夢は現実の欠落を埋めあわせるためにではなく、現実の水先案内人としてあるべきだ。
タイツを着て6年も経つと多方お声かけ頂けるようになった。
「いろんな意味で衝撃を受けた」
「社員さんも半端ないテンション」
「愛媛にある会社とは思えない」
「今日はタイツ着てないんだ・・・」
など。
はじまりは狂気に似ていた。異業種から転身してモーター業界のキャリアはない。お金も人も認知度もない。だから思いっきり馬鹿馬鹿しいことでもまず自分のできることからはじめようとA&Kスタジオ の上野カメラマンにタイツを持ち込み撮影を依頼。まるで強盗にでも入られたような顔で驚かれたのを憶えてる。
「右手首のひねり方の訴求が弱い」など異常なまでのこだわりを持って構築したHPサイトをスタッフに公開した時、みんな言葉を失っていたし誰一人笑ってもいなかった。きっと笑っていいのかわからなかったのだ。吉祥寺にある楳図かずおハウスを実際見たら私もきっとそんな反応すると思う。記憶に残る異質感は常に受容と許容のバランスのなかに在る。
でも確信してた。
会社というのは法人格であって法のもとに「人格」がある。社長がなんだかアホそうだけど元気よくって不景気なんかブっ飛ばしそうなくらい明るくて、こんな会社があるなら日本もまだまだ元気出せるんじゃないかって。ファンモンの真ん中の人見ても近い気持ちになるけど。
「夢は現実の欠落を埋めあわせるためにではなく、現実の水先案内人としてあるべきだ。」
(作家 寺山修司)
夢のその先に徹底したリアリズムを追求するなら半端な覚悟はいらない。その水先案内人としてこの業界の経済復興の灯火になりたいと思う。

生き方がカッコいい人はヒゲがあってもなくてもカッコいい。
とらいしスタッフの方より嬉しいお心遣い
自分は理論よりもっと皮膚的というか、本能的な感覚を大切にしたいほうだから地軸を確かめたい時がある。そんな時、この2人(というより友人には結構このタイプが多いのだけど)は「大切なものは必ずしも言葉では伝えきれない」という感性にしたがっていて、こうして顔を合わせると(自分は間違っていないのだ!)と思いを確かにすることがある。ちょうど揺れる船から地面に降りたった時に感じるそれと同じ類いだけど。
以前、みんなと同じようなことをしてもそこから先に行けないほうが世の中は多いという現実を知り、地元の経済会を離れた。テニス部だった12の時、「水を飲むとバテる」という先輩からの常識を信じた部員はコートでパタパタ倒れ、こっそりトイレで水を飲んだ部員は夏を越したように時に常識や理論ではなく本能に従う大切さを信じている。
だから青くさいかもしれないけど自分は感性を大切にしたいし、たとえ安定しようと革新が保守にまわる選択なら興味はない。
朝のNHK特集でイチローが言ってた。
「得意とする球を待つのではなく結果を出せなくても難しい球に挑んでゆく。それは生き方の問題だ。」
友人からもらったアルコール度数0.05%のワインとアートの本を眺めながら、イチローはヒゲの長さをどう保っているのだろう?としばらく考えて、やめた。生き方がカッコいい人はヒゲがあってもなくてもカッコいい。それこそ感性なのだ。
