労働判例1303号などで紹介された裁判例です(東京高裁令和5年10月25日判決)。

 

 

本件は、原告である女性歯科医が勤務する歯科医院(医療法人)とその理事長である歯科医らを被告とし、いわゆるマタハラを受けたことを理由とする慰謝料請求などをしたという事案です。

 

 

原告が主張したマタハラのほとんどは証拠がないとして認められませんでしたが、第一審、控訴審でも一部認められたマタハラとして、被告理事長が、歯科医院の控室において歯科衛生士2名と休憩中に雑談を交わす中で、原告のする診療内容や職場における同人の態度について言及するにとどまらず、歯科衛生士2名と一緒になって、原告の態度が懲戒に値するとか、子供を産んでも実家や義理の両親の協力は得られないのではないかとか、暇だからパソコンに向かって何かを調べているのは、マタハラを理由に訴訟を提起しようとしているからではないかとか、果ては、原告の育ちが悪い、家にお金がないなどと、一審原告を揶揄する会話に及んでいることが認められるとされました。

 

 

このことが認められ証拠として、被告理事長が院内で原告の悪口を言っているのではないかとの疑いを持った原告が、その証拠を得ようとして、院内のオープンスペースである控室に秘密裏にボイスレコーダーを設置しておいたところ、偶然その会話内容が録音できたことから、その録音内容を反訳して書証として提出したというものでした。

 

 

被告側は、秘密録音であり証拠能力がないと主張しました。

裁判所は、従業員の誰もが利用できる控室に秘密裏に録音機器を設置して他者の会話内容を録音する行為は、他の従業員のプライバシーを含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、職場内の秩序維持の観点からも相当な証拠収集方法であるとはいえないが、著しく反社会的な手段であるとまではいえないことから、違法収集証拠であることを理由に同証拠の排除を求める被告らの申立て自体は理由があるとはいえないとしました。
 

 

この点以外に認められた不法行為も含めて、慰謝料額は、本来的には原告不在の状況で、かつ、同調する限られたメンバーの中で行われたものであることや、原告自身の態度や対応に起因する面もあるといった事情を総合考慮すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては20万円を認めるのが相当であるとされています(控訴審判決)。