これらの本を読んでいて気付いたんですが、路地は利用者によって意味を書き換えることができるけれど、横丁(ネーミング横丁)は利用者が意味を付け加えたり、書き換えたりすることができない! という発見。でも、(ヤミ市起源の)横丁はその 存在自体がアナーキー?(これらはいずれも、読書感想ではなく、ボクの思考に寄せると、というお話です)
これらの本を読んでいて気付いたんですが、路地は利用者によって意味を書き換えることができるけれど、横丁(ネーミング横丁)は利用者が意味を付け加えたり、書き換えたりすることができない! という発見。でも、(ヤミ市起源の)横丁はその 存在自体がアナーキー?(これらはいずれも、読書感想ではなく、ボクの思考に寄せると、というお話です)
お話としては、大変いい話で、一変、専門家の先生のメンバーに入れば(いわば準レギュラー?)機会があれば、その分野の専門家として呼ばれることになる筈(他には「地理」「歴史」「経済」などの著名な専門家がメンバーになっていました)。しかも、「先生のご発言の部分はカットしません」とのこと。魅力的なお話ではありましたが、泥臭い小生に、都市ブランドと化した街の建物を紹介するというのは、ご期待に添えません。ということで、今回はなし。
まあ、ボクはいわゆる下町というのも嫌いで、「♪下町の いやらしさは 蜘蛛の巣のようで~」なんて友だちと歌いながら「なにがなんでも、こんなところから抜け出すぞ~!」と過ごしていたので、なかなか扱いが難しいのではありますが……。
といいながら、現在住んでいるのは、生家からJRの駅で二駅都心側に近づいただけ。「都心に移ったって言っても、たった二駅変わっただけじゃない!」と娘に笑われています。ところが、今度その娘が結婚してわが家を出ることに。そこで、物色していたのが曳舟とか押上。ボクの祖母は「こんな田舎じゃ死ねない、あたしゃ、本所に帰るんだ」っていいながら柴又で死んでいったくらいなので、そんな意味ではやっとわが家の一員が向島まで帰れるのかも知れませんが、ボクはそんな下町のごちゃごちゃした世界から抜け出すことばかり夢見てきたので、わが娘がそんな世界に戻るなんて! 二駅でも国電で抜け出したんだゾ、と真から思いながらも黙って聞いていると、今度は「押上は(家賃が)高くて住めない! 曳舟なら安いんだけど、新富町はもっと安かったから、新富町、契約してきた~!」とのこと。まあ、やっと葛飾→足立、そして娘の代に隅田川の西側に住むことになるようです。戦時中、強制疎開から葛飾に移って70年。少~し、都心に近づく?!
5月の連休に読もうと思った本(ほとんど読み返し。ただし、わが家には一冊も書籍がないので、もう一度買い求めたり、図書館で借りたりしました)がやっと読み終わりました。
都市の中枢性と異化の排除、そしてまち歩き(の視点)を中心に読みました。
[コミュニティ論]
B.ウェルマン「コミュニティ問題――イースト・ヨーク住民の親密なネットワーク」『リーディングス ネットワーク論』(勁草書房 1979)――ネットワーク展開によるコミュニティ解放論
[哲学]
荒俣 宏『江戸の幽明』(朝日新書 2014)――周縁へのまなざし。一昨年の暮れに出されたそうですが、周縁への視点がなんとも嬉しい! あえて、哲学に入れています。
R.バルト『表徴の帝国』(新潮社 1974)――中心をもたない、意味から解放された自由。
ベルクソン――読書会同様、ドゥルーズ経由。
G.ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』(法政大学出版局 1974)
『シネマⅠ――運動イメージ』(法政大学出版局 2008)『シネマⅡ――時間イメージ』(法政大学出版局 2006)――読書会で読んだんですが、もう一度。
A.フリードバーグ『ウィンドウ・ショッピング――映画とポストモダン』(松伯社 2008)――移動性+仮想性をもつ視線。W.ベンヤミン――A.フリードバーグという流れ。惜しい人を亡くしました! ボクにとって、同時代の星だったのに!
H.ルフェーブル『都市への権利』(筑摩叢書 1969)――もいちど、ルフェーブル。これは、D.ハーヴェイを読み直すため。
D.ハーヴェイ『反乱する都市』(作品社 2013)――都市の権利、さらに〝都市コモンズ〟を取り戻そう! 気持ちがいい! いまだ、室内で〝物化〟とか〝物象化〟なんて哲学しているより、歩こう!
[テクノロジー]
C.アレグザンダー『パタン・ランゲージ――環境設計の手引き』(鹿島出版会 1984)――都市はツリー構造ではない! というのはケビン・リンチだけど、『都市のイメージ』が手に入らず、もいちどアレグザンダー! 神田駿河台を自動車が入らない大学解放区に! 火炎瓶ではなく、都市コモンズとして神田カルチェラタンを! なんて、パタン・ランゲージを読んでいると次から次へと都市開発への提案が生まれてくる!
高階秀爾「都心文化の構築」『日仏都市会議2003 文化資源とガバナンス』(鹿島出版会 2004)――ルーブルと上野の山は同じボリューム。ルーブルに倣い、上野の山に地下都市を!
[カルスタ]
吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー』(弘文堂 1987)――上野、浅草、新宿、渋谷を考察したカルスタ(カルチュラル・スタディーズ)。読書会のため。街の純化、異化の排除に陥らないための必読の書(そこまで、読み込めれば)
吉見俊哉『博覧会の政治学』(中公新書 1992)――モノを陳列する博覧会と人をテーマにしたオリンピック。
今村仁司『群衆――モンスターの誕生』(ちくま新書 1996)――組織内の考えを純化させていくと、他を排除するファシズム・スターリニズムになる。最近、この本の感想をお聞きしたため。
まあ、テレビやラジオで呼ばれたり、新聞、雑誌から取材を受ける際、いきなり「過去を保存する能力が衰退しているんだよ」とか「時間を空間化する必要があるんだよ」なんていったら拒否反応を受けるだけなので、いかに微塵にもださないか、なんですが……。
まち歩きの番組で、ボクに現代のステキな建築について解説願えれば、ということで、おこしになられたんですが、その前での打ち合わせの通り、小生は現代のステキな街、ステキな建築というものにまったく興味がありませんし、なぜボクに声を掛けてくれたのか判りません(といったら著書で書いていらっしゃる、とのことで、まぁ、書いたこともあったかも知れないけど……)、ボクは猥雑でごちゃごちゃしている街、ガード下や横丁、路地が好きで、まったくあわないボクでもいいのなら、とおこたえしておきました。人相風体を見れば判る、というか「ちょいと話を聞いただけで、上品な世界とはまったく別世界の人間、って判るよね~」というのが同僚の弁です。
電子書籍の印税が入ってくる季節になり、ワクワクしながら郵便物を見ると(ボクの場合、紙媒体だけですと、刷り部数印税なので、印刷した分だけ先に印税をいただいてしまうので、単なる売り上げでしかありませんが、電子書籍化された書籍の場合、ダウンロードされた分だけ印税が入ってくるので、余ろく感覚で結構楽しみです。ということで、まずは寿司屋に繰り出して……、というのが通常のパターンですが、この数日、喉が痛くて飲みに行けな~い! これが楽しみで暮らしているのに!