沖縄平和宣言
大東亜戦争での沖縄戦の時の沖縄根拠地司令官の大田海軍中将は、米軍の猛攻撃の前に自決をしましたが、その直前に海軍次官あて次の言葉で締めくくられる有名な電文を打っています。
沖縄県民斯ク戰へリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
大東亜戦争唯一の地上戦の地は凄惨を極め「青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ・・・・是要スルニ陸海軍部隊沖縄ニ進駐以来終止一貫勤労奉仕物質節約ヲ強要セラレツツ只々日本人トシテの御奉公ノ護ヲ胸ニ・・・一木一草焦土と化セン」
私達内地の人間が考える平和のイメージと沖縄の方々のそれはおそらく随分とずれがあるのでしょう。観念と体験の差。
随分以前、私は石垣島へ行ったことがあります。そこで有名な武家屋敷宮原殿内を見学しました。案内にいた老人がその屋敷の説明をしてくれましたが、抑揚のない声で淡々と「みなさんがたはここを沖縄伝統の武家屋敷として見に来てくださいますが、このような貧弱な屋敷をお見せするのは恥かしい。本島の首里へ行けば、それは立派な屋敷が随分沢山ありました。でも、それは全部先の戰で焼けてしまって今ではもうここしか残っていません」と言われました。私たちに対する当てこすりなどではなく心底申し訳なさそうに述べるのです。
私は、沖縄県民の方々に対して「特別の御高配」を思ったことがあるのだろうかと沖縄基地問題が騒がしくなる度に大田中将の電文と石垣旅行の事を思い出します。
沖縄県知事の翁長氏は、6月23日の沖縄全戦没者追悼式で平和宣言を読み上げるといいます。その中に普天間基地の県外移設と辺野古移設に反対し、戦争体験の継承と恒久平和の実現に取り組む姿勢を明確に盛り込むとの事です。
これについては、私はとても複雑な思いがします。
敗戦国日本は、米国占領期に、米国の極東戦略の基地とされ、それが今日まで尾を引いて独立国とは思えないほどの米軍基地を抱えています。これは戦後平和憲法の下軍事力の制限を加えられた私達の防衛力を補完するものでもある以上全ての米軍基地を撤退させるのは非現実的であり、日本側の必要性にも応えるものである以上止むを得ない現状なのです。
その基地の多くが地勢的配慮の下、沖縄へ多くの基地が残されたままになっています。
沖縄戦を思う時に、これがいいのかとの思いはあるものの、中国に対峙している事を思うと普天間辺野古の位置の重要性は、これを県外へと述べるのは空論でしかないだろうと誰もが翁長氏の論を醒めた目で見てしまう。翁長氏だって最近までは沖縄県の自民党幹事長として沖縄基地容認者であり辺野古移転容認だったといわれています。
そもそも辺野古移転が出てきたのは、普天間基地のあまりにも「危険性」だったわけで、それを早急に実現しない事には市街地の真ん中にある基地が存続し続けてしまいます。移転先が辺野古である必要は無く、県外で受けるべきだというのは実現性がゼロに等しい事を思うと、結局は基地を普天間から移設しないで欲しいとしか私には聞こえないのです。
基地交付金や基地借上げ料を考慮すれば、普天間から撤退してしまうと既得権が根こそぎ剥がされてしまう普天間関係者の悲鳴はよく分かります。翁長氏はその声に苦慮したのでしょう。辺野古移設反対だけを唱えれば、じゃあ普天間へ残すのかとブーメランが胸に突き刺さる。普天間へ残して欲しいとは事の経緯から考えると知事として口に出せるものではない。しかし、辺野古へ行ってしまえば普天間から基地が消えてしまう。
私達はこのような苦しい立場へ沖縄の方々を追い込んでしまって、「所詮は基地からのお金が必要なんだろう」と心の底で思ってしまっています。
基地からのお金が無ければ沖縄経済が立ち行かない状況に、もし私達の政府が無策であるとすれば「後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の叫びはどう彷徨うのか。
沖縄平和宣言はとても悲しい。沖縄の方々の言葉を私達が理解する日が来るのだろうか。美しい沖縄の方々の、とても複雑な悲しい目に出合う時に、私達はいつも「日本のために我慢してください」と内地の論理を優先させてきました。そして沖縄の方々は耐えてきました。沖縄へ全てを押し付ける事により、私達は気持ちよく似非平和主義を唱える事ができます。憲法第9条を守れ!! 何と虚しい事でしょうか。
砂糖黍畑にざわわざわわざわわ風が通り過ぎるだけ
住民投票
沖縄の
最近、この住民投票が各地で実施されているようですが、私には何故住民投票を行うのかよく分からないところがあります。一番分からないのは、これを実施する場合の首長や議会のこれに対する考え方なのです。
今回の
住民投票とは、元来どのような位置づけにあるのだろうか。憲法第95条には「特定の地方自治体のみに適用される特別法を制定しようとするときは、その地方自治体の住民による住民投票の結果、過半数の賛成がなければ制定できない」との規定があります。
今話題になっています大阪都構想の住民投票はこれに当ります。
