『遠野物語』について語ってみよう、6日目。
今日もまた、幽霊の話を紹介します。
土淵村の助役北川清の弟・福二は、海岸の家に婿入りしたが、先年の大津波で妻と子を失い、残った二人の子と暮らしていた。
一年後の初夏の月夜、福二は渚を歩く男女を見かけた。
霧の中近寄ってみれば、女は福二の妻で、男はやはり先年の津波で亡くなった者だった。
思わず声をかけると、女は笑って、自分は今、福二の婿入り前に心を通わせていたこの男と夫婦になっているという。
福二が、子どもは可愛くないのかと言うと、女は少し顔色を変えて泣いた。
福二が悲しくなって俯いている間に、男女はそこを立ち去り、見えなくなった。
福二は追いかけたが、ふと二人は死者なのだと気づいて、朝になって帰った。
その後、福二はしばらく病に伏したという。(第99話)
この話で出てくる津波は、明治29(1896)年6月15日に起こった三陸大津波のことです。
東日本大震災の時も、遠野は内陸部から沿岸地域への支援を行う拠点となりましたが、これは昔から遠野が内陸と沿岸を結ぶ交易の中継点として栄えていたためで、三陸大津波の時も、やはり支援の拠点として活動していたようです。
ただ、沿岸地域との交流があるということは、知人縁者がその地にいるということでもあります。
この話のように、沿岸地域の人と結婚した人、あるいは仕事で行っていた人などが巻き込まれることもあり、沿岸地域の災害は決して他人事ではありませんでした。
『遠野物語』で好きな話、印象的な話として、この話を挙げる方がいます。
確かに、切なっ!と思いますね。
亡き妻と生き残った夫が、月夜に出会う。
だが妻は、他の男と一緒だった。
その男は、妻が生前愛した男で、共に死ぬことで今生では遂げられなかった思いを遂げることができた。
愛する男と結ばれた妻は、幸せそうに笑っている…。
妻の立場としては、死んだ後のこととはいえ、互いに想いあった相手とようやく結ばれ、めでたしめでたしかもしれません。
お別れの時に、「今生では結ばれなかったけど、来世では結ばれましょう。他の男に嫁いでも、心はずっとあなたのことを愛しているわ」と言って、結婚後も心のどこかで想い続けていたのかもしれません。
そんな「妻の物語」として読めば、この話はハッピーエンドの純愛物語と言えなくもありません。
が、『遠野物語』が立つのはあくまで生者、そして男の立場。
生き残った夫にしてみたら、二人の間には子どもも産まれ、夫としても父親としても、家族を幸せにしているという自負があった。
それが、ある日突然、津波によって妻も子も失ってしまった。
しかし、悲しんでばかりもいられない。
生き残った子どもを男手ひとつで育てながら、被害の爪痕が残る土地に家を建て直し、この1年間、必死に生活してきた。
それなのに、妻は笑って、元恋人と夫婦になったという。
夫にしてみたら、自分を全否定されたような気にもなるかと思います。
そして、この話には、子どもが出てきません。
死んだ子どもは、妻とともにいない。
生きている子どもについて問われることも、その子を育てている自分への労いや感謝の言葉もない。
妻は、いや妻だった女は、家族を捨てて他の男の元へと走った。
妻に向けられた「子どもは可愛くないのか」という言葉は、妻や母という役割を放棄してただの女になったことへの非難の形を取っていますが、その根底にあるのは、「妻を取られた」「夫でありながら、最後まで妻に男として愛されなかった」という、男としてのプライドを傷つけられたことへの怒りだったのかもしれません。
「妻」ではなく「母」の立場を指摘されることで、女は初めて顔色を変えます。
しかし、女は結局、男と立ち去ってしまいました。
福二は追いかけようとしますが、そこでようやく、二人は「死者」であることを思い出します。
死によって、自分たち夫婦は既に別の世界に隔てられてしまった。
別世界の人間になってしまった女は、同じ世界の人間と結ばれる。
それを止める権利も、非難する権利も、自分にはない。
「死が二人を分かつまで…」とは結婚式の定型句ですが(この時代にそんな文言で祝言を挙げたかは謎ですが)、皮肉にもこの言葉通り、死によって分かたれた夫婦は、ただの男と女に戻り、女は別の男と結ばれることになったのでした。
…あれ?
これ、『遠野物語』ですよね?
遠野で語られている、ちょっと不思議な話を集めた本ですよね?
でもって、これって幽霊話ですよね?
なのに、大人の恋愛小説になってるような気がするんですけど!?
『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。
このブログは、この本を参考にしています。
原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。