何とかなるさ...の世界!? -15ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 

0:41

多くの場合、最大の戦いの場は、私達の教会の中で起こります。

 

このビデオでは、多くの人々を真の福音から逸脱させる原因となっている、悪魔の戦略をお見せしましょう。

 

注意深く警戒し続ける事が肝要です。

 

なぜなら、これは貴方の目の前で起きている事かもしれないからです。

 

0:57

兄弟姉妹、私達を惑わし、キリストの教えに従うという私達の目標から遠ざける可能性のあるものに対して用心深くなる事は、クリスチャンとしての旅路において窮めて重要な事です。

 

そこで、私達の目を逸らし、破滅させるために、悪魔が教会に潜入している方法をこれから紹介しましょう。

 

1)聞きたい事だけを話す説教

 

第一の攻撃は、「私達が聞きたい事だけを話す説教」です。

 

最近、クリスチャンコミュニティ、特にインターネットやソーシャルメディアで、興味をそそられると同時に、気になる説教のスタイルがある事に気が付きました。

 

いわゆる、やる気を起こさせるコーチングスタイルの説教です。

 

しかしそれは、励ましややる気を起こさせる言葉が重要である一方、神によって確立された真の道から人々を迷わせるかもしれません。

 

問題は、彼等が福音の真のメッセージを別の物に置き換えたり、取り消したりする時に生じます。

 

キリストに従う者として、クリスチャン生活とは、いつも気分が良く快適ではない事を忘れてはなりません。

 

兄弟姉妹、私達は、どんな代償を払ってでも霊的成長を追及する必要があるのです。

 

そして時には、その代償は非常に高いのです。

 

このような現代の説教は、殆どの場合、「神はそのままの貴方を愛しています。」とか、「貴方は変わる必要はありません。」、或いは「今のままで幸せなら、そのままで良いのです。神はそのままの貴方を愛しています。」というような歪んだ聖書の見方を助長しています。

 

しかしながら、兄弟姉妹、これは悔い改め明け渡し、そして新生の必要性という聖書の教えに反しているのです。

 

私達は、神が本当に私達を深く愛しておられ、私達のためにイエス様を遣わして死なせる事で、それを証明された事を理解する必要があります。

 

しかし聖書は、私達一人一人が自分の十字架を負い、それに伴う試練に立ち向かいながら主と共に歩まなければならないと、はっきり述べています。

 

慰めはするが挑戦はしない説教への需要が高まっている事は、悪魔が人々を信仰の本質から逸らす事に成功している事を明らかにしています。

 

使徒パウロは、第二テモテへの手紙の4章で、真理を無視して自分の欲望に合った作り話を好む人々について、既に警告していました。

 

ですから、この種の説教には細心の注意を払って欲しいのです。

 

2)やる気を起こさせる賛美

 

第二の攻撃は、「動機付け礼拝」です。

 

毎日のように、神への純粋な賛美というよりは、やる気を起こさせるメッセージのような賛美歌が生まれています。

 

このようなゴスペルソングは、感情に訴える効果があるにもかかわらず、主を賛美するよりむしろ、私達の自我に焦点を当てる事が多いのです。

 

聖書は、全身全霊で神を賛美する事の大切さを教えています。

 

詩篇95篇の冒頭には、私達は主に向かって喜び歌い、歌をもって賛美を捧げるべきだと書かれています。

 

更に、使徒パウロはコロサイ人への手紙3章16節で、キリストが詩篇、賛美歌、霊的な歌をもって互いに教え合いながら、彼等の間に豊かに住まわれるようにと促しています。

 

言い換えれば、これらの箇所は、私達が神を褒め称えるために礼拝を用いるべきである事を示しています。

 

キリストの無条件の愛と、私達の自我を傷つける事のないキリストの御業。

 

分かりますか。

 

聖書の詩篇はその好例です。

 

例えば、詩篇8章では、ダビデ王が真の礼拝のあり方について素晴らしい宣言をしています。

 

詩篇8篇3ー4節で彼が語っているのを見て下さい。

 

あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。貴方がこれを心に留められるとは。

 

自分を高揚させるあらゆる理由を持っていたイスラエルの王が、神とその被造物の偉大さの前では、人間は取るに足らない小さな存在だと認めている事に注目して下さい。

 

