プロ野球ファンとして,毎年欠かさず買っている選手名鑑があります。
 ミライカナイ発行の「12球団全選手カラー百科名鑑」という書籍です。

 


 ミライカナイと聞いてもピンと来ないかもしれませんが,「ai」や「ホームラン」という野球雑誌を発行している出版社と言えばわかりますでしょうか。
 かつては日本スポーツ出版社や廣済堂出版が出していましたが,いろいろあってミライカナイが引き継いだそうです。

 私はこの名鑑を,27年間買い続けています。
 プロ野球ファンになったのが1999年夏ですので,2000年から毎年になります。


 このラインナップは自慢です☆

 プロ野球の選手名鑑は,数々の出版社が出しています。この時期になると,どの書店にも専門コーナーが設けられていますよね。
 おそらく,週刊ベースボールや日刊スポーツが発行しているものが有名だと思いますが,私はあえてミライカナイのものにこだわっています。

 半分はコレクション的な意味がありますが,シンプルな紙面構成が好きなんです。名鑑なので,載っている情報は多ければ多いほど便利なのでしょうが,あまり詳しすぎて紙面が複雑になるのもよくありません。その点,この名鑑は厳選された情報を見やすく載せている点が秀逸です。

 また何よりも,27年経ってもデザインがほとんど変わらないのが良いのです。コレクターとしては,ビジュアル(とくに表紙)の統一感にこだわりたいのです。これが徹底されているので,これから何十年経っても同じ見栄えのものが集められるという良さがあります。

 ただ唯一,日本人メジャーリーガーが紹介されていないのが残念です。あくまで「プロ野球」の名鑑なので,メジャーリーグの選手が対象外なのはわかるのですが,付加情報として載っていると嬉しく思います。

 数ある名鑑の中で,どれを買おうか迷っている方,とくにこれから先も同じものを買い続けたいという方には,自信を持っておすすめできる名鑑です。

 スマホでいつでも情報が調べられる時代になぜ書籍なのか? という考えの方もいらっしゃると思います。それはそれでとても理にかなっている意見ですが,Web上のデータはリアルタイムの情報には強くても,歴史的価値という点では評価が下がります。数字上のデータはともかくとして,毎年の顔写真までもが残り続けることはありませんからね。そういう意味で,私は書籍の名鑑を買い続けています。

 昨日2月23日,天皇陛下が66歳の誕生日を迎えられました。
 おめでとうございます。

 日本を象徴する天皇陛下をはじめとする皇族の方々に,これまでの日本は支えられてきました。
 しかし,皇族の人数は年々減っており,今後の皇室を案じる声が多く聞かれるのも事実です。
 今回は,将来的に皇室を安定させるためにはどうしたらよいかを綴ります。

 ※かなり個人的思想の強い記事です。

  不快な方は読まれないことをおすすめします。
  また,特定の思想の方々を排除・非難する意図は持ち合わせておりません。



 皇室の現状と皇位継承

 現在,皇室には16名の構成員の方々がおられます。
 そのうち,男性は5名です。
 平成元年の時点では8名の男性構成員がいらっしゃいましたので,大きく減少していることがわかります。
 しかも,60歳未満の若い世代に絞ると,現在では秋篠宮皇嗣家の悠仁親王ただ一人となっています。(平成元年時点では8名中7名が60歳未満でした。)

 女性構成員は11名いらっしゃり,そのうち60歳未満は6名です。
 そのうち,秋篠宮文仁親王妃の紀子さまは今年の9月に60歳になられますので,60歳未満は近いうちに5名に減ります。

 皇室に関わる法律「皇室典範」において,皇位継承ができる(=天皇になれる)のは男性皇族のみとされています。

 皇室典範第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

 ちなみに,天皇及び上皇は皇室構成員ではありますが,皇族には含まれません。
 よって,今上天皇はもちろんのこと,上皇にも皇位継承権はないわけです。
 つまり,現時点で皇位継承権をもつ皇族は3名のみとなります。
 

皇位継承順位(2026年2月24日時点) 

皇位継承順位1位 文仁親王 60歳 天皇の弟
皇位継承順位2位 悠仁親王 19歳 天皇の甥/文仁親王の長男
皇位継承順位3位 正仁親王 90歳 天皇の叔父/上皇の弟

 


 皇位継承者の不足

 上記のとおり,皇位継承権をもった皇族は3名しかおらず,そのうち次世代に該当するのは悠仁親王のみです。

 皇室典範では,天皇の長男が皇太子となることが決められていますが,今上天皇には男子がいらっしゃらないので,その次に血統が近い弟の文仁親王が皇嗣という形で皇太子と同じような役割を務められています。
 つまり,次期天皇は今のところ文仁親王ということが決まっています。

