ウェイ・ジェンツー監督による香港映画のスタントマンについてのドキュメンタリー映画『カンフースタントマン 龍虎武師』。2021年作品。字幕監修は谷垣健治。

 

1970年代から80年代、90年代と香港映画でのスタントアクションは隆盛を極めた。アクションスターたちの活躍を支えたのは多くのスタントマンたちだった。かつて「東洋のハリウッド」と呼ばれたスタジオが閉鎖されたり、スタントの仕事の激減、大ヴェテランたちの高齢化、中国本土でも大勢のスタントマンが育成されたことなどから、現在の香港映画界には以前のような元気がない。それでも未来のために後進を育て、香港映画を盛り立てていこうとするスタント界のレジェンドたちを映し出す。

 

香港のクンフー(功夫)映画のスタントマンたちのドキュメンタリーが公開されるということで楽しみにしていました。

 

といっても、僕は香港のスタントアクション映画をそんなに数多く観ているわけではないんですが、80年代にTVで放映されていたジャッキー・チェンの映画はよく観ていたし、90年代になって遅れてブルース・リーの作品に出会ったりして、ささやかながら香港映画のアクションやスタントの迫力に触れてはいたから、それらを作ってきた人々、裏で支えてきた人たちについては興味があった。

 

CGの進歩で今ではそれらが香港映画でも大々的に使われるようになってきているけれど、それ以前の、スタントマンたちが生身の肉体だけで勝負していた時代のことを知りたいと思った。

 

実際、このドキュメンタリーでは何本もの昔の香港アクション映画が映し出されるんだけど、そして撮影の裏側のことも語られるんですが、まず、現在では香港アクション映画には40~50年前の頃のような勢いがない、というところから始まるんですね。

 

やはりブルース・リーの扱いは別格で、映画の初めの方で彼が香港映画のクンフーアクションにとってどれほど画期的な存在だったのかが語られる。

 

一方では、リーの急死によって一時クンフー映画の制作が完全にストップしてしまったように、映画の“いちジャンル”というのはスターの存在に左右される危ういものでもある。

 

ブルース・リーやジャッキーのクンフー映画が世の中を席巻して大ヒットしまくり、他にもアクションスターが何人も輩出されて数多くのスタントアクション映画が作られていた時代はもう過ぎ去ったのだ、という事実を思い知らされる。

 

戦時中に日本軍の侵攻を逃れて本土から香港に移ってきた京劇の役者たちが現地の貧しい家の子どもたちに教え始めたが、香港では京劇が衰退しつつあり仕事がないため、彼らは映画の世界に活路を見出す。

 

サモ・ハン(サモ・ハン・キンポー)やジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、ユン・ワーなど、あの世代の香港映画のアクションスター、スタントマンの多くが京劇の学校出身(上に挙げた俳優たちは中国戯劇学院出身)だった。

 

そういう歴史について解説しながら、この映画に登場する香港映画のスタントの大ヴェテランたちがいかにして数々のアクション映画で裏方として貢献してきたのかが語られる。

 

サイクロンZ』は僕が初めて劇場で観たジャッキーの映画なんだけど(悪のボスをユン・ワーが演じていて、サモ・ハンやユン・ピョウとも共演)、そこで敵の用心棒役のベニー・ユキーデを回転キックで床に叩きつけるスタントをやってるのがジャッキー本人じゃなくてスタントマン(チン・カーロッ)だったことを初めて知りました(このショットではキックを受けるユキーデ役も代役)。

 

 

 

また、『プロジェクトA』でジャッキーが時計台から落ちるクライマックスのスタントシーンでも、事前にスタントマンが落ちて安全を確認していて、そのショットは映画でも使われている。

 

『プロジェクトA』のあの場面のスタントについては以前NHKの番組「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」でも採り上げられていて、時計台のジャッキーのスタントダブルを務めた、ジャッキー・チェンのスタントチーム「成家班」の一員で俳優としても何本も共演しているマースさんが番組内でインタヴューもされてたけど、今回も彼が出演していてそのあたりのことや当時の思い出を語ったり、今はその面影もなくなった映画会社ゴールデン・ハーベストの巨大スタジオの跡を散策したりする。

 

 

 

他にも『ポリス・ストーリー/香港国際警察』でブリジット・リンのスタントダブルで建物からプールに飛び降りたり、二階建てバスの急停車でフロントガラスを突き破って地面に落ちるスタントがいかに危険だったかが語られたりも。

 

ジャッキーとサモ・ハン主演の『ファースト・ミッション』で7階の高さの建物から爆発とともに何人もが一斉に落ちてくるスタントでは、クッションになる大量のダンボールを用意したものの、ちょっとしたタイミングのズレでどんな体勢やスピードで落ちるかわからないので(自分の上に他の人が降ってくる危険も)「ノーと言わない」のがモットーの香港映画のスタントマンでさえも辞退した人がいるのだとか。

 

