ジェラルド・バレット監督、クロエ・グレース・モレッツ、トーマス・マン、リチャード・アーミティッジ、キャリー=アン・モス、ジェニー・スレイト、タイラー・ペリー、ロバート・モロニー、ヴィンセント・ゲイル、アガム・ダーシ、ナヴィド・ネガーバン出演の『彼女が目覚めるその日まで』。2016年作品。

 

原作はスザンナ・キャハランによるノンフィクション「脳に棲む魔物」。

 

21歳のスザンナ(クロエ・グレース・モレッツ)は駆け出しのミュージシャンの恋人スティーヴン(トーマス・マン)と暮らしながらニューヨーク・ポスト紙の報道記者をしていたが、急に仕事が手につかなくなり、やがて幻聴や被害妄想、痙攣の発作を起こして入院を余儀なくされる。しかし検査でも原因が掴めず、医師は統合失調症や双極性障害を疑う。

 

抗NMDA受容体抗体脳炎”という病いに罹った女性の実話を基にした物語。

 

原作は未読ですが、Amazonのレヴューを読むととても評価が高いですね。

 

同じ病気を描いたやはりノンフィクションが原作の映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』と同じ12月16日に公開されたのは狙いだと思うけど(『彼女が目覚める~』は2016年作品)、お涙頂戴の難病映画ではなくて至極真面目な内容。

 

『8年越しの花嫁』の方は僕は観ていませんが、あちらはなかなか評判がよろしいようで。

 

僕は病気を扱った映画は敬遠してしまうところがあって普通だとちょっと劇場に足が延びないんですが、主演がクロエ・グレース・モレッツだということで前売り券買って公開を待っていました。

 

 

 

難病を描いた映画だということは知ってて観たので驚きはしなかったけど、正直とてもしんどかったです。

 

というのも、映画の大半は症状が出始めてから入院しても病気の原因がわからず本人や家族が大変な思いをする描写なので。ようやく正しい病名が判明した直後に時間が飛んでもう治ってて、そのまま映画は終わってしまうし。

 

あそこはほんの少しでもいいから闘病中の彼女の姿を見せてもらいたかったなぁ。観客にスザンナが乗り越えた困難の大きさを想像させてほしかった。

 

抗NMDA受容体抗体脳炎という病気についての啓蒙という意味では大変意義のある作品だし、原作と出会うきっかけとして観てみる価値はあると思うんですが(クロエちゃんは熱演しているし、これでもかってぐらい彼女の顔のアップが堪能できます)、1本の劇映画としては大いに物足りなかった。

 

監督は詳しい医療的な面へのこだわりよりも登場人物のキャラクターを掘り下げることを狙ったということだけど、そのあたりはちょっと中途半端だった気がする。実話だから現実にはなかったことをあまり盛れないからというのもあるだろうけど。

 

いや、出演者たちはそれぞれがスザンナ・キャハランをはじめ彼女の両親や恋人(現・夫)などモデルとなった人たちに実際に会って話したりして役作りをしたそうで皆さん好演してましたが、さっき述べたように映画の大半は職場や家、病院で苦しむスザンナと彼女の変化に戸惑ったり振り回されたり、本格的に入院となってからは献身的な介護をする家族や恋人の描写なので、ただひたすら再現ドラマを観ている感じで。良質な再現ドラマでしたが。

 

娘が発症して父親が彼女の恋人にアタったり、母親が音を上げて父親が娘を引き取ることになるが、その娘が食事中に父親とパートナーの前で暴れて暴言を吐くなど、家族がこういう病気になった時の状況がつぶさに描かれて、いたたまれない気持ちになる。

 

それと、映画がどれぐらい事実に忠実でどの程度原作から変更されているのか知らないけれど、ちょっと腑に落ちないところもあった。

 

たとえば、職場で倒れて母親の許で過ごすことになったのに、しばらくするとまた職場に戻ってたり。あんな状態では仕事なんて無理に決まってるのに、まわりもなんで休職させないで職場に来させるんだろう、と。

 

案の定、彼女の言動はさらに常軌を逸し始めて手がつけられなくなる。そりゃそうでしょう。

 

僕がこの映画を観ていてしんどかったのは、職場の上司や同僚たち、両親や恋人などにヒドい悪態をついたり錯乱して暴れるスザンナの姿が統合失調症の症状に非常に似通っていることもあって、個人的に非常に不安定な気持ちにさせられたから。

