いまのしゅんかん -44ページ目

師走

 

なんでこのタイミングに?と思いながら行ったベルリン旅行だったが、案の定今週は多忙を極めている。

娘が小学生の頃までは12月はイベント尽くしで忙しかったが、中学生の頃からそうでもなくなり、最近はクリスマスを楽しむ余裕があったのに、今回は、文字通り「師走」で、ランチの時に走っていくほど忙しい。

 

3つのプロジェクトがいずれも佳境に入ってて、しかもそれぞれ問題があって作業だけでなく考えることも多い。

まぁ、いずれも今週中にdeliverするものがあるので、むしろ来週からは暇になるかもしれないが。

 

でも多忙の1番の原因はやはり家の購入である。

アパートを売ることにもなっているので、写真撮影とオープンハウスのために片付けをしている。

全ての部屋に物が溢れかえっており、いらないものは処分し、いるものはどこかにしまったり、地下室に移動したり。

彼は私たちがベルリンに行っている間に、紙の手紙を全てスキャンしてデジタル保存する作業をしていたらしい。

この週末は、大掃除もする予定。

なので、今年はクリスマスツリーも出せず、私の手製のフエルトクリスマスカレンダーも片付けた。

 

そして不動産屋と、銀行と、弁護士とのやり取りもあり。

不動産屋は明日来る予定で、銀行とは月曜日にミーティングがある。

 

一方でプライベートの予定があり、来週は娘の25歳の誕生日があり、来週末からはノルウェーにスキー旅行に行く。

今年は12月はあっという間だな。

 

無事に家の購入がプロセスされることを祈るばかりである。

ベルリンで思ったこと

 

今回の旅行はのんびりしながら、色々考えさせられた。

 

金曜日の朝に中山美穂の訃報を聞いて、その夜は関連した動画を見まくってしまったのだが、アイドルが特に好きではなかった私でも、やっぱりノスタルジーを感じさせられたのである。

最近Xでよく見かける「しなのんちのいくる」という漫画も買ってしまったほど。昭和後期から平成初期を時代背景にした、どうも、私よりも3ー4歳下くらい多分1976年生まれくらいの子が小学生だった時の話で、自分が小学生だった時のエピソードともかなり重なる部分があり、懐かしくなるような作品なのである。

 

今、昭和ブームだと聞くが、おそらく私たちの世代も含めた、日本の人口の半分くらいを占める45歳以上の人たちが、黙っていても経済成長し続けていた1980年代は平和な時代として懐かしく思ってしまうのだと思う。

本当にあの頃はくだらない事ばかり考えていて、逆にシリアスな部分に関しては悩むことはなかった。そのまま言われた通りのことをこなしていれば、普通に仕事を得て、家庭を持ち、人並みの人生になるのかなと。

 

それに対し、ドイツの1980年代は激動だった。

隣国のデンマークでさえ、冷戦時代は緊張を強いられたこともあったという。

デンマーク人の元夫に、私があまりにもベルリンの壁に関して無知だったことにドン引きするほど驚いていたり。はい、すみません、西ベルリンが飛び地で壁に囲まれていたなんてことも知らなかった。

2003年にデンマークに移住したばかりの私は、平和ボケした、国際情勢の知識皆無の幼い女だった。

 

読みかけのデンマーク人外交官の本をベルリンに持参したら、ちょうどその人が在ドイツデンマーク大使になったところの記述に入った。ちょうど、難民危機の起きた2015年に就任されたという。

2015年は、ドイツへの日帰り旅行の帰り、難民の集団と同じ電車になったり、コペンハーゲン中央駅で難民が溢れかえっていたり、マルメ駅で難民が長蛇の列をなしているのを見て、その異常な事態を目の当たりにしただけによく覚えている。

 

そして今日、アサド政権陥落のニュース

 
54年間続いた独裁政権がこんなにあっさり陥落したことにびっくり。
やはり外部の支援ありきだったのね、と。
だからと言って、独裁政権が倒れて、スムーズな国家運営にならないケースを何度も見ているから、そううまくいくとも思ってないけど。。。

ベルリン3

日曜日はお店がほとんど閉まってるし、クリスマスマーケットももういいかなと、私が興味が湧いた場所、Anhalter Bahnhofに娘に付き合ってもらった。

 

ただこれだけ。

この前を二度は通ったことがあるはずなのに気が付かなかったのは、これ以外何もなかったからだろう。。。

 

、、、が、

 

なんと亡命博物館を建設予定というアナウンスが!

