emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ

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歴史好きで寺社仏閣、行き先々で発見してはブログにup中。

あせる2015年よりこちら へも投稿したりしていますあせる




ドラマは第三章に入って



第10話「信長上洛」


信長は「稲葉山城」を落とし

城に入って「岐阜」と名を改めた



永禄10年9月

「美濃平定」


「天下布武」 

武力によって「天下」を平定する


現在はこの「天下」とは日本全体のこと

ではなく👇の図



足利将軍の支配領域

京都を中核とした5畿内のことを指して

「天下」と言って

「足利将軍家」の「再興」を

意味していたのである





岐阜城下 木下屋敷から始まって


蜂須賀小六正勝が


「解せぬ」と障子を開けて入ってくる


「今度は何が解せずのじゃ

 と言いながらも

 小一郎はしつこい小六の愚痴を

 聞いてあげる


「半兵衛の屋敷の方が広いのは何故じゃ」と

文句をいう小六

実際には「正勝殿」と諱を言っていますね


「決まっておろう、

      殿の好みじゃ」


言って障子を閉める小一郎


あさひの夫甚助が

縦の四本線に横線を引いて

小六は5回は文句を

言ってきたのだとわかる




それでも引き下がらない小六に

小一郎(秀長)は

「信長様のお眼鏡に適えば、

 上に引き上げてくださるのじゃ」


「公平ではないか」


「正勝殿のことは

 兄者(藤吉郎秀吉)がちゃんと

 気にかけてくださる」と言って


木箱に入っている茶碗を渡す


お金が入っているかと思って

中を開けるが、茶碗だった

価値なしとみて、投げて返すものの


褒美のもので30貫(300万円?)

もすると聞くと

走ってもどってくる小六


信長は茶器に価値をつけて

買い取っていますね

この小六への茶碗ブームが起きていると

いう事に関連しているのではないかと

思いながらみています


「お茶は薬」から「茶の湯の文化」へと

変化しているということもありますね





それにしても小一郎は

兄者から難題を突然言われてもいいようにと

配下の者達の調整を細かに把握して

治めようとしています

そんな小一郎のことを目の当たりにした

小六は驚いていました



場面は変わって


永禄10年


藤吉郎秀吉が竹中半兵衛と

ある人物を待っています


登場したのは

「明智十兵衛光秀」と名乗り

従者?の2人でした


冒頭で蜂須賀小六の褒美は小一郎が言っていた

ように秀吉が与える権限があり、

この明智光秀を一緒に迎えた竹中半兵衛は

「与力」としていたので、ここで扱いの差が

見えます。「家が小さい」と小六が嘆いたのは

仕方ないかな。


それにしても光秀の言葉端々に、

「我ら」とか従者の言いなりになっていたり

茶店では座らないし、先に団子を勧められても

食べないし、従者は先に食べちゃうし


秀吉がわからない方が😆おかしい感じ(笑)



結局、従者は足利義昭なんだけれど、

この2代目尾上右近さんは歌舞伎役者でも

あるし、


清元節宗家の清元栄寿太夫という別名も

あるように

清元宗家延寿太夫の次男なんですよね


この清元延寿太夫さんも

子役や、俳優として活動されて

いたのですよね

「口元」が似ているかな


私が知っている大河ドラマでは

「真田太平記」で鈴木主水の息子である

「鈴木右近」役で出演していました


「どうする家康」ではどうしようもない

義昭だったけれど、今回はなんか

嬉しい限りです


「本圀寺の変」を描くとは面白い

けれど、豊臣兄弟の秀長をどう描くのかな?

資料がないからどうでも描けるところが

面白いということかな


昨今の大河ドラマは小説ありきではないし

「真田太平記」にしても池波正太郎先生の作品を

もとにしているので本を読んでいるものとしては

楽しかったし、また読みたくなるしというところ

だけれど、

小説であらすじを知っていたと思っていた

私たちにとって、

「現在は研究で新発見がありました」という

ような感じでドラマが展開していることも

あるので、学び直すチャンスなのかと思って

楽しんでいます


お市様が浅井家に嫁ぎました


浅井長政は優しそうだけれど、

「浅井久政」→長政の父

「怖い😱」怖かった〜


浅井久政役→榎木孝明さん、


「功名が辻」では「浅井長政」役でした


JR河毛駅前(滋賀県長浜市湖北町)👇

2021年9月撮影したものですが💦



暗い、


浅井長政とお市の銅像がありました



今回、主人とドラマをみていて

「ここも行ったね」とか

話が弾みました

じっくりみたい主人の邪魔ばかりして

いました💦💦



信長は各方面に上洛を促して

誰が敵か味方かなどを見極めていますが、

「つまらない」といって

高みから京をみています


「どこ」?そこはどこ?


なんですかね、



「二条古城」かな?




好きな時代のドラマとなると

1話見るだけで、頭の中の引き出しから

出しては思い出しているので、

「あっ」と言う間におわっちゃいます
















「道の駅」巡りは

福岡に転勤している時から始まりました。


現在関西にいますが、

「道の駅みき」も大好きな

道の駅の一つです


なんと言っても「三木城」の近くなんです





何回かブログに書いているけれど

いつものとこすぎるので

ブログにアップしてないことが多い


「三木城跡」



「豊臣兄弟」では

三木城のことを

詳しく取り上げるのかな?


