いまのしゅんかん
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リハビリ開始

昨日抜歯したので、今日から自分で運転して出勤したのだが嬉しかった。。。
やっぱり自分に足があるというのは素晴らしい。
 
一昨日はまだ自信がなかったので1時間遅い出勤だったが、今日は骨折する前と同じ7時に出勤した。
6時半に家を出る時、うす明るくなっているのに、日が長くなってきていることを実感した。
冬は好きだけど、明るくなってくるのは嬉しい。
久しぶりの出勤のドライブは楽しかった。
 
お昼頃に職場を出て、コムーネのリハビリセンターへ。
 
 
一応運動できる格好でシューズも持参していたが、、、

 

 
理学療法士さんに用意されていたプログラムを知らされていなかったので、いきなりエアロバイクからのスタートでびっくり。
家にもあるけど怖くて試したことがなかったが、意外と骨折したところの負荷はなく、痛みやストレスは全くなかった。
しかし、2番目に軽いギアでも、たった10分でヘロヘロ。
腿の筋力がどれだけ弱まっていたのか。。
久しぶりに息が上がり、汗ばんでくるのは結構気持ちよかった。

 

 

 

 
自転車→腸腰筋→腹筋の後、スクワットをやってと言われてびっくり。
やっていいの?
でもこれまた意外にストレスはなく、普通にできた。
 
最後にゴムを使って、中臀筋のトレーニングをやって終了となったが、骨折して2週間しかたっていないのに、意外と色々できるんだなーと驚かされた。
ストレスや痛みを感じたら、もちろんやってはいけないが、骨を強化するのに、筋肉を鍛えることはとても重要なので、その自分の限界に気をつけながら適度に筋トレをしなければならないという。
 
そう思うと、骨折する前日にもオスロのスキー場でスキーでの直登ハイクアップもしたし、この冬はかなり頻繁にクロカンもやってて、筋力はそれなりに鍛えていたから、本当に骨粗鬆症になってたのかな、、、と思ったりも。
いずれにしても、理学療法士さん曰く、骨折してたった2週間にしては驚異的な回復ぶりだという。
 
とにかく家でできるトレーニングを教えてもらえてとても良かった。
特にエアロバイクができるのがわかって良かった。

抜糸と骨粗鬆症

今週からは、抜糸してからは運転できるので、月曜日に彼の送り迎えで通勤、火曜日にクリニックのアポがあるためリモート、水曜日からは自分の運転で普通に出勤することにした。
 
 
昨日は、久しぶりにフルタイムで働き、社長らが不在だったので出勤してすぐに徒歩で朝食用のパンを買いに行き、簡単なラボタスクもこなしたが、やっぱり体を動かして働くのは楽しい。。。やっぱり私はリモートより出勤する方が好き。
 
今日、退院グッズの中に入っていた、リムーバーを持ってクリニックに。
 
 
予約した時は、この存在を知らなくて、縫合はメタルで?と聞かれたのに、違いますと思い切り否定したが、袋の中にこれを発見して、金属以外の何物でもないな、、と認識。どうも、スキンステープラーという医療用ホッチキスで縫合されたらしい。
どおりで、いつまでも突っ張るような、チクッとした痛みがあるなと。
 
縫合糸の抜糸は全然痛くないらしいが、この抜ピンは、10個くらいのステープラーを一つ一つ切られるたびにチクっとした痛みがあり、長く感じた。すごく痛くはないが、痛くないわけでもなかった。
でも縫合はうまくいってるとのこと。
 
骨粗鬆症について聞こうと思ってたら、抜ピンの前に医者の方から言ってきて、来週専門の先生との診療時間を予約してくれた。
昨日はそのために骨粗鬆症のことを調べまくり、血液検査の中で見つけた骨型フォスファターゼが骨形成マーカーであることを知り、過去のデータと比較して値が上がっていることを懸念してたのだが、医者は目もくれず、それよりはビタミンDの値だと。
ビタミンD欠乏の一番大きな症状が骨が弱くなることなので、ビタミンD不足→骨粗鬆症→骨折と思われてもおかしくない。
 
