縁茶亭茶話 -10ページ目

縁茶亭茶話

地味に地道に生活している一般人が綴る、ごくごくありふれた日常

金曜日、急きょ実家に帰ることになりました。

木曜日の夕飯は、厚揚げの夏野菜炒め・2日目でした。

ちなみに、木曜日は昼から出勤だったので、お弁当おかずの作り置きは、ちょうど無くなったところでした。

金曜日は1040分ごろ家を出ますが、8時までにゴミを出さなければいけません。


うん。

木曜日の夜に作るのも、金曜日の朝から作るのも面倒くさい。

たまにはコンビニ弁当でいいか。


かくして私は、木曜日の夜、厚揚げの夏野菜炒めをレンチンしただけで夕飯を終えたのでした。


そして翌朝、金曜日。

起床はいつもと同じ、6時半。


うん。

お弁当作るの面倒くさい。

コンビニで買えばいいや。

コンビニで買えば


……………………





何故弁当を作ってるんだ私は。


いえね、冷蔵庫にピーマンが残ってたんですよ。

卵も、ほぐした舞茸もあったんですよ。

冷凍庫には、カットしたかぼちゃがあったんですよ。


で、「実質的に手間がかかるのは、ピーマン切るだけか。それだって皮を剥くわけじゃないから、そんなに手間もかからない」などと思ったら、つい


具体的には、


1.ピーマンを切る。卵は器にほぐして、白だしと醤油を入れる。

2.鍋に水150mlと酒・みりん・白だし各大さじ1と醤油大さじ1/2くらいを入れ、かぼちゃを入れて火にかける。

3. フライパンを熱し、卵を入れて白ごまをかけ、卵焼きを作る。空いたところでピーマンと舞茸を炒め、酒と醤油とかつお節で味付け。


で、おしまい、と。

なお、かぼちゃの煮汁は、そのまま朝食のうどんのかけつゆとなりました。

ってか、「うどんのかけつゆ作るついでに、かぼちゃ煮ればいいんじゃね?」と思ったために、お弁当を作る気になったとも言う

(ちなみに普段うどんを食べる時は、器に調味料を入れてお湯を注ぐか、調味料を器に入れてレンチンし伊勢うどん風にするかという手抜きっぷりで、鍋でかけつゆを作ることはほとんどありません)


こんな感じでしたので、ゴミ出しにも間に合いました。

そしてもちろん、お弁当代1食分を浮かせることに成功。

やってやれないことはないということですね。



まあ、もうちょい動物性のものを摂取しようと、本当は炒め物の中に冷凍あさりを入れる予定でしたがうっかり忘れてしまいました。

ま、いっか。

ピーマンが100円以下だとぅ



失礼しました。

自宅近くのスーパーでは、ここのところついぞピーマンが100円以下になることはありませんでした。

ところが、先日実家近く(と言っても車で10分ほど)のスーパーに行ったところ、ピーマン198円。

まあ買っちゃいますよね。

使い勝手いいし、お弁当に入れれば緑で映えるし。(ちなみに舞茸と一緒に炒めて、中華あじで味付けしました)


