縁茶亭茶話 -11ページ目

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

『遠野物語』について語ってみよう、5日目。

今日は、話者である佐々木喜善の親族の体験談を紹介します。


今さらっと「体験談」と書きましたが、これまでにも書いてきたように、『遠野物語』は、佐々木喜善と同時代、あるいは少し前の出来事も収録されています。

ですので、佐々木喜善関係者の話もいくつかあるのです。


佐々木喜善の曾祖母が亡くなった時、親族が集まって、座敷に寝ていた。

その中には、精神的な病(原文では「乱心のため」)で離縁された、曾祖母の娘もいた。

喜善の祖母と母は、喪の間火を絶やさないという風習のために起きていたが、ふと裏口から足音がするのでそちらを見ると、亡くなった老女が、生前のたたずまいそのままに、こちらへとやってきた。

老女は祖母と母の前を通り過ぎ、座敷の方に近寄って行ったが、離縁された婦人が「おばあさんが来た!」と叫んだ。

その声で人々は目を覚まし、ただ驚くばかりであった。(22)


葬式の日の幽霊話で、ありがちと言えばありがちな話ですが、昔話集と思われがちな『遠野物語』には、こういう身近な話も収録されているのですね。


この話は、三島由紀夫も文学的に絶賛していたそうです。

このブログではかいつまんで書いていますが、原文では、亡くなった老女が炉端を通り過ぎる時に、側にあった炭取りの籠に着物の裾が当たり、「丸き炭取りなればくるくるとまはりたり」と書いてあります。

幽霊でありながら実体を持っているというのが、その文章で端的に示されてるんですね。


『遠野物語』には、柳田国男が佐々木喜善の語る話を「一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり」(序文)とあります。

一方佐々木喜善は、柳田国男に「お化け話を語った」と日記に書いています。

当時は百物語などの怪談が流行していましたし、そもそも喜善は作家になるために上京していたので、まさか自分の語る地元の噂話が「民俗学」という学問のきっかけになるとは思わなかったと思います。


喜善はあくまでも「故郷で語られている話」を語っているのですが、文学志望の青年ですから、面白くなるように話を膨らませている部分があるかもしれません。

実際、この話を原文で読むと、とても臨場感があって、序盤からクライマックスに向けてひたひたと迫り上がってくるような怖さがあります。


喜善はこの話を、最初は淡々と語っていたのではないでしょうか。

そして、死者が座敷に近づき、さあどうなる!?と聞き手が固唾を飲んだその瞬間、精神を病んだ婦人の叫びとして



「おばあさんが来た!」



と大声で言う。

聞き手びっくり。


みたいな場を想像しているのですが、いかがでしょうか。

少なくとも、私だったらそう語りますね。



まあ、話者は喜善でも、文章を書いているのは柳田国男なので、もしかしたら柳田が修飾している可能性もありますが。

この辺りは、おそらく研究書を読めば詳しく書いてあるんでしょうね。



『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

このブログは、この本を参考にしています。


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。


今日からは、遠野三大話から離れたお話を紹介します。


『遠野物語』は、自分たちの日常の延長にある出来事として語られていると、初日の記事で書きました。

「カッパ」や「ザシキワラシ」や「オシラサマ」では、まだ人智の及ばない超自然的な存在の話のような気がしますが、もっと人々の生活に身近な、誰の身にも起こりうる「事件」も、『遠野物語』では多く収録されています。

今回紹介するのは、「寒戸の婆」です。


「寒戸の婆」をざっくりまとめると、こんな話。


ある日、梨の木の下に脱ぎ揃えた草履だけを残して、若い娘が行方不明になった。

それから30年後の風の強い夜、娘は老婆の姿になって戻ってきたが、またどこかへと去ってしまった。

それ以来、遠野では、風の強い日には「寒戸の婆が帰ってきそうだ」と言われている。(8)


