誘っていたブタ (私たちはもちろん拍手ぱちぱち

 

この時点で予定時間をかなり超過していて、ギトリスはまだしゃべりたそうだったがスタッフが「もうだめですよ~」と押し切ってお開きとなった。3時間近くは経っていた。

後半途中でアルゲリッチがそっと入ってきて、最後まで会場の隅っこに座って聞いていた。

 

 

お開きになったあとギトリスの周りにちょっとした人だかりができて、何してるのかなと思ったらギトリスがヴァイオリンケースを開いて皆に見せていた。 前にテレビでも見たヴァイオリンを包むためのスカーフ、そしてケースのポケットにはたくさんの家族の写真・・・

じいっとそれに見入っていて、ふと気づくとギトリスがすぐ目の前に立っておられた!

慌てて ”Thank you so much!!" と何度も言うと、笑顔で私の顔をじっと見つめて(と勝手に思っている亜友未)、またスタッフに抱きかかえられるようにして会場を出て行った。

 

 

通常のマスタークラスとは趣を異にしたものだったが、ギトリスならではの人生哲学に私も考えさせられるところがたくさんあった。

今日の受講生のおふたりはギトリスの話がどのくらい理解できたのだろうか。

まだ20歳と19歳のおふたりには言葉上は理解できたとしても実感として感じることはまだ難しいのかもしれない。 今から長く続いていく、人としてそして音楽家としての人生を歩んでいく中で感じていくのかもしれない。