そしてこのスーパー、いろいろお野菜が安かったのです。

食品ロスしない程度にあれこれ買ってしまったというのは、お約束。



さて、煩悩に突き動かされて購入した野菜を使い、作った夕飯がこちら。



毎度おなじみ厚揚げさん。

しかし今回は、オーブントースターで別に焼くことはせず、一緒に炒めてみました。

野菜は、ピーマン・トマト・舞茸。

アクセントに、刻み生姜も入れています。

そして、味付けは酒と味噌。

以前橙頁(仮称)で見た「トマトの味噌風味蒸し」を参考にしました。


は〜美味美味。

疲れていたので、汁物を作るのは省略してしまいましたが、まあ十分食べられたなと。


余談ですが、これを作りながら、トマト1/4をつまみ食いしてしまいました。

冷たくて美味しそうだなぁ、食べたいなぁと思って。

ほどよく熟していて、酸味の中にも甘味があり、食べたら何となく疲れが回復したような気がしました。

体が生野菜を欲していたんでしょうかね。


これから夏野菜がたくさん出てくる季節、いろいろ楽しみです。

619()、都道府県をまたいでの移動自粛が解除されました。

週末の20日・21日は、観光地の賑わいが戻りつつあったようです。

もっとも、都内の感染者数は、18日から連日30人を突破。

24日にはついに50人を超え、緊急事態宣言が解除されて以来最高となってしまいました。

うーん、第二波が怖いなぁ。



そんな中、既に給付金は申請したので、あとは口座に振り込まれるのを待つばかりとなっています。


10万円か。

元々5月にPsycho le Cemu20周年記念ライブで姫路に遠征するつもりだったので、半分以上はそれに消えます。(いつになるかは不明ですが)

残りはやはり旅行ですかね。

行きたいところは、岩手県遠野市を筆頭にあちこちありますが、名古屋のすせりんが遊びに来いと言っているので、とりあえずそこが最優先になるかと思います。


でも、できれば母と旅行もしたいんだけどな。

宮島とか浄土ヶ浜とか、あるいは温泉とか、母が行きたいところに行けたらいいのだけど。

そう考えると、10万円ってけっこうさくっと使い切れるもんです。


でも、給付金についてはそれで良し。

国からもらったお金は、旅行でぱーっと使う。

私は好きなことができて嬉しい、観光業界や地域経済はお金が入ってきて嬉しい。

嬉しい×嬉しいで、いいことばかりじゃないですか。

あまり稼ぎはいい方じゃないので、普段は節約を心がけなければいけませんが、その分ふってわいたような多額の臨時収入は、貯めるのではなくすぱんと使い切りたいのです。

そんな形の社会貢献も、あってよいのではないかと。



捕らぬ狸の皮算用とは言うことなかれ。

コロナ情報に注意しつつ、わくわくと旅行計画を考えたいと思います。

61日に作った、梅酒&梅シロップ。


写真を上げるのが遅くなりましたが、620日に撮影したものです。




ふふふ〜、梅シロップ、だいぶ水分が出てきました♪

氷砂糖は溶け切っていませんが、3週間くらいで食べられるとのことだったので、早速ヨーグルトに入れて食べています。


味はうん、さっぱりしてる!

今年は酢を入れたのですが、梅酢ほど酢を入れないので、甘さの中にちょっと酸味があるな〜というくらいです。

梅はカリカリしていて、酸っぱいですが顔をしかめるほどではありません。



ヨーグルトに入れて食べている、と書きましたが、ヨーグルトだとそれほど甘さが引き立たないかもしれません。

やはりここは、炭酸割にすべきかしら。

コーヒーや紅茶にも入れてみましたが、少し変な渋みを感じたので、私としてはあまり好みではなかったかも。



ちなみに、ここまで全く触れていなかった梅酒ですが、言うまでもなくまだ飲み頃ではありません。

少なくともあと半年、我慢我慢

やだ。

もうやだ、疲れた。

可能な限り動きたくない、さっさと寝たい。



いつになく疲れを感じていたものの、作らねば食事など出てこないのが一人暮らし。

そして経験上、いざ作り始めれば気分も上がり、食べればほっとするのもわかっています。

というわけで、帰宅して座り込んでしまったものの、どっこいしょと重い腰を上げることにしたのでした。


とはいえ、面倒なのは面倒なのよね

翌日からのお弁当おかずも作らなきゃいけないし。


ふーむよし。


まず、賞味期限的に豆腐は使わねばならない。

冷蔵庫には、人参と舞茸と玉ねぎ。

冷凍庫には、冷凍のあさりと、以前切っておいたかぼちゃ。


かぼちゃは煮物にしたら、弁当おかずに回せる。

舞茸と人参は一緒に炒めて、1/3はあさりと炒めて弁当おかずに、残りは玉ねぎと豆腐と炒めて夕飯2食分に。

ちなみに炒め物の味付けは、かぼちゃを煮た煮汁で。

夕飯用に作った方には、もう少し水を足して酒・酢・醤油・白だしで味付けし、片栗粉でとろみをつけてよし、できたぞ!



