(つづき)
記紀神話は、歴代天皇や天皇家の祖先神の「徳」(道徳)よりも、「血」(血筋)のほうが、正統性の根拠なので、神代・人代ともに、善行・悪行が織り交ぜられている一方、多くの神・人が生まれることで、国の繁栄を表現しています。
そのうえで、記紀神話の特色は、逆境を好転させ、それが次へと進展する構成が、神代と初期の人代で反復していることではないでしょうか。
ここでは、「古事記」(以下、「記」と表記、「日本書紀」は、「紀」と表記)の中の、逆境から好転への事例を列挙していくことにし、逆境から好転への過程をわかりやすくするため、[-(マイナス)]→[0(ゼロ)]→[+(プラス)]の移り変わりとしてまとめました。
[-]:ケガレ(穢れ)、不浄、ネガティブ ⇒ 減退期
[0]:ミソギハラエ(禊祓)、浄化、「無」・「空」 ⇒ 仮死・再生期
[+]:キヨメ(清め)、清浄、ポジティブ ⇒ 増進期
○「記」神代段1
:高天原の7神が生滅
[+]→[-]天地が創成(開闢/かいびゃく)され、高天原(たかまのはら)に7神の単独神(独神/ひとりがみ)が、次々に出現(「成りし」)しては、すぐに消滅(「身を隠したまいき」)
・アメノミナカムシ(天地主宰の神)→タカミムスヒ(生成の神)→カミムスヒ(生成の神)の3神
・ウマシアシカビヒコヂ(生命力の神)→アメノトコタチの(天上の永遠性の神)2神
・クニノトコタチ(地上の永遠性の神)→トヨクモ(原野形成の神)の2神
※生→死
※これ以降の10神(最後の2神が、イザナギ・イザナミ)は、出現しても消滅せず、「紀」神代段1だと、出現した神は全員消滅しないので、「記」で生滅の反復が、最初から意識されています。
○「記」神代段2‐1・2(「紀」神代段4一書第1)
:イザナギとイザナミが国生み失敗→天上の神が秘訣を指示→国生み成功
[-]兄・イザナギと妹・イザナミの2人が、天上界と地上界の中間のオノゴロ島で、天の御柱(みはしら)を廻り合って結婚し、国土を生み出す際、妹が右回り、兄が左回りし、男より女が先に言葉を発したのが良くなかったようで、障害のあるヒルコが誕生したため、葦の船に乗せて流し捨て、次も不満足な淡島(あわしま)が誕生
[0]2人は、いったん高天原に帰還し、天上の神に質問すると、天上の神は、太占(ふとまに、鹿の肩の骨を焼いてできた亀裂での占い)で、女が先に言葉を発したのが良くなかったと回答
[+]2人は、再度降臨し、天の御柱を廻り合い、男が先に言葉を発すると、結婚が成立し、大八島国+六島が誕生
※占い
○「記」神代段2‐5・6(「紀」神代段5一書第6)
:イザナギがイザナミのいる黄泉の国から退散→ミソギハラエ→三貴子が誕生
[-]夫のイザナギが、妻のイザナミを連れ戻すため、黄泉(よみ)の国を訪問した際、イザナギは、黄泉の国の食物をすでに食事していたので、殿内で黄泉の国の神と相談し、その間は見るなと禁止したが、それを破ったイザナギは、イザナミにウジや8種の雷神が取り付いていたのを盗み見ると、連れ戻すのを断念して逃走、イザナミが追い掛けてきたが脱出
[0]イザナギが、黄泉の国から、筑紫の日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわきはら)に到着し、身を清めようと禊祓(みそぎはらえ)
[+] イザナギが、装身具を投げ捨てて、それらから12神が誕生し、水中で穢れた身を清めてマガツヒ2神・ナオビ2神・ツツノオ3神・ワタツミ3神等が誕生、最後に左目からアマテラス・右目からツクヨミ・鼻からタケハヤスサノオの3神が誕生し、イザナギが、アマテラスに高天原を、ツクヨミに夜の食国(おすくに)を、タケハヤスサノオに海原を、統治するよう委任
※黄泉の国での籠もり、ミソギハラエ
○「記」神代段2‐5(「紀」神代段5一書第6)
:1日1000人の死→1日1500人の生
[-]イザナギが、黄泉の国との境の黄泉比良坂(よもつひらさか)で、イザナミと離別する際、イザナミが、「いとしい我が夫(兄)よ、現世へ逃げ帰るなら、私は1日に1000のあなたの国の人々を殺しましょう」と言及
[+]イザナギが、「いとしい我が妹(妻)よ、そうするなら、私は1日に1500の産屋(うぶや)を建てましょう」と応酬
※死→生
○「記」神代段2‐6(「紀」神代段5一書第6・第10)
:マガツヒ(禍津日)2神→ナオビ(直毘)2神等
[-]イザナギが、水中でミソギハラエをする際、触れた穢れから、ヤソマガツヒ・オオマガツヒの2神(災厄の神)が誕生