なので、いろんな医者から骨折の状況について聞かれたのだが、どんなに説明しても、あまり大した転倒だと思われず、ますます骨粗鬆症を疑われている感じ。
腰が痛いとか、他の症状はないからあまりそう思いたくはいないけど、ビタミンDが低いのは事実だし、閉経したところだし、骨粗鬆症になってもおかしくない食習慣で、特に転職してから運動不足だったから、診察してくれるのはとてもありがたい。
私が興味があるDXAという骨密度の検査は、来週診察してくれる医者がアレンジしてくれ、後日案内が来て総合病院でやってくれそうである。
 
やっぱり、ここで骨折してよかったかもしれない。
結果はどうあれ、骨粗鬆症のリスク因子が大きい状況で生活していたのを、骨折を機に見直すことになったので。
一番大きいのは、閉経と飲酒とビタミンD摂取不足。
北欧の冬を過ごすことのリスクを、改めて認識する機会になって本当によかったと思う。

ミラノコルティナオリンピックが終わって

オリンピックが終わってしまった。。。

 

でも今回は、開会式の時にノルウェーに移動し、2泊3日で週末スキーに行き、帰ってきた翌日に骨折して緊急入院し、退院してからもしばらく調子が悪かったので、思ってたよりも観戦できなかったかもしれない。

昼間はバタバタで、夜にあればライブ、観たいものを録画でじっくり観る、というのが多かった。結果がわかってても、過程を見て楽しめるタチなので。

観るのはほとんどスキーで、スケートはほとんど観なかった。4年前と比べても、アルペンスキーの技術を追求するようになり、山スキーをやるようになり、2年前にクロカンのデビューをしているから、スキーの幅が広がってスキーの方が断然見て楽しい。コブを攻略できていないけど次の課題と思っているからモーグルを見るのも楽しい。

 

それでも今回一番楽しみにしていたのは、初のオリンピック種目、山岳スキーである。

山スキーが一番好きだし、彼が来月山岳スキーのレースに参加するからである。

 

しかし、、、、、

 

えっ、壺足が階段???(つまづいている人もいたけど。別の辛さはあるよね。。)

 

私のイメージする山岳スキー。

 
会場はスキーゲレンデで、最初の競技は獲得標高がたったの65m。コペンヒルより低い。。
スキー登坂→壺足→スキー登坂→滑走で、たったの3分のレースで、あっという間に終わるのでかなり物足りなかった。
二つ目の競技、男女混合リレーではその倍くらいの距離があり、しかも二回ずつだったのでもっと長くて面白かったが。
しかも、女子選手で最後に完全にバテてる人もいたほど。それでも、、、という感じ。
 
ま、初めての種目で、オリンピックのプログラムに入れるのに放映などの関係でギリギリの条件だったのかもしれない。
これを言ったらおしまいだけど、オリンピックの方がつまらない種目は結構あるので。。。
フリースタイルなんかは、X-Gamesの方が断然面白いし。
 
今回最も圧倒されたのは、これ。

 

 
クロカン全ての競技で、6つの金メダルを獲得したノルウェー人Johannes Høsflot Klæboである。
 
実は全部見たのは最後の50kmクラシックだけだったのだが、すごかった。。。
この時、気温が5度くらいあり、雪はかなり湿っており、クロカンにとってはかなり悪コンディションであった。ワックスの調整もかなり難しかっただろうと思われる。
しかし前半でノルウェー人3人の戦いになってからは、常に団子状態だったため、50km、1度もスキーを変えなかったのである。
流石に最後の周回で一人が脱落し、KlæboとNyengetのデットヒートとなり、最後の激坂Klæboステップで、またもやKlæboが驚きの速さで上っていったのである。
強い、強すぎる。。。。
 
