家庭の収入と子供の学力
文部省が家庭の年収と子供の学力の関係について全国的な調査をしたそうです。
それによりますと、小学校6年生で国語A(知識中心)で、年収200万未満の家の子供の平均正答率が53%。年収1500万円以上の家庭の子供が75.5%。算数B(知識活用)では、200万円未満が45.7%、1500万円以上が71.5%。家庭の年収が上がるほど成績が高く、これは中学でも同様だったとのことです。
この調査傾向は、おそらく実施する前から予測が出来ていたように感じます。文部省は何のためにこんな調査を行ったのだろうか。
この調査を見た方々の多くが、もしかしたら年収と成績が比例すると思って、自分の給与明細を恨めしく感じたかもしれない。この調査に触発された川柳に「そうなのか給与明細じっと見る」というのがあります。
この調査には何の意味もないでしょう。統計の嘘、調査の嘘の典型的なケースです。文部省調査の意図は、家庭の収入が多いと、それだけ子供の学習に費用が割け、それに比例して成績が伸びると言いたかったのだろうか。
この手の論によく出てくるのが東京大学の入学者の親の収入。収入が多いほど手厚い学習環境が出来るという主張で、家庭教師をつけたり塾に通う事が出来ない子供は合格がおぼつかないとの論ですが、これも原因と結果の取り違えであって、親の収入が多い子供の合格率が高くなるわけではない。
収入の多い方は、確率から見て頭のいい方が多いだろう事は推測が出来ます。頭脳明晰であればそれに見合った職業を得ることが出来、年収が当然高い。そして遺伝の法則によって頭脳明晰な親の子は能力が高い。その結果東京大学入学者の親の年収は当然ながら高い。
日本全体が貧しかった明治維新当時は、能力に見合った収入を得ることの出來ない封建制度の名残が強く残っていましたから、その時代には極貧から能力の高い子供が出る可能性はあったでしょう。
しかし、現代では淘汰が行われた結果、一般論として能力と収入が比例しています。だから、収入の多い親の子供は頭がいいということは間違いがない。
勿論例外はありますから、能力が高くても収入が低いとか、能力が低くとも収入が高い家庭はあるでしょう。
文部省調査で言うところの「家庭の年収が上がるほど成績が高い」というのは原因結果の転倒の論理であって、ここから言える事は「能力の高い子供は将来高い収入を得る可能性が高い」ということだけです。
能力の高い子供は将来高い収入を得ることが出来、その子供は子孫へ能力の高い遺伝子を渡す結果、その家系は成績がいい。そういう当然の事を確認している調査に過ぎない。
家庭の年収と子供の学力が関連しているのではなく、家庭の頭脳と子供の学力の間に関連があるに過ぎず、そこへ見える収入項目は単なる結果論から来る現象に過ぎない。
こういう間違った調査分析をしますと、200万円未満の家庭では、もしかしたら学習環境が子供の学習に影響を与えると思ってしまい、1500万円以上の子供が通う塾へ無理をして通わす事にもなりかねません。
努力はとても大切であることは間違いがないのですが、天賦の才は努力では補えない事も多い事は経験上理解が出来ます。
以前に比べて、学校での学習では間に合わないと、近年は塾通いが当たり前になっているようですが、こういう調査分析もその傾向を後押しするようになっているのでしょう。
学校での授業をしっかり聞き、家で予習復習を怠らなければ、塾など通わずにも各学年で獲得すべき通常の成績に不安を覚える事はないのです。
文部省は、学校外学習を暗に勧める様な調査分析をすべきではないでしょう。
「建国記念日」
今日は、「建国記念日」の祝日でゆっくりと一日を過しました。祝日は名目は何であれ平日に休めますのでとてもありがたいのです。
祝日の中でもいくつかに、その意義に異論を唱える方々がいます。その最たるものが今日の「建国記念日」でしょう。
確かに、建国とは何かが分かり難い。たいていの国の建国記念日は独立記念日のようです。ですから、ほとんどの国の記念日は比較的新しくて、日本のように紀元前にその由来を持つ国はないのです。
日本の「建国記念日」は建国を記念した日であるかどうかを議論するのは意味がありません。何故ならそれは紀元節であって、断じて建国記念日ではないからなのです。建国記念日と言うからにはしっかりした「建国」の定義がなければなりませんが日本にはそれがありません。考え方は沢山あるでしょう。封建制を脱して明治政府が出来た日や、戦後民主国家になった日本国憲法発布の日とか。まあ、しかしいずれを選んでも議論百出でまとまらないでしょう。日本と言う国がいつできたのかは、国の定義ともからんで決めようがありません。
2月11日は、あくまで紀元節。かつての日本は日本書紀を尊び、神武天皇が即位されたと書かれている2月11日を紀元節と定めました。明治時代にこれを定めた時にも、当然ながら「神武天皇即位の日」が史実でないのではないかと考える人たちはいたでしょう。何とならば日本書紀は神武天皇よりも1300年以上後の奈良時代に編纂された歴史書であって、これは当時から神話として割り切られていたはず。紀元節が史実であるかどうかは問題ではなく、日本書紀に記されている事柄を祝日に定めただけなのです。