豆腐あんかけ丼と、かぼちゃの煮物。

汁物は力尽きたので、この日は省略。

なお、弁当おかずには、上記の他に卵焼きも作りました。



うん、写真映えはしないが、これだけ作れば上出来上出来。

その日の気分でいくらでも手抜きできるのが、一人暮らしの気楽さですね。

『いるの いないの』(京極夏彦作)


〈あらすじ〉

おばあさんの家で暮らすことになった「ぼく」。

おばあさんの家はとても古くて天井が無く、梁が渡してあります。

ある日、その暗がりを見ていた「ぼく」は、そこに男の人の顔を見つけてしまい


〈解説〉

『遠野物語』シリーズで度々京極夏彦さんを紹介したので、その流れに乗って、京極さんの絵本を紹介したいと思います。

「あの妖怪がらみのミステリーを手がける人気作家・京極夏彦さんが絵本!?」と思う方もいるかもしれませんが、短くとも、大人にとってもなかなか読み応えのある本です。


ていうか。


こえーよ。


その一言に尽きます。

「怖い」と思いながらも、見ずにはいられないそんな心理を良くわかったお話です。


実はここ数年、年に何度か大人にこの絵本を読み聞かせする機会があったのですが、毎年必ずと言っていいほど悲鳴が上がりました。

それも、途中と終わりの2回、全く同じ場面。

私の読み聞かせがそれだけ上手かったとドヤ顔できればいいのですが、この絵本、普通に誰が読んでも怖いと思うのですよ。

そもそも、既に絵からして怖いし。(描いた方、ごめんなさい)


京極夏彦さんがお好きな方なら、その文章や作品の雰囲気をわかっていただけるかと思います。

しかも京極さん、「絵本」という媒体を良く理解し、その効果を最大に活かしています。

あの淡々とした文体で話が進み、ここぞというところで、接続詞であっても文章が止まる。(:「そしたら。」)

読者(あるいは聞き手)が「?」と思いながらページをめくると、見開きのどアップで怖い絵が描かれている


怖いから!

マジで怖いから、悲鳴上がるから!


クライマックスの盛り上げ方も見事で、


「でも見ちゃう。

いるかもなと思うと、見ちゃう。

見たら。見たら、見たら。」


と畳みかけるように言葉が繰り返された後、回想の「見たら怖いさ」というおばあさんの言葉を挟んで、(ザーッオチ)となります。


うん。

このブログ、けっこう結末まで語ってしまうけど、この絵本に関しては伏せておこう。

立ち読みでもなんでもいいから(でも、できればこのブログからポチってね営業)、めくった瞬間の衝撃をぜひとも味わってほしい。



ちなみにこの絵本、岩崎書店の怪談えほんというシリーズの中の1冊になります。

特設ホームページによると、


「怪談や幻想文学の第一線で活躍する作家たちと、ベテランから新進まで異彩を放つ作風で実績ある画家たちとが相携えて、子供たちの柔らかな魂を揺さぶり、視えない世界への畏敬の念や未知なるものへの憧れを育むような、かつてないコンセプトの絵本を生み出したい!──監修者と編集者たちの熱き思いに始まった企画でした。」

