一歩、世界に近づくブログ -7ページ目

一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

間も無く、正午のミサが始まろうとしていた。

サンティアゴデコンポステーラのカテドラルは、われわれ巡礼者のゴールであるだけでなく、世界遺産でもあるので、一般の観光客も多く、大きな建物であるにも関わらず、かなりの人でひしめきあっていた。

かろうじて僕ら3人は空いている席を見つけ座れたが、すでに立ち見の人々が多数いた。
人々は興奮によりザワザワし始め、ソワソワ感が人から人へ伝わっていく。
そのたび、カテドラル側からは「シーッ。シレンシオ…」と静かにさせる声が響いた。

祭壇に立つシスターにより聖歌の練習が終わり、正午を迎えた。

先ほどのシスターの美しく響き渡る歌声とともに、赤いマントに身を包んだ司祭たちが5人ほど列になって登場し、祭壇についた。

それから約1時間、司祭たちが何を言っているのかは全く分からなかったが、僕の背後にいた巡礼者のおじさんは感激で涙を流していた。

たしかに、この道を歩き出してから、ロンセスバージェスやカリオンデロスコンデス、サモスなど、何度もミサに参加してきたが、祭壇の豪華さ、カテドラル内の雰囲気、人々から伝わる緊張や感動など、このカテドラルのミサは総合的に群を抜いていた。

いろんな経験を思い出し、すでに充分満ち足りた気持ちになっていた頃、なかば諦めていた「ボタフメイロ」と呼ばれる大香炉が焚かれ、カテドラル内を左右に大きく揺れだした。

{0C555928-6CC8-4DCD-BB6B-0FC4D30A593F:01}

ボタフメイロは、毎日焚かれるものではなく、特別な聖日や、誰かが多額の寄付をした時にしか動かされないという。

それでも、僕らはこれを見たくて、ネットなどでいつやるのかいろんな検索していたのだが、情報が無く、完全に運まかせだった。
見れなくて当たり前、見れればラッキーだと。

それが最後の最後で、突然動き出したのだ。
カテドラル内のざわつきは尋常じゃなかった。
しかしもう、静寂を求める声は響かなかった。
もはや、どよどよするしかない雰囲気なのだ。

ある者はカメラのシャッターを切り、ある者は動画を撮り、またある者はじっと香炉を見つめる。

大香炉からは白い煙と共に香りが立ち込め、まるで映画を観ているようだった。
人々が陶然となったころ、「アディオス」の声を最後にミサは終わり、カテドラル内には拍手が響いた。

なんだかうまく感想を言い合えない状態で僕らは席を立った。

続く。

今日は到着の当日だった。

{0DEB6CCB-DD8A-4424-9E77-DA5F6C42AD61:01}

昨夜泊まった、モンテ・ド・ゴソ(歓喜の丘)からゴールまでは、約5㎞。約1時間で着く。
スキップしてても着いてしまう。実際にスキップしようと思ったが、ヒザを痛めそうなのでやめた。


サンティアゴ・デ・コンポステーラに近づくにつれ、街並みがどんどんと近代的になっていく。
「なんだか、これまで通ってきた街とは、全然違う雰囲気だね。本物の都会っぽい」と妻もワクワクしている。

しかし、僕はなぜだかソワソワして、途中のバルでコーヒーを飲もうと提案し、3人で入った。そんな僕とどうやら同じ気持ちなのか、オーストラリア人のワンダとキムの夫婦も、後から店内に入ってきた。自分を落ち着かせたいのだろう。うんうん、分かるよ。

{C2DB4916-1AF2-4046-9264-19E3D292F784:01}

バルのテレビでは天気予報をやっていた。
雨が多いことで有名なガリシア州だが、今日は晴れるようだ。ついてる!