 しかし,現実問題を考えたときに,今上天皇が崩御または退位されたとき,果たして文仁親王に天皇の役割を果たせるのかどうかは,慎重に考える必要があります。
 今上天皇と文仁親王は6歳しか離れていません。平成の天皇が85歳で生前譲位されたことから考えると,これくらいの年齢で天皇の役割を務めるのはかなり厳しくなってくることがわかります。その先代の昭和天皇も,86歳のときに体調を崩され,87歳で崩御されています。
 仮に今上天皇が30年間天皇を務められるとすると,その頃には89歳。文仁親王は83歳になっています。その段階で文仁親王が即位することが可能なのか,という懸念があります。即位できたとしても,次の元号はかなり早くに終わってしまうことになります。現に,文仁親王が皇嗣になられたばかりの頃,ご自身がそれと同じ趣旨の発言をされていたという報道もありました。

 そうなると,事実上の次期天皇は悠仁親王と考えることができます。
 悠仁親王が生まれた2006年まで,皇室では40年以上もの間,男性皇族が誕生しませんでした。
 文仁親王が生まれた1965年以降,皇室では9人連続で女性が誕生したのです。
 もちろん,このことに科学的根拠は一切なく,たまたま巡り合わせがそうだったというだけの話ですが,確率的にはあり得るということです。
 仮に将来,悠仁親王が子宝に恵まれご子息が誕生したとしても,男性が生まれる保証はどこにもないわけです。

 悠仁さまに何かがあったら皇族が絶滅してしまう……。そんな綱渡りの状態が続くのは大変危険です。
 じゃあどうするのか,という議論が,俗にいう「皇位継承問題」ですね。


 愛子天皇待望論

 世論では,今上天皇のご子息である愛子さまに次期天皇になってほしいという意見がとても多いようです。
 愛子さまは天皇家の直系であり,人柄や所作も大変美しく見えるので,天皇にふさわしいという意見はわからなくもありません。

 ただ,皇室典範で女性天皇は認められていないのです。
 皇室典範がなかった時代には,女性が天皇を務めたことが10例だけあります。
 しかし,それはすべて中継ぎ的践祚であり,次期天皇候補とされた男性皇族が成人するまでの間などに,スポット的に天皇を務められたのです。

 愛子さまと悠仁さまは6歳しか離れておらず,しかも悠仁さまも既に成人していますので,愛子さまが中継ぎ的践祚をする必要がないのです。

 さらに言えば,皇室典範を何とか改正して女性天皇が認められることになったとしても,それを現皇族に適用させるとは考えにくいです。おそらく,次世代の女性皇族から適用される形になるでしょう。
 どのみち,愛子さまが天皇になるという道はとても狭いと言わざるを得ません。


 女性天皇と女系天皇

 愛子天皇待望論が持ち出されるとき,それとセットで必ず議論されるのは,「女性天皇」と「女系天皇」の違いについてです。
 ここで整理しておきましょう。

 

「女性天皇」と「女系天皇」の違い 

女性天皇 … 天皇に即位した女性のこと。両親が皇族であるか否かは関係ない。
女系天皇 … 父親が皇族以外である天皇のこと。本人が男性か女性かは関係ない。


 初代・神武天皇以来,126代すべてにおいて,女系天皇が即位した例は1つもありません。厳密には,母親が皇族の天皇がいましたが,その天皇は父親も皇族でした。つまり,女系でもあり男系でもある天皇という例はありますが,女系のみという例は一度もありません。

 愛子天皇が誕生したとします。愛子さまは父親が天皇なので,男系天皇ということになります。このパターンは,前述のとおり10例あるので,やむを得ない場合はOKです。
 ただ問題なのは,その愛子さまの次の天皇をどうするのかということです。
 愛子さまは女性皇族なので,一般人の男性と結婚する可能性が高いです。そうなると,愛子さまのご子息はその時点で男系ではなくなるのです。
 女性皇族は国際結婚も認められていますので,極端な例として,愛子さまがスミスさんという一般男性と結婚したとします。そしてそのご子息に天皇を継がせた時点で,日本は神武天皇王朝ではなく,スミス王朝に変わるわけです。
 世界最長とされている2,600年間続いた王朝が,この瞬間に途絶えるのです。
 女系天皇がいかにあり得ないことかがわかりますね。

 現在継続的に議論されている「女性宮家の設立」についても,それをしたところで女系天皇を誘発するだけなので,まったく得策とは言えません。

 天皇は総理大臣とは異なり,人柄・能力・人気によって選ばれるものではありません。伝統と法律によって揺るがなく位置づけられているものなのです。
 「愛子さまが素敵だから」とか「秋篠宮家はいまいちだから」とかそういう理由で片付けられる話ではありません。


 養子案

 男性皇族の数が少ない,女系天皇もダメ,となると,皇族確保のために取れる策は1つしかありません。
 それは,旧皇族の復帰です。

 旧皇族とは,1947年まで皇族だったのに,GHQの指示によって皇族の身分を失い一般人に臣籍降下した方々のことです。
 このとき,昭和天皇の兄弟よりも血統が遠い宮家は,すべて皇籍離脱させられました。実に11宮家51名が離脱したのです。

 その中には,男系子息ができずに断絶または断絶見込みとなっている宮家もありますが,4つの宮家には現在でも男系の子息が残っています。この中には,愛子さまと同世代の男子も複数います。
 これらの男子を皇室に復帰させるというのが,今考えられる中では最適解と言えます。

