何とかなるさ...の世界!? -14ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

今朝、黒い影に覆われた人が死ぬ夢を見ました。

 

This morning I dreamt that a person covered in black shadows had died.

 

この夢の後、私は直感的に自分の闇の部分が死んだのだと思いました。

 

After this dream I intuitively thought that the darkness part of me had died.

 

ローマ6章6節/Romans 6:6 (ESV)

私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅び(無力となり)、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。

 

We know that old self was crucified with him in order that the body of sin might be brought to nothing, so that we would no longer be enslaved to sin.

 

 

 

ヨハネ14章/John 14

2)わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。

 

In my Father's house are many rooms. If it were not so, would I have told you that I go to prepare a place for you?

 

3)わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたもおらせるためです。

 

And if I go and prepare a place for you, I will come again and will take you to myself, that where I am you may be also.

 

4)わたしの行く道はあなたがたも知っています。

 

And you know the way to where I am going.

 

 

 

ローマ8章

28)神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

 

And we know that for those who love God all things work together for good, for those who are called according to his purpose.

 

29)なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。

 

For those whom he foreknew he also predestined to be conformed to the image of his Son, in order that he might be the firstborn among many brothers.

 

30)神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

 

And those whom he predestined he also called, and those whom he called he also justified, and those whom he jusified he also glorified.

 

 

 

使徒3章19節/Acts 3:19

そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。

 

Repent therefore, and turn back, that your sins may be blottered out.

 

 

 

 

 

 

 

第一列王記3章6節/1King 3:6 (HNV)

ソロモンは言った。「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実正義真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、この王座に着く子を彼にお与えになりました。

 

Shlomo said, You have shown to your servant David my father great lovingkindness, according as he walked before you in truth, and in righteousness, and in uprightness of heart with you; and you have kept for him this great lovingkindness, that you have given him a son to sit on his throne, as it is this day.

 

第一サムエル15章22節/1Sam 15:22

するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。---」

 

Shemu'el said, Has the LORD as great delight in burnt offerings and sacrifices, as in obeying the voice of the LORD? Behold, to obey is better than sacrifice, and to listen than the fat of rams.

 

ホセア書6章6節/Hosea 6:6

わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

 

Behold, to obey is better than sacrifice, and to listen than the fat of rams.

 

第一列王記8章/1King 8

22)ソロモンはイスラエルの全集団の前で、主の祭壇の前に立ち、御手を天に差し伸べて、

 

Shlomo stood before the alter of the LORD in the presence of all the assembly of Yisura'el, and spread forth his hands toward heaven;

 

23)言った。「イスラエルの神、主よ。上は天、下は地にも、あなたのような神はほかにありません。あなたは、心を尽くして御前に歩むあなたのしもべたちに対し、契約右矢印恵み、真実)とを守られる方です。

 

And he said, LORD, the God of Yisra'el, there is no God like you, in heaven above, or on eretz beneath; who keep covenant and lovingkindness with your servants, who walk before you with all their heart;

 

24)あなたは、約束されたことを、あなたのしもべ、私の父ダビデのために守られました。また御手をもって、これを今日のように、成し遂げられました。

 

Who have kept witth your servant David my father that which you did promise him: yes, you spoke with your mouth, and have fulfilled it with your hand, as it is this day.

 

25)それで今、イスラエルの神、主よ。あなたのしもべ、私の父ダビデに約束して、『あなたがわたしの前に歩んだように、もしあなたの子孫がその道を守り、わたしの前に歩みさえするなら、あなたには、イスラエルの王座に着く人が、わたしの前から断たれない。』と仰せられたことを、ダビデのために守ってください。

 

 

Now therefore, LORD, the God of Yisra'el, keep with your servant David my father that which you have promised him, saying, There whall not fail you a man in my sight to sit on the throne of Yisra'el, if only your children take heed to their way, to walk before me as you have walked before me.

 

 

26)今、イスラエルの神。どうかあなたのしもべ、私の父ダビデに約束されたみことばを堅く立てられますように

 

 

Now therefore, God of Yisra'el, Please let your word be verified, which you spoke to your servant David my father.

 

 

神に聞き従う事とは、すなわち、義の道である誠実正義真心とをもって歩む事に繋がるのです。

 

Listening to and obeying God, in other words, leads to walking with truth, righteousness, and uprightness of heart the path of righteousness.