いわゆる神隠しのお話です。

神隠しの話は、これ以外にもいくつか語られています。

現実的に考えるなら、今も昔も人攫い、つまり誘拐事件はあったでしょうし、昔であれば、娘を攫って売り飛ばすということはあったかもしれません。

あるいは、行方不明になってついに見つかることのなかった我が子を諦める一つの形として、「神隠しに遭った」、つまり人の力が及ばないどこか別の場所で生きている、という話が生まれたと考えることもできます。


そして実際、神隠しに遭った娘は、その後目撃されることがあります。


「寒戸の婆」では、いなくなった娘は30年後に再び現れました。

仮に誘拐当時20歳だったとして、30年経ったら50歳ですから、現代の感覚だと「老婆」という表現にはちょっと首を傾げたくなりますがいやいやいや、それだけ老けた外見になってしまった、それだけその娘が過酷な体験をしてきたということを想像させる描写となっています。

ですが、少なくとも「生きていた」という事実は、行方不明になった子を持つ親にとっては、救いになったかもしれません。


ただし、神隠しに遭った者は、もはや普通の人間ではなくなっていました。

強風とともにやって来た寒戸の婆しかり、山人の妻となり子を産んだ娘しかり。

自分たちとは異なる環境に身を置いた者は、自分たちと同じ人間ではないとみなされ、怖れの対象となります。

「差別」と言っていいかもしれません。

まして、東北の山間部に位置する町に生きる人々にとって、周囲の山は、恵みをもたらすと同時に災害ももたらし、踏み入れた人を惑わして里に帰れなくさせる(遭難させる)という、畏怖すべき存在。

神隠しに遭った娘たちは、そんな「山」に属する存在となり、おそらく自らもそのことを承知して、人々の前から再び姿を消してしまうのでした。


『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

(この記事は、この本を参考にしています)


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』がありますよ。


『遠野物語』に出てくる「山」に関わるお話としては、京極夏彦さんの絵本で『やまびと』『まよいが』があります。

ご参考までに。


『遠野物語』について語ってみよう、3日目。

本日は遠野三大話の一つ、「オシラサマ」です。

その他の三大話「カッパ」「ザシキワラシ」については、一昨日と昨日の記事をお読みください。



さて、カッパやザシキワラシに比べると、オシラサマは少し知名度が落ちるのでしょうか?

そうじゃなかったらすみません。


オシラサマは二体一対の神様で、桑の木を削って作り上げた神像に、布を被せたものが祀られています。

一つは娘の顔、もう一つは男性または馬の顔をしています。

『遠野物語拾遺』第75話、第76話では、それ以外のオシラサマの形状や数について詳しく紹介しています。


馬と娘の形をしている理由については、次のようなお話があります。


昔々、娘と馬が夫婦になってしまった。

怒った父親は、庭の桑の木に馬を吊るして殺し、嘆き悲しむ娘の前で首を落としてしまった。

すると娘は、馬の首に乗って昇天してしまった。

父親は、桑の木を使って娘と馬の顔をした神像を作った。

これがオシラサマである。(69)


馬と娘が夫婦になるというと衝撃を受けるかもしれませんが、これは馬娘婚姻譚(ばじょうこんいんたん)と呼ばれる異類婚姻譚の一つで、古くは『捜神記』という中国の古い文献にも出てくる話型です。(『捜神記』の娘は、めっちゃ嫌がってますけど)

始祖神話の一つの形として、あるいは昔話の型として、蛇や犬といった異類との結婚はそれほど珍しい話ではありません。


さらに遠野の場合、人と馬とはとても密接な関係があります。

遠野の伝統的な家屋は曲がり屋と呼ばれるL字型の建物で、同じ屋根の下に馬と暮していました。

遠野のオシラサマの話は、幼い頃から馬と家族のように暮していた娘が、年頃になっても頻繁に馬のいる土間へと通い、ついには夫婦となってしまうのです。


始祖神話の一つの形としての異類婚姻譚、と書きましたが、オシラサマの場合、蚕の起源と結びついています。

例えば『遠野物語拾遺』第77話では、少し内容の異なるオシラサマの由来譚(馬と娘の恋物語という点は同じ)3パターン紹介されていますが、そのうち2パターンが次のような蚕の由来となっています。