 復帰というと語弊がありますが,正確には養子に取るという方法が最善です。
 現在皇室にいる女性皇族と結婚してもらっても良いですし,跡取りがいなくて断絶見込みとなっている宮家に養子に来てもらっても良いです。

 皇室典範では,皇室への養子は認められていませんが,その部分を改正すれば良いのです。どうせ改正しなければならないのなら,女系天皇を認めるよりもはるかに現実的な方法です。

 これらの旧皇族は,現皇族との共通の先祖まで600年遡ります。室町時代の皇族ですね。
 さすがに遠すぎる,という意見もありますが,血統に近いも遠いもなく,男系で血が繋がっているという事実だけで重要なのです。
 さらに,男系男子がいる旧宮家の中には,女系で明治天皇の血を引く方もいらっしゃるので,血統の遠さという懸念を補強することも可能です。

 皇室典範は国会が提起しなければ改正できません。有識者会議とやらで話を進めているような体裁だけは繕っていますが,実際には何も話が進んでいません。
 理由は簡単で,話が大きすぎるためにどの政権も手を出したがらない案件なのです。
 安倍元総理は,男系死守の考えが強い方でした。そのイズムを継承する高市総理に,何とか頑張ってもらいたいですね。

 

 

 

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建国記念の日【「建国記念日」ではない理由】

 先日,「映画ドラえもん のび太の絵世界物語」がテレビで放映されました。
 2025年に公開された映画ですが,映画館で見たことがない作品だったので,この機に視聴してみました。

 ※本記事には,わずかながらネタバレが含まれています。
 

 

 

 ストーリーの詳細はここでは割愛しますが,視聴した感想を綴ります。

 出だしの部分で,外国の少年少女が登場します。この映画のメインキャラなのだということはすぐに理解できましたが,妙に少女アニメっぽい作画だったのが気になっていました。「違うチャンネルをつけてしまったのか」と思ったほどです。ドラえもんのアニメを見たのが久しぶりだったので,「最近のドラえもんはこんな作画なのか」とも思いました。しかし,話が進んでいくに連れ,これは絵世界の物語だから,あえてそういう作画にしていることがわかりました。

 近年のドラえもん映画では,オープニングテーマが流れることがなく寂しい思いをしていましたが,なんと本作ではちゃんとオープニングテーマがありました! 2019年の「月面探査記」以来のことだそうです。
 やはりドラえもん映画にオープニングテーマは欠かせないと再認識しました。

 ストーリー展開は,のび太たちが異世界に足を踏み入れ,新しい仲間と平穏な時を過ごすも,やがてそこに悪の手が入り込んでくる,という王道展開でした。ドラえもん映画はだいたいこのパターンですが,何十年も続いていながら,手を変え品を変え,毎回真新しさを提供する製作スタッフは,本当にすごいと思いました。
 舞台となるのは,宇宙・海・空・地底・過去の世界などさまざまですが,今回は「絵の中の世界」という斬新な題材で攻めてきました。

 イゼールという悪魔がラスボスで,最後は皆で力を合わせてそれをやっつける,という展開までは当然予想できましたが,ラストでクレアと別れを余儀なくされる場面は,感動を誘いました。現実世界に戻るわけなので,どんな形であれ別れが訪れるのは必然なのですが,その別れの形がとても意外で悲しいものなのです。(厳密には「別れ」と言うと語弊があるのですが,ネタバレになるので,これ以上は言及しません。)

 さらに最終盤。現実の世界に戻ったあとの野比家での1コマ
 のび太が描いた絵について,パパが評価を述べるシーンがあります。このシーンがとても秀逸で,本作の最大のメッセージになっているものでもありました。
 のび太はたしかにあらゆることにおいて能力が低く,もちろん絵も下手です。しかし,下手な絵だからこそ,このメッセージの説得力を高めていると言えます。

 エンディングで,キャストロールを見たとき,サンドウィッチマンの2人がゲスト声優として出ていることを知りました。本編ではまったく気付かず,何の違和感も抱かなかったので,この2人は声優としても高い才能があることがうかがえました。

 ドラえもん映画は,新作でも原作にモチーフとなった作品があることが多いのですが,本作にはそういったものはなく,完全オリジナル作品となっています。
 しいて言えば,コミック19巻に登場した「絵本入りこみぐつ」という道具がモチーフになっていると考えられますが,あちらは「ドラビアンナイト」でキーアイテムとして使われましたので,本作ではあくまで部分的な想起と言えます。

 笑いあり,緊張感あり,感動ありのバランスが取れた作品で,最初から最後まで楽しく視聴しました。数年前は,毎年映画館に見にいっていたのですが,最近はご無沙汰していました。来週から公開される「海底鬼岩城」,久しぶりに見にいってみようかしら。

 

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 「超宇宙刑事ギャバンインフィニティ」第2話の感想です。

