不意に出てしまう差別用語は要注意!
みっくんです。
よくTVのアナウンサーが
「さひほど、○○のなかで不適切な表現があり~」みたいな謝罪が
ありますね。
TVは映像に残るものの、一過性のものですから
このような謝罪で済むのかもしれませんが、
紙媒体はそうもいきません。
とくに、差別用語は絶対に使ってはならないと
思ってくれたほうがいいです。
病弱者や身体の不自由な方への配慮が欠けている、とみなされ、
思いもよらぬパッシングや不買運動を受けたりします。
たとえば
片手落ち→不公平な、偏った
足きり→門前払い
めくら判→確かめないで承認する
こういった文例を考えてもらえればわかるでしょう。
差し障りのない表現へチェンジすればいいだけのことです。
ただし、「ブラインドタッチ」のように
「盲目」よりも「光を遮断する」というような
意味合いの強い言葉であれば
問題ないと考えます。
「困ったな」と思ったら、まずは
辞書をひくか、差し障りのない表現へ
置き換えてみましょう。
よくTVのアナウンサーが
「さひほど、○○のなかで不適切な表現があり~」みたいな謝罪が
ありますね。
TVは映像に残るものの、一過性のものですから
このような謝罪で済むのかもしれませんが、
紙媒体はそうもいきません。
とくに、差別用語は絶対に使ってはならないと
思ってくれたほうがいいです。
病弱者や身体の不自由な方への配慮が欠けている、とみなされ、
思いもよらぬパッシングや不買運動を受けたりします。
たとえば
片手落ち→不公平な、偏った
足きり→門前払い
めくら判→確かめないで承認する
こういった文例を考えてもらえればわかるでしょう。
差し障りのない表現へチェンジすればいいだけのことです。
ただし、「ブラインドタッチ」のように
「盲目」よりも「光を遮断する」というような
意味合いの強い言葉であれば
問題ないと考えます。
「困ったな」と思ったら、まずは
辞書をひくか、差し障りのない表現へ
置き換えてみましょう。
「見得を切る」とは歌舞伎用語でした!
みっくんです。
歌舞伎では
「大見得を切る」という言い回しがあります。
役者が際だった見得の動きをする所作に使われる言葉ですが、
転じて現代では、出来もしないことを出来るような態度、言動をした時に
使われます。まあ、けっして褒められた表現ではありませんね。
今年の母の日。
私がカミさんにプレゼントしたのは
ポピュラーなメーカーのピースケーキ×3つでした。
とても喜んだカミさんでしたが
それを見た息子は、翌日、
ケーキの高級ブランド、
「ピエール・エルメ・パリ」 のホールケーキを
奮発して買ってきました。
どうみても5000円以上はするでしょう。
カミさん曰く、「どうやらバイト代が入ったらしい」でしたが
これぞ、大見得を切ったわけです(笑)。
私のプレゼントを見て対抗心を燃やしたのは
けっこうなことですが、
ビンボー学生の分際で
こんなプレゼントをいつもできるのなら
たいしたものです。
そして父の日。
私が息子からいただいたものは
サーティーワンの3個入りアイスクリームでした(笑)。
そりゃサーティワンは好きですけどね。
カミさん曰く、息子は「財布がスッカラカンだったから」だそうです。
いいか、小僧ども!
やろうと思ったら最後まで大見得を切れ!
さもなければ等身大で生きろ!
『試みの地平線』の北方謙三さんも
そんなことをおっしゃるでしょう。
歌舞伎では
「大見得を切る」という言い回しがあります。
役者が際だった見得の動きをする所作に使われる言葉ですが、
転じて現代では、出来もしないことを出来るような態度、言動をした時に
使われます。まあ、けっして褒められた表現ではありませんね。
今年の母の日。
私がカミさんにプレゼントしたのは
ポピュラーなメーカーのピースケーキ×3つでした。
とても喜んだカミさんでしたが
それを見た息子は、翌日、
ケーキの高級ブランド、
「ピエール・エルメ・パリ」 のホールケーキを
奮発して買ってきました。
どうみても5000円以上はするでしょう。
カミさん曰く、「どうやらバイト代が入ったらしい」でしたが
これぞ、大見得を切ったわけです(笑)。
私のプレゼントを見て対抗心を燃やしたのは
けっこうなことですが、
ビンボー学生の分際で
こんなプレゼントをいつもできるのなら
たいしたものです。
そして父の日。
私が息子からいただいたものは
サーティーワンの3個入りアイスクリームでした(笑)。
そりゃサーティワンは好きですけどね。
カミさん曰く、息子は「財布がスッカラカンだったから」だそうです。
いいか、小僧ども!
やろうと思ったら最後まで大見得を切れ!
さもなければ等身大で生きろ!
