フランク・パヴィッチ監督によるドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』。2013年作品。
1975年、アレハンドロ・ホドロフスキーはフランク・ハーバートのSF叙事詩「デューン」の映画化を企画、プロデューサーのミシェル・セドゥ(彼は女優のレア・セドゥの大叔父)らとともにスタッフや出演者との交渉を進める。銀河帝国の皇帝役はサルヴァドール・ダリ、ハルコーネン男爵役はオーソン・ウェルズ、音楽はピンク・フロイド、絵コンテとキャラクターデザインはフランスのバンド・デシネの巨匠メビウス、ハルコーネンの城のデザインはスイスの幻想画家H・R・ギーガー、視覚効果はダン・オバノン……そうそうたる“魂の戦士”たちによってそれは世界を変える映画となるはずだった。
『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』のカルト映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの幻の映画『デューン』についてのドキュメンタリーの存在を知って、ぜひ観たいと思っていました。
で、ようやく鑑賞。
実は、映画を観るずいぶん前にすでに雑誌「映画秘宝」の記事や劇場で配られる「ホドロフスキーとは何者か?」というタイトルのチラシ等で内容や事の顛末はほとんど知ってしまっていました。
なので実際映画を観てみるとすでに知ってたこと以上の新たな情報はなかったので、「あ、こんなもんか」とちょっと思ってしまった。
基本的には全篇、ホドロフスキーとプロデューサーやかかわったスタッフたち、ホドロフスキーと親交のあるニコラス・ウィンディング・レフンらのインタヴューで構成されていて、そこにメビウスやクリス・フォスが描いた絵が挟まれるといった塩梅。
でも先ほど書いたように、そこで語られることのほとんどはすでに知っていたので、正直途中でちょっとしんどくなってしまった。
ハッキリいって、ちょっと見ごたえのあるDVDの特典映像以上のものとは感じませんでした。
なんていうかな、たとえばもっとダリの当時のインタヴューとか、オーソン・ウェルズのお蔵出し映像なんかが出てくるのかと思ってたんだよね。
それでだんだんホドロフスキーの証言が事実だということがわかってくる、みたいなワクワクする展開を期待しちゃったのだ。
まぁ、考えてみればそんなレア音源やレア映像がそうそう残ってるわけないんだけどさ。
せめて存命中のミック・ジャガーやウド・キアのインタヴューは欲しかったなぁ(キャストのインタヴューはイルーラン姫役で出演予定だったアマンダ・リアのみ)。
でも、原作のファンだったりホドロフスキーやハリウッドのSF映画に興味がある人ならば何も知らずに観たらけっこう興奮できるかもしれないし、僕も劇映画以外でホドロフスキーに触れたことはなかったから、彼の人となりが映像で観られたのはよかったです。
それにしても元気な85歳だよなw
そんなわけで、一部で騒がれてるほど凄い映画だとは思いませんでしたが、でもこれがきっかけとなって『デューン』映画化中止以来、互いに別の道を歩んでいたホドロフスキーとセドゥが再び組んでホドロフスキー23年ぶりの最新作『リアリティのダンス』の制作に繋がったというのは、まさしくこの『ホドロフスキーのDUNE』の中で語られている、1本の映画が種を蒔いて新たな作品が生まれるということそのものなので、そういう意味でも大変意義のある作品といえるんでしょうね。
クリス・フォスが描いた熱帯魚みたいに鮮やかな色の宇宙船がCGで動く映像は、完成された映画の一部を観ているようでもあって壮観でした。
今はなきオバノンやギーガーなどいろんな人の貴重なインタヴューもあるから観て損はないと思いますが、これから書く感想でほぼ内容はわかってしまうので、未見のかたはご注意ください。
すでに観た多くの人が語っているように、創作活動にかかわっている人は勇気を与えられるんじゃないでしょうか。
あるいは、芸術表現、というものに関心のある人ならば。
映画の中でもホドロフスキーは「教祖のようだ」と言われている。そして人を巻き込んでその気にさせる天才でもあるのがわかる。
「狂気がなければ芸術作品は生み出せない」という彼の言葉には説得力がある。彼自身、狂気に取り憑かれた男でもあるのだから。
この映画の中では情熱的だがけっしてわけがわからない人ではなくて、その語りには思わず耳を傾けてしまう魅力がある。