 

神は終わりの日に、御言葉そのものであるキリストを信じ、その御言葉に聞き従い、聖霊の導きの下に歩んで来た人々を立て上げて下さいます。

 

God will raise up in the last days those who have believed in Christ, who is the Word itself, and who have listened to and obeyed that Word, and who have walked under the guidance of the Holy Spirit which is not feminin spirit.

 

因みに、過去に何度も述べているように、聖霊は女性的な霊ではありません

 

By the way, as I have stated many times in the past, the Holy Spirit is not a feminine spirit.

 

聖霊は父なる神とキリストの霊(心)なのです。

 
The Holy Spirit is the Spirit (mind) of God the Father and of Christ.
 

神は、聖霊を女性神として創造などしていません。

 

God did not create the Holy Spirit as a female deity.

 

もっともらしいまやかしの教えに騙されないで下さい。

 

Don't be fooled by the plausible and deceptive teachings.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩篇46篇10節

「やめよ。私こそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」

 

 

 

 

詩篇62篇1章

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

 

 

 

 

マタイ25章

1)そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。

 

2)そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。

 

3)愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。

 

4)賢い娘たちは、自分の入れ物に油を入れて持っていた。

 

ルカ13章

24)「努力して狭い門から入りなさい。なぜなら、あなたがたに言いますが、はいろうとしても、はいれなくなる人が多いのですから。

 

25)家の主人が、立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、外に立って、『ご主人さま。あけてください。』と言って、戸をいくらたたいても、もう主人は、『あなたがたがどこの者か、私は知らない。』と答えるでしょう。

 

 

 

 

マタイ25章13節

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

 

 

 

昨日の朝見た夢の中で、私は初めての職場で賞与を貰っていました。

 

In the dream I had yesterday morning, I was getting a bunus at my very first job in my life.

 

入社三年目の先輩が教えてくれた彼女のボーナスの額は二十万円でした。

 

A senior colleague in her third year with the company told me that her bonus was 200,000 yen (around $1,300).

 

一方、私は上司から最初に渡された封筒を開けてみると、なんと百万円が入っていました。

 

Meanwhile, I opened the first envelope my boss handed me and to my surprise, it contained one million yen (around $6,400).

 

間違った金額だと思い上司にその事を尋ねると、それは彼のボーナスで、私に管理して欲しいとの事でした。

 

I thought it was the wrong amount and asked my supervisor about it, who told me that it was his bonus and that he wanted me to manage it.

 

それで私は了承して、それから自分のボーナスの封筒を開くと、二十二万円が入っていました。

 

So I agreed, and then I opened my bonus envelope and found 220,000 yen (around $1,400) in it.

 

先輩のボーナスとほとんど変わらないのでおかしいと思い、上司を訪ねたところ、「先輩と同じくらい信頼しているから、その額で間違いない」と説明されました。

 

I thought it was strange because it was almost the same as my senior's bonus, so I visited my supervisor, who explained that he trusted me as much as my seniors, so I was sure that was the right amount.

 

その後、夢から覚めて思いを巡らしていると、聖書に出て来る二つのたとえ話が頭に浮かんで来ました。

 

Then, when I woke up from the dream and was thinking about it, two parables from the Bible came to mind.

 

それらのたとえ話とは、「タラントのたとえ」(マタイ25章14-30節)と「狭い門のたとえ」(ルカ13章22-30節)です。

 

Those parables are the Parable of the Talents (Matthew 25:14-30) and the Parable of the Narrow Gate (Luke 13:22-30).

 

そして、特に以下の二つの御言葉がこの夢とリンクしているような気がします。

 

And I feel that the following two verses in particular are linked to this dream.

マタイ25章23節/Matthew 25:23 (ESV)

その主人は彼に言った。『良くやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

 

His master said him, 'Well done, good and faithful servant. You have been faithful over much. Enter into the joy of your maser.'

 

ルカ13章30節/Luke 13:30

いいですか、今しんがりの者があとで先頭になり、いま先頭の者がしんがりになるのです。

 

And behold, some are last who will be first, and some are first who will be last.

 

 

 

 

時は縮まっています。

Time is short!

