イイコな女社長 ~半歩先の食探し~ -34ページ目

四十八才の春だから♪

祐天寺の二階の事務所の窓の外には

立派な桜。



毎年、この時期になると

この桜の変化を観察して

春を感じている。



今日の桜は7分咲きというところでしょうか?



イイコな女社長 ~半歩先の食探し~-桜



この桜を見ていたら

ふと、「元祖天才バカボンの春」の歌が

浮かんできた。



気になって仕方なかったので、

歌詞をしらべてみた。



『枯葉散る白いテラスの午後三時

じっとみつめて 欲しいのよ

特別の愛で ふるえて欲しいの

四十一才の春だから

元祖天才バカボンのパパだから

冷たい目で見ないで


粉雪舞う青い窓辺の午後三時

じっとたえて 欲しいのよ

特別の愛で 燃えて欲しいの

四十一才の春だから

元祖天才バカボンのパパだから

冷たい涙流さないで』




うきうきした私の気持ちとは裏腹に

よくよく考えてみると

全然春っぽくない歌だし、

四十一才の春だから

なんなのか

私にはさっぱり分からない。



どうも私には

赤塚不二雄さんのような

天才肌の方が考えているようなことは

全く理解できないらしい。




「元祖天才バカボンの春」の歌が

浮かんできたわりには

何も共感できず、

感性の鈍い私でも

四十八才の春だから

言っておきたいことがある。




四月になると

ニュースとかで新入社員の記事とかを

見るわけだが、

いったいこの中で何人の人間が

この新入社員のときの気持ちを

持続することができるのだろう。





私は20代のときに

9回転職した。



大企業に就職して

定年退職まで会社にすべてを捧げる

エリートにとっては

いわゆる落ちこぼれである。



どんな仕事をしてきたのかは

ここに書いていたら長くなるので書かないが、

なにしろ毎日が必死だった。



大企業には興味がなかったのだが、

自分がやりたいこと、

自分が向いてる仕事は何なのか

探るのに一生懸命だった。



だから転職も苦ではなかったし、

興味あることもいっぱいあったので、

とにかく遊びまくった。



20代の頃なんて

1日くらい徹夜したって

なんてことないし、

朝まで遊んで

そのまま前日と同じ服装で

出社なんてことも日常茶飯事。



呆れている上司はいたが、

仕事で迷惑をかけることは

絶対にしなかった。



思いっきり遊んだ分、

思いっきり仕事しようというのが

ポリシーだったので、

転職が多かったわりには

けっこう真面目に仕事していた。



高額のジュエリーの訪問販売の仕事を

していたときは

月末になって目標達成できないと

休日出勤して地方に営業へ行き、

会社で禁止されたいた

ピアスの穴をガンガンあけてあげて

ダイヤモンドのピアスを売って

目標を達成していた。



これを真面目というか

破天荒というか紙一重だが、

目標を達成するという意味では

真面目なのではないだろうか?



もちろん、こういったことは

20代だからできたことであって

今はできないだろうし、

20代の社員に相談されたら反対するだろう。



反対されるのはわかっているのだから、

相談しなきゃいいのだ。



そんなこんなの20代だったので、

会社にとっては本当に扱いずらい社員だったと思う。




私もそこまでバカではないので、

そんなことはわかっていた。



だから独立したのだ。





独立した33才のときは

大晦日も元旦も一日も休まず仕事した。



20代の頃のように

遊びたいという気持ちをおさえながら

仕事をするというよりも

仕事そのものに夢があるから

遊べなくても満足できる。



30代で

仕事=遊び(趣味)

