ウォン・カーウァイ監督の過去作品5本を4K版で上映する「WKW4K」で、一週目に『天使の涙』『ブエノスアイレス』『恋する惑星』の3本鑑賞。

 

その次の週に残りの2本、『2046』と『花様年華』を。

 

 

作品の制作順に感想をざっと書いていきます。

 

まずは1994年作品で日本では95年に公開された『恋する惑星』。

 

 

エイプリルフールに失恋した刑事のモウ(金城武)は、振られた日から1ヵ月後の自分の誕生日までパイナップルの缶詰を毎日買い続けている。恋人を忘れるため、その夜出会った女に恋をしようと決めた彼は、偶然入ったバーで金髪にサングラスの女(ブリジット・リン)と出会う。一方、ファストフード店の店員フェイ(フェイ・ウォン)は、店の常連である警官663号(トニー・レオン)あての手紙を店主から託される。それは663号の客室乗務員の元恋人からの手紙で、彼の部屋の鍵が同封されていた。彼に淡い恋心を抱くフェイは、その鍵を使って部屋に忍び込むが……。

(映画.comより転載)

 

95年の初公開当時にこの映画を観にいったきっかけは覚えていませんが、前年に第2作目『パルプ・フィクション』が公開されて一躍その名が知れ渡ったクエンティン・タランティーノ監督が褒めてたから、ということじゃなかったかと思う。

 

それまでは僕はウォン・カーウァイ監督のことを知らなかったと思うし、その作品も観ていなかった。『いますぐ抱きしめたい』(1988年作品。日本公開91年)や『欲望の翼』(1990年作品。日本公開92年)は『恋する惑星』のあとにヴィデオかTV放映で観たんじゃなかったかな。もうよく覚えてないけど。

 

『恋する惑星』はとても新鮮な感覚で、即興で撮られた、という映像に魅せられましたね。お洒落だなぁ、って。普段、お洒落とか全然興味ないんですが。

 

その辺の思い出話は『グランド・マスター』の感想の中で書いたので繰り返しませんが、これまで観たウォン・カーウァイ作品の中では一番好きだったし、それは今回久しぶりに観てもやっぱり変わりませんでした。

 

劇中でくどいぐらい何度も流れるママス&パパスの「California Dreamin'(夢のカリフォルニア)」は同じく90年代に観た『ドラゴン/ブルース・リー物語』(1993) の中でも使われていて、だから曲自体は60年代のもので『恋する惑星』でも懐メロとして使われていたんだけど、僕はこの曲を聴くと90年代を思い浮かべるんですよね。

 

 

 

タランティーノも『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でカヴァー版を使ってました。

 

『恋する惑星』の原題って“重慶森林”で、英題は“Chungking Express”。

 

それらに比べて邦題はなんかフワッとしたタイトルですが、担当者のかたたちはあれこれと悩みながら付けたんだそうで、でもまぁ、このタイトルだったからこそ日本でもヒットしたとはいえるかもしれませんね。

 

フェイ・ウォンが最高にキュートな映画だから、この可愛らしい邦題はぴったりだった。彼女は劇中曲の「夢中人」も唄っています。

 

 

 

恥ずかしながら僕は歌手であるフェイ・ウォンさんの歌を「夢中人」以外ちゃんと聴いた記憶がないし、その後の活動についても知らなかったんですが、彼女は1990年代や2000年代には日本のCMやTVドラマに出演したり自分の曲を提供したりもしていたんですね。

 

もともとTVドラマを観ないのと歌の方面にも疎いので、映画以外のことを知らなくて失礼いたしました。

 

見開いた時の大きな瞳が印象的で、『恋する~』でのちょっと不思議ちゃんっぽい佇まいとかスレンダーな体躯、内面が見えづらい表情など、どこかアンドロイドっぽくもある。「誘われちゃった!」とハシャいでたのに、そのままバーじゃなくてほんとのカリフォルニアに行っちゃったりと行動も突飛。

 

本物のキャビンアテンダントには見えないし、どこかおままごと風なところがあって。

 

映画の内容は、彼女が演じる“フェイ”がトニー・レオン演じる“663号”の家に不法侵入して勝手に部屋の模様替えをしちゃうというサイコスリラー(嘘)なんですがw

 

ストーリーの方はうろ覚えなんだけど、それまで香港映画を「お洒落」なものとして認識したことがなかったから、画面の色遣いがなんだかもういちいちお洒落で、いかにも女性向けの「おしゃれ雑誌」とかで特集してそうな映画だなぁ、って。

 

「その時、ふたりの距離は0.1ミリ」ってモノローグが懐かしい。

 

金髪のヅラをかぶったドラッグディーラーを演じているブリジット・リンは定期的にTwitterで流れてくる「昔の美少女」の写真の正体ですが、僕が彼女を初めて見たのはジャッキー・チェンの『ポリス・ストーリー』でした。

 

 

 

 

 

 