かと思えば「映画は原作と同一ではない。私は原作を犯しているんだ!」と上気した顔で何度も“Raping!”と連呼する姿はとても幼稚に見えて、あぁ、ある種のクリエイターの典型だなぁ、と。
彼は「あの当時、『デューン』を完成させるためなら自分の片腕だって切り落としただろう」と語るが、映画を撮るためなら他人の腕さえも切り落としかねない人だな、と思う。
優れた芸術家、クリエイターというのは、しばしば他者に(身内ですら)多大な迷惑をかける。
それでも作品さえ優れていれば許されてしまうという特権を持っている。
もちろん、それはごくわずかな選ばれた人間だけだ。
そしてホドロフスキーは自分がその一人だと思っている。
彼が常に憑かれている“救世主”とは、彼自身のことに他ならない。
「デューン」もまた救世主にまつわる話だ。だからこそ彼は原作を読みもしないうちから惹かれ、映画化を望んだのだろう。
ホドロフスキーは、LSDを用いずにトベる映画、すなわち観る者にドラッグのような意識の変容をもたらすSF映画を目指した。
まず、映画にかかわるスタッフとキャスト=戦士たちの選定から。
『2001年宇宙の旅』で特撮を担当したダグラス・トランブルにコンタクトを取るが、打ち合わせの席での彼の態度(電話に40回も出た)に激高、「一緒に仕事はできない」と他をあたることにする。
そして、ジョン・カーペンターとともに『ダーク・スター』を作ったダン・オバノンに特撮を任せることに。
『ダーク・スター』は主人公が最後に宇宙でサーフィンするステキな映画だが、これにピンときたホドロフスキーはなかなか信頼できる人だ。
また、音楽をピンク・フロイドに頼もうとするが、愛想悪くハンバーガーを食ってるフロイドのメンバーに「ビッグマックなんか食いやがって!」と怒る(熱い人だな^_^;)。でも一緒に仕事することに。
ハルコーネン男爵の甥フェイド=ラウサ役をミック・ジャガーに頼もうとしてたら、向こうからこちらに近づいてきてくれた。
ホドロフスキー「私の映画に出てほしい」
ミック「いいよ」
…って、もうどこまで事実でどこからホラなのかよくわからないσ(^_^;)
それから20年ほどのちにミック・ジャガーはエミリオ・エステベス主演の『フリージャック』という映画で悪役を演じているので、フェイド役はけっして実現不可能ではなかっただろうと思う。
ちなみにフェイドは、のちに撮られたデヴィッド・リンチ監督の『デューン/砂の惑星』ではスティングが演じていた。なんかミュージシャン枠だったんかしらね。
あるいはホドロフスキーのアイディアがリンチ版に影響を与えたのかもしれない。直接的には繋がりはないし出来上がった作品の雰囲気も異なるとはいえ、デザイン面などでも明らかにリンチ版はホドロフスキー版から影響を受けている。
クリス・フォスの筆による皇帝の城
皇帝にはどうしてもダリをキャスティングしたかったホドロフスキーは、このシュールレアリストの大先輩から「君は砂の中から時計をみつけたことはあるか」と質問されて一瞬悩む。
もし「しょっちゅうみつける」と答えれば見栄っ張りと思われる。「みつけたことはない」と答えれば退屈な男と思われる。
それでこう答えた。「砂の中から時計をみつけたことはないが、これまでにいくつも落としてきた」。
ダリはホドロフスキーを気に入った。
しかし「デューン」に興味がなかったダリは、「ハリウッド映画で一番ギャラの高い俳優になる」と言って1時間に10万ドルを要求する。
「1分間の出演に10万ドル払う」と答えて、出演時間を4分にすることでこれをクリア。
ダリをイメージして描かれた皇帝のデザイン画
美食に走りデブって「もう映画には出たくない」とゴネるオーソン・ウェルズには、ギャラとは別にお気に入りのレストランのシェフも一緒に雇う約束をして承諾させる。
H・R・ギーガーが描いたハルコーネン男爵の城
レト公爵役は、オナニー中に事故死したことが今後も永遠に語り継がれるであろうデヴィッド・キャラダイン。
奇人変人ばっかwww
アンディ・ウォーホル製作の映画に出演していてメンタット(人間電算機)のパイター役に抜擢されたウド・キアが物凄くまともに見えるほど。
そして、主人公ポール・アトレイデス役は、実の息子ブロンティス・ホドロフスキー。
かつて『エル・トポ』で素っ裸でチンチン丸出しにしてたあの男の子である。
その後、ホドロフスキーは息子をポール・アトレイデスにするために武術を習わせる。
ブロンティスは武術家のもとで2年間、毎日6時間空手や合気道の稽古をさせられた。
まるでヨーダに鍛えられるルークみたいだ。