妻は朝から「昨日は、遠足の前日みたいに眠れなかった!いよいよ今日はゴールの日だよ!ホラ、髪の毛ちゃんと整えて!」と言っていたし、トモ君も「ゲーム好きの俺から言わせれば、今日はラストダンジョンであり、ラスボスってくらい重要な日ですよ!」と口にしていた。ラスボスの日が雨じゃなくて、ホントに良かったよ。



「コングラッチュレーション!!」

昨日まで何度も言われた「ブエンカミーノ(よい巡礼を)!」という言葉だが、今日は初めて「コングラッチュレーション(到着おめでとう)!」と声をかけられた。

声の主の方を向くと、建物の上の方の窓からおじいさんが僕らを見ており、僕らが「グラシアス(ありがとう)!」と言うと、手を挙げて挨拶してくれた。
そう、この街は巡礼の最終地点であり、最後の街なのだ。


サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街に入ると、想像以上に古い雰囲気の残る街並だった。

サン・ジャン・ピエ・ド・ポー、カストロヘリス、レオン、ビジャフランカ・デル・ビエルソ…

これまで数々の素晴らしい町を抜けてきたが、ダントツで一番かもしれない。
さすが聖地。
これが聖地の聖地たるゆえんか。

{D42C7990-811F-4371-AF55-183AB5BE9296:01}

{066ABE60-F169-4CB8-8D03-83880486B9F6:01}

五つ星ホテルのパラドール、そして残念ながら修理中だったカテドラル正面を目にしてから、ビラール通りの巡礼事務所にて最終スタンプ、そして巡礼証明書をもらった。
証明書は卒業証書のように有料で筒に入れてもらえる。

これでひとまず、1つの道が終了だ。
我々は、やりきったのだ。

その後、またもやワンダとキムに再会し、記念写真を撮った。
他にも、ブラジルに帰る直前まで僕らを探してくれていたピンキッシュ達とも、これまで何度も声を掛けてくれていたデンマーク人のおじさんにも再会し、お互いの踏破を祝って、写真を撮った。

カテドラル左の土産物屋に荷物を預け(1人2ユーロ)、12時からのミサを前で見るために11時からカテドラルに入った。

ミサは想像以上のものだった。

続く。
いよいよ目指していた地へのゴールが、明日となった。

今朝歩き出したオ・ペドロウソから14.5㎞、モンテ・ド・ゴソのアルベルゲ(巡礼者用の宿)に、午後になってから到着。
しかし、毎日20~30㎞ほど歩いていると、これくらいの距離はあっという間に感じてしまう。

ひとつ前のブログで書いたように、別にこのモンテ・ド・ゴソには必ずしも泊まる必要は無いが、サンティアゴ・デ・コンポステーラに午前中に到着するためには、ここから出発するのが巡礼者の常となっているのだ。

モンテ・ド・ゴソのアルベルゲはこの巡礼路(フランス人の道)中、もっとも大きく、収容人数は400人とも800人とも言われている(…どういうことだ?)。

{53037466-C34B-455D-89AB-0CADD2C96C39:01}
↑初めて見た、馬での巡礼者。カッコイイ。


今日は、珍しく歩いている間もずっと雨が降っていて、アルベルゲに着いてからも振り止まなかった。僕、妻、そしてトモ君の三人ともがシャワーを浴び終わってから、さて、晩の食事はどうしようということになった。

結局、雨の中、三人でバル探しの旅に出て、足が冷えきりひもじさがMAXになったころ、ようやく辿りついたバルは「食べ物は冷たいサンドイッチだけだよ」と言われ、さすがにそれは…と思っていると「それなら。ビッグレストランが通りの方にあるよ」と店のおばさん。

ビッグレストラン…

そんな単語、ここスペインに来てから初めて聞いたし、見たこともない。

たいがい小さいレストランばかりのスペインで、ビッグなレストランとは、僕らは「ジョナサンでもあれば言うことナシだな(笑)」と軽口を叩いていると、果たして現れたのは本当にビッグなレストランだった。