 

戦中は強制収容所にユダヤ人を送る駅だったが、それだけでなく、1933年にヒトラーが政権をとってから、ドイツ外に亡命しようとユダヤ人が殺到した駅でもあったそうである。

 

 

この博物館はデンマーク人の建築家により設計されているらしい。今も寄付金絶賛募集中だったが。

 

Wikiには2023年に着工予定と書いてあったが、その様子は皆無だった。資金不足のせいなのだろう。もしかしたら昨今のイスラエル情勢のせいで募金が集まりにくいのもあるのかもしれない。

 

時間があったので、ほぼ素通りだったAlexander Platzに再び。



クリスマスマーケットでオレンジグリューワインを。ワインではなくジュースベースなのか、飲みやすくて美味しかった。

日曜日のせいか、人が少なくてよかった。ほとんどのツーリストが日曜日発だからだろうか。

 

しかし、それだけに空港行きの電車はかなりぎゅう詰めだった。

休日のせいか近郊電車はなく、30分に一本しかない直通電車しかなかったせいでもある。Tagelに比べるとアクセスが悪い感は否めない。

 

これからデンマーク行きの飛行機に乗る。

ベルリン2

とりあえず好きなアレクサンダープラッツに行ってみるが、、

 

大規模工事でイマイチだったのでユニクロをのぞいただけで、行こうと思っていたクリスマスマーケットに移動。

 

Unter den Linden近くでフォルクスワーゲンのショールームに吸い込まれてしまった。。

ミニバスもビートルもかわいい!

ゴルフは、学生の時に恩師と研究室の仲間とのヨーロッパ旅行で借りた思い出の車でもある。

今苦境にあるかもしれないけどいいメーカーだとは思う。ソフトウェアはイマイチだが。。

 

クリスマスマーケットはいつもの所から移動してて焦ったが、大通りからアクセスしやすいところが会場になってて、ツーリストで溢れてた。

念願だったチーズフォンデュ

これは美味しかったけど、クラフト作品の出店が減っててがっかり。。昨日に引き続き、買いたいと思うものはなく。。


ブランデンブルク門まで歩いてみるが、、

デモがやってるし、娘が凍えたのでホテルに戻って休むことに。

なかなかバスが来ないので地下鉄に乗ることに。


プラットフォームで歴史が見られるようになってて面白い!

ちょうど境界線になったところで、ベルリンの壁が凋落したときのシンボルにもなっているが、、

 

あ、ナポレオン!



1806年10月にナポレオンがプロイセンを破ってベルリンを占領したという。(そうだったのか。。あれ、ナポレオンに詳しくなったはずなのに。。)

 

ホテルに戻ってから、ベルリンの勉強。

今回は戦前の中央駅について調べてた。

やっと4年前にブランデンブルク空港が開港したが、中央駅ができたのも東西統一されてから15年後の2006年。分かれていた時は、西は動物園駅、東は東駅がそれぞれ中央駅の役割を果たしていたが、第二次世界大戦まではAnhalter駅が中央駅のようだったらしい。しかし、空襲を受けたのと位置的な問題でその役割はなくなったようである。新しい中央駅はまったく違う場所にできている。

まぁAnhalter駅は、ユダヤ人の一時駐留場だったという負の歴史を抱えていて、今は近くにユダヤ博物館がある。

 

そしてまた外に出て娘のショッピング。

彼氏にと購入。裏の絵は「侘び寂び」ではなかったが。。

 