市立みき歴史資料館




「長治煎餅」










このお菓子は古来の

「松風」の製法と味をそのままな風味の

サクサクとしたお菓子です





現在は西本願寺前の「亀屋陸奥」さんの

「松風」と味は似ています

亀屋陸奥さんのはパンのようにモチモチです






「今はただ 恨みもあらじ 諸人の

   いのちに代はる  我が身と思へば」



弱冠23歳の長治公の辞世の句






上の説明の中で


『この戦いは、別所方の兵士の子孫である

作家司馬遼太郎の、ベストセラー「播磨灘物語」

にも詳しいところです』とありました



この合戦の最中に竹中半兵衛は

亡くなります





三木城跡からも見える?

「秀吉本陣」跡にも行っています


☝️近くには竹中半兵衛が亡くなったと

されているところもあって、今でも大切に

お参りされているんです


今回、初めて資料館において

この三木城攻めのジオラマを使って

話を聞きました




このジオラマには

羽柴秀長ではなく羽柴与一郎が本丸近くに

陣をおいています

説明では「秀長」のことだと

話されていました


別所側は

このお菓子でもわかるように

当時も兵糧として食べていたのでしょう

それを鑑みても

本願寺側と繋がっていたのですね

その西側には毛利

なかなか落ちないわけです

話では

川を伝って送っていたのだから

川に流す時は中が濡れないように

それを見破った秀吉側がとった





作戦が☝️ということです





お菓子からみる歴史の楽しさを

感じました













2階ですが

今年ならではの豊臣兄弟が

お出迎えしてくれています





この👆の大まかだけれどわかりやすかったな


中央上に稲葉山城

その左下に北方城(安藤守就)

曽根城(稲葉一鉄)、大柿城(氏家朴全)


👆西美濃三人衆を調略!



そしてこの墨俣



墨俣は今回の秀吉の一夜城の合戦だけでなく、

下の説明のように天下分け目と言ってもいいほどに

重要な場所だったのですね


私は前回「鎌倉殿の13人」で

訪れました











小牧・長久手でもこちらは出てくるのでしょうか?















色々と写真を撮ってきて、ゆっくり見ていますが
もう一度ゆっくり見たい感じです

とても読みやすいし、わかりやすかったです






大河ドラマ第7話で
この二人前野(将右衛門)長康と蜂須賀(小六)正勝が
「義兄弟」の契りをした仲だったのが
いつからか、互い違いをしてしまったけれど
どのようにして
一緒にこの墨俣一夜城を作ることになって
いくかという話も進み、

その一方で西美濃三人衆と竹中半兵衛を調略の
話が進み
今後の展開でですが

安藤守就を義理父として「相婿」となり
どちらの奥さんが年上なのかは
わかりませんが竹中半兵衛と羽柴秀長は
義兄弟となるんですね


この歴史資料館ではおもに


 




「武功夜話」の話をもとに
歴史資料を紹介されています

昭和34年伊勢湾台風の被害で蔵を整理している
時にたまたま発見されたそうです
世紀の大発見かとされていましたが、
なぜか近世になってできた町の名前がこれに
書いてあったそうで、信頼性に疑義があると
されてしまっているそうです

でも、歴史をよく知っている人が手を加えたのか
どういう経緯を辿ったのかは
わからないですけれど、それを踏まえてでも
この資料館の開設がされています













2月28日は

久しぶりに関ヶ原を超えて

歴史探訪してきたのですが


◎豊臣兄弟大河ドラマ館in中村

◎安東伊賀守守就関係

◎墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)


大概こんな感じで予定を立てて

遊びに行きました







太閤出世橋



「木下藤吉郎秀吉の像」


羽柴藤吉郎秀吉ですかね

直衣を着ています





この墨俣歴史資料館は

大垣城を模して資料館として

立てたそうです



大垣城(2022年)


似てるかな?



資料館の外観には一夜城の馬柵のように

していたりしています







歴史資料館は5階たてになっていて、
2月28日(土)の次の日3月1日にドラマで
「墨俣一夜城」が完成するということで
すごい人だったような気がします

実はこの近くには「鎌倉殿の13人」の時にも
来ていて源頼朝の義弟、義経の同母兄でもある
「義円」が戦死した場所でもあって、
来ていました

その時は墨俣歴史資料館はスルーして
いました💦


まずは人並みを考えて
一気に5階まであがってしまいました











こうして見ると、明らかに遠くからみても
山じたいが綺麗な稜線をしていて
そびえている山です

その上に建っている城はまたすごい👍
ということなんですね


さぁ、これから下におりて資料を
見てきます


続く!











15年経つのですね


あなたもスタンプをGETしよう



ということは関西へ引っ越しをしてから

15年経ちました

そのうち1年だけ戻っていたので

住んでいるのは14年目とちょっと

複雑なのですが💦




群馬で「学童」で働いているときに

被災しました


その後に「輪番停電」というのを

経験したのですけれど、

輪番の時間帯によっては、

主人は夜中に働かなければ

行けなくって、それで少し体を壊して

しまって、10月に転勤することに

なったのですね



寝る前に枕元に洋服、靴などを置いたりして

いたのですけれど、

「ガソリンは満タンにしておく」たまたま

ですが、震災前日に満タンにしておいてて

ガソリンスタンドが長蛇の列だったり、

無くなってしまって補充できないとか

ありました。


その後、放射能の関係ですぐに群馬からも

逃げなければいけないかと思って、

ガソリンを使わないようにして

自転車をフルに使ったのを思い

出しました


無事に皆さんが過ごせますように!