永心道空手のブログ

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さいたま市で活動しております【空手道永心武館】のブログです。

★空手道永心武館★
さいたま市緑区馬場1ー12ー13
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人身同天地   血脈似日月

 

法剛柔呑吐   身隨時應變

 

手逢空則入   馬進退離逢

 

目要觀四向   耳能聽八方

 

 

①人身は天地に同じく、血脈は日月に似たり。

②法は剛柔と呑吐にして、身は随時応変する。

③手は空に逢えば則ち入り、馬は進退離逢す。

④目は四向を観るべく、耳は能く八方を聴くべし。

 

自分の虚実を正しく把握し、相手をよく観察して虚実を見極め、そこに隙が生じれば一気に攻め込み、隙が無ければ相手を動かし崩して隙を生み出す。

それは常に馬歩の進退離逢と緊密に呼応することが望ましいということです。

当時は馬は拳法の基礎であって、歩型、歩法が拳法の運動法則に叶っており、進退に無駄がなく地を踏む時は根が生えたように安定させることを理としていました。

〝手と足の動きが一致しなければ小鬼も倒れず、手と足が同時に至れば金剛も倒れる〟

というたとえがあります。

地に根が生える体幹をつくり、手足を同調させて馬のごとく運動法則を生み出すことが肝要であるという内容です。

人身同天地   血脈似日月

 

法剛柔呑吐   身隨時應變

 

手逢空則入   馬進退離逢

 

目要觀四向   耳能聽八方

 

 

①人身は天地に同じく、血脈は日月に似たり。

②法は剛柔と呑吐にして、身は随時応変する。

③手は空に逢えば則ち入り、馬は進退離逢す。

④目は四向を観るべく、耳は能く八方を聴くべし。

 

〝拳の法(拳術)で最も大切なものは「剛柔相済」と「呑吐浮沈」

剛と柔は相対する概念であるが、武術においてはその統一、相互転化を重視

剛に過ぎれば折れやすく、柔に過ぎれば力負けするため相互に転化させること

呑とは収める(守る)意味 

吐とは技を発する意味

浮とは攻撃を意味

沈とは相手の技を下圧する意味〟

 

空手の受けは単に相手の攻撃を受け止めるだけでなく、それを受け流したり引き込むことにより相手の重心を崩してその攻撃を無力化し、逆に隙を生じさせることが肝要です。

そして充分に蓄積した頸(※1)を相手の薄弱な部位に矢のごとくすばやく吐出することが技の発し方であり、それには相手の技を下圧させるために自らの気と身体を沈めて重心を下降させて安定させることです。

また剛柔の関係からは吐と浮は柔法で、呑と沈は剛法とあります。

中国武術永春白鶴拳には『呑吐浮沈の法と剛柔相済の機』を有機的に運用すれば敵に克ち勝利を得ることができるとあるが、意味するところは同じで、つまりはそれを体得してはじめて相手の虚実を見極め、臨機応変に自分の思うとおりの攻防の技を発揮することができるようになるということです。

 

 

※1 発勁とは発生させた勁(運動量)を対象に作用させることである。細かく言えば特定の方法(門派により異なる)にて発生させた勁を接触面まで導き、対象に作用させることである。

       

人身同天地   血脈似日月

 

法剛柔呑吐   身隨時應變

 

手逢空則入   馬進退離逢

 

目要觀四向   耳能聽八方

 

 

①人身は天地に同じく、血脈は日月に似たり。

②法は剛柔と呑吐にして、身は随時応変する。

③手は空に逢えば則ち入り、馬は進退離逢す。

④目は四向を観るべく、耳は能く八方を聴くべし。

 

 

『武備志新釈』によれば

〝中国の伝統哲学に「天人合一」というのがあり、武術においても「人身一小天地、天地一大人身」の考え方がある。

すなわち人身は小さな宇宙であり、大宇宙(自然界)と同じく陰陽の二気が充満し、その法則に従って体内を周流するとともに、大宇宙と一体化しているという思想である。

人は大自然とかけ離れては存在し得ず、逆に大自然の中にその運動法則を探すべきである。

それが「内外合一」であり、また主観(意識)と客観(技法原理)を統一するということなのである。

こうした考え方は、武術修練における時間や場所の設定まで及んでいる。

 

血脈(気、血の循環)もまた自然の法則に従い、一刻も停止することなく日夜体内を周流している。〟

とあります。

 

中国哲学に限らず人身は小宇宙であるとは周知のところ、生命誕生の奇跡から細胞は新陳代謝を繰り返し、やがて死んでいくまで想像を絶する宇宙規模の変化が体内で起こっています。

まさに人身は大宇宙の中に存在する小宇宙であり、双方一体とする思想は極めて自然と考えます。

 

〝主観(意識)と客観(技法原理)を統一する〟とある拳之大要八句①の項目は、まさに武術を学ぶ上での〝きほんの基〟であるといえるでしょう。

沖縄空手秘伝書に 『武備志』 があり、この武備志の一文に〝拳之大要八句〟があります。

 

以下引用すると・・・

 

人身同天地   血脈似日月

 

法剛柔呑吐   身隨時應變

 

手逢空則入   馬進退離逢

 

目要觀四向   耳能聽八方

 

とあります。

 

また〝この八句は拳法の要諦である〟と締めくくってあります。

 

文字を見ただけではさっぱり意味がわかりませんがまずは自身の頭で考え、自分なりの解釈を持つことが必要です。

 

解説は次回に!

 

〝礼〟の必要条件とは、『泣いている人と共に泣き、喜びにある人と共に喜ぶこと』とあります。

 

つまり、他人の気持ちに対する思いやりを目に見える形で表現することになります。

 

空手の型は礼に始まり礼に終わります。また、稽古の始まり終わりには『三礼』を行います。

 

三礼とは

 

1,神前に礼 2,師範に礼 3,お互いに礼

 

の三つであり、神前へは、自分は生かされていることへの礼儀、師範へは、教えを説いてくださる先生や先輩への礼儀、お互いへは、共に空手を学ぶことができる仲間への礼儀となります。

 

このように稽古中においても幾度となく〝礼〟を行い、神や他人の気持ちに対する思いやりを形で表現します。

 

そして自分自身への〝礼儀〟を身につけることで、自らの思考や行いを外すことなく、自分を正しい方向へ導いていけることに繋がります。