それだけの努力をしながら、彼の主演映画となるはずだった『デューン』は幻に終わってしまった。
ブロンティスはインタヴューでその悔しさを吐露する。
この映画で個人的に一番可笑しかったのは、企画が中止になって意気消沈しているホドロフスキーが、息子のブロンティスに言われてしぶしぶデヴィッド・リンチによって監督された映画『デューン/砂の惑星』を観にいくくだり。
リンチこそこの映画の監督にふさわしく、また自分よりも巧くやるだろう、と恐れていたホドロフスキーは実際に映画館でリンチ版『デューン』を観て、リンチの才能には大いに敬意を表しながらも映画自体は「駄作」だったことに内心ホッとして狂喜する。
ここのホドロフスキーの語りには思わず吹いてしまいました。
ホドロフスキーから「駄作」認定されてしまったリンチの『デューン』(1984)
リンチが、というよりもプロデューサーのディノ・デ・ラウレンティスが作った『デューン』がホドロフスキーが構想していたものとはまるで違う「普通に退屈な」作品だったというのは、このドキュメンタリーでホドロフスキーが語ってきたアイディアの斬新さと比べればその通りではある。
事実リンチ版『デューン』はヒットせず、リンチのフィルモグラフィでもSF映画史の中でも「失敗作」として語られることが多い。
まぁ、それは映画を観たらわかるんですが、でも僕は実はリンチの『デューン/砂の惑星』がけっこうフェイヴァリットだったりするんで、ちょっと擁護したいんだな。
楽しみどころはある作品だと思いますけどね。リンチが吹いてるように、ほんとに完全版が4時間あるのならぜひ観てみたいし。
リンチの『デューン』をクサして「もしもホドロフスキーが撮っていたら…」と夢想するのが楽しいのは理解できなくもないけど、なんかそういうこと言ってるとセンスがあると思い込んでる人もけっこういるんじゃないかな?
確かにホドロフスキーの「デューン」映画化が実現していたら、間違いなく伝説のカルト映画になっていただろうと思います。
僕だって観たかったし。
だけど、彼自身が言っているようにホドロフスキーは「商業映画」には興味がなく、また技術的なことも二の次の芸術家肌のクリエイターなので、完成した作品は僕たちが普通にシネコンで観ているようなハリウッド製のVFXアクション映画とは似ても似つかない、かなり前衛的な代物になっただろうことは、彼の過去作から容易に想像できる。
考えてみてほしい。『デューン』の美術が『ホーリー・マウンテン』みたいなサイケデリックな色彩に溢れたものになっている様を。
メビウスがデザインしたコスチュームとか凄ぇもんなぁ。気が狂ったガッチャマンみたいのもいるし、カブキマンみたいなのやマツコ・デラックスみたいなハルコーネン男爵とか、カオスすぎるwww
物語も通常のものとはかなり異なっていて、レト公爵の去勢やポールが産まれるくだりとか最後には惑星がどうこう、みたいな内容を聞いてるだけで「ついていけるかな…」と不安にならなくはない。
ホドロフスキーの映画にビビッとくるようなタイプの人々にとっては歴史に残るアートフィルムになったかもしれないが、自分がそういうタイプの映画を観て果たして受け入れられるかどうか自信はない。
芸術至上主義のホドロフスキーは自分の書いた脚本を変えることを断固拒否していたから(インタヴューでも話してるうちにヒートアップしていた)、観客のためにわかりやすくする気などさらさらないのだろうし。
『ホーリー・マウンテン』を観た時みたいに、ボンヤリして終わっちゃう可能性もある。
難解なSF超大作といえば、かつて観たアンジェイ・ズラウスキー監督の『シルバー・グローブ/銀の惑星』という映画を思いだすんだけど、これも哲学的というかなんというか、とにかく僕が想像していたようなSFアクション映画的な見せ場は一切なく、物凄い金額の製作費をかけたそうだけど、どこにそんなに金がかかってたんだかさっぱりわからなかった。
コスチュームがリンチ版『デューン』によく似ていた『シルバー・グローブ』
ホドロフスキーは絵の奇抜さで楽しませてくれるだろうから、話がよくわかんなくても大丈夫かもしれないけれど。
『ホドロフスキーのDUNE』の中で、これまた悪名高いラウレンティスの『フラッシュ・ゴードン』も『デューン』から影響を受けた作品の一つとして挙げられているけど、たしかに美術や登場人物のコスチュームの感じがよく似ている。
くまのテッドも大好きな『フラッシュ・ゴードン』。フラッシュ!アァ~♪
『デューン』だってなんの工夫もせずに映像化したら、あのような安っぽい画になっていたかもしれない。