[+]次に、その災難を改め直す、カンナオビ・オオナオビの2神(災厄退散の神)+イヅノメが誕生
※ミソギハラエ
※本居宣長の国学書「直毘霊(なおびのたま)」(「古事記伝」に収録)では、仏教・儒教等の中国外来の精神=「漢意(からごころ)」を排除し、日本土着の精神=「大和心(やまとごころ)」を回復しようと主張しており、穢れを清める意識から、ナオビ神を持ち出したとみられます。
○「記」神代段3‐1・2(「紀」神代段6本文)
:武装したスサノオをアマテラスが警戒→2人の誓約→5男神3女神の誕生
[-] スサノオが、海原を統治せず、長年号泣し、山の木は枯れ、川・海の水は乾き、悪神達の声が充満し、災難になったので、イザナギは、スサノオに号泣の理由を質問すると、母・イザナミのいる根の堅洲(かたす)国に移住したいと返答したので、イザナギは、スサノオを追放、スサノオは、移住前にアマテラスへ挨拶しようと、天上へ訪問するが、武装していたので、アマテラスが謀反だと警戒
[0]スサノオが、謀反の意志がないと、身の潔白を証明するため、誓約(うけい、自分で決めた占い)を提案し、アマテラスが同意
[+]アマテラスが、スサノオの剣からタキリビメヒメ・イチキシマヒメ・タキツヒメの3女神を誕生、スサノオが、アマテラスの玉からマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ・アメノホヒ・アマツヒコネ・イクツヒコネ・クマノクスヒの5男神を誕生させ、アマテラスは、5男神が自分の子、3女神がスサノオの子と主張
※占い
○「記」神代段3‐3(「紀」神代段7本文)
:スサノオの乱暴でアマテラスが引き籠もり→天上の神々が協力→アマテラスを解放・スサノオを追放
[-]スサノオが、誓約で勝利したと興奮し、田の畦を壊したり、用水溝を埋めたり、神殿に糞を撒き散らしたり、機屋(はたや)の屋根の穴から、皮を逆に剥ぎ取った馬を落し入れ、機織女を過失致死させる等、数々乱暴したので、アマテラスは、恐怖から天の石屋戸に引き籠もり、高天原・葦原の中つ国が暗闇になって災難に
[0]大勢の神々が、天の安河の河原で会合し、オモイカネ(タカミムスヒの子)が、最善策を考案、イシコリドメが、鏡を作り、タマノオヤが、玉の緒を作り、アメノコヤネ・フトダマが、占いと天の香具山のサカキの上の枝に玉、中の枝に鏡、下の枝に白と青の布を掛け、フトダマが、それを持ち、アメノコヤネが、祝詞を唱え、アメノウズメが、踊るのを、全員が笑うと、アマテラスが、少し戸を開けたので、アメノコヤネ・フトダマが、鏡を当てると、アマテラスが、覗いたので、アメノタヂカラオが、外に引き出し、フトダマが、注連縄で引き返すのを阻止
[+]アマテラスの解放で、高天原・葦原の中つ国が再び明るくなり、神々の相談で、スサノオのヒゲと手足のツメを切って祓いにして追放
※天の石屋戸での籠もり、祭り
○「記」神代段3‐4
:スサノオが食物神オオゲツヒメを殺害→カイコ+五穀の種の誕生
[-]スサノオが、カミムスヒの息子・オオゲツヒメに、食物を要求した際に、鼻・口・尻から取り出して調理したので、食物を穢したと思い、オオゲツヒメを殺害
[+]殺害されたオオゲツヒメの体から、カイコ+イネ・アワ・アズキ・ムギ・ダイズの五穀が誕生
※死→生、地中での籠もり(種は、いったん乾かせ、しばらくして湿らせないと発芽しない)
※「紀」神代段5一書第11だと、スサノオが、オオゲツヒメを殺害したのではなく、ツクヨミが、ウケモチを殺害し、神の体から牛馬・アワ・カイコ・ヒエ・イネ・ムギ・ダイズ・アズキが誕生しています。
○「記」神代段4‐2
:オオクニヌシが兄弟達に2度殺害→母の尽力で2度復活→スサノオのいる根の国へ
[-]オオクニヌシ(オオナムチ)の兄弟達が、ヤガミヒメに求婚したが、彼女は、オオナムチと結婚すると宣言したので、兄弟達は、激怒し、伯耆国で、火で焼いた大石を落とし、オオナムチを殺害
[0] オオナムチの母(サシクニワカヒメ)が、高天原を訪問し、カミムスヒに救済を懇願すると、キサガヒヒメ・ウムギヒメの2神が派遣され、オオナムチを治療・蘇生
[-]兄弟達は、オオナムチを大木の割れ目に挟んで再度殺害
[0]オオナムチの母が、大木から取り出して再度蘇生
[+] 母が、オオナムチを紀伊国のオオヤヒコのもとへ送り込み、オオヤヒコは、スサノオのいる根の堅洲国を訪問するよう指示