3)新しい教義の出現

 

そして、敵からの第三の攻撃は、「新しい教義の出現」です。

 

これは、最近の教会内で大混乱を引き起こしている、最も危険な種類の攻撃です。

 

悪魔は、「神は罪を憎んでいるが、罪人を愛している」というようなメッセージを利用しています。

 

悪魔は多くの人々を欺き、生き方を変える必要はないと信じ込ませて来ました。

 

このような教義は、説教壇からの説教や歌から、ジェンダーイデオロギーや同姓婚のような聖書にそぐわないと分かっているテーマの需要まで、様々な形で現われています。

 

キリスト教を名乗りながら、LGBTの神学を採用している教会がある事は言うまでもありません。

 

更に、全ての道は神に通じると言う言説で、異なる宗教観を統合するエキュメニカル(教会一致から広がって宗教一致)な動きも浸透しています。

 

問題は、誤った教えが教会の本来あるべき姿を弱め、暗闇の中で光となる使命からクリスチャンを遠ざけている事です。

 

教会が世に似れば似るほど、その強さと証は失われて行きます。

 

だからこそ聖書は、この世の規準に合わせるのではなく、神の言葉によって新しくなり、変容を求めるべきだと警告しているのです。

 

4)神に育てられた指導者を貶める

 

そして、霊的攻撃の第四の種類は、「神によって育てられた指導者を辱める」事です。

 

教会を弱体化させようとする敵のもう一つの策略は、クリスチャンコミュニティ内の指導者や有力者を攻撃する事です。

 

悪魔は、ミニストリーの最前線にいる人々を倒そうと、たゆまぬ努力を続けています。

 

なぜなら、重要な人物の転落が教会の力を削ぎ、信者と部外者の両方にスキャンダルを引き起こす事を知っているからです。

 

これは嘲笑の理由になったり、他の人達がイエス様への信仰に改宗する妨げになったりします。

 

この悪意ある戦略の悲しい例は、成功を収め、多くの人生に影響を与えたゴスペルシンガー達が、結局は道を踏み外し、今ではメディアにネガティブに登場するケースに見られます。

 

ジョッタ・Aやプリシラ・アルカンタラのように、かつてブラジルの賛美と礼拝の中心的存在でありながら、後に道を踏み外してしまった人達...。

 

敵がどのようにインフルエンサーを使い、キリスト教のイメージに深刻なダメージを与えるかを示しています。

 

同様に、過去に神に力強く用いられた多くの牧師、説教者、伝道者達が、金や権力、肉の快楽に誘われてしまっています。

 

このような堕落は、彼等自身の評判を落とすだけでなく、未信者の教会に対する印象も悪くしました。

 

聖書は第一ヨハネの手紙2章で、この事を警告しています。

 

兄弟姉妹、私は誰よりも優れている訳ではないという事をはっきりさておきたいのです。

 

私は堕落してしまった指導者達よりも優れている訳ではありません。

 

結局のところ、聖書には「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気を付けなさい。-第一コリント10章12節-」とあります。

 

このビデオで私が取り上げているのは、敵がどれだけ私達の中にスキャンダルを作り出し、多くの人々の信仰を弱めようと働いているかという事です。

 

さて、この件について私の意見を述べたいと思います。

 

私は教会が社会に適応する事に反対しているのではありません。

 

この二千年の教会の揺るぎない目的は、人々の必要と弱点を理解する事だったからです。

 

しかし、はっきりさせておきたいのは、私達は決して妥協してはならないし、神の言葉の原則が私達を導き、私達の知識と真実の拠り所となるべきなのです。

 

また、悪魔がどんなに私達にその事を忘れさせようとしても、地の光地の塩となるという私達の使命は変わっていないし、これからも変わらないという事を強調しておく事も重要です。

 

「神は罪を憎むが、罪人を愛する」という言葉は、非常に理にかなっています。

 

しかし神は、罪人が悔い改めてイエス様に立ち返り、イエス様を主であり救い主であると認める事を望んでおられるのです。アーメン。

 

もし、その人がこの招きを受け入れるならば、キリストと共に永遠の命を得る事が出来るのです。

 