・馬を失った娘は、馬の皮で舟を作って海に漕ぎ出したが亡くなり、海岸に打ち上げられた遺体と馬の皮から蚕が生まれた。

・馬と昇天する前に、娘が父親に、臼の中に頭が馬に似た虫、つまり蚕がいるから桑の葉で養うよう言い残した。


言われてみれば、蚕は確かに馬の形に似ていますね。


遠野でもオシラサマを祀る家はありますが、遠野だけの風習というわけではなく、東北の他の地域でも祀られています。

お話の通り養蚕の神様でもありますが、『遠野物語』『遠野物語拾遺』第78話によれば、他にも女の病気、目、子どもの神様としても信仰されています。

狩の獲物の場所を教えてくれる神様(「オシラセサマ」が転じて「オシラサマ」)でもあるようです。

正月の16日にはにはおしら遊びという風習があって、オシラサマの顔に化粧したり、布を着せ替えたりして遊ぶのだとか。(『遠野物語』第14話、『遠野物語拾遺』第79話、第80)

余談ですが、『遠野物語』では、子どもが神像でけっこう乱暴な遊び方をしていても、それを止めると、神様の罰が下るという話があります。

大人にはどんなに罰当たりな遊び方に見えても、神様は子どもと楽しく遊んでいるので、それを邪魔したら神様に怒られてしまうのです。

話としては、何だか微笑ましい神様ですね。

個人的には、うっかり子どもを止めて、神様に怒られる大人になりそうですが



『遠野物語』『遠野物語拾遺』にご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

今回の記事の参考にしています。


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。


絶版になってしまったようですが、私が初めて読んだ「オシラサマ」の絵本は、こちらです。

当時小学1年生で、小学校の学級文庫にありました。


原爆の図でも有名な丸木俊さんによる絵は、子ども心に少し怖く感じましたが、互いを想い合う父親と娘の気持ちが悲しくも切なく、蚕を贈られた父がオシラサマを作るという結末にほっとしたのを覚えています。

まさかその後成長して、大学の授業で「おしら祭文」として再びこの話に出会い、さらにそれから10年以上の時を経て、遠野に通いまくることになるとは


最近では、京極夏彦さんが絵本にもしています。

『遠野物語』をベースにしているので、馬と娘の話だけでなく、オシラサマ関連の話をほぼ網羅していますよ。


『遠野物語』について語ってみよう2日目。

今日は遠野三大話の一つ、「ザシキワラシ」について語ってみたいと思います。

復習しておきますが、遠野三大話の残り二つは「カッパ」と「オシラサマ」です。



さて、ザシキワラシも割と全国区で有名な話だと思いますが、子どもの姿をした神様?ですね。

あえて「?」をつけたのは、祀られていたり、『遠野物語』でも「神」と紹介されていたりしますが、「妖怪」のように考える方もいるので、ここでは断定を避けることにしました。


ザシキワラシと言えば、よく聞く話は「ザシキワラシがいる家は栄える」とか、「気がつくと子どもが増えているが、誰が増えたかわからない。また気がつくと子どもが減っているが、誰がいなくなったのかわからない」とかいったことですね。

『遠野物語』のザシキワラシは、多くは1213歳くらい(17)で、男女どちらもいます。

人のいない部屋で物音がするという話もありますが(17)、先ほどの「ザシキワラシがいる家は栄える」(17)という話も伝えられています。

ただし、それは、反転すれば「ザシキワラシがいなくなれば、その家は傾く」ということ。

『遠野物語拾遺』第87話でも端的にそのことが書かれていますが、『遠野物語』第18話では、さらに詳しく、次のような話として伝えられています。


ある日、山口孫左衛門の家の方から二人の女の子がやって来て、出会った村人によその村の某家に行くと告げて去っていった。

彼女たちがザシキワラシだと察した村人は、山口家の終わりを予感したが、その後しばらくして、山口家の人々は毒キノコに当たり、幼い女の子を残して死に絶えてしまった。

その女の子も、子どもを持つことなく、最近年老いて亡くなった。(18)