 第1話の感想はコチラ↓↓
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 第1話の最終盤に登場したギャバンブシドーが,インフィニティと対峙する場面からスタートしました。
 ブシドーに変身する哀哭院刹那は,人間体でも武士のような出で立ちで,刀を持って戦います。独自性があってかなり良いキャラクターだと思いました。

 その哀哭院が,弩城怜慈に助けられたことで心を許します。
 最後に弩城に頭を下げるシーンは,いかにも武士っぽくてよい演出でした。
 ただ,完全に仲間として共闘するようになるのかは,まだわかりません。

 そして目玉である蒸着のシーン。
 インフィニティの蒸着は簡略化されており,今回はブシドーに焦点が当てられました。
 変身プロセスの紹介は,インフィニティ以外のキャラクターでもやるのか? と意外な演出に驚きました。
 変身後は二刀流で戦うさまもかっこいいですね。

 3人目のルミナスは,今回も登場しませんでした。
 次回予告ではしっかり映っていたので,次回が初披露となりますね。
 3人のギャバンが勢ぞろいするのかどうかにも注目が集まります。

 今回もオープニングはありませんでした。
 こちらは,3人がそろった時点で解禁されるのでしょうね。
 なので,早ければ第3話,ひょっとしたら第4話からの登場になるかもしれません。

 オープニングはありませんでしたが,エンディングは初登場しました
 スーパー戦隊でおなじみの,メンバー全員がダンスするという映像でした。
 ここでは本編でのキャラが崩壊する演出が見ものだったのですが,哀哭院に関しては終始仏頂面で踊っているのが面白かったです。悲しみをモチーフにした戦士という設定を徹底しているのですね。

 第3話も楽しみに待ちたいと思います。

 

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 来週、歯のインプラント手術を受けることになりました。

 事情があって、下の奥歯が1本ないので、そこを埋め合わせるための手術です。

 

 歯が植っていた骨にネジを刺して、そこに義歯をはめ込むという、聞いただけでおぞましいものです。麻酔が効くので、痛みはないらしいのですが、そうは言っても…という感じですよね。

 親知らずを抜いたときのように、事前に動画で予習しておきます。

 

 それよりも辛いのは、この手術は保険適用外で完全自費になることです。軽く何十万はかかります。

一括で払える額ではないので、デンタルローンなるものを組むことにしました。

 それでも出費として痛いことには変わりなく、そんなお金があったら、もっとしたいことが山ほどあったのに…と思えてなりません。

 

 数か月がかりの大治療になるそうなので、覚悟を決めるようにします。

 

 手術の報告は、追って投稿しますね。

 40年ほど前に,NHKの「おかあさんといっしょ」で放映されていた「こんなこいるかな」というコーナーをご存じでしょうか。

 12人の個性的な子どもキャラクターが主人公のアニメで,ギャグ要素と教育的要素がミックスされた作品です。
 1人のキャラクターに対して,複数のショートストーリーが用意されています。それを1日に3本ずつランダムで流していました。


 私が小学校低学年の頃,のめり込んだのを覚えています。
 販売されていた絵本はもちろんのこと,アニメの音声だけを収録したカセットテープや指人形もすべて持っていました。

 

 


 キャラクターは以下の12人です。

いやだいやだのやだもん
⇒何を言われても「やだも~ん」と返す天邪鬼。

こわがりやのぶるる
⇒過剰に怖がり。

いたずらっこのたずら
⇒いたずら大好き。

わすれんぼうのぽっけ
⇒忘れ物,落とし物がとても多い。

くいしんぼうのもぐもぐ
⇒食いしん坊で,いつも何か食べている。

ちらかしやのぽいっと
⇒とにかく後片付けができない。

あいでぃあまんのぴかっと
⇒ことあるごとに何かをひらめく。

がんばりやのがんがん
⇒無理だと思われることにもひたむきに頑張る。

まねっこのまねりん
⇒人や動物の真似ばかりしている。

しりたがりやのなあに
⇒好奇心旺盛で,どんなことでも知りたがる。

わらいんぼうのげらら
⇒真面目な場面でも笑ってしまう笑い上戸。

いつもしんせつなはっぴ
⇒困っている人を見ると放っておけない。

 実は,前半の6人が初期メンバーで,後半の6人は追加メンバーなのです。
 前半組は欠点が目立つのに対して,後半組は長所が目立ったりポジティブだったりします。
 それぞれの特徴が過剰なくらいに前面に出ており,その特徴を生かしたギャグストーリーになることもあれば,「人の嫌がることをしたら自分に跳ね返ってくる」ということを教えるような風刺の効いたストーリーのときもあります。

 彼らに振り回される位置づけのサブキャラクターもいます。
 それは,犬のぺろと,猫のみゃーです。
 2人(2匹?)とも常識的な性格で,人間と同じようにしゃべります。

 私は小学生の頃に一度だけ犬を飼ったことがあるのですが,その犬に「ペロ」と名付けました。……どうでもいい話ですね。

    これ,ペロちゃん

 その「こんなこいるかな」が,新作で復活するとのニュースがありました!
 今年の3月30日スタートだそうです。 

 当時の作品をどのように新作に仕上げてくるか,楽しみですね。
 同じキャラクターが登場するのか,ガラッと変えてくるのか,はたまた新キャラが登場するのか。当時の声優さんたちは今も存命ですが,高齢なので,続投するのかしないのか。神曲(と個人的に思っている)のテーマソングは変わらないのか。
 期待が止まりません。