「それは同時に「恐怖や怪異を主眼とする絵本」に対する根強いタブー意識への挑戦でもありました。」


とのことで、実際このシリーズの作者には、「え、この人まで!?」と驚いてしまうような名前もあります。

京極夏彦さんに関して言えば、『いるの いないの』を皮切りに、その後続々と絵本を出している印象がありますね。

私が読んだところでは、同じ岩崎書店の「妖怪えほん」シリーズや、先日まで紹介していた「えほん遠野物語」シリーズがあります。



それはさておき、この怪談えほんシリーズは大人が読んでも普通に怖いのですが、深読みするとまた別の怖さが読み取れます。

この『いるの いないの』について言えば、例えば、おばあさんの「見なければ、いないのとおんなじだ」という台詞。

これって、「都合の悪いことからは目を逸らして、見なかったことにする」「見なければ、存在しないのと同じこと」ということです。

怖くても真正面から見てしまう子どもと、見ないふりをしてやり過ごす大人。

この絵本では「梁の上の男」ですが、それを様々な「社会問題」に置き換えると、「問題を直視しない」ことで「問題など存在しない」ことにしてしまうという、「見て見ぬ振り」をする世の中を風刺しているようにも取れます。

例えば、社会的弱者がいるという現実を見ない、見なければ存在しない、つまり社会的弱者など存在しないそれってけっこう怖いことなんじゃないかと思うのですが、いかがでしょう?



皆様も、ぜひそれぞれの「怖さ」を見つけてみてください。




好きなことでガッポンガッポン稼ぐ。



失礼しました。


昨日は一粒万倍日+天赦日+神吉日で、今年最後の超最強開運日だったそうです。

でもって、今日は夏至。

しかも、新月と金環日食と大安がかぶるという、これまた超開運日なんだそうです。

ついでに言えば、金環日食と夏至がかぶるのは、372年ぶりのことなんだとか。

まあとにかく、こういう開運日は何かを始めたり決意表明したりするのに良いということなので、冒頭から叫んでみたわけです。


「金かい!」とは言うことなかれ。

金のために罪を犯すのは人であって、金自体に罪はありまへん。(ちょっと大阪風?)

「お金より〇〇が大事!」と何かと比べたり、「お金なんか無くても幸せだもんね」とお金を否定するような発言をしたり、「お金がない!」と悩んだり、支払いの時に「お金が無くなる!」と心配したりすると、お金の流れは益々悪くなる。

それよりも、「ちゃんと払うべき支払いができている=お金がある」という現実を見つめ、「(たとえ低収入でも)仕事がある=お金が入ってくる」という現実に感謝し、自分や周囲を喜ばせるために気持ち良くお金を使うと、お金の流れが良くなって金運が上がるんだとか。

もちろん「気持ち良く過ごせるよう環境を整える」ことも大事で、「断捨離」や「掃除」が奨励されるのもそのためみたいです。

まあ確かに、とっ散らかったゴミ屋敷で鬱々と過ごすより、きれいに片付いた部屋でのんびりコーヒーを飲んでいた方が、それだけで運気がうなぎ上りしそうな気はしますね。


まあとにかく、お金はあって困るもんじゃなし、このご時世ですから、使えば使っただけ経済が潤い生産者が喜ぶので、「好きなことでガッポンガッポン稼ぐ」を掲げてみました。

「好きなこと」というのがミソ。

嫌なことで稼いでも、ましてや悪いことして稼いでも、全然楽しくも嬉しくもないじゃないですか。

だから、「好きなこと」は必須条件ですね。


ちなみに、今の仕事は非常勤嘱託職員なのでぶっちゃけ安月給ですが、面白いし、特に辞めたいとも思わないので、ある意味「好きなこと」で稼いでいると言っていいでしょう。

もう一つの副業も然り。

あとは、最近このブログでいろいろ紹介していますが、そこでガッポンガッポン稼げたら嬉しいなぁと。

(ご存知の方もいると思いますが、アイテムがポチられて売れたら、ちょっぴりお金が入るシステム)


いやいやいや、「金のためにやっとんたんかい!」と言われると申し開きのしようもありませんが、いいなと思う本を紹介して売れたら、私もものすごく嬉しいですが、おそらく作者も出版業界も嬉しいじゃないですか。