神は聖なるお方なので、もし彼等が自分の意思に従って歩むなら、裁きの日に父と一緒にいる事は出来ません。

 

そして、イエス様の血によって清められた者だけが、父と共にいる事が出来るのです。アーメン。

 

 

 

 

 

あなたは非常に危険な場所にいます。

 

あなたはきらびやかな物でいっぱいの国に住んでいますが、それは金ではありません。

 

あなたは、嘘の約束でいっぱいの国に住んでいます。

 

あなたは、キリストからあなたを遠ざけるためにあらゆる力を尽くす国に住んでいます。

 

しかし、あなたが住む国はあなたに「神も世も手に入れる事が出来る」と言います。

 

「世を愛し、キリストを愛する事が出来る」と言う国に住んでいるあなたに、私はそれが嘘である事を知って欲しいのです。

 

それは嘘なのです。

 

私が怒っていると思わないで下さい。

 

私が意地悪をしようとしていると思わないで下さい。

 

私は、この国と地球を支配して来たどの政治的暴君よりも、多くの人々を殺して来た怪物からあなたを救うために言っているのです。

 

なぜなら、それは神があなたの内に働いた事がなく、救いの下で信じた事がなく、本当に改心した事がない証拠に過ぎないからです。

 

そして、もし主が本当にあなたを救うのであれば、あなたの内に良い御業を始められた方(聖霊)は、それを完成させて下さるからです。

 

なぜそんな事が分かりますか。

 

これは非常に重要な真実です。

 

なぜなら、主の名声がかかっているからです。

 

覚えておいて欲しいのは、神がどれほど力強いお方であるかを示すために人を救うのだということを。

 

そして、もし主があなたの内に御業を始められたなら、主はその力を示すためにそれを完成させるのです。

 

イスラエルがエジプトから出てきた時、彼等は神に対して多くの罪を犯しました。

 

そして神はモーセを試されました。

 

主はモーセに、「わたしはこの民を滅ぼし、あなた方から民を作る」と言われました。

 

モーセは、「いいえ、主よ。もしこの民を滅ぼせば、敵はあなたが彼等をエジプトの地から連れ出すには十分な力があったが、あなたが彼等に約束された地に連れて行くには、十分な力がなかったと言うでしょう」と言いました。

 

モーセが神の名声を気にしているのが分かります。

 

私は今日、ここで神の名声を気にしているのです。

 

私はあなたに神があなたを罪の責め苦から救い出し、本当にあなたを救われ、あなたを本当に義とされたのなら、その証拠となるものを知って欲しいのです。

 

主はあなたを変えるために、あなたの中で働き続けて下さっています。

 

なぜですか。

 

なぜなら、全てのクリスチャンは神の力の証明だからです。

 

主の名声がかかっているので、主は始めた御業を最後までやり遂げようとしておられるのです。

 

だからパウロはローマ人への手紙の中で警告しているのです。

 

彼は、神の御名は異邦人の間で冒涜されていると言っています。

 

なぜなら、ユダヤ人達は自分達を神と同一視しながら、神の命令に従って生きていなかったからです。

 

それと同様に、世界の多くの国々が、今この瞬間に私達がいるこの国、アメリカを嘲笑っています。

 

それは、アメリカがキリスト教国家だと主張しているからです。

 

しかし、世界を汚染する醜悪な物の殆ど全てが、アメリカから生まれているのです。

 

あらゆる道徳的汚点は、殆どここから始まっています。

 

だから分かるでしょう。

 

アメリカでは、悪魔のような生き方をしているにもかかわらず、自分達をクリスチャンだと信じている人達が多いのだから。

 

しかし、それ自体が彼等が神を知らない証拠なのです。

 

でもね、私達が話しているのは大勢の人達の事ではなく、あなたについて話しているのです。

 

改心した瞬間から、神があなたを聖なる者とするために、あなたの人生に働いている証拠があることを証明出来ますか

 

分かりますか。

 

あなたは本当にクリスチャンだと言えますか。

 

なぜなら、あなたが世を見、世に惑わされ、世に引き寄せられ、神があなたを懲らしめ、あなたが罪に加担する時、あなたはそれに絶えられなくなるからです。

 

それは、聖霊があなたを説得しているからです。

 

