ジュゼッペ・トルナトーレ監督による作曲家エンニオ・モリコーネについてのドキュメンタリー映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』。2021年作品。

 

生涯に映画やTV番組500作品以上を手がけた作曲家のエンニオ・モリコーネ (1928-2020) を映画監督のジュゼッペ・トルナトーレが5年かけて取材して、映画音楽の巨匠=マエストロの幼少期から2016年に受賞したアカデミー賞の作曲賞まで、1950年代から続く作曲家人生を彼が作った映画音楽の数々や多くの関係者たちのインタヴューとともにたどる。

 

先日の『カンフースタントマン』に続いて、今回もドキュメンタリーですが。

 

何年か前に映画音楽の作曲家たちにインタヴューした『すばらしき映画音楽たち』というドキュメンタリー映画が公開されて僕はあいにく観逃してしまったままだったので残念だったんですが、去年このドキュメンタリーのことを知ってずっと楽しみにしていました。上映時間が157分ということだったんで、なかなかヴォリュームあるなぁ、と身構えながら。

 

エンニオ・モリコーネのキャリアの長さや作曲した映画音楽の数を考えれば、それぐらい長くなるのも無理はないかな、と。

 

監督は『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレで、同作品以降のトルナトーレ作品の音楽すべてを手がけているからというだけでなく、信頼が厚い彼なら、ということでこの企画にモリコーネさんが応じたのだとか。

 

エンニオ・モリコーネは2020年に惜しくも亡くなったけれど、この映画はそれ以前から撮影されていたものだし、最後も特にモリコーネさんの逝去については触れられていません。

 

彼の曲もその名前もこれからもずっと記憶されていくものだし、曲と同様に、モリコーネその人もまた生き続けるのだ、ということでしょうか。

 

僕がエンニオ・モリコーネという作曲家を初めて意識したのは先ほどの『ニュー・シネマ・パラダイス』だけど、それ以前に『ミッション』(1986) を観ていて、当時通っていた教会の牧師に連れられて映画館に行きました。

 

 

 

あれ以来ちゃんと観返してないので細かい内容は覚えていないけれど、モリコーネが作曲したテーマ曲の旋律は耳に残っています。

 

その後、ブライアン・デ・パルマ監督の『アンタッチャブル』やウォルフガング・ペーターゼン監督、クリント・イーストウッド主演の『ザ・シークレット・サービス』、それから60年代のセルジオ・レオーネ監督の映画などで馴染み深い作曲家に。

 

これまでブログに感想を書いた映画で、彼が作曲を担当したものも結構あります。

 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト

ガンマン大連合

華麗なる大泥棒

遊星からの物体X

パリ警視J

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ

海の上のピアニスト

鑑定士と顔のない依頼人

 

 

モリコーネの作曲だと知らずに観ていた映画もあるし、大ヴェテランでありながらも生涯現役といった感じでほんとについ最近まで彼が作曲した音楽を新作映画で聴いていたので、自分が映画を観始めるようになってから現在に至るまでの歳月を振り返るようなところもあった。

 

繰り返すように、この映画はモリコーネが亡くなったことにはあえて触れていないし、語り口も過度に感傷的ではないけれど、それでもキャメラの前のモリコーネご本人の“顔”にその想いを語らせるんですよね。

 

また、イイ顔するんだ、巨匠が。

 

晩年のモリコーネさんは、ちょっと俳優のイアン・ホルム(モリコーネと同じ2020年に死去)を思わせるところがあって、目や口許の表情にふと哀しみや悔しさが滲むところにジ~ンときてしまう。

 

若い頃の映像や写真からも控えめな印象だし、年取ってからも偉ぶったようなところがない優しそうなおじいちゃんに見えるけど、作曲してる時の姿はやっぱり“アーティスト”のそれで、何かが降りてきているような雰囲気を漂わせているし、ドキュメンタリーの中で語られているように絶対に譲れないところに関しては強く主張する。場合によっては作品から降板することも。

 

 

 

あの自己主張の激しかったレオーネ監督とやり合いながら一緒に仕事をしていたんだから、そりゃヤワな人ではなかったでしょう。

 

 

 