このオリンピック、ノルウェーがダントツの1位でメダルを獲得したが、ノルウェーは、ロシアや中国のようなディシプリンで強いわけではないと思っている。
環境が整っているのと、個人個人のモチベーションによるものと思う。
実際Klæboの強さの理由は誰もわからないらしい。
 
ノルウェーのスキー場に行くと、10歳前後の子供がオフピストで難しいトレースを滑り降りていたり、キッカーでジャンプしまくっているが、特訓という感じではなく、あくまでも遊びの延長である。
オスロのクロカンのトラックは、老若男女でいつも満員御礼。怖くてオスロではクロカンをしたことがない。
ノルウェーでは、いつも壁にぶち当たって敗北感を味わう。年末の山スキーにしても、オスロのゲレンデ横の直登スキー登坂にしても。
この難しさを乗り越えていく彼らの強さにひれ伏すのである。
 
彼が、山岳スキーのトレーニングをしたいというので、またこの週末にオスロに行くことに。
私はスキーができないので、オスロの坂道を歩くトレーニングをしようと思っている。

骨折によるDietの変化

おかげで痛み止めを飲まなくても痛まなくなってきている。

しかし、骨折して不安なのは、骨粗鬆症と筋力の低下である。

 

病院からもらった薬が切れて、薬局にカルシウムを買いに行ったら、カルシウムを吸収させるにはビタミンDが必要で、しかしビタミンDは水には溶けにくく、油と一緒に取らないと吸収されないという。

入院した時の血液検査によると、ビタミンDの量はかなり低く(50nmol/l以上あるべきなのが32nmol/lしかなかった。日本では75nmol/l以上推奨)、厳しい冬で外にはかなり出ていたけど日光を浴びてなかっただけでなく、難水溶性とは知らず正しくビタミンDを摂取していなかったようである。

 

なので骨粗鬆症の改善について調べ、食生活も変えることにした。

 

1 飲酒を控える

実は、飲酒はビタミンDの吸収を妨げるらしい。飲酒習慣が低いビタミンD濃度に繋がっていたかもしれない。でもたまには飲みたいから、せめて自宅で飲むのはやめよう。。

 

2 カフェインを控える

コーヒー大好きだし、お茶もやってて特に濃茶も飲んだりするけど、カフェインもネガティブ因子らしい。茶道は続けたいので、せめて職場ではハーブティーに変えよう。。

 

3 乳製品を取る

牛乳が得意ではなく、大腸に負担になることを恐れて積極的に乳製品を取ってなかったのだが、コーヒーとビールの代わりに朝晩ホットミルクを飲むのと、毎朝低脂肪のヨーグルトSkyrを食べるように。

 

4 魚をもっと食べる

ビタミンDは、魚の油と滅茶苦茶相性がいいという。北欧で魚油を取るのはそのためでもあったらしい。イワシの缶詰をまとめ買いして頻繁に食べることにする。

 

5 タンパク質をとる

魚や豆腐、卵を食べる他、スナック菓子を食べるのをやめ、ナッツを食べることに。

 

こう見ると、今まで骨粗鬆症を促す食生活だったのかもしれないと思う。

アルコールもカフェインも大量摂取してたし、カルシウム豊富なものを積極的に食べてなかったし、魚は好きだけど入手しにくい理由でそう頻繁に食べてなかった。冷凍のニシンの切り身ですら、特定のスーパーでしか入手できなくなり。イワシの缶詰もたまには美味しいけど、缶詰だから飽きる。。でもこれからは飽きても食べ続けるけど。魚油をカプセルで買うか。。

 