売れなくても、私がブログを書いているのはただの趣味なので、特に問題はありませんし。

けれども、文章を書くのは「好きなこと」なので、それが収入につながれば、嬉しくて幸せなこと限りなし。


あ、そうか。


年内に、ブログで稼いだ金でスイーツを買う。


もう一つ目標を打ち立ててみました。

みみっちいかもしれませんが、例えばちょっとしたお菓子を買うだけのWA◯Nポイントに交換できるマネー(ブログ内通貨)を貯めるだけでも、遠い道のりなのですよ




ところで余談ですが、823()は大安で、言うまでもなく吉日に当たります。

で、おそらくこの日にするであろうことを、同じく吉日である本日宣言いたします。


ワタクシ、実家に帰らせていただきます。

(:独身なので、普通に一人暮らしを止めて実家に引っ越すだけです)


お後がよろしいようで。()



皆様も、良い日をお過ごし下さい。

『遠野物語』について語ってみよう、ついに最終日。

最後は、ちょっとほんわかする話で締めたいと思います。


昭和2124日の朝9時頃、この地方を初めて飛行機が飛んだ。

村人たちは飛行機を見たことも聞いたこともなかったので、プロペラ音を聞いて動転した。

佐々木喜善は飛行機を知っていたので、村の道を飛行機だと叫んで走ると、家々から嫁娘らが飛び出して、どこかと慌てて走り歩いた。

飛行機はやがて見えなくなったが、爆音はしばらく聞こえ、人々は気が抜けたようになって物を言わなかった。

同じ年の85日にも飛行機が飛んできたが、その時は豪雨だったので、たいていの人は見ずに終わった。(『遠野物語拾遺』第236)



今さらですが、『遠野物語拾遺』について説明しておきます。


遠野出身の佐々木喜善が語る話を柳田国男がまとまたのが『遠野物語』であるということは散々書いてきました。

『遠野物語』出版後も、喜善は自分が見聞きした話を柳田に送ります。

しかし、柳田の昔話収集の方針と、喜善のそれとは、少しズレが生じていました。

さらに、喜善が先に『聴耳草紙』という昔話集を出版してしまったことで、柳田はいよいよ『遠野物語』の続編を出版する意欲を削がれます。

そのまま時は流れ、村長として村の運営に失敗した喜善は、不遇のまま、昭和8(1933)に移住先の仙台で死亡。

柳田が、『遠野物語』に新たな話(拾遺)を補完する形で『遠野物語増補版』を出版したのは、昭和10(1935)のことでした。


というわけで、『遠野物語拾遺』が出版されたのは、喜善の死後のことになります。

また、明治の終わりに出版された『遠野物語』よりも時代が下ることで、新しい文化についての記録も見られます。


その一つが、今回紹介した飛行機の話。


飛行機。

言わずと知れた空を飛ぶ乗り物、文明の利器。

『遠野物語拾遺』には相変わらず超自然的な存在や出来事、古くからの慣習についての記述も多く見られますが、その中に混じって、この話が収録されているのです。

ちなみに、昭和2124日という日付まで記録されています。


何故、こんな近代的な乗り物の話が収録されたのか。

詳しくは、研究書を読んでみないとわかりません。

しかし、東京から遠く離れた東北の盆地に住んでいる人々にとって、見慣れぬ乗り物、しかも空を飛ぶ存在は、「怪異」に見えたのかもしれません。

未知の物体に対して、恐れながらも見てしまう、まして正体を知ってしまえば、物珍しさからなおさら見ずにはいられないという人々の素朴な反応が、この話では描かれています。



『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

このブログは、この本を参考にしています。


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。


『遠野物語』について語ってみよう、7日目。

人外の者の話が続きましたが、今日はまた少し違うお話です。


母と息子の孫四郎の家に嫁が来たが、姑との中が悪く、しばしば実家に行っては帰ってこないことがあった。

その日、嫁は家で伏せっていたが、昼頃になって突然、孫四郎が、「ガガ()はとても生かしてはおかれぬ、今日はきっと殺さなくては」と言って大きな草刈り鎌を出し、研ぎ始めた。