それに、いまだ『スターウォーズ』も生まれていない70年代半ばにホドロフスキーのヴィジョンに沿ってメビウスが描いた絵を実写化していたら、おそらく『デス・レース2000年』みたいな感じになっていただろうと思うのだ(『デス・レース』には先ほどのデヴィッド・キャラダインが主演している)。
メビウスがデザインしたサルダウカー(皇帝の親衛隊)と実際に作られたコスチューム。理想と現実、みたいな。なんか石井聰亙の『狂い咲きサンダーロード』っぽいw 左がホドロフスキー、右はメビウス
『デス・レース2000年』(1975)
監督:ポール・バーテル 製作:ロジャーコーマン 出演:シルヴェスター・スタローン
いや、『デス・レース2000年』は面白い映画ですけどね。
でもヴィジュアル的には完全にB級だもんな。
ホドロフスキーがメビウスの“手”を得て描いたのは、実写化するには現在の最新VFXを駆使しなければ不可能なものばかりだ。
70年代の技術ではどのみち限界があっただろう。
やはり早すぎたのだ。
アナログの技術でされた無謀な試みも観てみたかったけどね。
この映画は、誇大妄想にも思える超大作映画を企画して、それが撮影間近までいって潰えた男の、生まれてこなかった作品についてのドキュメンタリーである。
それでもホドロフスキーは言う。
「失敗したら、別の道を行くまでだ」
映画『デューン』では、原作にない結末が用意された。
主人公のポールは殺される。
しかし、他の人々が口々に「私はポールだ」と言いはじめる(スパルタカスっぽいですが)。
ポールは死してすべての人々の中に存在する真の救世主となった。
最後に、ホドロフスキーの『DUNE』に影響を受けた映画たちが紹介される。
『スターウォーズ』『エイリアン』『ブレードランナー』『フラッシュ・ゴードン』『マトリックス』『プロメテウス』etc...
リドリー・スコット作品がやたら多いのは、ギーガーがかかわっているからなんだけど。
ギーガーをホドロフスキーに紹介したのはダリで、ギーガーは映画の仕事はこれが初めてだった。
『デューン』が頓挫してから、ギーガーはダン・オバノンら共通のスタッフとともにリドリー・スコットの『エイリアン』に参加、あの有名な宇宙モンスターをデザインする。
つまり、エイリアンが生まれるきっかけを作ったのはダリだったわけで、もちろん元をたどればすべてはホドロフスキーの『デューン』から始まったのだ。
物凄い縁だが、クリエイターたちの世界では日々このような化学反応が起こっているのだろう。
これら『デューン』に影響を受けた作品群の中にドルフ・ラングレン主演の『マスターズ/超空の覇者』が入ってたのには笑ってしまった。ドルフが『キック・アス2』のマザー・ロシアみたいな格好で町なかをうろうろするC級映画でした。まぁ、これもメビウスが衣裳デザインを担当しているからですが。
また、映画『デューン』の企画の中のアイディアのいくつかは、メビウスとのコラボによるバンド・デシネで活用された。
幻の映画『デューン』はその後のさまざまな映画たちの種子となった。
インタヴューに答えている人々がみな口をそろえて「この映画はすべてに先駆けていた。あの映画も、それからあの映画も…ホドロフスキーのDUNEの影響下にある」と褒め称えるのを観ていて若干食傷気味になったんだけど、でも彼らは嘘は言っていない。
多くのクリエイターたちがホドロフスキーの幻の企画からインスピレーションを得たのは事実だ。
完成どころか撮影すらされなかった映画が世界を変えた。
ホドロフスキーがニコラス・ウィンディング・レフンに見せたあの分厚いファイルには、彼の映画『デューン』のすべてが詰まっている。
ホドロフスキーは「これで誰かが作ればいい。アニメでも」と語る。
いや、それができるのはホドロフスキーをおいて他にいない。
夢で世界を変えた男ホドロフスキーのことだから、いずれまたミラクルを起こすかもしれない。
今はそれを楽しみに待っていよう。
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『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021年版)
『2001年宇宙の旅』
『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』
『ジョン・カーター』
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