この話では、山口孫左衛門の家の没落が、ザシキワラシの出奔と結びつけられて語られています。

ちなみに、山口家が没落に至るまでの話はいくつかあって、


山口家の庭に生えたきのこを、主人の孫左衛門が止めるのも聞かずに使用人が料理してしまい、それを食べた者は全員死んだ。

7歳の女の子だけは、遊びに行っていたためにきのこを食べず、生き残った。

主人の死後、人々はどさくさにまぎれて山口家のものを全て持ち去ったので、長者だった山口家は一朝にして跡かたもなくなった。(19)


山口家の凶変前には前兆があった。

山口家の使用人が、面白半分に蛇を大量に殺してしまった。(20)


山口孫左衛門は知識人で、庭に稲荷の祠を作ったり狐を手名付けたりしていたが、結局家は滅びてしまった。

堂守は、自分のところの仏様には何もお供えしないが、孫左衛門の稲荷より御利益があると笑った。(21)


と語られています。

「山口孫左衛門という長者の家の人々が一晩で死に絶えた」のは、それだけでも当時十分過ぎるほど衝撃的な事件ですが、こうして見ると、あまりに大きすぎる出来事が噂で広まっていくうちに、尾ひれどころか背びれや胸びれまでくっついていったとも見ることができますね。

そこには、長者に対するやっかみもあるように思います。

不吉な前兆として、発端となる「蛇殺し」があり、「ザシキワラシの出奔」が決定打となって、運命の日を迎える「長者一家が一晩でほぼ全員死に絶えた」という事件は、集落の中でそんな因果関係を持って語られることになりました。

そのドラマは、村人たちにザシキワラシという共通認識があったからこそ成立したというのは、受け売りです。


遠野のとある方の話では、「ザシキワラシが見えるということは、その家からいなくなるということなので、不吉の前兆だ」ということでした。

子どもの神様と言えば可愛らしく感じますが、子どもだからこそ気まぐれで、ある日突然何の理由もなくいなくなってしまう。

ザシキワラシは、そんな怖さも抱え持つ存在なのです。



『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

(このブログでは、この本を参考にしています)


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。


ザシキワラシの話だけを簡単に読みたい方には、同じく京極夏彦さんが再構成した絵本『ざしきわらし』があります。


『遠野物語』発刊110周年、おめでとうございま〜す!



というわけで、明日は『遠野物語』が発刊された記念日だそうです。

「『遠野物語』とは何ぞや?」という方のために念のため説明しておくと、今の岩手県遠野市の土淵地区出身である佐々木喜善が語る話を、柳田国男がまとめたもの。

民俗学が誕生するきっかけとなった本であり、これによって遠野は「民話のふるさと」として知られることになりました。

『遠野物語』が発刊されたのは、明治も終わり間近の明治43(1910)、つまり今年で110周年となるわけです。


どうでもいいですが、前文の「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」って超カッコよくないですか?

これを読むたびに、私の頭の中では、筆を持ってこの一文を書き上げた柳田国男氏が「ふっ決まった。」とニヤリとする映像が浮かぶんですけど。(:あくまで私の妄想であり、おそらくそんな事実はありません)



遠野と言えば昔話、だから『遠野物語』は昔話集と思われがちです。

しかし、実際に読めばわかりますが、この『遠野物語』は昔話というよりは世間話、つまり語り手である佐々木喜善と同時代、あるいは少し前の世代の出来事も収録されています。

しかも、生々しい話や、ワイドショーネタになりそうな話も多いです。


個人的に、遠野にはここ数年散々お世話になっているので(ご興味のある方は、テーマの記事別絞り込みで「遠野旅行記」をお読みください)、感謝と敬意と愛をこめて、来週の土曜日まで「遠野週間」として、『遠野物語』やその中に登場する話、あるいは関連する本をいくつか紹介したいと思います。