母の謝罪にも嫁の諫めにも耳をかさず、母が逃れないよう家中の戸を閉ざし、用を足したいと言えば便器を持って来る始末だった。

夕方になる頃には母も諦め、息子によって斬られた。

母の悲鳴を聞き、里人や警官が来て孫四郎を取り押さえたが、まだ息のあった母は滝のように血を流しながら、「自分は恨みも抱かずに死ぬので、孫四郎は許してください」と言った。

孫四郎は狂人として釈放されて家に帰り、今も生きて里にいる。(11)


何というか


柳田さん? 佐々木さん?

これ、『遠野物語』ですよねぇ?

遠野で語られている、ちょっと不思議な話を集めたものですよねぇ?

ガンガンバリバリの現実に起こった殺人事件、しかも母親殺しなんてワイドショーものなこのお話のどこに!不思議が!あるんでしょうか!?!?!?


そんな風に思った方がいるかはわかりませんが、一応解説しておくと、この前の第10話と関係があります。


10話は、こんな話。


菊池弥之助という老人が、ある奥山にきのこを採りに行っていたが、深夜、小屋の中できゃーという女の叫び声を聞いた。

里に帰ると、ちょうどその時間に、自分の妹がその息子に殺されていた。(10)


ちなみに弥之助さんは、第9話でも、若い頃の体験談として、「山の中で笛を吹いたら『面白いぞー』と言う声がしたので仲間と逃げ帰った」という話があります。

弥之助さんは駄賃付の仕事をしていて、山によく入るのですが、山の怪異なのか、それとも彼自身にそういう力があるのか(シャマニズムにおいて楽器は神と交感するためのアイテムですし、姉妹には兄弟を守る力があるという民俗的な考え方もある)、とにかく彼の体験談の一つとして、「甥によって殺される妹の、末期の悲鳴を聞く」という話が語られているのです。(第11話の「その日」とは、弥之助老人が第10話できのこ採りに行った日)


でも何をどう読んでも、第11話の方に話の力が入ってますよねぇ?

たぶん読者としても、想像してしまえば柳田国男も、


佐々木喜善「これまた弥之助さんの話ですけど、弥之助さんが山の中で悲鳴を聞いたんですけど、それって妹さんが息子に殺された時のものだったんですよねー。不思議なこともありますよねー。」

柳田国男「母が息子に殺された!? ちょっと待て、その話詳しく聞かせてもらおうか。」


と思ったのではないかと。

(:絶対にこういう話し方はしていないはず)

悪化する嫁姑関係、その間に立つ息子による母親殺し、血を流しながらも息子を許す母の愛というワイドショーネタとして申し分ない(すみません)話として、当時の遠野でも大いに語られたのではないかと思います。

で、語り手の喜善か筆者の柳田かはわかりませんが、第10話を補完する話として、その事件をドキュメント風に、あるいは再現ドラマのように、臨場感たっぷりに書き上げた(または語った)のが第11話だったように思えるのです。



『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

このブログは、この本を参考にしています。


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。


『遠野物語』について語ってみよう、6日目。

今日もまた、幽霊の話を紹介します。


土淵村の助役北川清の弟・福二は、海岸の家に婿入りしたが、先年の大津波で妻と子を失い、残った二人の子と暮らしていた。

一年後の初夏の月夜、福二は渚を歩く男女を見かけた。

霧の中近寄ってみれば、女は福二の妻で、男はやはり先年の津波で亡くなった者だった。

思わず声をかけると、女は笑って、自分は今、福二の婿入り前に心を通わせていたこの男と夫婦になっているという。

福二が、子どもは可愛くないのかと言うと、女は少し顔色を変えて泣いた。

福二が悲しくなって俯いている間に、男女はそこを立ち去り、見えなくなった。

福二は追いかけたが、ふと二人は死者なのだと気づいて、朝になって帰った。

その後、福二はしばらく病に伏したという。(99)