なんとなく風格もあり、これは結構高いやつだぞ…とビビってメニューを見ると、そこまででもない。

三人で相談し、ガリシア産シシトウの素揚げ、ガリシア風スープ、豚のミラネーゼ(揚げたもの)、パン、ワイン(デキャンタ)を注文。
{C6EED74F-63BC-4DF3-9711-40ACAC3E4C30:01}

{F1108396-E21D-41DB-A4FC-578D8FE01550:01}

スペインに来てから、肉を揚げたものなんてなかなか出会えなかったので、特にこのミラネーゼには三人で群がった。


宿に戻ってから安ワインを飲んでいると、僕らの隣に、なにやらやたらと盛り上がっている若者三人が。どうやら飲み比べをしているようだ。
{8A2AE72A-E40F-46BB-BD7F-31A34093D052:01}

{BABE8891-5A84-4BF9-B09C-75F7A6CEAE9C:01}

僕らがジロジロ見ていると、マドリッドから巡礼に来ているという彼らが、このゲームの説明をしてくれた。

①ガリシア産のクリームリキュール(アルコール度数15パーセント)を、参加者全員のグラスに、同じ量だけ入れる。氷も。

②イスから立ち上がって乾杯し、ズズーッと「ひと吸い」でどれだけ飲めるかを競う。
グラスからリキュールが一番減った人に1ポイント入る。

③また参加者全員に同じ量だけリキュールを入れて、②の繰り返し。

④ひと瓶無くなったタイミングで、一番ポイント多い人の勝ち。

「お前らもやるか?」と誘ってもらったので参加したが、これがなかなかアルコールが強くて、咳き込むわ、理由もなく可笑しいわで、トモ君などは彼らと仲良くなってしまった。

「明日はいよいよゴールだから、なんか、もっと神妙な、静かな気持ちになるかと思ってた」
そう妻は言っていたが、出逢ったばかりの陽気なスペインの若者と、飲み比べのゲームをする…これが僕らの前夜祭なのだ。結構じゃないか。

消灯の10時、二段ベッドに敷いた寝袋に横になり、僕はこの濃密すぎる40日間を振り返った。
明日はいよいよ、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラだ。

続く。

残り20㎞を切ってしまった。
もう764㎞も歩いて来たなんて。

{7C3799F5-50A8-4182-A94C-0D4CA6C80EB0:01}

{DD0A6026-E445-438D-A7F6-784C501DDA34:01}

とうとう、オ・ペドロウソに到着。
明日、モンテ・ド・ゴソ(歓喜の丘)に泊まり、明後日の午前中にはサンティアゴ・デ・コンポステーラにゴールする予定だ。

実は、もうここまで来たら、オ・ペドロウソにもモンテ・ド・ゴソにも泊まらず、そのまま歩き切る巡礼者も少なくない。

モンテ・ド・ゴソなんてサンティアゴ・デ・コンポステーラの5㎞しか手前じゃないので、そこから1時間くらいあれば着いてしまう距離なのだ。

たとえば、昨日アルスーアで同じ宿になった、これからパラオで農業をする予定だという日本人夫婦のタケさんとミカさんも、もう最後まで歩き切るという。同じくまたもや宿が同じになったイイダさんも、おそらく先に行ったのだろう。(それにしても昨日は同じ宿に日本人が6人も集まるという、非常に珍しい現象が起きた)

では何故、僕らは明日モンテ・ド・ゴソで泊まるのか?
それは、ゴールへの到着当日、朝11時までにサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼事務所に行って巡礼証明書を発行してもらうと、1時間後の12時からのミサで到着を祝福する意味で、国名と人数を司祭に読み上げて貰えるからだ。

僕と妻、そして4日ほど前から一緒に道を歩いている元美容師のトモ君の3人で相談し、このスケジュールで行こうと決めた。

{965196FA-9475-498E-A51C-8291C5C3F4FC:01}

もう、かつて道をほぼ一緒のペースで歩いていた同期たちはほとんど居ない。
オ・ペドロウソでは韓国人のキムさんとギヨン君に会っただけだ。

いつか自分の持参した海苔を僕らに分けてくれたギヨン君はレストランで晩ご飯中だったにも関わらず、僕らと話すために料理を置いて外に出て来てくれた。優しい男だ。

その会話をそばで聞いていた、黒ひげを長く伸ばした男が、「あんたら日本人か?『東京スカパラダイスオーケストラ』って知ってるか?あれは最高だ。おれ大好きなんだ!」と言った。