プライマークで、再来週にあるというpakkeleg(サイコロを回して6が出たらプレゼント一つ取れる、プレゼントがなくなったら、他の人のを取ってもいいという遊び。包装で盛ってOK、大体安物。)のためにと、いくつか小さいプレゼントを。2-3ユーロでも色々買えることに驚き。フォルクスワーゲンで車型のパスタが5ユーロで売ってたので勧めたけど5ユーロでも高いと。

 

そしてホテルの近くにあるラーメン屋さんに。

 

オーセンティックではないので期待してなかったけど味はまぁまぁだった。オスロで食べたのにかなり近かった。

それにJ-Popがずっと流れてて、星野源の「恋」が流れた時は「おおー」と思ってしまった。逃げ恥好きでした。。(ちなみにその直後がミスチルの「Hanabi」)

 

アイドルや芸能人に興味がなく、中山美穂のことは全然好きじゃなかったけど、なんだかんだ懐かしいと思わせるタレントさんだった。

(ちなみにデビューしたドラマで主題歌だったC-C-Bのコンサートに行ったことあり。でもそのドラマは知らなくて、今見るとかなりとんでもない内容だったことを今更知った。中学生にあんなことさせるなんて、昭和って、すごい時代だったね。だけど、私の中高時代って、とにかく性の話題が多かったとも記憶している。)

私が中学生の時には人気アイドルで、すでに大人びていたし、まさか私よりもたった3歳しか上とは思わなかった。

 

51歳で家を買おうとしてる私、人生まだこれから、と思っていたけど、この年になると本当何が起きるかわからないなーと。

後悔のないような生き方をしたいと思った。

ベルリン


 

今、家の購入でバタバタしている上に、仕事も忙しくて、昨日も21時まで家で仕事するくらい忙殺されているのに、すでに買ってしまってたので、来た、、ベルリンに。

3年ぶりのクリスマスマーケットトリップ。

 

今日も家を出る直前までミーティングで、彼に車で空港まで送ってもらったのだが、娘も授業があったためさらに30分後に来たのだった。

娘も、試験期間で課題に追われている一方で、学生ジョブの面接もちょくちょく入っているらしい。

 

お互い大変。

私も重いタスクばかりで、しかもやったことのない分野ばかりで勉強しながらだけど(読まなければならない論文がたまるばかり、、)、今はそうしないとシニアエンジニアとして生き残れないからやるしかないし、

娘も就職のために勉強と経験を積むことを両方やらなければならず。

 

ベルリンのクリスマスマーケットも初めて来てから12年たち、だいぶファンシーに様変わりしてきているけど、この時期はやはりチャーミング。

 

しばらく来られないと思うので楽しもう。。

家の購入オファー

月曜日にローカル銀行からローン承認を出してもらえるとオファーをいただき、頼まれた1年間の旅費の算出をし、なんと節約しなければならない年間120000krの二倍以上も遣っていたことがわかり、単純に旅行の頻度を半分に減らせばいいということで、

「とりあえず、最初の1年間は高額の旅行を控え、しかしお金のかからないノルウェーへのキャンプ旅行をしつつ、日常の経済状況を見ながら少しずつ旅行の計画をしようと考えている。」

と銀行にメッセージ。

 

また、買いたいと思っている家の不動産屋に銀行とのミーティングについて報告し、

「私のアパートを売ってから、という条件付きで、銀行のローン承認が下りるので、それで家の購入のオファーを考えている。」

と書いたら、一度私のアパートの査定に来たいというので、確かにそういう条件付きなら、不動産屋に私のアパートがすぐ売れそうかどうか判断してもらう方がいいと思い、来てもらうことに。

 

そしたら、いいアパートだと評価してくれ、私が考えている値段だったら割とすぐに売れるだろうと、条件付きの家の購入の契約もポジティブにとってくれ、早速今月中に売り出すことをオファーされた。

本当は別の不動産屋に頼むつもりだったのだが、こういう状況で家を買おうとしている以上、同じ不動産屋の方がやはり便利だなと思い、私のアパートの売却もお願いすることに。