 多様性が叫ばれている昨今,個性的なキャラクターがどのように描かれるのかにも注目です。
 元祖では,個々のキャラクターの共演は実は一度もありませんでした。唯一,オープニングアニメでは共演していましたが,本編はすべて1人の主人公のみで進行していました。新作では,共演するストーリーなんかも見られるかもしれませんね。

 古き良き作品を,令和になった現代でも形を変えて再び見せてもらえるのは,本当に感慨深いものです。他の昭和の名作にも,どんどんスポットライトを当てていってもらえると嬉しく思います。

【紹介】
 長渕剛さんのアルバム未収録曲を紹介します。
 今回は1977年から1983年に発表された曲を扱います。
 1977年に長渕剛として「雨の嵐山」でデビューして,一旦は活動を断念するも,翌1978年に「巡恋歌」で二度目のデビューを果たします。そこからわずか2年でトップシンガーに踊り出て,ロック期に本格的に転換する直前までの期間になります。
 アルバム未収録曲シリーズでは,シングル曲はもちろんのこと,カップリング曲や,公式音源化されたライブオリジナルの曲も扱います。


【曲紹介】 ※曲名後のアルファベットは,個人的な5段階評価です。
  1. 雨の嵐山(1977年) A
 前述のとおり,1回目のデビューでリリースされた曲。
 当時はほとんど売れなかったが,1988年にCDで再リリースされた。
 フォークというよりも演歌調の曲で,特定の地での出来事を描いた歌詞となっている。
 ただし,レコーディング前の原曲はまったく異なる曲調だったらしい。
 声がきれいに透き通っていて,当時から歌手としての才能を垣間見ることができる。

  2. わたし春を待ってます(1977年) B
 「雨の嵐山」のカップリング曲。
 終始ギター1本の弾き語りとなっている。
 辛い冬を乗り越えて春を迎えようとするライフソングの形となっている。

  3. 帰り道(1978年) B
 「巡恋歌」のカップリング曲。
 曲調は,カントリー調の軽快なフォーク。
 前半では女性との同棲生活の楽しさを,後半では将来への不安と決意を歌っている。
 2番のサビで,長渕さん自身のセリフ回しが登場するのがレア。

  4. ジェック・エンジェル(1979年) D
 「俺らの家まで」のカップリング曲。
 アメリカでの放浪生活を描いたフィクション。
 初期の曲では,「カントリーワルツ」や「Poor Boys Blues」を彷彿させる。

  5. 恋のランデブー(1979年) C
 「祈り」のカップリング曲。
 歌謡曲調だが,ロックのテイストも混じっている。
 男が女を口説こうとする物語になっている。

  6. 春待気流(1980年) B
 4枚目にリリースされたシングル曲。 
 ポジティブなラブソングになっている。
 軽快なポップス調が,タイトルや歌詞によくマッチしている。
 後年のライブで演奏されることはまずないが,2004年の桜島ライブでフルバンドで演奏された。

  7. 冬の海(1980年) C
 「春待気流」のカップリング曲。
 長渕さん一流の失恋ソングとなっていて,曲調も終始暗い雰囲気。

  8. 涙のセレナーデ(1980年) A
 「順子」のダブルA面曲。
 こちらも失恋ソングだが,1番も2番も女性視点の歌詞になっているのが特徴。
 典型的なフォークで,2ビートの重厚なリズムが印象的。

  9. Da! Da! Da(1980年) C
 「ヒロイン」のカップリング曲。
 訣別と未来への決意を歌った曲で,軽快なフォークロック。
 歌詞や曲調が,どことなく「逆流」を彷彿させる。

 10. 夏祭り(1981年) A
 ライブオリジナル曲。スタジオ音源はリリースされていない。
 線香花火をイメージした飛び散るようなスリーフィンガーが印象的。
 長渕ギターの代表とも言える曲。
 1995年の弾き語りライブで久々に歌われて以来は,定番曲となっている。

 11. 俺らの旅はハイウェイ(1981年) A
 同じくライブオリジナル曲。
 軽快なスリーフィンガーとそれに乗っかるラップスティールのハーモニーが魅力。
 ドライブしながら聞きたい一曲。
 2000年代にはライブでも頻繁に演奏された。

 12. しゃぼん玉(1981年) A
 ライブオリジナル曲。
 1991年のシングルとはまったく別物。
 1991年版が都会の憤りを歌っているのに対して,こちらは切ない失恋ソング。
 後奏で,童謡の「しゃぼん玉」がブルースハープで演奏されている。

 13. さようならの唄(1981年) C
 こちらもライブオリジナル曲。
 まさにライブの〆のために作られた曲。
 近年のライブでも,ダブルアンコールで出てきて歌うことが多い。