『恋する惑星』よりも前に制作が始まったウォン・カーウァイの『楽園の瑕』(1994年作品。日本公開96年)にも出てましたね。

 

これまで僕は香港映画自体をそんなに数多く観ていないのでブリジット・リンさんの出演作品でちゃんと観たものはごくわずかなんだけど、一時期香港映画のアクション物や武侠映画にたくさん出ていたことは知ってました。

 

『恋する惑星』で共演した金城武とは20歳ぐらい年が離れているけど、そんな彼女をクドく金城武とのツーショットは絵になってましたね。

 

 

 

金城武の、目を細めて口角を上げてニィ~っと笑う顔が猫っぽくて、フェイ・ウォンがCAに見えないのと同様に彼が刑事という設定も作り物っぽい。生々しさがない。

 

でも、その「ごっこ遊び」風なところが玩具めいていて、これもお洒落で可愛いんだよね。

 

金城武さんはこの映画のあと、日本映画の『スペーストラベラーズ』や『リターナー』『K-20 怪人二十面相・伝』で主演を務めたり、チャン・イーモウ監督の『LOVERS』やジョン・ウー監督の『レッドクリフ』二部作などでよく顔を見たし、日本のTVドラマにも出ていたけど、最近ほとんど映画には出ていないようで。お元気でしょうか。

 

多分、僕がトニー・レオンという俳優さんを知ったのもこの『恋する~』だと思うんだけど(それ以前のホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』は、映画は知っていたけど観ていない)、『ロボフォース 鉄甲無敵マリア』にも出てたんだな。あの女ロボコップみたいな映画(笑)

 

 

 

この映画のトニー・レオンの白ブリーフが眩しくてw

 

90年代には僕はすでにトランクスを穿いてたけど、トニー・レオンは97年の『ブエノスアイレス』でもやっぱりレスリー・チャンと仲良くブリーフを穿いていたので、これはウォン・カーウァイのこだわりなんだろうか。トニー・レオンにはブリーフを穿かせたい、という(^o^)

 

金城武の愛嬌とトニー・レオンの哀愁を帯びたまなざし。

 

でも、『恋する~』でのトニーさんはどこかお茶目でユーモラスでもある。

 

痩せ細った石鹸や涙を流すタオルに話しかけたり、シロクマのぬいぐるみがガーフィールドに替わっててもそんなに気にしない。

 

そして極めつきの白ブリーフw

 

この映画がウォン・カーウァイ作品の中でも特に人気が高いのは、ポップさと作品の中に散りばめられたユーモアのおかげでしょう。

 

金城武にはトボケた魅力があるし、フェイ・ウォンはやってることは犯罪なのに(笑)女の子のちょっとファンタスティックでもある恋物語として楽しめてしまう。

 

その他大勢のキャラとしてインド人たちがやたらと出てきて、金髪の女とともにドラッグを運んだり、かと思えば突然行方をくらましたり、続く『天使の涙』でも殺し屋に撃ち殺されたりと、今観ると劇中でのその扱いには若干差別的なものも感じるんだけど、多国籍な雰囲気を出す効果として使われていたのかな。

 

このあたりの近未来っぽくて無国籍風な感じって、岩井俊二監督のある作品に共通するものを感じるんですが。二人とも90年代にその作品が流行った。

 

金城武とブリジット・リン、フェイ・ウォンとトニー・レオン、それぞれのエピソードが前半と後半に分けて描かれるんだけど、前半でガーフィールドの大きなぬいぐるみを持ったフェイとモウがすれ違ったり、タバコを吸ってる金髪の女の後ろにフェイがいるぐらいで、この2つのエピソードが直接繋がることはない。

 

香港の九龍にある重慶マンションで繰り広げられる2つの物語、ということで、あの時代や香港という土地について知ってる人にはいろいろ伝わるものもあるんでしょうが、僕はまったくの無知なんでただ単に感覚的に「オシャレでかっこいい」映画だなぁ、と思ったのでした。

 

 

 

ただ、『恋する惑星』も『天使の涙』もまだ香港が中国に返還される前の映画で、だから「返還後」の現在を知ってて観ると、また当時とは違った印象が残る。

 

あれらの映画の中で描かれていた「自由な空気」は、まだ香港にあるだろうか。

 

何か、失われてしまったものを見ているようなそんな感傷にふと襲われる。

 

それは、自分自身のこの30年近い月日とも重なって。

 

今回、画質が格段に向上して(それでも映像の中のフィルムの粒子が、映画にまだ手触りの感覚があった頃を思わせる。ちょうど今の若い人たちがポラロイドカメラを愛好するように、この映画に混在するレトロさと新しさがさらなるファンを生み出していくかもしれない)、また音声もリミックスしたとのことで(クレジットタイトルなども新しくしてある)、まるで新作を観るような驚きがあったんですが、電話をするシーンはいっぱいあるのにまだケータイはないんですよね。

 

みんなイエ電か公衆電話を使っている。

 