もちろん、こういう場合、家の売る側は市場に残せるので、もしかしたら別の人が興味を持ってオファーしてくる可能性もある。

しかし、すでにアパートをマーケットに出すことによって反響を見てアパートが売れるかどうか感触を得ることができ、どうするべきか判断しやすい。

でも、不動産屋が無条件での購入を全くプッシュしてこなかったのをみても、今のところあの家に興味を持つ人がほとんどいないのか、このアパートでもって条件付き購入が割といいディールと思ってくれているような気がする。

人気がない家というのも、それはそれで将来の不安要素ではあるけど(いざというときに売りにくい)、とりあえず私たちにとっては一番都合のいい家なのでやっぱり買いたい。

 

それにしても、、、、今も相当ストレスなのだが、今後は超多忙になりそうである。

 

ー 弁護士へのコンタクト

ー 家の購入に関する合意契約

ー 売却のための不動産との契約

ー 写真撮影のための準備(醜いものを全て移動)

ー 銀行を変える手続き(投資アカウントもあるからちょっと面倒臭い。。。)

 

なんでも、年末年始はカップルが別れやすく、不動産マーケットが活発になる時期なのだそうである。

夏休みもそうらしいが、一緒の時間を過ごしすぎて別れたいというモチベーションが上がる時期なのだとか。

なので、クリスマス休暇の前に写真撮影をしてマーケットに出したいと。私がノルウェーへのスキー旅行の間は鍵を預けてオープンハウスもやりたいらしい。

 

11年前も11月に離婚を決めて、12月にバタバタとアパートを購入契約したのだった。

 

 
すごい、全然記憶してなかったけど、銀行からのローン承認、契約してから出してもらったんだ、、、
これは覚えているけど、弁護士も、契約書をもらってから探したんだった、、たまたま友達も同じ時期にアパートを買ってて同じ弁護士を紹介してもらい、即日に書類を見てもらったのだった。
まぁ、2014年3月末までに当時住んでいた家を出なければならないという離婚条件で、その期限内に娘の小学校の徒歩圏内で条件の合うアパート(寝室2部屋、2mio kr以下、大きいバスルーム)を見つけなければならず、ざっと探した感じなかなかいいのはなく焦ったこともあり。
 
今回は、10月に同僚の家を見に行って家を買うことに興味を持ってから長い道のりだった、、その分、ローン承認と弁護士の準備は抜かりないが。しかし同時に私のアパートも売らなければならないので、手続きも倍以上だけど。
 
とりあえず、私の希望通り、私のアパートが売れたときに家を購入という合意ができる見込みでホッとしている。

陶芸クラス最終回

昨日は、最後の陶芸クラスだった。

 

最終日は時間がかかるというので、いつもよりも30分早く集合し、、、

 

見本を見て、どの釉薬を塗るか考える、、、

 

最後の成形の時に作ったお茶碗、もっと大きいと思っていたけど、ちょうどいいサイズに縮んでいる!

これで、底を出っ張らせなければ、抹茶茶碗として使えたのに、、、うう、、無念、、、

 

しかし、抹茶茶碗っぽい柄にしようと、内側は透明でクラックが入る釉薬を塗り、外側は渋い茶色を塗って、その上に青緑のストライプを入れる、、、

 

菓子器にしようと、深青の縁に青緑を中心に塗ったら、食器には向かないと言われ、無害の黄緑を重ね塗りした。色が混ざって落ち着く色になることを祈る、、、

 

お弁当を持ってくるようにと言われていたので、鯖缶、冷凍枝豆、卵焼きの手抜き弁当を持参して行った。

 
残りの一つの容器は、茶色の釉薬をベースに、内側は白、外側は灰色を重ね塗りしたが、馴染まず難儀した。。
 
来週はもうなく、再来週にみんなで集まって、出来上がり作品の品評会が行われる予定になっている。
どういう仕上がりになっているか、楽しみ。。。先週塗ったパフィンちゃんもどうなるか。。
こればかりは、焼き上がるまで誰もわからないという。
 