それとも、ただクリスチャンと名乗りながら、世と同じように見え、世と同じように行動し、世と同じように話し、世と同じような服を着て、世がする全てをする事が出来ますか。

 

今日のキリスト教信仰、福音主義において、その門についてはよく耳にしますが、その道については殆ど耳にする事がありません。

 

さて、どういう事でしょうか。

 

まず、門とは何ですか。

 

門とはキリストです。

 

扉はキリストの事です。

 

キリストの御姿、十字架上の御業、死からの復活、昇天、そして執り成し人、王としての現在の務めを通して、キリスト教信仰にどのように入れますか。

 

「クリスチャンというのは、世間と同じように色々な事をやって、ちょっとだけイエス様を加える事です。」

 

それは、キリスト教の教育システムにおける危険の一つです。

 

しかし、分かって欲しいのは、これは革命的だという事です。

 

それは革命的です。

 

それは人を完全に変え、生涯を通してその人を変え続けるのです。

6:27

 

今、この部屋には、死ねば天国に移され、言葉に出来ない栄光をその身に負う人達がいます。

 

そして今この部屋には、死んだら神の裁きによって地獄に直行させられ、そこで神の恩寵は完全に取り除かれ、本当の怪物である事が明らかになる人々がいます。

 

分かるでしょう。

 

福音を宣べ伝える私達は、あなた方を楽しませるためにここにいるのではありません。

 

私達は、どうすれば今の人生から最高の物を手に入れられるかについて、一時的な事を話すためにここにいるのではありません。

 

いいえ、私は今夜、あなたの自尊心など気にしていません。

 

私はあなたの札入れと小切手帳が釣り合っているかどうかなど気にしていません。

 

私には心配な事が一つあります。

 

ある日、あなた方一人一人が聖なる神の前に裸で立ち、裁かれるという事です。

7:26

 

イエス様は「時は成就し、神の国は近づいた」と言われ、マルコによる福音書には「悔い改めて福音を信じなさい」とあります。

 

「ポール兄弟、私は祈ってイエス・キリストを私の心に受け入れる事で救われたんです」とあなたは言うでしょう。

 

しかし、あなたは魔法の公式や、誰かの後について悔い改めた言葉によって救われた訳ではありません。

 

あなたが救われたのは、罪を悔い改め信じたからです。

 

そして、あなたは過去にそうして来ただけでなく、現在に至るまでそうし続けています。

 

というのも、イエス様が言った言葉を適切に訳すとこうなるからです。

 

「神の国は来た。時は今、成就した。残りの人生を悔い改め、わたしを信じて過ごしなさい。」

 

「ああ、それはしました。悔い改めました。信じました。」

 

友よ、私の問いは、「あなたは罪を悔い改め続けていますか」です。

 

あなた方の内に良い御業を始められた方(聖霊)が、それを完成させて下さるのですから。

 

彼はそれを成し遂げて下さいます。

8:25

 

もしあなたがクリスチャンだと自称していても、願望が殆どなければ、神の栄光のために全てを行うという言葉に興奮する事はありません。

 

もっともっとキリストのように成りたい、もっともっとキリストの役に立ちたいと願わなければ、神や人々への愛は深まらないのです。

 

あなたは恐れる必要があります。

 

あなたは心配する必要があります。

 

もし、あなたが隠れた大罪を犯しながら生きる事が出来るのであれば、恐れる必要があります。

 

なぜなら、イエス・キリストへの信仰告白が偽りである可能性が非常に高いからです。

 

それは、嘘、偽りです。

9:06

 

マタイ7章13節から27節まで読誦

10:46

 

救いは信仰だけによるものです。

 

しかし、救いは再生と呼ばれる神の超自然的な働きの結果であり、私達は新しく創造された者となるのです。

 

私達は生きている心(いのちの御霊)を持っていて、違う生き方をしようとします。

 

そして、その人がそのように歩み始める事がその(いのちの御霊を持っている)証拠なのです。

 

そして、彼等は父の御心を気にし始めます。

 

あなたの人生に対する神の御心は何ですか。

 

そして、彼等の生涯に関して、自分の人生に対する神の御心は何かというだけではなく、改宗した瞬間にクリスチャン生活について一つの事が分かって来ます。

 

