酸味と、クゥーの暴走
カウンターの隅に座ると、厨房からいつもより少し高い、シュワシュワという音が聞こえてきた。
今日の看板メニューは、春キャベツの芯のコンフィ、梅肉ソース。
ロクが差し出したのは、驚くほど小さな皿だった。
春キャベツの最も固い「芯」だけを、低温のオイルでじっくり煮込み、透き通るまで火を通してある。
「芯は捨てるもんじゃない。一番、春の甘みが詰まってる。」
ロクは自家製梅干しを叩いたソースを、一筋だけ垂らす。
口に入れると、芯の繊維がホロリとほどけ、甘みが舌の奥に広がる。
それを追いかけるように、梅の鋭い酸味が鼻を抜けた。
「酸っぱさは、甘さを教える光みたいなもんです。」
少しだけ、油のはじける音が静かになる。
しかし、クゥーは黙ってはいなかった。
「お腹足りないっす! 可能性、こっちにあります!」
次の瞬間、目の前に現れたのは、もはやキャベツの塊だった。
千切りにした春キャベツを山盛りにし、その上に揚げ玉と紅ショウガをこれでもかと散らす。
仕上げにドバドバとかけられたのは、レモン汁とポン酢を混ぜた特製ダレ。
「名付けて、春キャベツの爆弾サラダ! 成功率は……だいたい7割!」
一口食べれば、酸味が口中で弾ける。
紅ショウガとポン酢のダブルパンチに、思わず顔がくしゃっとなる。
けれど、春キャベツのみずみずしさが、その刺激をなんとか「おかず」として成立させる。
……たしかに、7割くらいだ。
クゥーが作った際に出た大量の外葉と端切れ。
ロクは無言で拾い上げ、塩昆布と和えてボウルに仕舞う。
「クゥー、残した葉っぱの数だけ、明日の仕込みが長くなるぞ。」
「えっ、それ……まかないですよね!? ロクさん優しい!」
ロクは無言で視線をそらし、冷蔵庫の奥へ消えた。
湯気が少しだけ、遅れて立ちのぼる。
春の夜風に、キャベツの青い匂いが混じる。
酸味の余韻と、クゥーの笑い声が、店の空気にゆっくり溶けていった。
今日の注意書き
・クゥーのサラダは、一口目に必ずむせます(回避不可)
・ロクを「優しい」と言うと、その日の煮物の火が少し強くなります
・酸味は、だいたい心の準備を待ってくれません