僕は礼を言い、どこの国の人か尋ねた。

「俺か?俺は、この店の4軒隣のモンだ(笑)巡礼者じゃない。そして、ここはガリシアだ。スペインじゃない。ガリシア州は、むしろポルトガルと文化が近い。ポルトガル語で『ありがとう』は『オブリガード』って言うんだぜ」と教えてくれた。

いつかサン・セバスチャンで話したバスク人だちのように、彼らはスペイン人であってスペイン人じゃない。地元に非常に誇りを持っている。

{131B8F11-9EF7-4A85-AB68-5FA91622160B:01}
↑巡礼者をモチーフにしたビールのポスター。


明日から更に、ガリシア奥地に向かう。
そこに待ち、世界中から人々を引き寄せるサンティアゴ・デ・コンポステーラ、どんな街なのだろうか。

続く。

本日
アルスーア~オ・ペドロウソ
(ゴールまで18.5㎞)

四国の八十八箇所霊場を巡るお遍路には、「同行二人(どうぎょうににん)」という言葉があります。
たとえ一人で遍路をしていても、そのそばにはお大師さま(弘法大師 空海)がいてくださり、二人で同じ道を行くんですよ、という意味だそうだ。

険しく薄暗い山道や林を進み、不安を覚えているときも、勇気づけられそうな言葉だ。

そんな仏教感が強い言葉なのだが、今日入ったスペインの田舎町のバルのトイレのドアに、その「同行二人」のステッカーが貼ってあった。しかも、ご丁寧に男女のトイレ両方に。

{5C6ABCC2-EF72-4B3F-B808-1C54BC7C4307:01}

この道はカトリックに関係が深くキリスト教色が強い道ではあるが、神や仏に近づく道、という意味では四国のお遍路と共通するものがあると判断した、どこかの誰かが貼ったのだろう。

まさかこの巡礼路を一緒に歩いてくれるのはお大師さまではあるまい。
しかし、巡礼者それぞれが、自分の信じる存在が共に歩いてくれると思えば、心強く、そして優しく歩めるのではないかと思います。

続く。

本日
アルスーア~オ・ペドロウソ
{BBEBC806-AD10-4106-940E-933175D8ACD8:01}

{1B7E9376-9B63-4633-B596-A470771DAD4B:01}

写真は、お金が無くなって巡礼を続けられなくなった巡礼者からのメッセージである。

チェコ出身だからか、めちゃくちゃな英語とスペイン語で書いてあるが、とにかく、お金が無くなって旅を続けられなくなったものの、ゴールであるサンティアゴ・デ・コンポステーラまでは行きたいので、恵んでくれということらしい(たぶん)。

寝床であるテントを張り、そこには進入できないように木の棒でガードがしてある。

みっともないと思う反面、人にすがってまでも、そこにたどり着きたいのか、という執念も感じ、いろんな人がいるもんだと思った。

事実、同じ憧れの地を目指す見知らぬ巡礼者から小銭やシリアルバーを恵んでもらっているが、先日このブログで書いたように、もうこの辺りはサンティアゴ・デ・コンポステーラまでスグの場所だ。
個人的には、こんなとこでテント張ってないであと少し頑張れば…?と思う。
まあ、何か事情があるのかもしれないが。


他にも、サリアを過ぎてからさまざまな巡礼者を見かける。

杖の代わりに、傘を突いて歩いている巡礼者。
猫を見るたび追いかける犬を連れて歩く巡礼者。
動画を撮りながら歩く巡礼者。
バルを通りかかる毎に休憩する巡礼者。
他の巡礼者と接触せず、黙々と歩く巡礼者。
三度笠をかぶって歩く巡礼者。
極端に進むスピードを落とす巡礼者。
ガールスカウトの宣伝をしながら歩く巡礼者。

