芸術とはスタイリッシュなものではなくもっと激しくて生々しいその人の爪跡である。
『とにかくセックスが、男根が恐怖だった。それだからこそ、その形をいっぱい、いっぱい作り出すわけ。たくさん作り出して、その恐怖のただ中にいて、自分の心の傷を治していく。少しずつ恐怖から脱していく。私にとって怖いフォルムを、何千、何万と、毎日作りつづけていく。そのことで恐怖心が親近感へと変わっていくのだ。』
- 無限の網 草間彌生自伝 (新潮文庫)/新潮社
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- 前衛芸術家。83歳。
幼少期より統合失調症を病み、繰り返し襲われる幻覚・幻聴を描きとめるために絵をはじめる。
渡米しボディペインティングアート、ファッション・ショー、反戦運動など各地で過激なパフォーマンスを行い「ハプニングの女王」の異名をとる。警察沙汰になること数回、そのパフォーマンスは前衛美術の世界において革命的ムーブメントを起こすも日本国内では評価されず誹謗中傷を浴びる。1990年代にあらためて見直され再燃。ルイ・ヴィトンとのコラボレーション作品を生み出すなど現在も精神病院とアトリエを往復しながら創作活動に全力を傾ける。 - ++++++++++++++++++++++
- 草間彌生の生き方に触れたあと改めて作品を見ると胸を撞かれる。それはきっと芸術とはけしてスタイリッシュなものではなくもっと激しくて生々しいその人の爪跡であるから。
『恐怖心が親近感へと変わっていくのだ。』
恐怖に背中を向けることなく立ち向かう姿勢。
それを昇華しながら放出するエネルギー。
世のアイマイな概念や常識や評価など関係ない。
ただまっすぐに自分の生き様を歩んでいるのだ。
価値あるものと価値なきものがボタンひとつで決められる紋切り型の世界観を見て彼女ならなんと言うだろう?
『芸術家の道をいまだ未完の過程にある私の唯一の喜びは、人まねでなく、謙虚に自己の創造にかけてきた一個人の誇りを強く持ち続けてこの年月を貫いてきたことである。残り少ない世に生きて、死んだ後もなお永遠に残る思想を芸術の力をもって成し遂げたい願望で、夜も眠れず心を燃やし続けている。
もっと高く、深く、大きく、未踏の分野に羽を広げたい。そのためには、どんな困難をも乗りこえたいと決心している。』
~「クサマトリックス 草間彌生」より~
立ち向かっていくその生きかたに
その跡に高鳴る力強い水玉ドットに
自分は深い共感を覚える。
「心を燃やし続ける」ということ。
それが生きるということだ。
そんな生き方を私もしたいと思う。
目が指す方向を目指す、心が指す方向を志すという。
ある夜間学校の話。
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社会人になって働きながら読み書きを学ぶ生徒たちに「先生にハガキを送る」という課題が出された。先生のポストには次々と生徒からのハガキが届くのだが、ある生徒だけ届かない。しばらくしてようやくハガキが届いた。
それは何度も書きなおしたせいか住所跡が黒くなっていて宛名以外ほとんど読めなかった。なぜ届いたのか先生が不思議に思ってよく見ると住所の横に簡単な地図が描かれている。
「せっかく字の練習をしたのにどうして地図を描いたの?」と生徒に聞くと「やっぱり地図があるほうが郵便屋さんも届けやすいんだよ」と。
後に講演会でこのことを話す機会があり、そのとき聴講していた1人が先生に近寄ってきた。
「自分は郵便局員でした。最初は1件1件手紙を届けることに誇りを持っていたが、合理化(郵便番号の自動読み取り機導入など)によってそれは単なる作業になっていった。普通なら住所が読めないハガキは宛先人不明で処理すればいい。でもその局員はそれを見たときに自分の原点を思い出したのだと思う。『これを必ず届けなきゃ』って。」
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という内容を朝礼で話した。
目が指す方向を目指す
心が指す方向を志すという。
仕事を「志事」にするのはひとりひとりの心指しであり、それを見失わないようにするのが自分の志事だ。
- 震災から2年。
失われた多くのかたの志のためにも、心むけるべき方向を誤ることなく歩みたい。
ファインダーを通すと自分の想像よりも確実に目減りする。
これじゃグイグイ聴きながらハイウェイで流すBGMじゃなくておでんをコトコト煮込む時のそれだ。それからライブでは120%くらいのイメージで演ってたけど結局100%の映像は一度も演れなかった。かろうじておでんからチーズフォンデュくらいには近づいたけど。
そこで学んだ。
「ファインダーを通すと自分の想像よりも確実に目減りする。」
その体験から【ファインダー7掛けの法則】と私が勝手に呼んでる。
だから相手になにかを伝えたい場合150%くらいでようやく100%伝わるかな?くらいの感覚で生きてきた。徹底したリアリズムというのは現実の事象と対峙した時ではなく、見るもののファインダーを通して心に投影されるものだ。耳から入る音声情報と画像からの視覚情報だけですべてが蛍光灯に照らされるように伝えきれるなら人の五感はとっくに退化してる。
そんな思いで製作した【最幸の朝礼】リメイクver.
7掛けでもクレイジーに伝わればいい。
(注)一部過激な音声あり