さて、まず第一弾ですがやはりカッパですかね。

遠野三大話と言えば「カッパ」「ザシキワラシ」「オシラサマ」なのですが、遠野に行くと、とにかくこれでもかというくらいカッパに遭遇します。

あ、実物じゃないですよ。

イラストとか像とかぬいぐるみとかです。

遠野のカッパは赤いと言われている(59)…のですが、何故か普通に緑のカッパもたくさんいます。

カッパ淵もありますしね。


そのカッパ淵には、こんな話が伝わっています。


昔、この淵に住んでいたカッパが馬を引きずり込もうとしたが、逆に引っ張り出されて、人間に捕まった。

カッパは、二度と悪さをしないことを条件に放してもらった。(58)


いわゆる「カッパ駒引き」と呼ばれる話で、カッパの昔話では一つの定型になっているものです。


が、『遠野物語』にはこの他にも河童の話がありまして


曰く。


士族で村会議員も出したことのある家の嫁が、川をのぞき込んでニコニコしていた。

やがて、その嫁に夜な夜なカッパが通っているという噂が立ち、実際にその嫁は、水掻きのある子どもを産んだ。

その嫁の母も、カッパの子を産んだことがあるのだという。(55)


また別の家でも、カッパの子らしき子どもが産まれた。

その子は捨てられたが、「売って見せ物にすれば金になる」と考え直した家族が捨てたところに戻ってみると、既にいなくなっていた。(56)


みたいな。

え〜っと遠野のカッパは、人妻がお好きなんでしょうか。

イラストだと、ほんわかほのぼのしていてかわいいんですけどねぇ。



こんな風に、『遠野物語』で語られる話は、決して平和でのどかなものではありませんし、妖怪たちの暗躍する不思議ワールドでもありません。

超自然的な存在が登場することはあっても、それらはあくまでも、自分たちの日常の延長にある出来事として語られているのです。

そんな「明治時代のワイドショー」として読むと、また違った楽しみ方ができるのではないでしょうか。



『遠野物語』及び続編の『遠野物語拾遺』を読んでみたくなった方は、こちらをどうぞ。

(私が『遠野物語』『遠野物語拾遺』を紹介する時は、この本を参考にしています)


カッパの話だけを簡単に読みたい方は、ミステリー作家の京極夏彦さんが、絵本にしていますよ。


ついでに、京極夏彦さんは、『遠野物語』『遠野物語拾遺』を現代風に再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』も出しています。

原文だと取っつきにくいという初心者の方にオススメです。


肉じゃ肉じゃ!

肉を食うぞ〜!



というわけで、火曜日に買い物に行った時に、豚コマを買いました。

その日の昼食で作ったお好み焼きに少し使い、残りは酒と醤油とおろし生姜を入れたジップロックに封印。

で、昨日玉ねぎと一緒に炒めたのです。

半分よりちょっと多めに取り分けて翌日の夕飯&お弁当用にし、残りをキムチでカサ増しして


はーい、キムチ丼、一丁あがり!



副菜は一昨日と同じく春雨サラダ、そしてキャベツのコンソメスープ。

味噌汁じゃなかったのは、味噌を切らしていたから

味噌、買ってこなくちゃ。

ちなみに私は、白味噌派です。


それはさておき、以前橙頁(仮称)に載っていたレシピを参考に、豚肉に小麦粉をまぶしてから炒めました。

そうすると、豚肉が柔らかくジューシーに焼けるというので試してみたのですが、確かに柔らかく焼けている!ような気がする。

いや、小麦粉のせいかはわかりませんが、普通に美味しかったので、個人的には大満足です。

キムチのピリ辛で、ご飯も進みましたし。


ちなみに、「仕事があった日、いかに包丁やフライパンを使わずに夕飯を作るか」が信条ではありますが、さすがに昨日は準備のしようがなく、玉ねぎとキャベツを切り、フライパンで炒めたり、鍋でスープを作ったりしました。

でも、まあまあ短時間でできたから良しとします。

『ちいさな天使のものがたり』(かわかみせいじ作)

 