歩き方はさまざま。
捉え方もさまざま。

明日宿泊予定の宿は800人収容可能な超巨大宿、またいろんな巡礼者を目にできそうだ。

続く。

ハチミツをかけると目を見開くほどに美味いヤギチーズ「アルスーア・ウジョア」で有名な、アルスーアに到着。

{DF09D449-10AE-4A2A-BC7D-56A34322D73E:01}
↑約1時間半かけて作る巨大パエージャ。

{DDDA5860-2855-4AE8-8B94-D2D9699D927E:01}
↑アルスーア名物、中はトロッと柔らかいチーズ「アルスーア・ウジョア」


すでにこの巡礼路の最後の100㎞地点も越え、コンパクト版で歩きたい巡礼者がスタートするサリアも越え、川に昔の村が沈んでいるポルトマリンも越え、タコで有名なメリデも越えて、「早くも」、アルスーアに着いてしまった。

{984F938D-1D63-467E-84A9-6925014DCD75:01}

「ようやく」ではなく「早くも」というのは、このサンティアゴ・デ・コンポステーラ目前の最終エリアというのは、正直、ゴールしたいと同時にもっと歩いていたい、という複雑な心境に陥るからなのです。

これまで同様に1日20~35㎞を歩けば、あっという間に着いてしまう。とっととゴールしたい反面、このシンプルで奥深く感動的な道を歩き続けたい気持ちがどこかにある。

これはなにも自分だけが持つ感情では無く、出発前に読んだ体験記を書いた人たちも同様だったようだ。その本を読んだときは「へぇ、そういうモンかねー」くらいにしか思わなかったが、今はよく分かる。

{B4391C82-25D8-44BB-B12E-13FDA6BB13AF:01}

{390D9AEC-3CD6-4B1D-A36B-D894E7307A88:01}

数日間しばらく顔を合わせていたスペイン人のコーケーも「まだバルセロナなんかに帰りたくない。この道を、まだまだ歩きたい」と言っていた。

中盤でよく宿や道が一緒になったイタリア人のダーリオやチェチーリアやマクシミリアーノたち、カリオン・デ・ロス・コンデスから一緒になったカナリア諸島のダビッドやノエミ、前半やサン・セバスチャンでお世話になったモトさんらは、この数日でゴールしたようだ。

彼らはどういう心境でゴールしたのだろう? 

サンティアゴ・デ・コンポステーラでしばしくつろぎ、故郷に帰る者。
その先に続く、フィステーラ(地の果て)という村まで進む者。

いろんな人がいるが、僕らはどうだろう?
サンティアゴまで目前の今、気持ちやスケジュールと相談して、噛み締めて歩きたいと思う。

今日はペドロウソまで進む予定です。

続く。


「スペイン巡礼、少し面白そうだけど、日数がかかるんでしょ?」
「毎日毎日、体力的に歩き続ける自信がない…」

興味を持つ人の中には、そういう印象を持たれる方も多いと思います。しかし、実はそういう方には朗報があるのです。

まず、僕らがスペインでいま歩いている巡礼路は、数ある巡礼路のうち「フランス人の道」と呼ばれている最もポピュラーなもので、総距離784㎞を踏破するものです。

踏破の証拠として、巡礼者が携帯するクレデンシャルという巡礼手帳に各地でスタンプを捺してもらい、最後にそのスタンプをもとに「巡礼証明書」を発行してもらえます。

しかし、この「フランス人の道」は徒歩だとどうしても30~40日は必要となってしまう。忙しい現代、スペイン近隣諸国のフランスやイタリア、ドイツであってもなかなかそれだけの日数を取って歩くのは難しいという事もあるようです。