骨折した左足がまだ浮腫んでいたので、太ももをマッサージしたら筋肉痛みたいなものを感じたけど、その後歩くのがずいぶん楽になった。

骨の強化だけでなく、筋力もトレーニングしないと、、、と思った。

最後の雪遊び

今週は水曜日以降は、出勤せずに家で新しい工場がらみの仕事をしながら、リハビリのミーティングがあったり、歯医者のアポがあったり、友達がお見舞いに来てくれたりと、なんだかんだあっという間に過ぎた感じ。
 
友達とは去年の秋以来に再会で、その時とまた状況が違っていたので、彼女が使っているデンマークのシステムを見せてもらって、私が骨折で体験した一連の医療サービスについてもそうだけど、まだまだデンマークの知らないことはあるのだな、と興味津々。。
また、彼女はビザの更新を申請したそうなのだが、なぜか今は移民局が大混雑で、予約スロットが取れず、再入国カードを発行してもらうのもなかなか難しいという。
2023年に彼が永住権を申請したとき、やはり再入国カードを申請するために付き添いで初めてNæstvedの移民局に行ったけど(というか、私が興味津々で付き添わさせてもらった)、あらかじめ予約スロットを取ってから行くので、移民局はガラガラで、私自身は2010年に永住権を取るまで、コペンハーゲンの移民局でいつも番号カードを引いて、2〜3時間待たされていたのと隔世の感があるなと感慨に耽ったものである。
ずっとそんな感じらしかったのだが、今なぜ混んでいるのかは謎。Novoの5000人解雇もそうだし、複数の大企業がレイオフしているので、多くの労働ビザを持つ外国人が対応を迫られているからかもしれない。
 
昨日は、週末の気温上昇と降雨で、地下室のある家を持っている人は気をつけるべき、という警告がDRのサイトで見られたので、対応することに。
 
なんでも、大量にある雪が、この週末で大部分溶けて、その結果、窓からの浸水や融水による建物のダメージのリスクがあるので、建物の近くにある雪を除雪するべきという警告だった。
彼を待とうと思ったけど、せっかく晴れていて日光を浴びるチャンスだし、小さいシャベルで、地下室の窓の近くにある雪を取り除き、ついでに通路に雪を被せて、クロカンで玄関から門の間の一往復してみた。
彼が帰ってきてからは、窓の近くだけでなく、建物全ての部分の除雪をしてくれた。
 

今朝の写真だがこんな感じ。

 

自宅でのクロカンで、ただ歩くだけだったら全然足に負担がないことを認識し、今日が最後のチャンスだと、日の入り直前に鹿公園に行った。

 

 
正直、壺足で歩くより、クロカンで歩く方が全然楽だった。
壺足の方が、雪の凸凹で重力のインパクトを受けやすく、かといって舗装路の上は部分的にアイスバーンになっているので、足を滑らして転倒という惨事を防ぐのに気を遣う。
クロカンは全く抵抗がないのでインパクトがなく、足が板に乗れていれば、安定もしている。鹿公園はアップダウンもないのでちょうどよかった。
 
雪のせいで色々あったけど、なんだったら、骨折したのは、雪のせいでコペンハーゲンで駐車に難儀し、違法の場所で一時的に止めて、急ごうとしてアイスバーンの上で転倒したのが原因だったけど、それでも雪のおかげでものすごく楽しめた。
頻繁に鹿公園にクロカンで遊んだのはいい思い出である。
 
ちなみに、なぜオリンピックでデンマークがメダルを取れないのか話題になったけど、やっぱり日常でウィンタースポーツにアクセスできないことが大きいと思う。
オランダみたいに山がない国でもスケートが盛んな国もあるけど、そういった高額な施設に頼らずとも、それほど金も手間もかけずにできるくらいじゃないと、国をあげて盛んなスポーツにはなりにくい。
ノルウェーに行くと、なぜ冬季オリンピックで金メダルの数が一番多いのか、簡単に納得してしまうほど、老若男女ウィンタースポーツやっている雰囲気を垣間見れるのである。
 
