「伝わらない愛情もあるかもしれない。しかしリーダーはやるべきことをやらなければならない。」
企業の経営者はそういう信念であるべきだと思っています。
そのため、直接的に陣頭指揮をとり、常に現場にハンズオンしながら行動していく。
エリートとは決して学歴や能力の高い人間を指すのではなく、集団に対して責任を負える者です。
そのためには時に厳しい指導にも決して臆してはならないと思います。
「伝わらない愛情もあるかもしれない。
しかしリーダーはやるべきことをやらなければならない。」
もちろん、直接的に経営者が叱責することによってスタッフの心が離れるかもしれない、嫌われるかもしれないという不安もあります。
だからこそ、愛情を持ってその役割を担えるマネージャー育成にも時間をかけなければならないし、そのマネージャーが育つまでは経営者はその役割を担わなければならないと思います。
月末の日曜日の夜、一人黙々と会社で仕事をこなしていたらスタッフの一人がこんなものを届けてくれました。
それはちょうど前日の土曜日にミスをして、私が直接叱責・注意したスタッフからでした。
自宅で書いて、それを日曜日の夜、私がいるだろうことを思って会社まで渡しにきてくれたのです。
(どうやら辰馬氏の書を真似て書いてくれたようなのですが、そこはノーコメントで・・・)
また別のスタッフからは、日曜日なのに家事・育児の合間に作成したのであろう業務フロー提案書がメールで届いていたり・・・。
本当に報われる思いです。
私は報酬のためではなく、信念のために仕事をさせてくれるスタッフに感謝・感謝です。
「覚悟」
ええっと・・・。
先日、NHKドラマ「ハゲタカ」のDVDを見ました。
外資系ファンドが瀕死の日本企業を買い叩いていくという現代ドラマです。
経営危機に瀕した設定で描かれる会社の多くは、まさに現代日本企業の(幻影)として登場します。
そこでは若くて優秀な「人財」は枯れてゆき、自己保身と任期に折り合いをつけた無能な役員達が会社を「腐食」させる温床としての日本企業像が脈々と描かれています。
例えば柴田恭平演じる「芝野」が居酒屋でやりきれない思いを吐き出し、同僚にそれを諭されるシーン。
「どんな業種だってな。大なり小なり、やましいことや、自己嫌悪で胸の奥がヒリヒリするようなことがあるさ。その胸の疼きを、場末の居酒屋の生ビールで流し込んで、忘れたフリするのが、働くってことなんじゃないのか?」
かなりバイアスがかっている表現ですが、これが「働く」ということであれば本当に悲しい。
しかしながら常に世相を鋭く捉えるNHKドラマのこの表現が、今の日本で多くの「共感」を得られるものであったとするなら、それはかなり寒々しく思います。
また、その中でも特に印象に残ったシーンがあります。
リストラも含めた経営再建案を提示するコンサルタント役の柴田恭平に、経営危機に陥った企業の会長役である菅原文太が反問するシーン。
『どうしてもメスを入れなければならない部分がある。時には血を流す必要がある。』
『ならば、君はその流した血を汲み取ってやれるのか?その覚悟があるのか?』
このセリフは非常に重い。いや、苦しいとさえ感じられる重さでした。
数年前なら「経営者って大変だなぁ~」というレベルで終わっていたと思います。
もちろん、時運もあります。全力であたっても刀折れ、矢尽きる時もあるでしょう。
しかし、その時に本当の意味での『覚悟』は試されるのだと思います。
だから、このセリフはその状況になった時、果たして自分は本当に正しく為すべきことを為せるだろうか?ということを深く、深く考えさせられました。