あなたは何を始めるか知っていて、聖書を読み始めるのです。

 

なぜですか。

 

単に、聖句の暗唱大会で優勝するためですか。

 

いいえ、クリスチャンになった瞬間に聖書を読み始めるのは、神の御心を知りたいからです

 

だからこそ、その御心に従って生きる事が出来るのです。

11:43

 

このキリスト教信仰は文化的なものではありません。

 

このキリスト教信仰は、あなたの人生のほんの一部であるべきではありません。

 

日曜日に行う何かではありません。

 

キリスト教信仰とは、週六日この世的に生きながら教会に来る事ではありません。

 

キリスト教信仰とは、あなたがいつも世と同じで、日曜日に教会に来る事ではないのです。

 

もしそれがあなたのキリスト教信仰なら、あなたにはキリスト教信仰がありません。

 

あなたはクリスチャン(キリスト者)ではありません。

 

クリスチャンの家庭で育つのは危険な事です。

 

クリスチャンの共同体で育つのは危険な事です。

 

両親がクリスチャンだから、自分もクリスチャンだ、或いは苦難を味わった人々の集団の出身だから、自分もその栄光に預かろうと考えるかもしれないからです。

 

それは真実ではありません。

 

若者の皆さん、あなたはクリスチャンですか。

 

どうして自分がクリスチャンだと分かりますか。

 

自分が本当にキリストを知るようになったことを、どうやって知る事が出来ますか

12:43

 

言っておきたい事があります。

 

これから聖書に入りますが、それをありのままに見て欲しいのです。

 

クリスチャンと自称する人達と自分を比べるのは止めて下さい。

 

自分自身を聖書と比較してください。

 

ある若者が牧師や青年牧師の所に来て、自分が救われたのかどうか分からないと言います。

 

青年牧師はたいてい、「でもあなたの人生の中で、イエス様があなたの心の中に入って下さるように祈った時期があったでしょう」と決まり文句を言います。

 

「そうですね。誠実でしたか。」

 

「ええと、そうは思いません。」

 

「じゃ、悪魔にあなたを煩わせるのを止めるように言う必要があります。あなたが伝道師を疑った時にいつでも聖書を指し示す事が出来るように、聖書の奥付に日付を書きましたか。」

 

何という迷信が私達の宗派を覆っているのでしょう。

 

あなたは聖書がクリスチャンに語っている事を知ります。

 

自分自身を吟味しなさい

 

御言葉に照らして自分を試し、信仰に則っているかを確認して下さい

 

自分がクリスチャンかどうか自分で試してみて下さい

 

もし私がこのまま私達を解散させ、皆にこの街中のドアをノックして回るように言ったとしたら、どうなると思いますか。

 

少なくともこの街では、99%の人達が信者だと信じきっている事を知っていますか。

 

私は救われた後、故郷に戻って全てのドアを叩き、それで分かった事は、私の町の人達は皆クリスチャンだという事です。

 

彼等の85%は教会に行かないし、教会に行く人は神聖について関心がなければ、世から離れる事に関心もなく、福音が諸国民の間に宣べ伝えられる事にも関心がありません。

 

でも神に祝福されて、彼等は救われています。

 

なぜ、彼等は救われていますか。

 

説教に時間をかけず、聖書の研究にもっと時間を費やすべき伝道者達が彼等に語ったから、彼等は救われたのです。

 

そして、彼は次のリバイバルで何人が名乗りを挙げたかを自慢するために、それをやったのです。

 

私はあなたを愛しているし、あなたを愛している人達もここにいます。

 

神の御言葉に耳を傾け、自問自答を始めて下さい。

14:43

 

自分でこう問いただして下さい。

 

「私はキリストを知っているのだろうか。それが、何らかの形となって現われているのだろうか。」

 

つまり、キリストは最大の存在なのです。

 

キリストを知っていると言っても、それがあなたの人生に何の影響も与えないなら、あなたはキリストを知らないことになります。

 

 

 

 

第一コリント15章45節

聖書に「最初のアダムは生きた者となった。」と書かれてありますが、最後のアダム(キリスト)は、生かす御霊となりました。

 

ローマ8章2節

なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

 

 

 

 

 

 

 

想像や神を知ることに逆らって高ぶるあらゆるものを打ち捨てなさい。

 

イーロン・モスク氏がしている首飾りのヘッドのデザインに注目して下さい。

 

ギリシャ語のオメガシンボルに目が施されています。

 

今回はこのビデオで述べられている事を訳しませんが、オメガ点について少しだけ詳しく触れてみる事にします。

 

黙示録22章13節

わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終りである。

 

ESV右矢印I am the Alpha and the Omega (Ω), the first and the end, the beginning and the end.