『試みの地平線』の北方謙三さんも
そんなことをおっしゃるでしょう。
道を開きたい方、まずは電子書籍から
みっくんです。
どうしても出版したい、という希望を持ち続けている方は
けっこういらっしゃいます。
たくさんの企画書を出版社へ送り、
多くのアレンジパターンを模索してみても
なかなかうまくいかない方が多数いらっしゃいます。
「反応がないから、やっぱりダメなのかな」とあきらめる前に
電子書籍にチャレンジしてみてはいかがでしょう。
制作費は紙のブックにくらべると
わずかなコストで作れてしまいます。
通常の本は、
出版社へ依頼→印刷→製本・・・の過程を経て
書店、アマゾンへ流通するわけですから
それなりの実費がかかりますが、
電子出版なら制作の部分のみで
出費がおさまります。
しかも、ノウハウを仕入れてしまえば
自分で作り、ダウンロードサイトに登録して
販売してもらうことも可能です。
つまり、タダで作ることができるのです。
もちろん、それなりの制作ソフトが
必要ですが、pdfのような汎用ファイル形式を
使えば、わずかな出費で抑えられます。
願いが叶い、電子出版でそこそこ人気が出れば
出版社が重い腰を上げてくれることも期待できるのですから
チャレンジする価値は充分にあります。
まずは形にしてみましょう。
どうしても出版したい、という希望を持ち続けている方は
けっこういらっしゃいます。
たくさんの企画書を出版社へ送り、
多くのアレンジパターンを模索してみても
なかなかうまくいかない方が多数いらっしゃいます。
「反応がないから、やっぱりダメなのかな」とあきらめる前に
電子書籍にチャレンジしてみてはいかがでしょう。
制作費は紙のブックにくらべると
わずかなコストで作れてしまいます。
通常の本は、
出版社へ依頼→印刷→製本・・・の過程を経て
書店、アマゾンへ流通するわけですから
それなりの実費がかかりますが、
電子出版なら制作の部分のみで
出費がおさまります。
しかも、ノウハウを仕入れてしまえば
自分で作り、ダウンロードサイトに登録して
販売してもらうことも可能です。
つまり、タダで作ることができるのです。
もちろん、それなりの制作ソフトが
必要ですが、pdfのような汎用ファイル形式を
使えば、わずかな出費で抑えられます。
願いが叶い、電子出版でそこそこ人気が出れば
出版社が重い腰を上げてくれることも期待できるのですから
チャレンジする価値は充分にあります。
まずは形にしてみましょう。
大往生と夭折
みっくんです。
よく、ニュースで
「大往生を遂げた」と聞くでしょう。
では、大往生って何でしょう。
辞書でひくと、
「立派な死に方、安らかな死・・・」と解説があります。
具体的には、ある程度、年齢のいった方で、
「よくここまで頑張って生きてこられた」「立派な成果を残した」方に
このような言い回しがあてはまるのでしょう。
ご年齢でいうと、私の感覚では80歳、いや90歳以上でしょうか。
一方、夭折(ようせつ)とは
若くして亡くなることを言います。
まだまだやりたいことがたくさんあったのに、
まわりからは期待の星だったのに、
志半ばにして突然の死・・・みたいなケースでしょう。
特にご両親が健在だったり、ご子息がいらっしゃる場合は
悲しみも増幅します。
大往生と夭折、告別式へ向かう気分も
まったく異なってしまいます。
よく、ニュースで
「大往生を遂げた」と聞くでしょう。
では、大往生って何でしょう。
辞書でひくと、
「立派な死に方、安らかな死・・・」と解説があります。
具体的には、ある程度、年齢のいった方で、
「よくここまで頑張って生きてこられた」「立派な成果を残した」方に
このような言い回しがあてはまるのでしょう。
ご年齢でいうと、私の感覚では80歳、いや90歳以上でしょうか。
一方、夭折(ようせつ)とは
若くして亡くなることを言います。
まだまだやりたいことがたくさんあったのに、
まわりからは期待の星だったのに、
志半ばにして突然の死・・・みたいなケースでしょう。
特にご両親が健在だったり、ご子息がいらっしゃる場合は
悲しみも増幅します。
大往生と夭折、告別式へ向かう気分も
まったく異なってしまいます。
文章力→会話力→コミュニケーション力
みっくんです。
先日の文章力アップのセミナーで、
あるWebショップのオーナーさんと
お話しした時のこと。
「わたし、人と接するのが苦手なので、
気の利いたキャッチコピーをつけられるようになりたいんです。
だから文章力アップのセミナーに参加しました」と感想をのべられました。
「そうですか」と聞き流したのですけど、
でも、少々の違和感を感じてしまったんです。
まあ、世の中にはなんらかの理由で
人とリアルに接することができない、という方がいらっしゃいます。
そういった、一歩踏み出せない感覚って、必ず会話やしぐさに
出てしまうんですね。
だから、文章術させ身につければどうにかなる、って考えは
抵抗を感じるのです。
文章術は文字を打ち込むだけのテクニックと思われがちですが
人と接するには基本となることばかりです。
会話術は、文章が”声”に変換されるわけですし、
構成方法もほとんど変わりはありません。
確かに笑顔や間のとり方は含まれませんが
ベースとなるものは文章力です。
さらに、会話術が上手になれば、コミュニケーション術も
自然と高まっていきます。
つまり、文章術だけを独立させて考えるのではなく
応用次第で接遇(集客)のスキルをレベルアップさせていくことが
可能なんですね。広義にとらえていただけたら幸いです。
先日の文章力アップのセミナーで、
あるWebショップのオーナーさんと
お話しした時のこと。
「わたし、人と接するのが苦手なので、
気の利いたキャッチコピーをつけられるようになりたいんです。
だから文章力アップのセミナーに参加しました」と感想をのべられました。
「そうですか」と聞き流したのですけど、
でも、少々の違和感を感じてしまったんです。
まあ、世の中にはなんらかの理由で
人とリアルに接することができない、という方がいらっしゃいます。
そういった、一歩踏み出せない感覚って、必ず会話やしぐさに
出てしまうんですね。
だから、文章術させ身につければどうにかなる、って考えは
抵抗を感じるのです。
文章術は文字を打ち込むだけのテクニックと思われがちですが
人と接するには基本となることばかりです。
会話術は、文章が”声”に変換されるわけですし、
構成方法もほとんど変わりはありません。
確かに笑顔や間のとり方は含まれませんが
ベースとなるものは文章力です。
さらに、会話術が上手になれば、コミュニケーション術も
自然と高まっていきます。
つまり、文章術だけを独立させて考えるのではなく
応用次第で接遇(集客)のスキルをレベルアップさせていくことが
可能なんですね。広義にとらえていただけたら幸いです。