ですから、もし2月11日を祝日にしたいのであればこれは紀元節であって建国記念日ではありません。建国の日を祝日にしたいのであれば、それをいつにするかはしっかりと議論をしなくてはいけない。2月11日であるはずはないのです。私は今日は紀元節であると思い、国旗を掲げて祝日を祝いました。
この記念日に異論のある方々は、日本書記に拠るのは戦前日本の天皇制復活のけしからん制定だと言われることもあるのですが、しかし日本の祝日のかなりが皇室行事によりますので、それを否定するなら祝日全般を見直さなくてはいけない。
元旦が祝日になっていますがこれは年の初めだからではありません。四方節と言って元日に天皇が四方の神々を拝まれる祭事が元です。春分の日秋分の日は、春秋季皇霊祭ですし、昭和の日は昭和天皇誕生日、文化の日は明治天皇誕生日、勤労感謝の日は新嘗祭。そして年末の天皇誕生日。
祝日は今でもときおり祝祭日と言われていますが、その祭日とは皇室祭祀の事なのですから、今更紀元節を否定することは滑稽なのです。
2月11日を建国記念日とするからおかしくなります。今日は、あくまでも紀元節なのでした。
横綱の風格
昭和の大横綱大鵬が全盛期を少し越えたころ、しかし、その強さはまだ群を抜き、双葉山の連勝記録69に届くことが期待されていて、連勝を45に伸ばした昭和44年春場所2日目平幕の戸田に押し倒されて負けてしまった。この勝負は世紀の誤審として今も語り継がれています。当時はビデオ判定がなく、土俵下にいる審判が目で見で判定をしていたので、激しい動きを一瞬で見なくてはいけないために戸田の足が先に出た事が確認できなかったのでしょう。
この時の行司の軍配は大鵬に上がっています。式守伊之助ははっきりと戸田の足が出るのが見え、自信を持って軍配を上げたといいますが、土俵下にいた勝負審判から物言いが出され、審判5人で協議した結果全員一致で、行司差し違えで戸田の勝ちと判定しました。
先日大鵬の大記録優勝回数32回を白鵬が塗り替えたのですが、13日目に稀勢の里戦で物言いがついた事に横綱白鵬が「全勝で優勝をしたけれど、疑惑の相撲がひとつある」と異議を唱えていました。
本人は、当然勝ったと思った相撲でしょうから、物言いそのものに不満だったのでしょう。
それについて白鵬は「ビデオを見たら子供でも分かる相撲。もっと緊張感を持ってやって欲しい」と、少し言い過ぎのような審判批判をしています。審判批判がいけないとは思いませんが、相撲の勝敗は他の格闘技と違ってかなり特殊。子供が分かるようなものではない。
相撲以外の格闘魏は組んず解れずで力の限りを尽くしますが、相撲はこれから佳境に入ろうかという時でも、土俵の外に爪先が出たり、手が僅かに土俵に触れたりすると負けてしまいます。
足の裏以外の個所が土俵につくか、土俵を先に出た方が負けというルールがありますので、全体としての勝敗よりも微細な部分を見なくてはいけない。
だから、微細な判定をするため行司よりも審判団に決定力を持たせて間違いが起きないようにしています。
大鵬のケースでは、翌日の報道写真で戸田の足が先に出ているのが問題になって、この「誤審」に対してかなりの抗議が殺到したようです。当時の理事長は、相撲全体の流れで考えると大鵬は戸田に押し込まれており総合的に考えて戸田が勝っている、と苦しい言い訳をしました。大鵬はこれに答えて、「横綱があんな相撲を取ったのが悪い」と「誤審」対して異議を唱える事はなかったのです。大鵬は引退後も同じことを述べています。69連勝の大記録更新を見ていた大鵬としては極めて残念な判定だったでしょうが、それをおくびにも出しませんでした。
相撲のルールで言えば大鵬の勝ちなのですが、格闘技の観点からは一方的に押し倒された大鵬に分が悪い。ルール上のちまちましたことを言わないのがその道の第一人者でしょう。
それに対して白鵬は不満たらたら。白鵬は「子供にも分かる」と言い放ちますが、ビデオ判定を見ていた審判の中には白鵬の足の甲が先に土俵に触れているから白鵬の負けとした者もいたのです。私も写真を見る限り稀勢の里に分があると思います。ルール上はそれが正しい。それでも相撲の流れからすると白鵬の負けにするには忍びない。そう思った審判団が下した判定が取り直し。本来であれば負けていた相撲にもう一度チャンスを与えたのです。
白鵬は、通常の格闘技とでも思っているのでしょう。子供には分からない相撲のルールを白鵬もまた知らなかった。子供のような知能をさらけ出したのがこの度の白鵬の不満。
白鵬は、現在の角界においてずば抜けた力を持っています。心技体のうち技と体は文句がない。しかし、心にまだ横綱の風格がない。それは本人も大鵬の記録を抜いたけれど、まだその域には達していないと謙遜かどうかは別として認めていました。
白鵬が審判に従えないというのであれば、綱を返上して引退するしかないでしょう。いくら強くても綱の風格のない者は去るしかありません。朝青龍がそうでした。
白鵬が「疑惑」の相撲といった背景には、外国人の自分が大鵬の記録を抜くのを快く思っていない協会が水を差すような判定をしたのではないかとの疑念があるのでしょう。しかし、今はもう外国人抜きでは大相撲は成り立たないのですから、そんな疑心暗鬼は不要です。
大鵬が戸田に負けたときには、大横綱双葉山の記録を守りたいという先輩力士達の思いがよぎったのかもしれない。あれだけはっきりした勝敗に行司以外の審判5人とも戸田の勝ちとしたのだからそう思われても仕方がない。
大鵬戸田戦の「誤審」を契機にビデオ判定が取り入れられたのでした。