3階の窓から飛んですぐ下のテント状のひさしでバウンドして地面に落ちるはずが、勢い余ってひさしを飛び越えて直で地面に叩きつけられたり(しかも、その直後に自動車が眼前で急停車する)、ビルの窓から外に立っているポールに飛び移るスタントで失敗、そのまま落下、あるいはスケート場の建物から背中から落ちて氷の張ったスケートリンクに激突など、以前『イン・ザ・ヒーロー』の感想で「そんなことやったら無事で済むわけがない」と書いたことそのまんまかそれ以上のことをやってらっしゃる香港映画界のスタントマンの皆さん。

 

当然、無事なわけがなくて、大怪我したり再起不能でそのまま業界を去った人もいる。このドキュメンタリー映画に出てるかたがたは、そんな頭のおかしい世界で生き残った猛者たちなんだよね。

 

『九龍の眼/クーロンズ・アイ』の“アパアパおじさん”ベニー・ライ(彼もジャッキーのスタントチームの一員だった)もインタヴューで登場していた。

 

ユン・ワーさんなんて久しぶりに顔見たけど白いお髭の仙人みたいになってて、「大事故にも遭ったけど、普通なら5回は死んでる」とか仰ってるしw

 

 

 

当時、アメリカだったか海外のスタントのスタッフが香港のスタント現場の環境を聞いて絶句していた、というのも、そりゃそうだろ、と(;^_^A

 

往年の日本映画の撮影現場でも俳優やスタントマンがヒドい目に遭ったエピソードがいくつもあるけど、香港ではそれぞれのスタントチームのリーダーがメンバーたちの面倒を見る一方で、映画会社の方では充分な補償もなくて、かなりアバウトな扱いだったんですね。

 

香港アクション映画の全盛期にはギャラもよかったので今だったら家が何軒も建てられるほど儲かったそうだけど、彼らには蓄財という発想がなかったのでほとんど賭け事や酒に使ってしまって、その後生活に困った人たちも多かったんだとか。

 

40代や50代では厳しい、と映画の中でも言われてるように、スタントマンとして働ける期間は限られていて、だからキャリアを重ねると武術指導とか監督になったりするんだけど、仕事自体が以前のように多くはない。

 

当時のスタントマンたちは小卒ぐらいでこの業界に入った人が多く、京劇の学校で習った技があったからこそ彼らはあのような危険なスタントの数々をこなすことができた。本当に伝統にもとづくものであったのだろうし、厳しい修行の賜物だったんですね。それはおいそれと真似のできることではないよな。しかも、現在ほどに安全対策も充分にとられてはいなかったのだし。

 

ここでは「スタントマン」と呼んでいるけど、もちろん「スタントウーマン」もいた。

 

2005年の『カンフーハッスル』でクンフーの達人の大家夫婦をユン・ワーとともに演じていたユン・チウは、スタントウーマン時代には「影の女王」と呼ばれてたそうで、その理由は素顔が映らないから。

 

今度日本でも主演作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が3月に公開されるミシェル・ヨーもアクション女優として驚くべきキャリアの長さですよね。

 

また、2000年代以降でもスタントウーマンとして頑張ろうとしている女性の姿も映し出されている。

 

 

 

いろいろ気を遣ってもいるんだろうし映画の中では政治的なことには触れられていませんが、香港が中国に返還されてから作品の内容に干渉されることも多いだろうし、作りたいものが作れないもどかしさもあるんでしょうね。今の若者は昔のように命を張ってスタントをやる、ということはもはやないだろうし。

 

スタントアクションの裏側を見せてくれる、ワクワクするようなドキュメンタリーを想像してたら、意外としんみりする内容でした。

 

香港映画自体が滅びたわけではないけれど、でも「黄金期」は間違いなく過ぎ去ったのだ、ということ。

 

最初にお断わりしたように僕はこれまで香港映画を数多く観てきたわけじゃないし、もうかれこれ30何年とか40年近く「にわか」を続けてますが、それでもここで語られているノスタルジーには胸が熱くなるし、かつて観た何本もの香港映画が頭の中で蘇ってきて、自分が生きてきたあの時代にスクリーンやレンタルショップで見かけた作品たちのことを思い浮かべてちょっと落涙しそうになった。

 

年老いても香港映画への愛を捨てずに未来のアクションスターやスタントパフォーマーたちを育てているレジェンドたちが本当に「映画の神様たち」に見えてきた。

 

面倒見がいいが、それ以上に苛酷なスタントを要求するサモ・ハン

 

 

1枚目のユエン・ウーピンなど、レジェンドたちが勢ぞろい

 

 

ツイ・ハークとエリック・ツァン

 

出てくるのがおじいちゃんばかりなので、このドキュメンタリーの中ではドニー・イェンが“若手”に見えてしまうほど

 

去年はリヴァイヴァル上映でジェット・リー(リー・リンチェイ)主演の『少林寺』を観ましたが、ぜひこれからも80~90年代の香港のクンフー映画やアクション映画を続々再上映してほしいなぁ。

 

僕はリアルタイムでそんなに当時の香港映画を観ていないので、劇場であらためて出会いたいんですよねー。

 

それから、80年代のジャッキーの映画やキョンシー映画とかやってくれたら、おじさん感激。

 

そういえば、このドキュメンタリーの最後で『霊幻道士』の“道士様”ラム・チェンインにオマージュが捧げられてました。

 

映画館でまたテンテンに会いたい(それは『幽幻道士』だっての)!

 

 

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