 

HNV右矢印I am the Alef and the Tav ( ת右矢印x ), the First and the Last, the Beginning and the End.

 

オメガ点

 

オメガ点とは、宇宙全体が最終的な統一点に向かって螺旋を描くという、理論上の未来の出来事についてのものです。

 

この用語は、フランスのイエズス会(秘密結社)のカトリック司祭ピエール・ティヤール・ド・シャルダン(1881-1955)によって考案されました。

 

彼は、オメガ点はキリスト教のロゴス(神の言葉)、すなわちキリストに似ていると主張しました。

 

キリストは、ニカイア信条の言葉にあるように、「神から出た神」であり「光から出た神」、また「真の神から出た神」であって、「彼によって万物は造られた」とし、ヨハネの黙示録の中で、キリストは自らを「アルファでありオメガである。最初であり最後である。初めであり終りである」と数回繰り返し出て来ます。

 

ティヤールの死後数十年経ってから、ジョン・デヴィッド・ガルシア(1971年)、パオロ・ソレーリ(1981年)、フランク・ティプラー(1994年)、デヴィッド・ドイッチュ(1997年)らの著書において、オメガ点の考え方が拡張されました。

 

技術的特異点

 

技術的得意点とは、人工的な一般知能が再帰的な自己改良を行なえるようになり、不可逆的な機械知能の爆発をもたらし、人類に未知の影響を与えるという仮説です。

 

キリスト教的トランスヒューマニズムの提唱者であるエリック・スタインハートは、世俗的な特異点とティヤールの宗教的なオメガ点との間には、考え方の重要な重なりがあると主張しています。

 

スタインハートはレイ・カーツワィルの言葉を引用しており、カーツワイルは、「進化は、決してこの理想に到達することはないものの、不可避的に我々の神の概念に向かって進んで行く」と述べています。

 

カーツワイルと同様に、ティヤードは、人類とテクノロジーが融合する急速な技術革新の時代を予測しています。

 

彼は、これがヌースフィア(人間の思考の圏域)の誕生と「地球の精神」の出現を意味すると考えていますが、ティヤード的特異点はその後に訪れます。

 

カーツワイルとは異なり、ティヤードの特異点は、人類の知性の進化が山場に達し、人類が「トランスヒューマン(超人)」から「ポストヒューマン(進化した人類)」へと昇華する事を意味します。

 

以前にも書きましたが、獣のシステムは、私たち人間を神の似姿から完全にかけ離れたニューヒューマン(新人類)へと作り変えようとしています。

 

それが、神の創造された人間ではなく、神に成り代わろうとする奢った人間(反キリスト)が作り上げる新人類(666)なのかもしれません。

 

 

 

高次の意識は、私達を神の真理から遠ざけます。

 

第二テサロニケ2章

9)不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

 

10)また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛(キリスト)を受け入れなかったからです。

 

11)それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように惑わす力を送り込まれます。右矢印悪魔ではなく神がなさっているのだという事に気付いて下さい。

 

12)それは、真理(キリスト)を信じないで、悪を喜んで(認めて)いたすべての者が、さばかれるためです。

 

第二コリント11章

14)しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。

 

15)ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさわしいものとなります。

 

宇宙人は堕天使(悪魔)であるという事に気付いて下さい。

 

そして、一度堕落してしまった天使達は二度と元には戻れないのです。

 

 

 

 

 

 

 

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彼等(エリート達)が望んでいる新時代に向け、今、産みの苦しみが切迫しています。

 

しかし、このようなことは、私達の人生の中でずっと身の回りにあった事なのです。

 

この世代の私たちは、『ライオンキング』のような大作を観て育って来ました。

 

ライオンキングについて何かって?

