「心」なくして「想」はない。
みやざき中央新聞の社説にこんな一節があった。
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「労働の本質は雪かきにある。」
どういうことかと言うと、まず雪かきをする人は雪かきをしているところをたくさんの人から目撃されることはない。人々が仕事に行くときにはもう既に雪かきは終わっている。そのきれいに雪かきされた道をみんな当たり前のように歩いて出勤する。
「青い鳥」を探しに行く生き方ももちろん尊重されるべきだが、そういう人たちは「雪かき作業」に対する敬意が欠けているのではないか。誰も見ていないし、誰からも賞賛されることはない。それでも、その地味な作業を誰かがやらなければならないし、そういうことをする人がいることで実は社会全体はうまく回っている。
世の中の仕事というものはそういうものなのだ。
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当社にいつも誰よりも早く出社するスタッフがいる。後から出社してくるみんなは当たり前のようにタイムカードを押して自席に着く。
しかしそれは毎朝欠かすことなく
正門を開け、
会社のドアを開錠し、
セキュリティを解除し、
電気を付けてスリッパを並べ、
窓を開けて気持ちの良い状態にしてくれるそのスタッフのお陰だ。
自分がいま歩いている道は誰かが雪かきをしていることに気付き感謝できる人が本当の職業人となれる。その無言の賞賛を感じとれる感性がなければ大した志事はできないよ、と新入社員を含む全スタッフに伝えた。
「心」なくして「想」はない。
相手に心をむけるのが想い。
ともかく。
誰もがひとりひとり胸の中で
想いが溢れるチームにしよう。
新人歓迎会にて
既存の価値観とは今まで生きてきた賞味期限付きの「偏見」に過ぎない。
【世の中を変える3つの者】
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強力なエネルギーを持つ若者
業界の仕組に染まらないよそ者
既存の価値観からはみ出たバカ者
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という話を新入社員に向けて。
新入社員であれば「若者」と「よそ者」はそのままでもあてはまるのだが、「バカ者」が難しい。なぜなら既存の価値観とは今まで生きてきた賞味期限付きの「偏見」に過ぎないからだ。
学生時代に学ぶテキストベースの価値観はあくまで「歴史」だ。学んだ瞬間からそれは賞味期限に近づいてゆく。わたしたちが生きているようにその時代の価値観も常に生きている。
そして生きているかぎり終わりがある。
例えば江戸時代には「男子厨房に入らず」という考え方があったが、現代では速水もこみちがテレビの前でキッチンに立ってる。つまり時間の長短関わらず価値観は変わり続けている。
いまこの瞬間の価値観は変動する潮流に身をおく経験 によってしか得られない。自分のなかの狭い価値観から脱却し、さらに世の中の価値観からも脱却できるバカ者。その価値観をはみ出して新しいドラマを世の中に生みだしていく。そんな人財に成長してほしいと思う。
言葉に想いが込められていなければそれは「音」にすぎない。
少し前。
障害者施設でお菓子を作る会社が出展販売してた。
お菓子をどう作るのか女の子が説明していたのだが障害のためゆっくりと言葉を選びながら伝えようとする。
私も耳を傾けて言葉に意識を向けていると
「うまく...伝えられずごめんなさい」
一生懸命説明してくれる彼女の言葉に
こちらも一生懸命耳を傾けていただけなのだが
どうやら私の聞く姿勢が「聞き取りにくい」と思わせてしまったようだった。
「いや、あなたの言葉が一番想いが伝わりましたよ」
そういうと彼女は少し安心したように笑顔を取り戻した。