 

本人だけではなくまわりの人々を驚かせ怯えさせ、笑顔を涙と悲しみに変えてしまう。

 

映画の多くの部分がそういう描写に費やされているのはかなりキツかったです。

 

解説などにも書かれているように、ホラー映画『エクソシスト』の少女リーガンのモデルになった少年はスザンナと同じ病気だったのではないか、と言われていて、だから以前は悪魔憑きとか、あるいは精神疾患だと思われていたものに21世紀に入ってからようやく病名がつけられて治療法も確立されてきたことは(発症の原因はまだ解明されていないが)一筋の光明だとは思います。

 

だからそういう知識をしっかり得るうえでもこういう映画を観たり原作を読んだりすることは大切でしょう(すみません、偉そうなこと言って原作は未読ですが)。

 

病気になるのは本人のせいではないし、その治療にはまわりの理解と協力が必要だということがよくわかる一方で、若くして一流紙の記者であるスザンナが競争の激しいかなりストレスフルな環境に身を置いていたことも確かで、原因は不明とはいえああいう環境が発病の理由の一つでもあるんじゃないかと思わせられるところもあった。

 

抗NMDA受容体抗体脳炎(日本でも患者数は千例以上あるらしい)という病気ではなくても日々さまざまなプレッシャーによって身体や心が蝕まれていくことはあるから、仕事で失敗が続いたり遅刻が増えて生活態度が劣化していく様子はけっして他人事じゃないんですよね。

 

スザンナの場合はそれまでの本人が優秀だったからこそ突然の変化が目に見えて顕著だったわけだけど、明らかにおかしくなっていてもしばらくはまわりが忙しさの中でそれを見落としていたり、本人の不注意や怠慢だと思い込んでいたりして、彼女自身も無理をして仕事を続けようとするために症状がどんどん悪化していく。

 

そのあたりも、うつ病や統合失調症の人とも重なるところがあって(映画の中では精神疾患ではなく神経疾患であることが強調されるが)、早期の的確な対処の重要性を痛感します。

 

この映画で恐ろしいのは、正常でないことはわかっていてもなんの病気なのかハッキリしないために治療が大幅に遅れてしまう危険があること。本人は体調不良や苦しみを訴えているのに、病院側がその原因を掴めないためにいたずらに時間を浪費してしまったり、不正確な診断を下されて効果のないまったく別の治療をされてしまうかもしれない恐ろしさ。「脳が火事」なのに誰にも気づかれない。

 

まったく比べ物にならないですが、僕はつい二ヵ月ほど前に大学病院に一日入院して歯茎の中に埋まった親不知(おやしらず)を2本抜く外科手術をしたところ、1本の方の治りが悪くて歯茎の腫れと痛みがひかず、以来まだ通院しています。現在も薬を飲んでいる。

 

今はだいぶ痛みは収まりましたが、ほんの少し前まで昼夜問わず痛くて堪らなくてずっとそれを担当医に訴えていたんだけど、歯を抜いた穴はふさがってきていて術後の経過は良好なためその痛みの原因がなかなかわからず、その間に何種類もの薬を出されたり、あまりに痛いんで抜いた歯があったところの隣の歯の神経を抜いたりいろいろ試してようやく神経の方の痛みを和らげる薬が効いてきている状態です。

 

そこに行き着くまでにめちゃくちゃ時間がかかったわけで、何度も別の病院に行こうかと思ったほど。

 

せっかく病院に行って診てもらっても、正しい治療をされなければ症状は改善しないばかりか場合によっては悪化して取り返しのつかないことになる。

 

でも医師も神様じゃないので、わからないことはあるんですよね。原因がいくつもあってそれらが複雑に絡み合っている可能性もあって、治療や服薬してしばらく様子を見て判断していくしかない時もある。

 

スザンナの場合は、最初にかかった医者が診断を誤って彼女の飲酒や生活習慣のせいにしたために正しい治療がされずに本人や家族たちが無用な苦しみを受けることになった。

 

検査でも「正常」と言われるだけで、医師の方には深刻な病気である認識すらない。

 

苦しくて大変で具体的な弊害も出てきているのに「どこにも異常はないですから、(酒など飲んでいないのに)飲酒をひかえてください」などとまるで本人のせいのように言われる理不尽。自分の叫びが誰にも届かないというのは恐ろしいし、やがて本人がそれを訴える力がなくなった時には治るものも治せなくなる。