<あらすじ>

お空の上で生まれた天使は、ずっと「お母さんになってほしい人」を探していました。

そしてある日、ついにその女の人を見つけます。

天使は早速神さまにお願いしますが、神さまの返事は思いもかけないことでした。

それでも天使は神さまにお願いし、お母さんのお腹の中へとやって来ますが。(続きは解説でネタバレします)

 

<解説>

大好きな人と結ばれて、その人との間に新しい命が生まれる。

書いてしまえばロマンチックですが、残念ながら、そうして宿った命が必ずしも無事に生まれてくるわけではありません。

この絵本は、そんな「お空に帰ってしまう天使」の物語です。

 

 

「赤ちゃんは、空の上で親を選んで生まれてくる」という話がありますが、お母さんがほしかったこの天使も、空の上で「お母さんになってほしい人」を見つけました。

けれどもそのお母さんについて、神さまはこう説明します。

 

お母さんは、赤ちゃんが生まれてくる幸せと引き換えに、たくさんの力を使ってしまう。

あのお母さんはがんばり屋さんで、ちからをたくさん使っているから、もしもあのお母さんのところに行ったら、お母さんはちからを使いきってしまうかもしれない。

 

そのことを知っても、やっぱり大好きなお母さんのところに行きたいと願う天使に、神さまは「たった一つだけの方法」を教えてくれました。

そうして、「お母さんのちからが無くならないだけの時間」をもらった天使は、お母さんのお腹にやって来たのです。

 

お母さんのお腹の中は、とても幸せでした。

お母さんのお腹の中で、一緒にお話したり歌ったりした天使でしたが、やがて「その時」がやって来ます。

楽しかった、嬉しかった思い出と一緒に、天使は空へと帰って行ったのでした。

 

 

ここまで読んだらお察しいただけると思いますが、天使、つまり赤ちゃんは、生まれてくることができませんでした。

けれども、天使は最初からそれを承知で、それでもお母さんに会いたくて、お腹にやって来たのです。

そうして、大好きなお母さんと一緒に過ごした思い出を胸に、空に帰っていきました。

 

これをお母さんの立場から見れば、お母さんは、せっかく宿した命を失ってしまったということになります。

子どもを望んでいれば望んでいるほど、その喪失感や絶望感は大きなものかもしれません。

きっと、「なぜ無事に生んであげられなかったのだろう」「もっと気をつけてあげていれば」と、自分を責める方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

そんなお母さんたちのために、この絵本は生まれたそうです。

 

空に帰った赤ちゃんは、お母さんのことを恨んでなんかいない。

短い間でも、お母さんの愛情を体中で感じることができて、とてもとても幸せだった。

そして、誰よりもお母さんの幸せを願っている。

お母さんにも、自分がお腹の中にいた時の「幸せな時間」を覚えていてほしい

 

 

そんな言葉は、きっとすぐには受け入れられないと思います。

けれど、時間をかけて、少しずつでも「天使」たちの思いを受け取ってほしい。

今悲しみの中にいる人たちに、一人でも多く「天使」の声が届くことを願っています。

 

 

最近厚揚げやら豆腐やらが続いてしまった。

そろそろガツンと肉が食べたい。

だが、その前に魚だな。

一応肉は、冷凍のドライカレーで食べたと言えば食べたし。



一応ゆるっと栄養バランスに配慮して、お休みだった昨日はかつおのたたきを購入、またしても漬け丼にしました。

で、半分は今日のために取っておきました。

今日も漬け丼にしてもよかったのですが漬けてるとはいえ、生魚を翌日に持ち越すのはちょっぴり心配にもなります。

昨日の時点では、「まあ焼けば大丈夫だろう」と思っていたのですが。


これ、お茶漬けにしたら美味しいんじゃね?