デンマークでも毎年雪が多ければもっと盛んになってもいいと思うけど。。。
次はいつだろう。また15年後かな。

Den Sidste Slæderejse 観劇

 

昨日、演劇を観に行ってきた。

「Den Sidste Slæderejse」という、デンマーク人探検家Knud Rasmussenの、グリーンランド人猟師妻Arnarulunnguaqを伴っての5回目の北極圏探検ツアーをモチーフにした話で、予習なしでの観劇はなかなか難易度が高いながらも、新しい発見をしてレガシーとして残そうとするKnudと、スピリチュアルに生き自然にそのまま対峙しようとするArnarulunnguaqの、デンマークとグリーンランドの価値観の違いやチグハグさは十分に伝わる劇だった。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Arnarulunnguaq

 

Knudはともかく、Arnarulunnguaqは文献にはほとんど名前を残してなくあまり知られてなかったが、最近になって脚光を浴びてきたという。

 

冒頭で、Arnarulunnguaqが2度生まれた、というセリフがあり、一度母親に首を締められて殺さそうになったことを、舞台で再現して見せながら、その体験について、「一度死に、再度生まれた」と言うのである。

そして、Knudが、いいことだけをまとめて本にしていることを「そんなの嘘っぱちだ!!」と鼻で笑いながら、実際の体験にはいいことも悪いこともあるのだ、ときっぱり言い放つのである。

そのwikiによると、食糧が足らず口減らしのために母親に殺されそうになったが兄弟が泣いたので命拾いをし、彼女はその体験を2度目の誕生と言っていたらしい。

 

彼曰く、Arnarulunnguaqは、私に似ていると。

確かに私も2度生まれているしね。(そこじゃない。。半分ガチだけど。)

見た目だけでなく、芯の強さを伺わせる雰囲気が似ているという。

 

 

今年になってグリーランド危機でストレスになっていたけど、それだけにこの劇に興味を持ち観に行ったけど、ますますグリーンランドに対する興味は深まった。

 

このプロジェクトが始まるときに、グリーンランド人女優Nukaka Coster Waldauはまずグリーンランドに関する講義をしたそうである。

危機が起きる前は価値観や文化の違いで、デンマークとグリーンランドとの関係はかなり微妙だったけど、これを機にまたグリーンランドについて理解が深まればいいなと思う。

 

パンフレットから

新プロジェクトのキックオフミーティング

なんだかんだ、今週から通常運転に戻りつつある。

昨日は、社長といろいろ打ち合わせしたかったので、いつもより1時間遅い8時に出勤したら、皆んなに驚かれ、社長にはまだ来なくていいのにと怒られてしまったが、とはいえ自分の頭と体を鈍らせたくないから仕事したいと、リモートでもできるタスクについて話し、一つ片付けて昼過ぎに退勤、

 

今日は、プロジェクトパートナーのスタートアップ企業がある、コペンハーゲン郊外のレンタルオフィスコンプレックスまで、新しいプロジェクトのキックオフミーティングに参加してきた。

 

かなりモダンな内装。
 
ここに入っているスタートアップ企業は、2015年から3年間携わったエレクトロニクス系のコンソーチウムプロジェクトにいたPhD二人が、2020年に起業した会社で、3人で始めた会社が今は35人もいるそうで、オフィスも私が前職でいたコンサル会社よりも広くて驚いた。
まぁ、同じ建物の別のオフィスで手狭になってきて、さらに従業員を増やしたいからと、2ヶ月前に引っ越したばかりだそうだが。
 
 
彼らの事業も、その10年前のコンソーチウムプロジェクトの成果物を基に、スピンアウトし商品として開発されてきて、新しいプロジェクトはよりスケールアップした生産ラインを確立することを目的としているが、今やAI時代、彼らの商品はさらに需要が高まっており、あのビジネスにうるさい社長でさえ大きなポテンシャルを感じているプロジェクトなのである。
 