 

 

 

 

 

0:41

多くの場合、最大の戦いの場は、私達の教会の中で起こります。

 

このビデオでは、多くの人々を真の福音から逸脱させる原因となっている、悪魔の戦略をお見せしましょう。

 

注意深く警戒し続ける事が肝要です。

 

なぜなら、これは貴方の目の前で起きている事かもしれないからです。

 

0:57

兄弟姉妹、私達を惑わし、キリストの教えに従うという私達の目標から遠ざける可能性のあるものに対して用心深くなる事は、クリスチャンとしての旅路において窮めて重要な事です。

 

そこで、私達の目を逸らし、破滅させるために、悪魔が教会に潜入している方法をこれから紹介しましょう。

 

1)聞きたい事だけを話す説教

 

第一の攻撃は、「私達が聞きたい事だけを話す説教」です。

 

最近、クリスチャンコミュニティ、特にインターネットやソーシャルメディアで、興味をそそられると同時に、気になる説教のスタイルがある事に気が付きました。

 

いわゆる、やる気を起こさせるコーチングスタイルの説教です。

 

しかしそれは、励ましややる気を起こさせる言葉が重要である一方、神によって確立された真の道から人々を迷わせるかもしれません。

 

問題は、彼等が福音の真のメッセージを別の物に置き換えたり、取り消したりする時に生じます。

 

キリストに従う者として、クリスチャン生活とは、いつも気分が良く快適ではない事を忘れてはなりません。

 

兄弟姉妹、私達は、どんな代償を払ってでも霊的成長を追及する必要があるのです。

 

そして時には、その代償は非常に高いのです。

 

このような現代の説教は、殆どの場合、「神はそのままの貴方を愛しています。」とか、「貴方は変わる必要はありません。」、或いは「今のままで幸せなら、そのままで良いのです。神はそのままの貴方を愛しています。」というような歪んだ聖書の見方を助長しています。

 

しかしながら、兄弟姉妹、これは悔い改め明け渡し、そして新生の必要性という聖書の教えに反しているのです。

 

私達は、神が本当に私達を深く愛しておられ、私達のためにイエス様を遣わして死なせる事で、それを証明された事を理解する必要があります。

 

しかし聖書は、私達一人一人が自分の十字架を負い、それに伴う試練に立ち向かいながら主と共に歩まなければならないと、はっきり述べています。

 

慰めはするが挑戦はしない説教への需要が高まっている事は、悪魔が人々を信仰の本質から逸らす事に成功している事を明らかにしています。

 

使徒パウロは、第二テモテへの手紙の4章で、真理を無視して自分の欲望に合った作り話を好む人々について、既に警告していました。

 

ですから、この種の説教には細心の注意を払って欲しいのです。

 

2)やる気を起こさせる賛美

 

第二の攻撃は、「動機付け礼拝」です。

 

毎日のように、神への純粋な賛美というよりは、やる気を起こさせるメッセージのような賛美歌が生まれています。

 

このようなゴスペルソングは、感情に訴える効果があるにもかかわらず、主を賛美するよりむしろ、私達の自我に焦点を当てる事が多いのです。

 

聖書は、全身全霊で神を賛美する事の大切さを教えています。

 

詩篇95篇の冒頭には、私達は主に向かって喜び歌い、歌をもって賛美を捧げるべきだと書かれています。

 

更に、使徒パウロはコロサイ人への手紙3章16節で、キリストが詩篇、賛美歌、霊的な歌をもって互いに教え合いながら、彼等の間に豊かに住まわれるようにと促しています。

 

言い換えれば、これらの箇所は、私達が神を褒め称えるために礼拝を用いるべきである事を示しています。

 

キリストの無条件の愛と、私達の自我を傷つける事のないキリストの御業。

 

分かりますか。

 

聖書の詩篇はその好例です。

 

例えば、詩篇8章では、ダビデ王が真の礼拝のあり方について素晴らしい宣言をしています。

 

詩篇8篇3ー4節で彼が語っているのを見て下さい。

 

あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。貴方がこれを心に留められるとは。

 

自分を高揚させるあらゆる理由を持っていたイスラエルの王が、神とその被造物の偉大さの前では、人間は取るに足らない小さな存在だと認めている事に注目して下さい。

 

3)新しい教義の出現

 

そして、敵からの第三の攻撃は、「新しい教義の出現」です。

 

