何とかなるさ...の世界!? -107ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

この言葉を聞いたのは、私が小学4年の頃、とある病気で入院していた時の事でした。

 

私は、同室だった子供達数人と一緒に屋上に遊びに行く途中だったと思います。

 

屋上へと続く扉がすぐそこに見える階段づたいに、30代くらいの女性が一人静かに泣いていました。

 

私達は、「どうして泣いているの?」とその女性に尋ねると、彼女はこう答えました。

 

「私ね、死ぬのが怖いの...」

 

そして、どうして怖いのか尋ねたところ、その女性は癌を患っていて、死ぬかもしれないという恐怖に駆られていたのです。

 

そこで、私達は何とかその女性を励まそうと、少しの間一緒に話をした記憶があります。

 

そして、その女性は私たちに、「ありがとう。何だか話したら気が楽になったみたい」と言ってくれたのを覚えています。

 

その後、その女性を再び見ることはありませんでした。

 

あの頃、私にもう少しの勇気があって、あの女性にイエス様を受け入れたら天国に行けるという福音を伝えていたなら...という何とも言えない複雑な思いにかられる時があります。

 

殆どの人は、死ぬのが怖いのではないでしょうか。

 

私も幼い頃、自分は勿論、特に両親が死んだらどうしようと、夜に布団の中で怯えていたのを覚えています。

 

あと、死ぬ時に病気や怪我、或いは事故などで痛い思いをして死ぬのはいやだから、老衰が一番いいな、などとしょうもない事を考えていたりもしました。

 

しかし、今は神様の御国に入れる希望があるので、死というものは新たな出発なのだと思っています。

 

死んだら決して何も無い訳ではないのです。

 

必ず、天国か地獄(永遠の火の池)かに分けられるのです。

 

私は絶対に永遠に燃やされる火の池、地獄には行きたくありません。

 

黙示録21章8節

しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。

 

ローマ10章

9)なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心の中で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

10)人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

11)聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。

 

この事を書くようずっと迫られていたので、書くことにしました。

 

 

 

 

音楽に引き寄せられて走って来て、聞き入る牛さん達の姿が何ともいい感じです。

 

 

 

 

 

ヨハネ3章

16)神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17)神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

18)御子を信じる者は裁かれない。信じない者は神のひとり子を信じなかったので、すでに裁かれている。

19)そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

20)悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

21)しかし、真理を行なう者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

 

36)御子を信じる(=聞き従う)者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

 

 

 

第一テサロニケ4章

16)主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

17)次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

 

5章

1)兄弟たち。それらがいつなのか、またどういう時かについては、あなたがたは私たちに書いてもらう必要がありません。

2)主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。

3)人々が「平和だ。安全だ。(Peace & Security or Safety)」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。

4)しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にはいないのですから、その日が、盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。

5)あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗闇の者ではありません。

6)ですから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。

7)眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うからです。

8)しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。

 

 

 

 

・この種(ラップ系)の曲は私の趣向ではないのですが、ごもっともな内容なので載せておきます。

 

マタイ7:16

あなたがたは、(御霊の)実によって彼らを見わけることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。

 

ユダの手紙

3)愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて手紙を書きましたが、聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました。

4)というのは、ある人々が、ひそかに忍び込んで来たからです。彼らは、このようなさばきに会うと昔から前もってしるされている人々で、不敬虔な者であり、私たちの神の恵みを放縦に変えて、私たちの唯一の支配者であり主であるイエス・キリストを否定する人たちです。

 

第一テモテ6章

9)金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

10)金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。

 

第二ペテロ2章

1)ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪行を捨てて、

2)生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳をしたい求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

3)あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。

4)主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。

 

 

エレミヤ23章

9)預言者たちに対して。―

私の心は、うちに砕かれ、私の骨はみな震える。私は酔いどれのようだ。ぶどう酒に負けた男のようになった。主と主の聖なることばのために。

10)国は姦通するもので満ちているからだ。地はのろわれて喪に服し、荒野の牧草地は乾ききる。彼らの走る道は悪で、正しくないものをその力とする。

 

11)実に預言者も祭司も汚れている。わたしの家(教会)の中にも、わたしは彼らの悪を見いだした。―主の御告げ。―

12)それゆえ、彼らの道は、暗闇の中のすべりやすい所のようになり、彼らは追い散らされて、そこに倒れる。わたしが彼らにわざわいをもたらし、刑罰の年をもたらすからだ。―主の御告げ。―

13)サマリヤの預言者たちの中に、みだらな事をわたしは見た。彼らはバアルによって預言し、わたしの民イスラエルを惑わした。

14)エルサレムの預言者たちの中にも、恐ろしいことをわたしは見た。彼らは姦通し、うそをついて歩き、悪を行なう者どもの手を強くして、その悪からだれをも戻らせない。彼らはみな、わたしには、ソドムのようであり、その住民はゴモラのようである。

 

15)それゆえ、万群の主は、預言者たちについて、こう仰せられる。「見よ。わたしは彼らに、苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。汚れがエルサレムの預言者たちから出て、この全土に広がったからだ。」

16)万群の主はこう仰せられる。「あなたがたに預言する預言者たちのことばを聞くな。彼らはあなたがたを、むなしいものにしようとしている。主の口からではなく、自分の心の幻を語っている。

17)彼らは、わたしを侮る者に向かって、『主はあなたがたに平安があると告げられた(※)。』としきりに言っている。」

 