※死→生
○「記」神代段4‐3
:オオクニヌシがスサノオによる4度の試練を突破→オオクニヌシがスセリヒメと結婚
[-]スサノオが、根の堅洲国でオオナムチに、ヘビ・ムカデ+ハチ・矢+火・シラミの4度の試練を強要
[+] オオナムチが、試練を克服し、根の堅洲国から逃走すると、スサノオは、娘・スセリヒメとの結婚を承諾、オオナムチは、そこから持参した生大刀(いくたち)・生弓矢で兄弟達を追い払い、国作りを始めたが、結婚したスセリヒメは、出雲のヤガミヒメの畏怖から、息子を木の股に挟み込んで因幡へ帰郷
※根の堅洲国での籠もり
○「記」神代段5‐1・3・4(「紀」神代段9本文・一書第1)
:アメノワカヒコが葦原の中つ国を平定せず→タカミムスヒの誓約でアメノワカヒコを射殺→平定完了
[-]国譲り交渉のため、1・2番目に派遣した者が役立たず、タカミムスヒ・アマテラスが、天上の神々に再々度相談すると、タカミムスヒの息子・オモイカネが、3番目にアマツクニタマの息子・アメノワカヒコを派遣すべきと進言、アマノマカコユミ・アマノハハヤの2神も同行させたが、アメノワカヒコは、葦原の中つ国に降臨すると、オオクニヌシの娘・シタテルヒメと結婚し、8年間報告しなかったので、4番目にキジのナキメを派遣したが、アメノワカヒコは、ナキメを射殺
[0]ナキメを射殺した血のついた矢が、タカミムスヒのもとに辿り着き、その矢を投げ返す際に、アメノワカヒコが正心で射たなら当らず、邪心で射たなら当たると誓約
[+]その矢が、アメノワカヒコに命中・死去し、タカミムスヒ・アマテラスが、5番目にタケミカヅチを派遣し、アメノトリフネを同行させ、葦原の中つ国の平定が成功
※占い
○「記」神代段6‐5(「紀」神代段9本文・一書第2・5)
:ニニギが自分の子か疑念→コノハナノサクヤヒメが誓約→ホデリ・ホスセリ・ホオリが誕生
[-]ニニギが、コノハナノサクヤヒメに関係をもったのは、一夜だけなのに妊娠したのは、自分の子ではないのではないかと質問
[0]コノハナノサクヤヒメが、もし国つ神(他人)の子であれば、無事に出産できず、天つ神(ニニギ)の子であれば、無事に出産できると回答し、身の潔白を証明するために、戸のない産屋に立て籠もって放火
[+]無事出産でき、ニニギの子供達のホデリ・ホスセリ・ホオリの3神が誕生
※産屋での籠もり、占い
○「記」神代段7‐1・2・3(「紀」神代段10本文・一書第1・3)
:ホデリがホオリの釣針を紛失→ホデリが海底界で結婚・釣針発見→ホオリが服従
[-] 兄・ホデリ(海幸彦)と弟・ホオリ(山幸彦)が、双方の漁具と猟具を交換したが、ホオリが、釣針を紛失し、海辺で泣き悲しんでいると、シオツチが、竹籠の小船を造り、ホオリを乗せ、ワタツミの宮殿に案内、そこでワタツミの娘・トヨタマヒメと結婚し、3年間そこに滞在
[0]ホオリは、紛失した釣針を思い出し、ワタツミ・トヨタマヒメ父娘に告白すると、魚達を呼び集めて聞き取り、赤ダイのノドに刺さっていたのを発見し、ワタツミは、釣針を洗い清め、ホオリが、返却する際、呪文を唱え、兄が高地に田を作れば、弟は低地に、兄が低地に田を作れば、弟は高地にすると、兄は3年間貧窮するので、兄が弟を攻撃すれば、潮満珠(しおみつたま)で溺れさせ、降参すれば、潮干珠(しおふるたま)で助けるよう指示し、ワニが、ホオリを海辺まで送迎
[+]ホオリが、ホデリに釣針を返却する際、指示通りすると、想定通りになり、ホデリが、昼夜の守護人(まもりびと)として奉仕し、ホデリの子孫が、宮廷で奉仕する隼人(はやと)
※海中での籠もり
○「記」神代段7‐4(「紀」神代段10本文・一書第1・3)
:妻の正体がワニと発覚して夫婦離散・育児放棄→妻の妹がその子を養育・結婚して4人が誕生
[-]妻・トヨタマヒメが、海辺の屋根なしの産屋で出産する際、その間は見るなと禁止したが、それを破った夫・ホオリは、本来の姿の巨大なワニになったのを盗み見て驚いて逃げ、高千穂宮で580年間生活し、そのまま高千穂山の西側に埋葬、妻も、夫に見られたのが恥かしくて海中に帰り、2人の息子・アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズが残された
[+]ウガヤフキアエズは、トヨタマヒメの妹・タマヨリヒメに養育され、そのタマヨリヒメと結婚し、イツセ・イナヒ・ミケヌ・カンヤマトイワレヒコ(のちの初代・神武)の4人が誕生
※産屋での籠もり
(つづく)