日本では、いかにAIと付き合うことが話題になっているが、ヨーロッパでは、どちらかというと、AIによって激増している電力需要にどのように対応するかの方がクリティカルであるような気がする。
特に、ヨーロッパは、戦争によってエネルギー危機が起きたことも大きいのだろうが。
日本では、太陽光パネルのメガソーラーパーク設立の反対、原子力発電所の再稼働の反対が声高に叫ばれているけど、正直、呑気だなーーーーと思ってしまう。まぁエネルギー代が物価に直結していることも認識されていないのでは、と疑うほどでもあるが。
 
というわけで、昨日はプロジェクトの資料を読んだり、関連する過去の開発プロジェクトを読み直していたりしたのだが、今日のキックオフミーティングでより目的や内容を把握できて面白かった。
 
ただ、これから大学側は新しい人材を獲得しなければならないそうだが、エレクトロニクス系でいい人はなかなか見つからないらしい。。。給料がいいデンマークでもなかなか苦労するのか、、、
まぁアメリカに比べると、給料レベルは全然低いらしいけど。
 
ともかく、このプロジェクトのこれからが楽しみである。

退院後のリハビリと娘の滞在最終日

木曜日に退院して、金曜日には朝からクリニックと抜糸の予約をしたり、仕事のメールを書いたりオンラインミーティングに出たり、娘とバスに乗ってショッピングセンターに買い物に行くなど順調に回復できるかと思いきや、、、

 

その後発熱と吐き気で撃沈。

ずーっと気持ち悪さと戦い、20時にやっと起き上がって、なんとか焼き魚と揚げ出し豆腐を作って夕飯にしたが、私は食欲なし。。(どっちも大好物、、泣)

もう、病院からくれた痛み止め(モルヒネ+アセトアミノフェン)を飲むのをやめ、自分がもってるアスピリンだけで痛みをコントロールすることに。

 

土曜日もうっすら気持ち悪さが残ってて食欲もないし何もやる気なかったが、午後にアスピリンを飲み、鹿公園に行くことに。

体調イマイチでも、動かなければ、消化器官はパッシブなまま、ますます体が機能しなくなるというジレンマがあるのである。

 

 

彼と娘はクロカン、私は歩き、最初はトラックの近くを苦労しながら壺足で歩き、私だけ半分アイスバーンの舗装路上を歩くことにしたが、行ってよかった。

 

 

また滑って転んだらシャレにならんと神経質になってゆっくり歩いたが、それでも外に出て、新鮮な空気を吸って、美しい景色を眺めながら体を動かすのは気持ちよかった。

 

4kmほども歩いて疲れたが、意外と元気なままで、すぐに友達の家に行く娘を送ったあとに買い物し、初めて食べたいと思って豚の生姜焼きと大根の味噌汁を作って、おいしく夕食を頂くことができたのだった。食欲があるって素晴らしい。

 

今日は、昨日のバレンタインデーで作ろうと思ってたけど体調イマイチで作れなかった大福を作った。

 

 

娘が今日で自分のアパートに戻るから、というのもある。

本当はもっと前に作ってあげるつもりだったけど、バタバタした挙句、私が骨折してしまったのでギリギリになってしまった。。

 

私のバイタル向上にとても効果を感じたので今日も鹿公園へ。

 

 

私は最初から舗装路の往復。

しかし、新雪はないままなので雪の状態はさらに悪くなってたそうで、娘はハードだと感じたらしい。

でも、クロカンは楽しいと思うようで、心臓の手術をしてリハビリにちょうどいい運動量だし、今年はデンマークで雪が多いのが幸いしたなと思う。

正直、このきっかけがなければ、ゲレンデスキー好きの娘がクロカンを始めることになったかは疑問。

娘が我が家に療養滞在して、クロカンを始めたことが一番の収穫だったと思う。

 

