店は人で変わる。
先月、「Club小羊」の売上が大台を超えた。
なんと、この大台を超えたのは
2009年12月以来約2年半ぶり。
しかもジンギスカンブームの後はこれっきりで、
その前は2005年11月。
ちょうどジンギスカンブームが終わりかけの頃だ。
絶頂期は8坪で400万越えは
当たり前だったが、
それは1年ももたなかった。
まさに坂を転げ落ちるように
どんどん売上が落ちていき、
恵比寿のまわりのジンギスカン屋は
次々と業態変更したり、閉店していた。
「Club小羊」も
何度も業態変更を検討した。
でも、諦めずに続けてきた。
肉の味には自信があったし、
アルバイトだけで
店が運営できるシステムも捨てがたかった。
ところが、
今回の売上達成で
アルバイトだけで運営できるシステムという
考えが根本から間違っていたと
気づくことができたのである。
今年の初めからある人にマネージメントを任せて
メニューから掃除から接客から
何から何まで見直してみた。
メニューは
「ラム肉と赤ワイン」をテーマに
焼き肉屋っぽいサイドメニューから
生ハムやリエット等
ワインに合うサイドメニューに変更。
開店前2時間の掃除に加えて
閉店後の2時間も掃除に費やした。
積極的にサービスをしないのが売りのように
勘違いされていたが、
お客様が喜ぶサービスをする。
など、
当たり前のことをしただけだ。
この当たり前のことをしていなくても
安定した売上をキープしていたことに
あぐらをかいていた。
正直
ジンギスカンブームの頃の売上が
異常であって、
もうあの頃の売上には戻れないとも
思っていた。
でも今回の結果で
店は人で変わることを再認識した。
メディアに出なくても
ブームが終わっていても
ちょっとした工夫と
当たり前のことを一生懸命やることで、
ちゃんと結果が出ることを証明してくれた
マネージャーを尊敬します。
この売上をこの先何ヶ月もキープできたら
詳細のからくりを発表したいと思っています。
意識と結果。
今日から6月ですね。
ということは、昨日は月末だったわけで、
売上報告をドキドキしながら待っていた。
といっても
弊社はそんなに数字ばかり追いかける
社風ではないので、
ゆるりとなんとなく現場が勝手に目標をたてている。
そう。
会社が与えた目標ではなく、
現場のスタッフが勝手にたてている目標なので、
個々の意識が左右する。
どんな仕事でもそうだが、
特にこの仕事は
現場の個々の意識が非常に重要で
絵に描いたようにちゃんと結果に表れる。
弊社が運営する店舗は
業態もメニューもカラーもまちまち。
方向性やコンセプトさえ決めて、
想いを理解してもらえれば
よっぽど変なことではない限り、
ほとんど自由にやらせている。
もちろんイラっとくることもあるし、
なんでできないんだろうとか、
なんでこんなことやっちゃうのってことは
たまにあるけれど、
致命的な失敗じゃない限り
押しつけたとしても
本人が気付いて動かないと
最終的にはその場限りであって
長くは続かないからだ。
でも一つだけ
許せないことがある。
売上が落ち始めた店舗に限って
「連休明けだから・・・」
とか
「世の中、不景気だから・・・」
とか
「宣伝が足りない」
というように
自分の非をいっさい認めず
原因を他のところにもっていく。
あげくの果てには
「看板がないからお客さんが来ない」
え~っと、ウチの会社は看板出さずに
15年やってるんですけど・・・
しかも同じ会社の他店舗は
同じ条件下のもと
売上を着々と伸ばしている。
売上が上がれば自分の手柄。
売上が下がれば会社のせいだったり
世の中のせい。
そんな風に考えてしまうと
成長の可能性は極めて低い。
いくら自由にやらせていても
そうなる前に手を打つのが
私の役目なのだと認識している。
なんだかグチグチと愚痴ってしまったので、
前向きな話をしよう。
昨日は目標達成するかしないか
ビミョーな「月世界」を調査。
調査といいっても
ただ、飲んで食べてるだけだが・・・
この店は料理長も店長も意識が
非常に高いし、
アルバイトとの連携もきちんととれている。
私がこの店の素晴らしいと思っているところは
ここの厨房はクローズであるにもかかわらず、
料理の注文が入っていないときは
料理人も全員ホールに出てきているというところだ。
黒のコックコートを着た
ガタイのいいオトコたちが並んで
満面の笑みでお客様を迎える。
ドリンクの追加もとるし、
お客様とお話もする。
自分の担当は料理だとか
ドリンクだとか会計だとか
決めないで、
手の足りないところを
みんなで積極的にフォローし合っている。
こういったスタイルは
理想的ではあるが、
これは決して私が指示したわけではない。
現場の人間が試行錯誤しながら
作り上げたスタイルである。
ところが、店によっては
注文が入っていないときは
ここぞとばかり翌日の仕込みを始める
料理人もいる。
これが悪いことだとは言わない。
料理人が全員、
ホールに出るのが好きなわけではないし、
空いている時間を利用して仕込みをすることによって
クオリティの高い料理を提供できる可能性もある。
すべては意識の問題である。
結局、月世界の売上報告は
あと18000円という
非常におしい結果だったが、
なんとなく気分のいい月末だったな~。
私が社長になったわけ
ぶっちゃけ「私が社長になったわけ」なんてない。
幼少の頃から父親の仕事の関係で
転々としていたため、転校ばっかり。
最初に入学した大学も3ヶ月で中退。
社会人になってからも
10年間で9回転職。
何をやっても長続きしなかった私が
15年も社長をやっている。
起業したきっかけは
社長になりたかったわけではなく、
現状から逃げ出したかっただけに過ぎない。
でも、人って不思議なもので、
自分の立ち位置がしっかり見えたとき
実力を発揮する生き物なんだと
つくづく思う。
「逃げ」から始まった起業だったが、
流れに逆らわずに前進していたら
こんな風になってしまった。
なので、
まったく何の参考にもならないかもしれませんが、
お時間があれば読んでみてください。
本日アップしていただきました。
「私が社長になったわけ」
http://www.dd-magazine.net/2012/05/ws_11.html