そこで、下記の方法でも「巡礼証明書」が発行される仕組みになっています。

・自転車でゴール手前から最低200㎞巡礼路を進む。
・徒歩で、ゴール手前から最低100㎞巡礼路を進む。
・騎馬で、ゴール手前から最低100㎞巡礼路を進む。

徒歩で100㎞の方法であれば、約1週間で踏破が出来るため、ゴールであるサンティアゴ・デ・コンポステーラから約100㎞手前であるサリアという町から歩き出す巡礼者も、非常に多くいます。(サリアへはマドリッドから夜行列車に乗ればすぐ着きます)

{A21FF381-F8D8-454C-89BE-B864826FBFFC:01}

1週間~10日くらいなら、会社によっては夏季休暇などと合わせて、なんとかなる方もいるのではないでしょうか?


サリアからスタートする人は、ピレネー山脈越えも、広大なメセタ(大平原)も歩く必要が無いので、荷物も少なめで大丈夫なように見えます。

ファミリーやカップル、仲間同士で歩き出す人も一気に増え、道の賑わいも増します。

少ない荷物、最低限の日程で、この巡礼路を少し味わい、それで巡礼証明書も手に入れる事が出来る。

{102DE5E3-7002-4EBC-8E68-A66DDA88196E:01}

{BB09BBDB-D926-4D24-B53D-D1159F95F131:01}

{EE14D249-9608-4EDF-B20B-6133F3593CB1:01}

{23D8E27F-6984-42CA-BA79-173A98306BA5:01}

興味があるけれど現実的になかなかまとまった日数が取れないという方は、検討してみる価値はあると思います!

ガリシア州に入ってから、巡礼者用の宿のシャワールームからドアが消えた。

男女それぞれのシャワールームに入るためのドアはもちろんあるのだが、例えば男性用シャワールームに入ってしまったあとは、ドアが無いのだ。

{4EB56B53-35ED-4FEA-8F47-E9AC1048E746:01}

よく、中国のトイレは壁が無いと話題になるが、ここらのシャワールームには壁はあれどもドアが無いので、誰がどうやってシャワーを浴びているか丸わかり!

日本には、銭湯や露天風呂などという素晴らしい文化があるので、我々日本人は他人に素っ裸を見られるという現象にやや慣れているものの、日本以外の国の皆さんはこの突然の「ドア無し」という現象に戸惑っているようで、ものすごい恥ずかしそうにしている。

僕がシャワーをし終わり、洗面所に向かって歩いていると、まだシャワー中の白人がビクッとしながらこっちを気にしてるのが分かり、少し気の毒になった。


それにしても、イタリア人のお尻を初めて見た。
しかし、ミケランジェロの彫刻のように美しくはなかった。

次は、最後の重要な町と、お手軽巡礼の話です。

今回、この巡礼路に来て、初めて知った自分のクセがある。
これまでの人生、自分でも気付かず、誰かに指摘されたこともないクセだ。
「人間、無くて七癖」という言葉があるが、ここにきてその一つを知ることになろうとは。

それは、どこかの店から出るとすぐに、「左に曲がる」というもの。
行き先がどこであろうとも、建物から出ると、100パーセントではないにしろ、左に行く傾向があるそうだ。

{155A98D2-4DF1-4C9E-AC1C-6A8883A6111B:01}

何故なのかは分からない。
妻に言われるまで、全くそんなこと意識したことも無かった。
だから最初は否定した。
「そんなことは無い」と。

しかし、この巡礼路を歩く毎日は、その名の通り、歩くのが日課だ。
歩き、建物に入り、出て、また歩きだす。
だから検証がしやすい。

「ほら、また」
「…!」

どうやら、その通りであるようだ。
こう書いてると、まるでそうプログラミングされたロボットみたいだが、本当にこれが事実であるならば、ロボットなんでしょう。
皆さんすみませんでした。

日本で僕と会う可能性のある人は、今度、そっと観察していてください。
真実を知ることができます。

次回は、ガリシア州のアルベルゲ(巡礼者用の宿)のシャワーには◯◯が無い!の話です。

続く。