憲法の他、自治体の合併などに関しては特別法が、自治体が特に必要とする場合にはその自治体が条例を制定して実施する場合などがあります。私が分からないのは、法で定められた住民投票ではなく、各自治体が独自に条例を定めて実施する住民投票なのです。事実、その手の住民投票には法的拘束力がなく、単に住民の意見を聞くだけという意味合いに過ぎません。ただし、全住民にある施策の可否を問うていますから、首長はそれを無視すれば次の選挙に影響があると判断し、政治的にそれを考慮する場合が多いでしょう。
この手の住民投票には首をかしげるような内容が時にしてあります。例えば最近行われた
住民は、時として目先の利害に左右されます。それがないように、見識ある代表者を選び自治体百年の計を見据えた施策を委ねているはず。
住民の自治への直接介入をする方法として条例の制定の請求権がありますが、この規定から「税と手数料」に関するものが除かれているのは示唆深いのです。自治法に条例制定權が定められた時には、この除外条項はなかったのですが、法を施行してみると出てくる請求のうちかなりの部分が税の減免条例請求だったようで、の支払義務を負うのは嫌だという自治の原則を揺るがすようなものの判断は住民に任せるのは適当ではない事から、税等に関するものが外されたようです。
現在、東支邦海では、中国の艦船が国境を無視して航行している事実があります。隙を見せれば尖閣諸島への上陸も辞さない構えもあります。中国は南沙諸島で、他国の領域へ基地建設をした実績も持っていますので、そのような中国を利するような「平和主義」による基地建設反対の住民判断はそもそも住民投票に馴染まないと言わざるを得ません。
最近の傾向として、なんでもかんでも住民投票という風潮が出てきていますが、意に染まない事に関しては代表者に従わないとの表れであるとしたら、議会制民主主義の原則からは幼い考え方だといわざるを得ないのです。
コレステロール
アメリカの厚生省と農務省が設置した「食事指針諮問委員会」がコレステロールは過剰摂取を心配するような栄養素ではないとの報告書を出したというニュースが出ていました。
コレステロールといえば、私達は、やれ善玉だの悪玉だの騒がしいのですが、さてコレステロールとは何かと改めて聞かれたらどのような物質でどのような役割を果たしているのか分かりません。分からないけれど、お医者さんがさも当然の如く「コレステロールの摂取のしすぎには気をつけましょう」とか「メタボ予備軍ですよ」などというと恐ろしくて、「コレステロール摂取には気をつけなくてはいけない」と決意を新たにしているものです。
コレステロールとは何だろうかと気になりましたので、少し調べてみました。この摂取のし過ぎに気をつけるも何も、哺乳類はこれを食事に由来して摂取するものではなく、体内で合成される方が遥かに多いとあります。
善玉コレステロールはHDLという事が書いてありますが、このHDLとはhigh density lipoproteinの頭文字で、高濃度のリポ蛋白質ということですから、HDLがコレステロールそのものではないらしい。血液中のコレステロールが蛋白質と結びついたものがリポたんぱくであるそうですから、HDLの中にコレステロールが含まれているということなのか。
悪玉コレステロールはLDLで、これはlow density lipoproteinの頭文字ですから、低濃度のリポ蛋白質ということなのでしょう。低濃度だとどうして悪玉と嫌われるのか。
低濃度のリポ蛋白質は血液中を流れるうちに体内へ吸収されないコレステロールを血管内に放置して、それが動脈硬化を引き起こすとの事。これが本当なのかどうかは分かりませんが、長い間そう言われています。
コレステロールは細胞膜を形成したり神経細胞を被覆する鞘に多く含まれているようです。これが血管内に放置されるとどうして血管の硬化を引き起こすのだろう。今度お医者さんへ聞いてみなくてはいけません。コレステロールは脂質ではないので肥満ともあまり関係がなさそうにも思えます。
今回のアメリカの報告書は、コレステロールそのものに言及しているのだとすれば、当然の事を述べているのに過ぎないでしょう。問題は、いつ誰が「コレステロール過剰摂取は健康に悪い」などと言い出したのかということでしょう。
健康に関する事は、素人に分かりにくく、医者もまた勉強不足から言われている事を伝送ゲームのように右から左へ流すだけで、その肝心の関連性を確認しようとしません。
去年も、血圧について問題が提起されていました。これまで健康を害するとされた高血圧の範囲を見直すとの事でしたが、これを見直すと、これまで「病気」だということで通院させていた「患者」さんが減ってしまうというので医師会は激しく反発していました。
そもそも4,000万人だといわれている「高血圧症」の「患者」たちの何%が本当の病気になっているのかどうか。
高血圧から來ると言われている血管系の病気は、そもそも「正常値」の方々と発症の絶対数は大して変わらない。正常値の3倍の発症率と言ったところで絶対値からすれば0.2%の増減など誤差の範囲ではないのかと思ってしまいます。
ある値が病気に関連すると決めていて一番得をするのは医療機関と製薬会社でしょう。
この度のアメリカからのコレステロール報告は、日本では必ず反発が起きるでしょう。折角作り出した「メタボリックシンドローム」などという受診機会を増やそうとする試みが瓦解してしまいますから、業務妨害にも等しい。
日本でこの報告書の波紋がどのくらい広がるか楽しみなところではあります。