 

ライオンキングとは反キリストの事です。

 

それは、約束されたものであり、この映画にはそれが全て詰まっていました。

 

映画の冒頭で、ラフィキがシンバの頭に油を注ぐ場面が出て来ます。

 

実際、彼等はこういう事に非常に抜け目がありません。

 

というのも、頭に油を注いだだけでなく、それと共に実は、一瞬サブリミナル的に彼が太陽を割っている部分を見せているからです。

 

彼は割った器から油注ぎの油を取り出します。右矢印太陽神崇拝

 

長い話を短くします。

 

彼等はシンバが死んだものと信じます。

 

彼はティモンとプンバァと共に不毛の地に辿り着きます。

 

不毛の地には水があり、彼は成長し、約束された者として戻って来ます。

 

私がこの映画を取り上げたのは、この映画が幼い子供達への教化に満ちている事を暴露するためだけではありません。

 

私達はそれが当然の事と受け入れているのです。

 

しかし、これはエリートがどのようにヘーゲルの弁証法に取り組んでいるのか、実に興味深い手がかりを与えてくれました。

 

スカーはその邪悪なドラゴンで、シンバとライオンキング側は金、どちらも同じ獣です。

 

そして、月が彼の属性である場面をよくみかけます。

 

ある場面では、彼は月を背にした冠石のようです。

 

そして、反対側である太陽も全て同じ獣の一部であるという事が分かります。

 

また、それが仕掛けです。

 

それを理解できれば、彼等の手法が分かります。右矢印創造崇拝

 

つまり、これは全てヘーゲル主義的な戦いです。

 

そして、先日の夜、ライオンキングを見ていて目覚めた事があります。

 

それは、彼等が人々を欺くために使っている方法と全く同じだという事をです。

 

真実運動でさえ、彼等がやっている事は、人々に新世界秩序は悪魔的だと思わせる事です。

 

さて、今言った事を再定義してみましょう。

 

奇妙に聞こえるかもしれませんが、本当だと信じます。

 

彼等は、この組織を解体する必要があると、貴方たち大衆に思わせたいのです。

 

この組織はスカーのように邪悪です。

 

彼(スカー)の歌、『備えよ』をちょっとだけ見せましょう。

 

彼はこの新世界秩序について歌い、ナチス兵士と共にヒトラーのような人物を装っています。

 

そして、彼等は貴方が必要だと思わせたいのです。

 

だからこそ、統制された真実運動は、こう言って推し進めているのです。

 

これは、悪魔的です。

 

エリートは悪魔的です。

 

彼等は邪悪です。

 

この組織は邪悪です。

 

なぜでしょう?

 

なぜなら、彼等は偽りの愛と平和の中にあるライオンキングの息子を、貴方に受け入れさせたいのです。

 

彼等は、この邪悪な組織を打ち負かすためなら、どのような善意をも応援して欲しいのです。

 

つまり、現段階では、階級の外部化という事になります。

 

彼等は彼等が邪悪的であり、この全てが悪魔的であると知って欲しいのです。

 

なぜなら、メシヤと称される偽メシヤが現われるからです。

 

どんな段階であれ、その人物が現われて、「ほら、平和、統一、愛、これが答えです。」と言う事でしょう。

 

しかし、それは同じ事なのです。

 

ニューエイジ運動には、黄金時代を良い事だと考えている人が沢山います。

 

これがニューエイジ。

 

ニューエイジについて考えてみて下さい。

 

これが、新世界秩序なのです。

 

それがニューエイジ。貴方はただルシファーの嘘に踊らされているだけなのです。

 

黒対白、それは錬金術のようなものです。

 

彼等は鉛を金に、黒いキューブを金のキューブに変えようとしているのです。

 

偽のイエスによるドラゴンの討伐です。

 

この新しい時代(ニューエイジ)の愛と世界の統一の始まりによって起こるであろう出来事を、彼等は貴方に考えさせたいのです。

 

彼等は貴方にそれがサタンに対する勝利だと思わせたいのです。

 

しかし、そうではありません。

 

サタンは光という仮面をかぶっています。

 

つまり、黒が白に負けただけで、同じ獣なのです。

 