この話で出てくる津波は、明治29(1896)615日に起こった三陸大津波のことです。

東日本大震災の時も、遠野は内陸部から沿岸地域への支援を行う拠点となりましたが、これは昔から遠野が内陸と沿岸を結ぶ交易の中継点として栄えていたためで、三陸大津波の時も、やはり支援の拠点として活動していたようです。

ただ、沿岸地域との交流があるということは、知人縁者がその地にいるということでもあります。

この話のように、沿岸地域の人と結婚した人、あるいは仕事で行っていた人などが巻き込まれることもあり、沿岸地域の災害は決して他人事ではありませんでした。


『遠野物語』で好きな話、印象的な話として、この話を挙げる方がいます。

確かに、切なっ!と思いますね。


亡き妻と生き残った夫が、月夜に出会う。

だが妻は、他の男と一緒だった。

その男は、妻が生前愛した男で、共に死ぬことで今生では遂げられなかった思いを遂げることができた。

愛する男と結ばれた妻は、幸せそうに笑っている


妻の立場としては、死んだ後のこととはいえ、互いに想いあった相手とようやく結ばれ、めでたしめでたしかもしれません。

お別れの時に、「今生では結ばれなかったけど、来世では結ばれましょう。他の男に嫁いでも、心はずっとあなたのことを愛しているわ」と言って、結婚後も心のどこかで想い続けていたのかもしれません。

そんな「妻の物語」として読めば、この話はハッピーエンドの純愛物語と言えなくもありません。


が、『遠野物語』が立つのはあくまで生者、そして男の立場。


生き残った夫にしてみたら、二人の間には子どもも産まれ、夫としても父親としても、家族を幸せにしているという自負があった。

それが、ある日突然、津波によって妻も子も失ってしまった。

しかし、悲しんでばかりもいられない。

生き残った子どもを男手ひとつで育てながら、被害の爪痕が残る土地に家を建て直し、この1年間、必死に生活してきた。

それなのに、妻は笑って、元恋人と夫婦になったという。


夫にしてみたら、自分を全否定されたような気にもなるかと思います。

そして、この話には、子どもが出てきません。

死んだ子どもは、妻とともにいない。

生きている子どもについて問われることも、その子を育てている自分への労いや感謝の言葉もない。

妻は、いや妻だった女は、家族を捨てて他の男の元へと走った。

妻に向けられた「子どもは可愛くないのか」という言葉は、妻や母という役割を放棄してただの女になったことへの非難の形を取っていますが、その根底にあるのは、「妻を取られた」「夫でありながら、最後まで妻に男として愛されなかった」という、男としてのプライドを傷つけられたことへの怒りだったのかもしれません。


「妻」ではなく「母」の立場を指摘されることで、女は初めて顔色を変えます。

しかし、女は結局、男と立ち去ってしまいました。

福二は追いかけようとしますが、そこでようやく、二人は「死者」であることを思い出します。


死によって、自分たち夫婦は既に別の世界に隔てられてしまった。

別世界の人間になってしまった女は、同じ世界の人間と結ばれる。

それを止める権利も、非難する権利も、自分にはない。


「死が二人を分かつまで」とは結婚式の定型句ですが(この時代にそんな文言で祝言を挙げたかは謎ですが)、皮肉にもこの言葉通り、死によって分かたれた夫婦は、ただの男と女に戻り、女は別の男と結ばれることになったのでした。


あれ?

これ、『遠野物語』ですよね?

遠野で語られている、ちょっと不思議な話を集めた本ですよね?

でもって、これって幽霊話ですよね?

なのに、大人の恋愛小説になってるような気がするんですけど!?



『遠野物語』『遠野物語拾遺』についてご興味を持った方は、こちらをどうぞ。

このブログは、この本を参考にしています。


原文だと取っつきにくいという方は、京極夏彦さんが現代語に意訳して再構成した『遠野物語remix』『遠野物語拾遺retold』もありますよ。