 

歯の治療の時にすごく感じたのは、痛みやつらさはその都度しつこく訴えないと相手に伝わらないということでした。我慢していると大丈夫なんだと思われて見過ごされてしまう。

 

しかも患者自身がどのような治療をするか選択を迫られることもしばしば。医者の勧める治療が100%正しいという保証はない。

 

さすがにスザンナの両親もおかしいと感じて医者にしつこくプレッシャーをかけて、やがてその方面に知見のあるナジャー医師(ナヴィド・ネガーバン)が担当することになったおかげで、スザンナの病気は抗NMDA受容体抗体脳炎だったことが判明する。

 

 

 

この映画を観て強く感じたのは、家族やまわりの人たちの協力がいかに大事か、ということでした。

 

映画では描かれなかったけれど病名が判明してからこそが大変だったわけで、本人だけでなくまわりも忍耐強く病いと闘った。そしてスティーヴンはスザンナと結婚。

 

 

 

 

無事病気を克服したからこそスザンナさんは自身の体験をしたためて本にできたんだけど、それはやはり自分を支えてくれた人たちへの感謝と、同じ病気で苦しんでいる人々に自分が受けた恩恵を少しでも分け与えるため、という使命感もあるんでしょうね。

 

ちなみに、当初、スザンナ役はダコタ・ファニングが想定されていたけれどスケジュールの都合で降板せざるをえなかったということで、彼女のヴァージョンも観てみたかった。主演がクロエに決まったのは撮影の3週間前だったんだとか。それから2週間かけてリサーチしたんだそうな。

 

実際のスザンナ・キャハランさんが病気になったのは24歳の時だったけれど、映画ではクロエの年齢に合わせて21歳に引き下げられた。

 

24歳でワシントン・ポストの記者というのもスゴいですが、スザンナさんはご本人も女優さんみたいに綺麗な人なんですよね。

 

 

 

現在もポスト紙で書籍関連の記事を担当していて、抗NMDA受容体抗体脳炎を知ってもらうための活動をされているそうです。

 

映画と原作との違いについて書かれている記事をリブログさせていただきますね。

 

 

 

それにしても、『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』でも病院で昏睡状態だったクロエちゃんが今回は手足を拘束されたりしていて、なんとも痛々しい。そろそろ全篇で思いっきり元気よく走り回ってる彼女を見たい。

 

この映画ではまるでカール・ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』みたいに顔のアップが多いので、彼女の顔の皺までしっかり見えますw

 

どの角度から映してもブチャイクに見えないのはちょっとスゴいなぁ、と思いました。

 

先輩記者のマーゴ役のジェニー・スレイトは『gifted/ギフテッド』にも出演してましたね。

 

 

 

 

なんとなく尾野真千子さんを思わせる顔立ちで、親しみやすい感じの女優さん。これからも彼女の出演作が観たいです。

 

わりと低予算が偲ばれる作品で、新聞社での場面がいかにも“まとめ撮り”だったのはご愛嬌ですが、『マトリックス』のキャリー=アン・モスや『イントゥ・ザ・ストーム』のリチャード・アーミティッジなどの有名俳優も出演してるし、企画とプロデュースはシャーリーズ・セロン。

 

 

 

豪華メンバーでこういう目的意識のある映画を残す、というのは素晴らしいことですね。

 

この映画で救える命がある、と作り手は考えて作っているし、実際これは学校とかコミュニティセンターなどで上映したらいいんじゃないかと思います。

 

それにしても、あんだけ職場で問題行動を起こしておいてクビにもならずにしっかりと復帰できるのもすごいですよね(途中でクビになりかけてたけど)。タイラー・ペリー演じるデスクのリチャードは厳しい言葉を発しながらもスザンナのことを心配して見守っていたし、彼女はニューヨーク・ポストの社員だったおかげで医療保険が使えた。

 

もしも彼女がそういう恵まれた環境にいなかったら、家族や恋人のサポートがなかったら、と考えると、毎日の生活がいかに危ういものなのか思い知らされます。いつ自分や家族が病気で倒れるかわからない。その時果たして互いにしっかりと助け合えるだろうか。

 

最初に書いたように、映画としては僕はつらさが勝ってしまってしんどかったので何度も観たい作品ではないですが、もしも現実に存在するこういう病気についてご興味がありましたらご覧になってみてください。

 

 

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