しかし、モリコーネはすでに『続・夕陽のガンマン』の音楽を録音済みだったにもかかわらず、レオーネがスタンリー・キューブリックからの作曲のオファーを本人を差し置いて勝手に蹴ったのはヒデェよなぁ(;^_^A

 

それでブチギレずにその後もレオーネと組んだモリコーネは、やっぱりイイ人だ(^o^)

 

一方では、80年代にまだ新人だったトルナトーレ監督に自ら電話をかけて『ニュー・シネマ~』の作曲を確約するなど、新しい才能とのコラボにも積極的だった。

 

そもそも彼は若い頃は父の言いつけでトランペットを吹いていたが、楽器本来の演奏方法とは違う使い方をしたりタイプライターやバスタブなどの音を使用するなど前衛的な実験音楽をやってた人でもあって、名門の音楽院で学んだ正統派の作曲の技術とアカデミックで非商業的でもある実験音楽を融合させたところが新しかった。

 

 

 

『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』で使われたムチの音や「アァアァア~♪」の叫び声などを使ったアヴァンギャルドな曲作りは、そういう下地があったからなんですね。

 

『ウエスタン(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト)』の冒頭でしばらく続く、無言のガンマンたちのそばで鳴っている音たち(蝿の羽音や水滴が落ちる音など)も、モリコーネの提案だったんだな。

 

レオーネ監督がある時からはすでに録音済みのモリコーネの曲を撮影現場で流しながら俳優たちに演じさせていた、というのは知っていたけど、レオーネ作品のあの独特のゆったりとしたテンポはモリコーネの音楽に映像の方を合わせていたからなんですね。だから映画があんなに長くなったんだなw

 

イーストウッドがインタヴューの中で、『荒野の用心棒』などで「彼の音楽が私を引き立てていた」と語ったように、モリコーネの音楽は時に「伴奏」の範疇を超えていた。

 

 

あらためて言うのもなんだけど、若い頃のイーストウッドは男前だなぁ。いや、おじいちゃんになってもカッコイイですが

 

おそらくはレオーネの『続・夕陽のガンマン』と似たような曲を期待していたのだろうタランティーノに、『ヘイトフル・エイト』でまったく異なる曲調のテーマ曲を提供したモリコーネの「同じことの繰り返しはしない」という固い意志。そして、あの曲でついに、6回目のノミネートにしてようやくオスカー受賞。

 

遅過ぎたよね。でも、ご存命のうちにご本人にオスカー像を手渡せたことはよかったですね。これだけ映画界に貢献してくれた人への感謝を伝えられたことも。

 

本命と言われながら何度も受賞を逃して、自分の実力の成果をちゃんと評価されていないと感じたり、映画音楽から離れようと思ったり、あれほどの巨匠でもアカデミー賞への想いは強かったんだろうか、と不思議だったんだけど、同じく映画音楽を数多く手がけオスカーを何度も獲得しているジョン・ウィリアムズが、アカデミー賞は特別、というようなことを語っているのを聞くと、オスカーというものは獲れて当然ではないし、いろいろ言われはするものの、それでもとても価値のあるものなんだな、とあらためて思う。

 

 

 

 

キャンタマみたいなケツアゴのタランティーノが相変わらずハイテンションでベラベラと喋りながらモリコーネを「ベートーヴェン」や「モーツァルト」に喩えて持ち上げると、モリコーネ御大は落ち着いた口調で「200年経ったらわかる」と答える。

 

 

 

それは大言壮語はしないものの、やはり自分がやってきた仕事へのプライドと自信だろうし、「価値を決めるのは未来の人たちだ」ってことですよね。聴き続けられ、記憶され続ければ残っていくだろう、と。

 

このドキュメンタリー映画でトルナトーレ監督がエンニオ・モリコーネをあえて追悼しなかったように、名曲の数々がマエストロをこれからも生かし続けるでしょう。

 

ブルース・スプリングスティーンをはじめ、さまざまなジャンルのミュージシャンたちからもリスペクトされて、その曲が使われてもいる。

 

次々と流れるモリコーネ節があまりに耳に心地よくて、ちょっと途中で意識が遠退きましたが^_^; でも解説付きのコンサート聴いてるみたいで至福の時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

↑もう一つのブログでも映画の感想等を書いています♪

 

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