一応熱湯消毒したことになるし。


それで雑菌が死滅するのかは不明ですが、気持ちとしては安心するので、試してみることにしました。


ただ、お茶といえば麦茶しかないのよねぇ。

ほうじ茶のお茶漬けもあるくらいだから、それはそれでありなのかしら。


そう思いながらレシピを検索してみると、別にお茶を使う必要はなく、普通に出汁だけでも「茶漬け」に含まれていました。

なんだ、そうだったのか。



謎が解けたところで、レシピの通りみりん・醤油・粉末和風だし・お湯で出汁を作り、かつおを乗せたご飯にそれをかけて、海苔を散らしました。



副菜は、作り置きのきゅうりとわかめと春雨の中華サラダ。

お味噌汁は昨日の残りで、具は煮干しとじゃがいもです。



美味っ!!

あっさりした出汁で食べるかつおとご飯、めっちゃ美味!

春雨サラダは初めて作りましたが、ごま油の風味が生きた中華ドレッシングが、いい味出してる!

疲れ気味でしたが、あっさりとさっぱりのコンビネーションで、何だか力が回復したような気がしました。

欲を言えば、お茶漬けにちょっぴりわさびを入れても良かったな。

無いから入れられなかったけど。


ちなみに、熱い出汁をかけたところ、かつおはあっという間に白くなり、完全に生状態ではなくなりました。


うん、美味いし安心だし、こういう食べ方もありだな。

食中毒が気になる季節になるので、いろいろ気をつけながら、日々の食事を美味しく楽しくいただきたいと思います。

仕事から帰ってきた後、いかに包丁やフライパンを使わずに夕飯を作るか。

それは、一人暮らしの仕事人が常に考えていることです。(そうじゃない人もたくさんいるんだろうけど)

「買えや。」もしくは「外食してこいや。」というツッコミもあろうかと思いますが、車通勤の身としては、それはそれで面倒くさい。

通勤経路をちょっと外れて、駐車場に車を入れて、店に入ってって考えたら、真っ直ぐ家に帰って自炊した方がマシだ。

幸い、私の作るメシは美味いし。



外食産業を敵に回しそうな発言をぶちかましてしまいましたが、とにかく帰宅後シャワーを浴び、さっぱりしたところで作った夕飯が、こちらです。



豆腐に味噌とマヨネーズを混ぜたものをぬり、キムチを乗せて、オーブントースターで焼いただけ!(千切った海苔も乗せましたが)

味噌汁は前日の残り!(大根と人参と煮干し、温めてから乾燥わかめを追加)

新玉ねぎの酢の物は作り置きで、白ごまをかけた!

もちろん、ご飯は冷凍のものをレンチン!


包丁は最初に豆腐を切っただけだし、フライパンなんて使うところは全くなし。

それでも一食用意できたぜ!



どやあ!?

と得意になってみましたが、果たしてこれは自慢できることなんだろうか。

普通に横着っぷりを露呈しているだけのような気も



でも、一応これでも美味しかったです。

食べられることの幸せ、美味しさを感じられる幸せをしみじみ噛み締めながら、この日も「美味ぁ」と完食したのでした。

ついにうちにも届きました。




通称「アベノマスク」。

政府がコロナ対策として、1世帯につき2枚ずつ配布している布マスクです。

「虫がついている」とか「カビが生えている」といった不良品の噂も耳にするので調べてみましたが、幸いうちに届いたものは、ちゃんときれいでした。

とりあえずはハンカチマスクで事足りているので、こちらはは災害用にとっておくことにしましょう。

(求められたら寄付するかも)


裏面には、「新しい生活様式」としてこのような説明書きもありました。



やれやれ。

これから暑くなってくるというのに、マスクなしで伸び伸びと外出できるようになるのは、いつのことやら。



しかし、こういう時こそ発想の転換でもあります。


外出しない=金を使わない。

外出自粛は金の貯め時。

そうして貯めたお金は、コロナが落ち着いたら旅行するのに使う。

旅先でどっかんどっかん買い物すれば、地域経済が潤う。

自分も相手も喜べば、それはすなわち無駄遣いにあらず、生き金なり!


幸い、給付金の申請書も届いています。

とっとと提出して10万円ゲットし、旅行計画のあれやこれやを妄想したいと思います。



いや、妄想だけなら今からでもできるか。