 14. 夏の恋人(1981年) A
 7thシングル曲。
 オルガンから始まるイントロが印象的な,軽快なフォークロック。
 歌詞には,夏を連想させるワードがふんだんに出てくる。

 ドラマ「RUN」でオカマの源ちゃんを演じていた山梨鐐平さんとの共作となっていることも特筆事項。あの方,ミュージシャンとしては一流の方なんですよねぇ。

 15. クレイジー・ボーイ(1981年) B
 「夏の恋人」のカップリング曲。
 女性を自分のものにしようと奮闘する男の話。
 かなりロック色が強いものとなっている。
 2009年のライブで,ブルージーさを前面に出したアレンジで歌われた。

 16. 少しだけほほえみが(1981年) A
 「二人歩記」のカップリング曲。
 人生へのつまずきと,それに立ち向かう前向きさが歌われている。
 シンプルな弾き語りながらも,よく響く歌詞が乗せられている。

 17. 花いちもんめ(1982年) A
 9thシングル曲。
 ハードボイルドな男女関係を歌った曲で,1から10までの数え唄になっている。
 曲調も激しめで,Bメロからサビにかけて多彩なコードが使われている。

 18. 日めくりの愛(1982年) A
 「花いちもんめ」のカップリング曲。
 A面とは打って変わって静かなバラード。
 ライブで歌われることはほとんどないが,
 カップリング曲の中では群を抜いた名曲と言える。

 19. 恋人時代(1983年) A
 10thシングル曲。
 歌謡曲調のフォークロックとなっている。
 過去の恋愛の思い出を淡々と綴っている。1番の冒頭と2番の最後の歌詞がリンクしている流れが秀逸。

 20. Hurry Up(1983年) B
 「恋人時代」のカップリング曲。
 激しいロックナンバーで,「クレイジー・ボーイ」に近い曲調。
 女性を乱雑に口説こうとする歌詞は,「恋のランデブー」と似ている。
 曲が終わるや否や,「どしゃ降りRainy Day」のイントロが始まり,すぐにフェードアウトする。ライブを意識した雰囲気を作ったものだと思われる。

 21. GOOD-BYE青春(1983年) A
 11thシングル曲。
 長渕さんの初主演ドラマ「家族ゲーム」の主題歌に起用され,「順子」以来のヒットを果たした。
 歌謡曲調のフォークで,ディレイの効いたサウンド,前奏と間奏で使われるケーナ,大きく動き回るベースなど,フックの多い曲となっている。
 2004年桜島ライブでは原曲に近いフルバンドで演奏され,それ以降は弾き語りなどでたまに歌われるようになった。


【レビュー】
 これら21曲は,オリジナルアルバムには収録されていません。そのため,ライブアルバム「LIVE」とベストアルバム「夏の恋人」「FROM.T.N」で一部を聴くことができただけでした。シングルはLPでしかリリースされていないので,後年のファンにとってはカップリング曲を聴く機会に恵まれませんでした。しかし,1997年にカップリング曲を含む全シングルをまとめた「SINGLES」がリリースされ,そこでようやく日の目を見ることになりました。この「SINGLES」は,長渕剛入門者にとっては必聴の版です。

 

 


 初期の曲なので,全体的にはフォークや歌謡曲調のものが多いですが,たまに収められているロックナンバーが良い刺激になります。
 曲紹介でも書いたように,「日めくりの愛」は,長渕フォークの真骨頂とも言える名曲です。

 2009年の30周年弾き語りライブでは,ファンからのリクエストコーナーがあり,普段は絶対に歌わないような曲がたくさん演奏されました。
 私が見にいった静岡公演では,上記の中から「恋人時代」と「日めくりの愛」が歌われました。個人的お気に入りの「日めくりの愛」を演ってくれたことには度肝を抜かれました。一生の自慢になると言っても過言ではありません。

 ここから長渕サウンドはロック期へと転換していきます。
 1984年以降のアルバム未収録曲についても,ある程度まとまった時期にレビューを書きたいと思います。

 前6作のレビューも投稿しています。関連記事として,ぜひお読みください。

 「風は南から」

 「逆流」

 「乾杯」

 「Bye Bye」
 時代は僕らに雨を降らしてる」

 HEAVY GAUGE」

 ドラゴンボール考察シリーズ第4弾です。

 第1弾:セルジュニア戦の考察
 第2弾:悟空を生き返らせる方法

 第3弾:悟空はセルに勝てたのか
 も併せてお読みください。

 今回もセル編からの考察です。
 テーマは,「16号の自爆について」です。
 なお,このシーンはコミック34巻に登場します。

 

 


① 16号の自爆とは?