キリストが唯一の脱出口なのです。

 

本物のキリストは、2000年以上も前に十字架上で私たちのために犠牲となり、死んでくださった方なのです。

 

彼が真理なのです。

 

世界中のあらゆる宗教がドラゴンを倒したとして、反キリストを受け入れるでしょう。

 

しかし、そうではありません。

 

実際、愛こそが法の全てです。

 

しかし、もし貴方が彼等の邪悪な計画、議題に反対するならば、地上の真の平和という唯一の希望が失われる事になります。

 

もしあなたが、彼等の計画や観念形態やルシファー的観念形態を愛していないなら、貴方は愛していない者とみなされ、死刑にされるでしょう。

 

そんなのは本当の愛ではありません。

 

この世界には真の愛はないのです。

 

この世界は完全に欺瞞に満ちています。

 

ですから、私が言うように、この事はこれまでの長い間ずっと私達の目の前にあったのです。

 

最終的なものにならなかったパイロット版に、ライオンキングから削除されたクリップがあります。

 

そして、スカーは黄金時代についてさえ歌っています。

 

聞いてみましょう。

 

聞こえなかったのか。いや、彼女を連れて行け。私は王だ。私の言う通りにしなければならない。輝かしい未来に備えよ。賞の黄金時代に備えよ。

 

なぜ彼等が削除したのか私には分かりませんが、かなり露骨です。

 

だからとにかく、彼は同じ事を歌っているのです。

 

同じ獣でしょう?

 

では、偽りの平和をもたらすために、彼は『備えよ』で何を歌っていますか。

 

一生に一度のチャンスに備えよう。世間を沸かせるようなニュースに備えよ。輝く新時代はすぐそこまで来ている。どこで特集を組もうか。ただ教師の言う事を聞いていれば良い。ぞんざいに聞こえるのは分かっている。でも、必ず報われる。ついに自分の褒美を貰える時が来た。そして不正、美味しそうに四角い。備えよ。私は王になる。私と一緒にいれば、もう腹ペコに悩まされる事はない。

 

獣の印のような響きじゃないですか。

 

もうすぐ、ずっと愛され続ける王と結ばれるのは素晴らしい事だ。勿論、その見返りとして、一定の義務を負う事が求められる。未来には賞品が散らばっている。主な宛先は私だけど。私が強調しなければならない点は、私がいなければ、臭いを嗅ぐ事はできない。

 

だから、ここからが本当に露骨になる訳です。

 

この同じ獣を覚えていますか。

 

しかし、こちらの者は悪で、偽のメシヤは善だと思わせたいのですが、同じ組織なのです。

 

それは、新世界秩序です。

 

太陽の黄金時代です。

 

テーゼ、アンチテーゼ、シンテーゼ

 

つまり、テーゼが出発点なのです。

 

そしてアンチテーゼでは、テーゼの対極にあるもので、シンテーゼに至り、両者がいわゆる高次の真理に統合されます。

 

相反する二つの物が一つになるのです。

 

これら全ての問題を解決すると主張する反キリスト的人物が立ち上がります。

 

第一テサロニケ5章3節

人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが望むようなもので、それをのがれることは決してできません。

 

 

 

 

 

反キリスト体制は、色々な媒体を通して世界中の盲目な人々を、古い秩序から彼等の目指す新しい秩序へと洗脳し、誘導しているのです。

 

The anti-Christ regime is brainwashing and guiding the blind people of the world from the old order to the new order they aspire to through various media.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二コリント5章/2Corinthians 5 (Inter)

15)また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

 

And for all He died, that those living, no longer to themselves should live, but to the One for them having died and having been raised again.

 

16)ですから、(聖霊が内に宿る者)たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつて(聖霊が内に宿る前)人間的な標準でキリストを知っていたとしても、(聖霊が内に宿る)はもうそのような知り方はしません。

 

Therefore we (those in whom the Holy Spirit dwells within) from now no one regard according to the flesh. Though (before the indwelling of the Holy Spirit) even we have regarded according to flesh Christ, yet now (that the Holy Spirit dwells within) no longer we regard Him thus.

 

17)だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

 

Therefore if anyone is in Christ, he is a new creation. The old things have passed away; behold, has come into being the new.