ちなみに、もう家を買う予定になって、多忙になる上お金もキツくなるのに、来年もまた同じ陶芸クラスにサインアップした。
やっぱり、難易度の高いお茶碗作りに挑戦したいと思っており。
手捻りだけど、ろくろを使ってもっと綺麗な器を作れるようになりたいなーと。
それに、このクラス、遠くて車でも片道1時間かかるけどかなりヒュゲリで。楽しいからもうちょっと続けてみたいと思い。
 
ともかく2週間後が楽しみである。(撃沈しているかもだが。)

別の銀行とのミーティング

 

昨日は、毎年行くことが恒例になっている、Rådvadのクリスマスマーケットに行ったのだが、なんとなく緊縮財政を意識しているせいか、それとも興味がわくものに出会えなかったせいか、何も買わなかった。

陶器は、陶芸クラスの色つけにインスパイヤを受けることができたが。

 

そして今朝は、不動産屋が紹介してくれた銀行とのミーティングで、メールのやり取りではそれほど期待していなかったが、結果的にはものすごくよく、銀行を変えたいと思うほど好印象を持った。

 

最初からものすごくポジティブな雰囲気を感じたのだが、かといって顧客を何がなんでもとりたいというガツガツした感じもなく、とても丁寧に、どのように家を購入するのか、私が置かれている状況の場合でもどういうプロセスになるのか説明してくれて、ものすごく嬉しくなった。

なんと言っても、私は、そのプロセスが全くわからず、具体的にどうすればいいのか全くわからなかったことで不安が解消できなかったのである。金曜日に、同僚に相談したけれど、残念ながら、私のように不動産を売らないと家を買えない、という人を知らないと言われ、途方に暮れたのである。

 

その場合でも、担当してくださった人は、不動産バブル前後も経験しているだけに、やはり最初はリスクを取らないよう、アパートが売れたら入金するという条件付きで契約した方がいいと。もし、売れる前に別の購入希望者が無条件でオファーするとあれば、その時にまた考えればいいと。

 

肝心の、ローン承認に関しては、是非オファーしたいとのこと。

ただ、今の消費活動だと月に10000kr足りなくなるので、旅費を削ることで経済が回るか判断するために、直近1年間でかかった旅費を出して欲しいとのリクエストがあった。

早速、支出をまとめているが、私の分でいうと、去年年末の日本への航空券(15000kr)、パリオリンピック旅行(25000kr)、イースターでのラグジュアリー山スキー旅行(11000kr)、娘のバチュラー記念ディナー(9000kr)あたりで年間60000krになるかな、と。

もうこういう出費はできない。。日本は来年行かないかもしれないけど、行くとしてもこの値段では買わないと思う。まぁ基本的には、もう払い込んでいる旅行以外は、最初は旅行はできる限り控えて、余裕が出そうであれば、相応のアクティビティをする、ということを考えているが。

ただ、今年は、お金のかからないアクティビティの仕方も学んだので、全く旅行ができないとも思ってなく。

 

それで、ミーティングの後、職場である若い同僚に話をしたら、さもありなんで、今時大きな銀行は、個人顧客の1億円にも満たないディールに10時間もコンサル時間をかけるのを惜しがるので、優先順位は低くなっているのだとか。

手数料は高いし、若い子にはまずローンのオファーをしないという。

なので彼自身も出身地の地元銀行でローンしているし、別の若い同僚はやはり大きい銀行にリジェクトされて銀行を変えたと。

いつも一緒に仕事しているシニアの同僚は、かなり前に銀行を変えているし、なんと社長も、私が今朝ミーティングした銀行に変えたという。社長でさえ???

ミーティングの後、車に乗っていたら、前にいたバスの後に、その銀行の広告があり、「私たちは銀行を変えました」とあったけど、あながち大袈裟ではない??