 セルゲームで悟空の後を継いでセルと戦うことになった悟飯。
 しかし,戦うこと自体にためらいがあった悟飯は,本領が発揮できずにセルに押されます。
 そこに,突如16号が飛んできてセルに抱きつきます。16号は人造人間なので気を持たず,抱きつくその瞬間まで,誰も16号の動きを感じ取ることができていませんでした。セル自身も不意を突かれた形となりました。
 16号は,「セルとともに自爆する」と宣言して,セルとの相打ちを試みますが,なぜか自爆できません。
 クリリンが事情を説明します。セル第2形態との戦いで体が破損した16号は,たっての頼みでカプセルコーポレーションで自分を修理してもらっていました。その際,体内に自爆装置があることを見つけたブリーフ博士が,「物騒だ」と言って取り除いてしまったのでした。
 結局,作戦が不発に終わった16号は,セルのエネルギー波で頭部を除いて全身を吹き飛ばされてしまいました。


② もし自爆できていたら……

 爆弾が取り除かれてしまったことによって不発に終わった自爆ですが,もし爆弾が体内に残っていて,16号が自爆することができていたら,どうなっていたでしょうか。
 ここにさまざまな考察ポイントがあります。
 キーワードは,「自爆の威力」「巻き添え」「セルの核」です。

 16号は,自爆を試みる直前に,「お前たちまで巻き込んで犠牲にしまうことを許してくれ」と述べています。このことから,16号の自爆は,対象物のセルだけでなく,周りの人間たちをも巻き込む威力であることがわかります。
 「犠牲に」という言葉は,巻き添えを喰った人たちにダメージを与える程度ではなく,命をも奪ってしまうことを意味します。
 これは並大抵の威力ではありません。そんな自爆を至近距離でまともに受けたら,さすがのセルも無事では済まないはずです。現に,16号が自爆を宣言したとき,セルはかなり焦った表情をしています。
 16号はコンピュータなので,戦力差の計算も緻密にできるはずです。第2形態セルにボコボコにされた16号が,本来であれば完全体のセルに敵うはずもありません。それでも自爆で倒せる算段があったのであれば,それは実際にそのとおりなのでしょう。

 そこで問題になってくるのは,セルの再生能力です。セルの体内には核があり,それが無傷であれば,ピッコロの能力で何度でも再生できるのです。ベジータ戦や悟空戦で,その再生能力は実証済みです。
 16号の自爆を喰らったとして,セルの体は一部,または大半が破損すると考えられます。しかし,核が無事ならば再生できてしまいます。
 セルの核がどこにあるのかは諸説あります。本人は頭部にあると明言していますが,悟空の瞬間移動かめはめ波を喰らったとき,上半身が吹き飛ばされたのに再生できていました。一説では股間にあるなんていう話もありますが,確かなことではありません。今回の議論ではあまり重要ではないので,それは置いておきます。

 16号の自爆によってセルの体が木っ端みじんになるなら話は別ですが,一部でも細胞が残ってしまえば,再生してもおかしくはないわけです。
 セルの体が破損して,再生するまでにはある程度の時間を要するわけで,その瞬間に悟空とか悟飯とかがセルを攻撃すれば,再生する間もなく倒せます。16号は,それを見越した可能性が高いです。


③ 自爆タイミングがもっと遅かったら……

 次は,私の個人的な趣で恐縮です。
 16号が自爆を試みたのは,セルがセルジュニアを生み出そうとしたときです。そこに16号が横やりを入れる形でセルジュニアの産出が中断されました。
 では,16号が自爆を試みるのがもっと遅かったら,どうなっていたでしょうか。
 これは容易に予想できますが,セルジュニアが1体余分に産み出されて,16号もセルジュニアと対峙していたことになります。セルジュニアは,こちらの記事で考察したように,第2形態セルよりもはるかに強いです。その第2形態セルに敵わなかった16号では,セルジュニアには手も足も出ないでしょう。修理されてからセルゲームまで,とくにパワーアップイベントもなかったですからね。そうなった場合,16号はセルジュニアを相手に自爆を試みていたかもしれません。完全体セルを倒せる可能性があるほどの自爆であれば,セルジュニアなら1体と言わず,数体まとめて破壊できていたかもしれません。
 ただ,この展開になると,悟飯が覚醒するきっかけがなくなってしまうのです。あとはピッコロあたりが殺されるのを待つくらいになります。ピッコロはドラゴンボールで二度と生き返れないので,そんな展開だと,名場面にはなるでしょうが,ちょっと重すぎますね。
 16号の自爆未遂のタイミングは,そういう意味で絶妙だったと言えます。


④ 伏線回収

 最後は,少しメタ的な話をします。
 16号は前述のとおり,セル第2形態との戦いで体が破損したときに修理を懇願します。そして,「必ず役に立ってみせる」と誓いました。
 製作者側からしたら,この場面の伏線を回収する必要があります。せっかく16号を修理してセルゲームにまで参加させたのに,何の見せ場もなく終わらせてしまうわけにはいかなかったのです。
 その回収が,この場面でなされたというわけですね。
 自爆は不発に終わってしまいましたが,そのあと,頭部だけの状態で悟飯に戦うことの必要性を諭しながらセルに踏みつぶされ,悟飯覚醒の直接的なきっかけを作りました。この功績だけでも,16号は「役に立った」と言えます。

