島民の、島民による、島民のための会社
「面白い人に会いに行きませんか?」
友人に誘われ、しまなみにある弓削島に。
弓削島で㈱しまの会社 を運営する兼頭一司さんと大三島で農業をされる黒川敦彦さん。お互い同世代ということもあり、これからの日本のこと、世界のこと、農業のことについて熱く語り合う。
途中、民宿を営む中川さんも参加。
「うちでは『いってらっしゃい』ではなく『いっておかえり』。戦時中、母親としては戦争に送り出す子供に生きて帰ってきて欲しい。でも軍人の前では言えない。だから『いって(生きて)お帰り』と出征時に声をかけるのが戦争への抵抗だった。それが祖母の代から続き、今でも子供たちを学校に送るときは『いっておかえり』と声をかける。」
話を聞きながら、兼頭さんにはそんな島の歴史や風土、魅力を島外に灯し続けるかがり火のような存在になってほしいな、と。熱くて、こころ温まるご縁に感謝。
武士は人を切るために刀を持っているのではない。天下を治めるために刀を持っているのだ。
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鎌倉時代、有名な刀鍛冶がいた。
その刀鍛冶には「たがね」という一人娘がいた。年頃になった一人娘には自分の弟子のうち一番優れた刀を鍛えたものを婿に選ぼうと決めた。試験を重ね、最後に二人が残った。
一人は後に妖刀を生む村正。もう一人は貞宗。
刀鍛冶は小川の流れに二人の鍛えた刀を刺した。すると村正の刀は川から流れてくるものを吸い付けるように引き寄せ、刀が触れるか触れないかの間にブツッと切ってしまう。ところが、貞宗の鍛えた刀は藁が流れてきても引っかかってしまうだけで切れない。
村正は勝った、と思った。
そこで刀鍛冶が貞宗の刀をスゥッと引き上げた。すると藁はプツンと切れて流れていった。刀鍛冶は貞宗の刀を取りあげ言った。
『村正の刀は何でも引き寄せて切ってしまう。貞宗の刀は切ろうという心を働かさなければ切れない。これこそ武士の持つ刀である。なぜなら武士は人を切るために刀を持っているのではない。天下を治めるために刀を持っているのだ』と。
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これは友人から勧められた「人間の格(芳村思風)」の一節。
- 人間の格 新装改訂版/致知出版社
- ¥2,415
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とても考えさせられる話だ。
人は感情を持っている。それゆえに人間らしくあるのだけれど、時に感情に振り回される時がある。それはまさしく、妖刀に振り回される武士と同じではないか、と。
武士にとって刀は大切なものではあるが、それはあくまで人格をもって扱ってこそだ。もちろん帯刀しない、という選択肢もあるがそれは人間らしくあるというよりも武士をやめて出家するに近い。
刀そのものに振り回されることなく、自らの意思で鍛えあげてゆく。良書を教えてくれた友人に感謝。
冒険家は素晴らしい自伝を書くために冒険しているわけではない。
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怖いのは死ぬことじゃなく退屈なこと。
人生を楽しむコツはどれだけ馬鹿なことを考えられるかなんだ。
(ルパン三世)
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最近、思う。
始まりはひとりで脚本を書き、舞台監督、役者として立ち回り、モーター業界という演舞場で【業界活性化】をテーマに特異な世界を表現してきた。
そんな~時代も~あったねと
いつか話せる気が~しない。
【Photo by A&K Studio 上野明嗣】
しばらくすると、その芝居に興味を持ち、なんだか面白そうだから一緒に舞台を作りたいという変わった人たちが集ってきた。全身タイツを前面に押し出している会社なんて冷静に考えて普通じゃないし、どちらかと言えば結果よりも途中のストーリーを楽しみたい人たちだろう。
しかし人生は結果ではなく、日々をいかに精一杯生きて楽しむかという冒険だ。冒険家は素晴らしい自伝を書くために冒険しているわけではないように、充実した毎日を生きれば結果も充実する。
そのうち脚本にはない「演技」や「アドリブ」で脚本以上の舞台を各役者陣が創りはじめた。伝えたいテーマさえブレなければ監督や脚本の域を超え、もっと面白くて、もっと感動できるお芝居を全員で創り出すことができる。
最終的に会社とはそんなプラットフォームであればいい。
さぁ、今日はどんな世界を表現しよう?