どうも、大きな銀行は企業向け、小さなローカル銀行は個人向け、という棲み分けができているのかもしれない。。。

シニアの同僚は、それは間違っているというが。。でも、11年前に比べて明らかに銀行の対応が変わってきている。。

 

インスタで、デンマーク在住の日本人の方からメッセージがきて、やはり家の購入にstruggleされているようで、今メッセージのやりとりをしているのだが、デンマーク人でさえ今は大変なのに、外国人なんてなおのこと大変だよな、、と。

 

そんな中、やっとポジティブな対応をしてくれたことに救いを感じている。

アドベント

 

今日は第一アドベントで、国教会では正月にあたり、珍しく礼拝に行ってきた。

この週末で、一気にクリスマスシーズンに入った感がある。

 

一昨日は、職場でのクリスマパーティがあり、、、、

 

ドイツ人同僚による Feuerzangenbowle。
 
三角錐の砂糖の塊にラム酒をかけ、火をつけてカラマライズさせた砂糖を落としていくという。。。
ドイツクリスマスマーケットでのグリューワインとも風味が異なり、ちょっとビターな甘さがある感じ。なんでも、クリスマス当日とか、大晦日とか特別の日にだけ作るものらしい。美味しかった。。。
他にも、砂糖の原料であるテン菜を投げる競争があったり、クイズ大会があったり、自家製のショットやカクテルが振る舞われたり、今回は多くの同僚が色々用意してくれて楽しかった。
(てん菜を一つ持ち帰ってきたので、砂糖を煮詰める実験をやってみたい。でもそのままでも食べることは可能。)
 
そして昨日は、もしかしたらこれで最後のデンマークのクリスマスかも、という日本人一家を招待し、クリスマスディナーを我が家で。
 
 
 
なんと、デンマーク式クリスマスディナーを用意するのは4年ぶり。
毎回鴨のローストは失敗するのだが、今回は3,2kgの冷凍の鴨をすでに火曜日に購入し、ずっと冷蔵庫に入れていたら、完全に解凍されており、90度で6時間、200度で30分焼いたら、いつもよりもずっと焼きすぎている感じになった。
でも、そのおかげで脂はかなり落ちてくれていて、クセはかなり軽減されており、またパサつきもソースをかければ気にならなかった。鴨は焦げなければ結構焼いてもいいのだな、と。今回はうまくいってほっ。
 

 

4歳と6歳のお子さん連れだったので、ぬいぐるみと絵本とレゴを用意したのだけど、どれも興味津々で、最後はレゴに嵌まり込んで遊んでくれて嬉しかった。そんな小さなお子さんでも、色々アイデアを持って作っててすごい!と思った。
今時、デジタルからなかなか距離を置けないと思っていたし、最近は子供でも動画にハマってしまう話を聞いていたけど、その子たちは普段使っていないのか、全く出番はなく。
ちなみに、彼は、私が出した絵本「消防自動車じぷた」を見て、「僕も持ってた!」とのこと。義理ママさんもよく覚えているようだった。

 

そして今朝は、彼は珍しく早起きして、早速アドベンツコードをやってた。

 

アドベンツビールとチョコレート。

 
礼拝で、アメリカ大統領の話も交えながら、いまの時世におけるキリスト教の意味とは、という話をされていたけど、私も来年は、もっとミニマリスト的な生活にシフトしようかな、と思った。
お金を使う派手なアクティビティをするのではなく、自宅でディナーに招いたり、お茶会をやったり、黙想会をやったり、近場のキャンプ場でキャンプをしたり、もっとささやかで心温まることをしたいなーと。
 
なかなか決心つかなかったけど、まずこのアパートを売ることから着手するべきかな、と思った。

やっぱり、あの家を買いたいかも。

世知辛い時世

今週は怒涛週間で、珍しく毎日平日の夜に予定が入っていた上に、家の購入がらみの用事がちょこちょこあってかなりストレスだった。昨日の職場のクリスマスパーティは、多くの同僚がイベントに貢献していたのに、私自身は参加がものすごく重荷だったほど。でも、久しぶりにオフィスでのパーティも味があって、それはそれでよかったのだけど。