 16号は,原作に出てくる人造人間の中ではいちばん強いですが,性格は穏やかで,悟空とセル以外に敵意を向けたことはありません。むしろ善人の類に入ります。
 そんな16号が,セル戦のあとも生き返った描写がなく,現状がまったくわからないというのも,何か寂しい気持ちになります。「超」あたりで17号よろしく再登場してくれることをひそかに期待しています。


 以上が,「16号の自爆」に対する考察です。
 「自爆できていれば,セルを倒せた可能性が高い」というのが,私の出した結論です。
 ただ,自爆に成功してセルを倒したら,悟飯は超サイヤ人2に覚醒せずに終わってしまうので,7年後の魔人ブウ編が苦しくなるのは言うまでもありません。
 ……と,メタ発言もこれくらいにしておかなければいけませんね。

 次回は,天津飯の新気功砲について考察する予定です。気が変わったらごめんなさい。
 お楽しみに!

 

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 いよいよ「超宇宙刑事ギャバンインフィニティ」が始まりました。
 第1話を見た感想を述べたいと思います。

 

補足(2026年2月22日加筆) 

第2話の感想もこちらに投稿しています↓↓

ギャバンインフィニティ第2話を見た感想


 スーパー戦隊ロスが心配される中,今までと同じ赤色の主人公が戦うということで,多少は緩和されている感じがしました。あえて赤色にしたのには,そういう意図もあったのでしょうね。

 ストーリー自体はぶっ飛んだものではなく,王道ヒーロー寄りだと感じました。
 ただ,のっけから登場人物が多すぎて,情報の整理が追いつきません。これは子どもが見ても理解できるのかな?という懸念は残りました。

 変身シーンと戦闘シーンが,元祖をオマージュしている点はよかったです。変身プロセスの振り返りは,旧来のファンなら思わずニヤリとしてしまう場面だったでしょう。
 ただ,プロセス振り返りの前の普通の変身シーンは,もっと丁寧に描いてほしかったです。変身者以外の要素を一切映さず,しっかりタメを作って,変身してもらえるとよかったです。
 変身というのは一つの儀式にするべきであって,戦いの流れで気付いたら変身していたという描写は好きではありません。
 戦闘シーンは,ギャバンのセリフ回しがとてもよかったです。いかにも昭和ヒーローが言いそうなセリフを惜しみなく出してくれていましたね。

 第1話の最後に,ギャバンブシドーが一瞬だけ登場して終わりました。こちらは銀色のギャバンなので,「これぞまさしく!」という余韻を残しました。ただ,ブシドーの方は好戦的な描写だったので,これをストーリーにどう絡ませるのか,期待できます。
 また,今回は登場しなかったギャバンルミナスも,次回は登場するでしょうから,こちらも楽しみです。

 このまま視聴を続けるかどうかは,あと数話見てから判断したいと思います。

 

 

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 今日2月14日はバレンタインデーです。

 バレンタインデーと言えば,女性が男性にチョコレートを贈る行動が象徴であり,「本命チョコ」「義理チョコ」などの言葉もあるように,今や恋愛イベントのひとつとなっています。

 日本におけるバレンタインデーの起源は1950年代末期で,もともとは男女関係なくチョコレートを贈り合うというものでした。
 また,発祥地であるキリスト教圏では,贈るものはチョコレートに限定していません。
 つまり,日本でいうところのお中元やお歳暮みたいな扱いだったわけですね。
 それがいつしか現代の形に固定化されたと言われています。

 いい年になってバレンタインチョコなどもらうことがなくなった私ですが,子どもの頃はクラスメイトからもらおうと躍起になっていたことを思い出します。
 生意気にも,ホワイトデーのお返しでは,くれた女子を勝手にランク付けして,返すチョコレートの値段を変えたりもしました。今思うと,人でなしと言われても仕方がないくらいに残酷なことをしていました……。

 ホワイトデーと言えば,子どもの頃にはおかしな勘違いをしていました。
 「ホワイトデー」という名前から勝手に連想して,お返しにはホワイトチョコを返さなければならないものだと思い込んでいたのです。
 本来であれば,クッキーやキャンディを返すことが多いのだそうですね。

 最後に,バレンタイン関連で,紹介したい曲があります。
 クリスマスと違って,バレンタインソングって意外に少ないんですよね。
 そんな中,私が大好きな1曲があります。
 嘉門達夫さんの「ブルーバレンタイン」という曲です。

 あまり有名な曲ではありません。アルバムの中の隠れた名曲の位置づけです。
 嘉門達夫さんと言えば,「替え唄メドレー」や「鼻から牛乳」といったコミックソングが代表曲なので,そういうイメージが強いと思いますが,実は真面目な歌も結構たくさん書いているのです。
 その1つが「ブルーバレンタイン」です。
 ある女子学生の視点から描かれており,バレンタインデーに片思いの男子にチョコレートを渡したいけど,結局渡せなかった,という切ないラブソングです。
 ブルース調のバラードで,ギター,ピアノ,そしてストリングスがとてもいい感じに混じっているのです。
 この季節にぜひ聴きたいおすすめの1曲です。
 この曲は,「天賦の才能」というアルバムに収録されています。