これから最後の夕飯(牛肉のステーキとサーモンの刺身という豪華プロテインディナー)を用意し、娘をアパートに送る。

退院

娘にMinSPという、医療プラットフォームのアプリを教えてもらい興味深々。。

 

木曜日が退院予定日になってる。

 

治療やバイタルなど、ジャーナル(カルテ)の全てが見れる。

 

 

発熱が治らず、気になってた細菌感染の数値も下がってる。

 

昨日の朝、朝食を食べてしばらくしてから医者が来て、もう退院できるとのこと。

その後看護士にいつ退院したいか聞かれ、いつでもいいけど、そちらの準備が出来次第でと言ったら、10時半には書類や薬など全て用意してくれ、彼に迎えに来てもらえるようお願いした。

 

ちょうど別の人が入院するところだったのだが、なんとその方は、1週間前にスウェーデンのÅreというスキー場で転んで膝を骨折し、これから手術するという。

電車で帰ってくる予定が、急遽飛行機で土曜日にデンマークに戻ってきたというが、それでも5日も経っている。

私はコペンハーゲンで骨折したのですぐに治療してもらえたけど、遠方で事故が起きるとなかなか大変なのだなと思った。

 

家に帰ったら、杖なしでも歩行が容易で、問題なく生活できる感じだった。

とりあえずシャワーを浴びて久しぶりに髪を洗ってから昼寝をし、夕方に彼と買い物に行き、本当は姪が来る火曜日に作るはずだった豆乳鍋を作った。

久しぶりに自分で作ったご飯を食べて美味しいと思ったけど、痛み止めのせいかお腹の調子が悪く、あまり食べられなかった。

 

そしてオリンピック、女子カーリングのデンマーク対日本戦を観戦した。

多分レベルが拮抗していて接戦で面白かったけど、未だ戦略がよくわからない。。

後方の方が有利で、その時にどれだけ点数を稼げるのかもポイントだし。

日本が勝つと思ってたのに、最終回の10セット目で日本が後方でドロー止まり、11セット目で後方だったデンマークが3ポイント獲得し勝利した。

コペンハーゲンで大腿骨骨折→入院、手術


 

実は入院中。

 

月曜日に凍結している道路の上を走ってしまい、足を滑らして捻るように転ぶというバカな行動のせいで深刻な事態になってしまった。。

 

転んだ時は悶絶し、しばらく動けなかったが、そのあと歩いて運転もして家に帰れたのでまさか骨折したとも思わず、彼と一緒に買い物して新しくオープンしたアジアショップで冷凍の納豆と餃子、キムチと韓国海苔などを買って簡単な夕食にしたものの、熱は出てくるしお尻の横がどんどん痛くなってきて、デンマークの緊急医療サービスに電話し、いろいろ質問され、ある所定の病院に22時に来るようにとのこと。

 

病院にいき、IDでチェックインし手首バンドをつけてもらい、病室へ。

軽い問診のあとレントゲンをとってもらい、すぐに骨折と診断され、もう動いてはいけないのでこのまま入院と言われ、尿管カテーテルを挿入、点滴も入れられ生理食塩水を補給された。

 

しかしその後が地獄。

骨折箇所の痛みだけでなく、尿管が膀胱炎の痛みにそっくりで、それに耐える方が大変だった。

アセトアミノフェンなどジェネラルの痛み止めを持ってこなかったことを後悔した。

 

多分2時間くらい待って、麻酔室へ。

おそらく麻酔医があくのを待たなければならなかったのだろう。もう0時過ぎ。ご苦労様です。。

まずはモルヒネを打ってもらったのだが、これで完全に骨折患部と尿管の痛みが消えた。

それから背中に麻酔を導入する管を挿入してもらうのになかなか難しかったようで、30分以上かけて奮闘してもらった。

 

麻酔室

 

それから麻酔室に1時間ほど待機したが、彼はその間に帰ったらしい。

なかなか連絡できず迷惑かけてしまった。

 