18)いったいだれが、主の会議に連なり、主のことばを見聞きしたか。だれが、耳を傾けて主のことばを聞いたか。

19)見よ。主の暴風、―憤り。―うずを巻く暴風が起こり、悪者の頭上にうずを巻く。

20)主の怒りは、御心の思うところを行なって、成し遂げるまで、去ることはない。終わりの日に、あなたがたはそれを明らかに悟ろう。

 

21)わたしはこのような預言者たちを遣わさなかったのに、彼らは走り続け、わたしは彼らに語らなかったのに、彼らは預言している。

22)もし彼らがわたしの会議に連なったのなら、彼らはわたしの民にわたしのことばを聞かせ、民をその悪の道から、その悪い行いから立ち返らせたであろうに。

 

23)わたしは近くにいれば、神なのか。―主の御告げ。―遠くにいれば、神ではないのか。

24)人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか。―主の御告げ。―天にも地にも、わたしは満ちているではないか。―主の御告げ。―

 

25)「わたしの名によって偽りを預言する預言者たちが、『私は夢を見た。夢を見た。』と言ったのを、わたしは聞いた。

26)いつまで偽りの預言が、あの預言者たちの心にあるのだろうか。

27)彼らの先祖がバアルのためにわたしの名を忘れたように、彼らはおのおの自分たちの夢を述べ、わたしの民にわたしの名を忘れさせようと、たくらんでいるのだろうか。

28)夢を見る預言者は夢を述べるがよい。しかし、わたしのことばを聞く者は、わたしのことばを忠実に語らなければならない。麦はわらと何のかかわりがあろうか。―主の御つげ。―

29)わたしのことばは火のようではないか。また、岩を砕く金槌のようではないか。―主の御告げ。―

30)それゆえ、見よ、―主の御告げ。―わたしは、おのおのわたしのことばを盗む預言者たちの敵となる。

31)見よ。―主の御告げ。―わたしは、自分たちの舌を使って御告げを告げる預言者たちの敵となる。

32)見よ。わたしは偽りの夢を預言する者たちの敵となる。―主の御告げ。―彼らは、偽りと自慢話をわたしの民に述べて惑わしている。わたしは彼らを遣わさず、彼らに命じもしなかった。彼らはこの民にとって、何の役にも立ちはしない。―主の御告げ。―

33)この民、あるいは預言者、あるいは祭司が、『主の宣告(重荷)とは何か。』とあなたに尋ねたら、あなたは彼らに、『あなたがたが重荷だ。だから、わたしはあなたがたを捨てる。』と言え。―主の御告げ。―

34)預言者でも、祭司でも、民でも、『主の宣告』という者があれば、その者とその家とを、わたしは罰する。」

 

35)あなた方は互いに「主は何と答えられたか。主は何と語られたか。」と言うがよい。

36)しかし、「主の宣告。」ということを二度と述べてはならない。主のことばが人の重荷となり、あなたがたが生ける神、万群の主、私たちの神のことばを曲げるからだ。

37)「あの預言者たちにこう言え。主は何と答えられたか。主は何と語られたか。

38)もし、あなたがたが『主の宣告』と言うなら、それに対して、主はこう仰せられる。『わたしはあなたがたに、主の宣告、と言うなと言い送ったのに、あなたがたは主の宣告ということばを語っている。

39)それゆえ、見よ、わたしはあなたがたを全く忘れ、あなたがた

と、あなたがたや先祖たちに与えたこの町とを、わたしの前から捨て、

40)永遠のそしり、忘れられることのない、永遠の侮辱をあなた方に与える。』」

 

※エレミヤ6:14

彼らは、わたしの民の傷を手軽に癒し、平安がないのに、『平安だ、平安だ。』と言っている。

 

 

 

 

ヨハネ10章

11)わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

12)牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。

13)それは、彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。

14)わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。

15)それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。

16)わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。彼らはわたしの声に聞き従い、一つの群れ、ひとりの牧者となるのです(※)。

17)わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。

18)だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。

 

※同じ御霊によって(すべての国から)集められた一つの群れが一人の牧者であり、また、その群れの中の各人もそれぞれ違った役割を担う牧者なのです。

 

 

 

エレミヤ23章

1)「ああ。わたしの牧場の群れを滅ぼし散らす牧者たち。―主の御告げ。―」

2)それゆえ、イスラエルの神、主は、この民を牧する牧者たちについて、こう仰せられる。「あなたがたは、私の群れを散らし、これを追い散らして顧みなかった。見よ。わたしは、あなたがたの悪い行いを罰する。―主の御告げ。―

3)しかし、わたしは、わたしの群れの残りの者を、わたしが追い散らしたすべての国から集め、もとの牧場に帰らせる。彼らは多くの子を生んでふえよう。

4)わたしは彼らの上に牧者たちを立て、彼らを牧させる。彼らは二度と恐れることなく、おののくことなく、失われることもない。―主の御告げ。―

5)見よ。その日が来る。

―主の御告げ。―

その日、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行なう。

6)その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は、『主は私たちの正義。』と呼ばれよう。

7)それゆえ、見よ、このような日が来る。―主の御告げ。―その日には、彼らは、『イスラエルの子らをエジプトの国から上らせた主は生きておられる。』とはもう言わないで、

8)『イスラエルの家のすえを北の国や、彼らの散らされたすべての地方から上らせた主は生きておられる。』と言って、自分たちの土地に住むようになる。」