これは、最近の教会内で大混乱を引き起こしている、最も危険な種類の攻撃です。

 

悪魔は、「神は罪を憎んでいるが、罪人を愛している」というようなメッセージを利用しています。

 

悪魔は多くの人々を欺き、生き方を変える必要はないと信じ込ませて来ました。

 

このような教義は、説教壇からの説教や歌から、ジェンダーイデオロギーや同姓婚のような聖書にそぐわないと分かっているテーマの需要まで、様々な形で現われています。

 

キリスト教を名乗りながら、LGBTの神学を採用している教会がある事は言うまでもありません。

 

更に、全ての道は神に通じると言う言説で、異なる宗教観を統合するエキュメニカル(教会一致から広がって宗教一致)な動きも浸透しています。

 

問題は、誤った教えが教会の本来あるべき姿を弱め、暗闇の中で光となる使命からクリスチャンを遠ざけている事です。

 

教会が世に似れば似るほど、その強さと証は失われて行きます。

 

だからこそ聖書は、この世の規準に合わせるのではなく、神の言葉によって新しくなり、変容を求めるべきだと警告しているのです。

 

4)神に育てられた指導者を貶める

 

そして、霊的攻撃の第四の種類は、「神によって育てられた指導者を辱める」事です。

 

教会を弱体化させようとする敵のもう一つの策略は、クリスチャンコミュニティ内の指導者や有力者を攻撃する事です。

 

悪魔は、ミニストリーの最前線にいる人々を倒そうと、たゆまぬ努力を続けています。

 

なぜなら、重要な人物の転落が教会の力を削ぎ、信者と部外者の両方にスキャンダルを引き起こす事を知っているからです。

 

これは嘲笑の理由になったり、他の人達がイエス様への信仰に改宗する妨げになったりします。

 

この悪意ある戦略の悲しい例は、成功を収め、多くの人生に影響を与えたゴスペルシンガー達が、結局は道を踏み外し、今ではメディアにネガティブに登場するケースに見られます。

 

ジョッタ・Aやプリシラ・アルカンタラのように、かつてブラジルの賛美と礼拝の中心的存在でありながら、後に道を踏み外してしまった人達...。

 

敵がどのようにインフルエンサーを使い、キリスト教のイメージに深刻なダメージを与えるかを示しています。

 

同様に、過去に神に力強く用いられた多くの牧師、説教者、伝道者達が、金や権力、肉の快楽に誘われてしまっています。

 

このような堕落は、彼等自身の評判を落とすだけでなく、未信者の教会に対する印象も悪くしました。

 

聖書は第一ヨハネの手紙2章で、この事を警告しています。

 

兄弟姉妹、私は誰よりも優れている訳ではないという事をはっきりさておきたいのです。

 

私は堕落してしまった指導者達よりも優れている訳ではありません。

 

結局のところ、聖書には「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気を付けなさい。-第一コリント10章12節-」とあります。

 

このビデオで私が取り上げているのは、敵がどれだけ私達の中にスキャンダルを作り出し、多くの人々の信仰を弱めようと働いているかという事です。

 

さて、この件について私の意見を述べたいと思います。

 

私は教会が社会に適応する事に反対しているのではありません。

 

この二千年の教会の揺るぎない目的は、人々の必要と弱点を理解する事だったからです。

 

しかし、はっきりさせておきたいのは、私達は決して妥協してはならないし、神の言葉の原則が私達を導き、私達の知識と真実の拠り所となるべきなのです。

 

また、悪魔がどんなに私達にその事を忘れさせようとしても、地の光地の塩となるという私達の使命は変わっていないし、これからも変わらないという事を強調しておく事も重要です。

 

「神は罪を憎むが、罪人を愛する」という言葉は、非常に理にかなっています。

 

しかし神は、罪人が悔い改めてイエス様に立ち返り、イエス様を主であり救い主であると認める事を望んでおられるのです。アーメン。

 

もし、その人がこの招きを受け入れるならば、キリストと共に永遠の命を得る事が出来るのです。

 

神は聖なるお方なので、もし彼等が自分の意思に従って歩むなら、裁きの日に父と一緒にいる事は出来ません。

 

そして、イエス様の血によって清められた者だけが、父と共にいる事が出来るのです。アーメン。