骨外科の病室に移ったのは3時頃。

バイタル測って、タブレットで翌日の食事の注文をし、寝たが、麻酔で足は動かないし、隣に人が寝てるしでほとんど寝られなかった。

 

違う時間にとったときの。

 

6時に起こされて薬を飲み、またウトウトして8時に主治医が来た。

しばらくして手術室に行き、下半身につけているものをすべてとり、専用の布を被せてもらい手術開始。

部分麻酔なので起きていたが、ナーバスになっている私に痛み止めを追加してくれ、またウトウト。結局ほとんど寝ていたが、終わってから別の部屋に移され、バイタルを常にチェックしながら麻酔が切れるまで2時間ほど待機した。

しかしモルヒネなどの痛み止めが入った液は導入され続けていたので麻酔が切れても痛みはまったくなかった。

 

病室に戻ったのが13時前。

荷物が戻ってきてやっと連絡できるようになったが、なんとこの日、姪がデンマークにワーホリで来ることになってたので本当は私が空港に迎えにいくはずだったのが彼がバンで娘と行ってくれることになり、ちょうど空港に行くということで少しだけビデオチャットした。

迎えにいったあと一旦家に戻って、私の車で3人で病院まで来てくれるという。

 

入国と荷物のピックアップに時間がかかり、13時半到着で空港を出たのが16時前。病室に来てくれたのが17時頃だった。

19時15分になじみの中華レストランに予約し、18:45まで話したり、翌日オーフスに行くバスのチケットを借りたり、デンマークのアプリを入れたりして過ごした。

 

彼らが出た後眠くなってしまい、食べ終わったあと彼がまた来てくれたのに疲れていてほとんど話せなかった。

そういえば尿管をとってもらって5時間以上尿意がなく、看護士に膀胱を超音波で見てもらったが一度目はそれほどなかったが二度目は結構尿が溜まってたのでトイレに。

どうも痛み止めが感覚を麻痺させているらしい。

 

入眠剤のおかげでよく眠れたが、今日は吐き気との戦いだった。

朝一番に吐いた時は、前日食べたものが全部出て来て、胃で吸収されてなかったっぽい。。便意がないのもさもありなん。これも痛み止めのせいなのか。

 

コムーネのスタッフが来て、退院後に必要があれば看護士の支援があるとオファーしてくれ、その後はフィシオテラピーが来て動作のチェックをしてくれ、今日にでも退院できるレベルだと、、リハビリも必要ないかもしれない、ということだった。

 

吐き気がとまらないので痛み止めの導入する管を抜いてもらい、その後、彼と娘が病室に。

一階の食堂に行こうとしたが、混んでるし吐き気も残ってたのでコンビニで食べ物を買い、病室の近くの共有スペースで一緒にランチを食べ、彼はミーティングがあるのでまた帰っていった。

吐きどめと痛み止めの薬を頼み、モルヒネではなくアセトアミノフェンをお願いした。切ってもらったところが痛いが耐えられない痛みではない。

食べ物が胃に吸収されないほうが嫌である。

 

それにしても、このことでデンマークの医療サービスを見直した。

診療時間以外の時間ですぐに対応してくれ、変わるがわるいろんなスタッフに世話になり、しかも皆優しかった。まぁ緊急性があって簡単な症例だったおかげもあるだろうが。

そして外国人スタッフが多かった。手術の執刀医も訛りのあるデンマーク語を話す外国人だった。

そういえばレントゲン技師が二人ともヒシャブを被ったムスリムの女性だった。

でも皆上手なデンマーク語を話し、自分を顧みせられた。

 

 

骨折は幸い正しい位置のまま折れたので、そのまま押さえるように3本ボルトを差し込み固定。

すぐに歩けるが、3ヶ月間激しい運動は厳禁とのこと。運転も2週間できないらしい。

 

これがすべて無料なのが有り難く、そして申し訳ない気持ちにさせられる。

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