ケータイやスマホがあったら『天使の涙』の劇中での「(公衆電話に使う)10ドル貸して」ってやりとりも成立しないし、ここで描かれる物語の“情緒”も損なわれてしまうでしょうね。

 

ウォン・カーウァイって最近は映画を撮っていないけど、彼はまだギリ固定電話が使われてた時代を描きたい人なのかもしれない。彼の映画を観てノスタルジックな気分になるのは、舞台になっているのが昔だから、というのもあるだろうけど、「今」から「過去」を振り返るような物語が多いから、というのもある。

 

『恋する惑星』は一見そうは思えないけれど、94年に作られた作品を28年後の2022年の今、最新の技術を駆使して初公開当時以上のクオリティの映像と音で観ることで、否が応でも振り返らされるんですよね、過ぎ去った時代を。それは自身で5年の歳月をかけて過去作品の4K化を行なった監督が意図したものだと思う。

 

CAになったフェイと警官を辞めてファストフード店を店主から譲り受けた663号の再会は、この映画が日本で初公開された95年当時とはまた違った感慨をもたらす。

 

翌年公開された『天使の涙』は『恋する惑星』同様、当時劇場で観たんですが、正直なところ『恋する~』の二番煎じっぽく感じられてしまって(続篇的な作品だからなおさらだが)、レオン・ライ演じる殺し屋を描いたエピソードにも金城武演じる口のきけない青年の物語にも強いインパクトを受けることはなかった。

 

 

 

 

ミシェル・リー演じる“エージェント”が掃除した部屋で「自分をクリーンナップする場面」(一応、言葉を選んだつもり)を覚えていたぐらい。

 

でも、今回あらためて観たら、なんだかよかったんですよね。

 

ちなみに、今回上映されている5本の作品の中でこの映画を最初に観たんですが。

 

ほんとは『恋する惑星』→『天使の涙』という順番だったらもっとよかったんだけど、でもほとんど間を置かずに2本の作品を観たことで、これらがまるで1つの映画のように感じられて、『恋する~』に感じたのと同じようにこの『天使の涙』にも愛着が湧いたし、好きになりました。

 

殺し屋が出会う金髪の若い女性を演じるカレン・モクはチャウ・シンチー主演・監督の『少林サッカー』でセシリア・チャンと一緒に顎髭を生やしてドレッドヘアのサッカー選手を演じてました。

 

その『少林サッカー』でヒロインを演じたヴィッキー・チャオやジェイソン・ステイサム主演の『トランスポーター』に出演していたスー・チーたちと共演した『クローサー』も観たなぁ。敵役が倉田保昭だった。

 

でも、『天使の涙』での彼女は他の出演作の時とは雰囲気が異なっていて、今回観て僕はちょっと仲里依紗に似てるなぁ、と思ったんですが。

 

 

 

いや、顔の作りが似てるというよりも、この映画での彼女のファッションとか演技が仲さんがCMやヴァラエティ番組などで見せてるキャラっぽいなぁ、と思って。

 

カレン・モクのあの姿はこの映画のポスターにもなっていたし、劇中での彼女のファッションが日本の若い女性たちに与えた影響も大きかったそうですが。

 

この映画でのカレン・モクさんはフェイ・ウォンさんとはまた違ったキュートさがあって、どこか痛みを感じさせるんですね。

 

それを言ったら、この映画の登場人物たちは誰もが“痛み”を感じさせるんですが。

 

金城武の飄々とした立ち居振る舞い(めっちゃその辺にいる人っぽいカジュアルな日本語を使うし)は『恋する惑星』のようにこの映画に明るさと軽みを与えているけれど、でも彼のその明るさや軽さには哀しみが感じられる。

 

 

 

「期限切れの缶詰のパイナップルを食べたせいで口がきけなくなった」というふざけた設定も、同居している父親とのユーモラスなふれあいも、ソフトクリームをめぐるドタバタも、片想いした女性から徹底的にその存在をスルーされる様子も、全部哀しいんですよね。なんともいえない空虚さがある。

 

レオン・ライ演じる殺し屋もまた、本物の殺し屋には見えず、そんな彼は同級生とバスの中でばったり再会して、結婚式に呼ばれたりする。まるで「ごっこ遊び」をしているところに、ふと現実を見せられたような。

 

その元同級生から生命保険を勧められるが、独り身の殺し屋は「受取人は誰に?」と独りごつ。滑稽だ。

 

殺し屋と『恋する惑星』では刑事だったモウは、一方は女たちを愛さず最後には命を落とし、もう一方は愛する人を求めて生き続ける。

 

『恋する惑星』では2つのエピソードは最後まで交じり合わなかったけれど、『天使の涙』では金城演じるモウは、ミシェル・リー演じる女性と最後に出会い、ともにバイクで疾走する。

 

 

 

交じり合わないはずのものが強引にくっつけられた感が強いんだけど、でも「失恋」のあとの新しい出会いにはどこかホッとさせられるものもある。

 

恋人たちは、今も香港の街を走り抜けているだろうか。

 

 

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