 

木曜日、時々食事に行く、コンサル会社で働く友達と会ったのだが、やはり仕事の話がメインで盛り上がった。

彼女と共感し合ったのは、

「世知辛い世の中になったよねー」

とのこと。

 

以前よりも、今は予算設定がキツめな上、同時に求められるクオリティも高め。

 

同僚が、実験室で、あるシリアスなプロジェクトのオンラインミーティングしていた時など、声を張り上げていて、他のステークホルダーたちへの苛立ちを目の当たりにしたばかり。

友達も、センスのないプロマネに当たってしまい、本質的ではないメールの応酬に時間だけは消費されるという状況にものすごく苛立っているらしい。クライアントの評判も悪いので、そのプロマネはおそらくプロジェクトから外されるとのこと。

今時、プロマネはむしろ時間効率化のための働きが求められるから、難易度がさらに高いと思う。

 

そして、オフィスを引っ越しするそうで、私と会った日が、現オフィスの最終日だったと。

リモートする人が増え、家賃を浮かそうと、もっと小さいオフィスに移るという。

うちの会社も、2年半前に、家賃の安いところに引っ越し、結果実験室から距離ができた。しかも、家賃収入を得ようと、二人だけの小さな会社に貸しオフィスをしていて、今も一応さらに募集している。

それだけでなく、レクリエーションも少なくなったよね、、と。以前は年に2回くらい、体験型イベントがあり、バイキング舟体験をしたり、レストランの料理体験をしたりしたが、今は全く皆無である。

彼女の会社も、彼女が入社する前に飛行機をチャーターまでする社員旅行があったそう。すごい。。。うちの会社は、オスロへのミニクルーズ旅行があって、皆んなでスキーに行った話が今でも語り継がれているが。

 

また、私が世知辛いと感じるのは、大学の状況である。

実験室で、ある准教授の人に話しかけられたのだが、今大学で支出を減らすよう圧力をかけられているため、本当は実験アシスタントを雇いたいけどお金がないため、その人自身が学生の実験を手伝わなければならず、滅茶苦茶忙しい上、それでも以前よりもずっと実験室でのアクティビティが少なくなってしまい心苦しいと思っているという。

確かに、以前は、ものすごくプラクティカルに強いテクニシャンがいたので心強かったが、今はそういう人がなくむしろ私が時々その准教授の人を手伝うことがあるくらいになった。

 

それに、今メインで働いているプロジェクトのコラボパートナーは大学なのだが、予算の大半が大学なのに、スタッフの貢献が小さく感じていて、プロジェクトのお金をプロジェクトではなく、教育コストに回しているのかなと穿っている。

実際手を動かしているのは経験のない学生なので、私の領域ではないところでも結局私が調べてあげている感じ。まぁ物理の分野で勉強になるからいいけど、ちょっと納得もいかなかったり。

友達のご主人もアカデミアで、幸い研究費は潤沢とはいえ、スタッフが少なく、業務だけは増えて、超多忙を極めているらしい。

 

 

私が、仕事以外にもストレスを感じているのは、ほんの数年前に比べても、今はずっと家を買うことの敷居が高くなったな、と思うようになったからである。

数年前に銀行とミーティングした時は、ぶっちゃけ8mio DKK(1,7億円)の家でも買えます、と言ってくれていたのに、今は、それよりもずっと安い物件でさえ、渋られている感じ。

もちろん、数年前に比べて、私たちの消費活動が派手になったから、という事実もあるからということはわかっているけど、不動産だけでなく、貯金だってそれなりにあるのに、年金口座だって潤沢にあるのに、なんでこんなに厳しいの?と。

 

やっぱりウクライナの戦争の影響も大きいのか。。。

社長の「時代が変わった」の台詞が頭をよぎる。。。

昨日のパーティの最初の社長の言葉で、こういう時代だからこそ、より難易度の高いプロジェクトを売ることによって会社を成長させていく、とあった。

 

それはそれでいいけど、厳しい時勢になったなとつくづく思う。