と思えるようになれば

でかしたんもんだ。



友人の結婚式に出られなかったり

魅力あるパーティに出席できなかったり

残念なこともいっぱいあったけれど、

それはそれで

仕事の目的を達成するための

手段なのだから仕方ない。



結婚式に出なかったからって

友達やめちゃうような関係だったら

もともと本当の友達じゃないし・・・





そして40代・・・

といっても、もうすぐ50才だが、


今は睡眠時間もきちんととれているし、

好きな人とだけ仕事して、

好きな人とだけ付き合って、

大好きな家族がいて

自分の時間もしっかり持ちながら

バランス良く仕事ができていると思う。






何が言いたいかというと

20代、30代をどのように過ごすかによって

40代が大きく変わってくるということです。



20代・30代は多少無理をしても大丈夫。



40代だろうが、50代だろうが

何かを始めるのに遅いということはないけれど

確実に言えるのは

体力は衰えるということ。



私は今とても幸せなので、

20代に戻りたいなんて

これっぽっちも思わないけれど、

歳とってから後悔しないように

今を精一杯生きて欲しいと思う。



四十八才の春の独り言♪






日本発酵文化協会

「発酵食堂・豆種菌」は

2010年7月にオープンしました。



オープン当初より、

発酵の意味や素晴らしさを理解していただいた上で

ご来店いただきたいという強い想いから、

オープンに先駆けて

第一回発酵教室を開催したのが

2010年5月。



「豆種菌」の料理長と、

アルバイトとして弊社に勤務していた

味噌蔵の息子による

初めての発酵教室は「醤油教室」でした。



健康と美容ということをテーマに15年間、

飲食店を運営してきましたが、

教室は初めての経験。



あれから約2年間、

少しずつ発酵食の素晴らしさを見直す

お客様が増えてくるにつれて、

教室のバリエーションもどんどん増やし、

会員様の数も2000人近くなりました。



特に昨年の東日本大震災後は、

食に対する責任感からか、

ご自分で味噌や醤油を作ったり、

免疫力がつく発酵食を摂取しようとする意識の方が

急増したような気がします。



そしてここ最近の塩麹ブームにより

一気に発酵に対する意識の高まりを

身近に感じております。



そもそも、発酵食というものは

日本で古来から

普通に家庭で作って食べていた伝統食です。



それが時代の変化とともに

普通でなくなったものが

また普通にもどりつつある

歴史的な現象だと言っても

過言ではありません。



そしてこの発酵食がいかに健康・美容と

深い関係にあるのかを理解して、

全国の発酵に関わる地域の活性化にも

繋がっていけば

こんなに素晴らしいことはありません。



そんな想いで「日本発酵文化協会」を発足しました。




現在、公式ホームページ作成中です。


発酵マイスター・発酵教室の詳細、お申し込みは

こちらをご覧ください。

http://ch-re.jp/mametankin/?pc=1








時の流れに身をまかせ。

経営者の仕事って

決断することだと思っていた。



でも、最近は少し違うと感じている。



私はこう見えても

実は優柔不断。



ところが、今も昔も

周りからは決断力があると思われているらしい。



でもそれは、

決断力があるのではなく、

決断に迫られて

仕方なく決断している場面が多い。



だから決断したあとに

口には出さないが、

こっそり後悔したり、

決断を変更するために

無駄な時間を費やしていたような気がする。



なので、

決断することがたまに苦痛だったりする。



人に決められるのが嫌で

経営者になったのに、

決断することが苦痛って

最悪な経営者だ。






でも、最近

決断することが苦痛じゃなくなる方法を見つけた。



それは、時の流れに身をまかせること。



これって実は

何も考えてないようで、

結構考えてたりする。



もっと分かりやすく言うと

普段から求める姿を想定していると

自然に時の流れがついてくるってこと。



だからエイヤーって

気合を入れなくても

自然に求める姿になるシチュエーションが

できあがっていたりする。



そんなウマい話あるのって

思われるかもしれないが、

本当にそうなんです。



何にもしていなくても

こうなるんだってなんとなく毎日想像していると

必ずチャンスはやってくる。



そのチャンスに気付くか気付かないかだけの

違いであって

無理矢理決断しなくても

気付きさえすれば

ちゃんと流れがついてきてくれる。





昔、そんなようなことを

何かの本で読んだような記憶があるけれど、

それってこういうことねって

最近やっとわかってきたような気がする。



そしてもっと言いたいことは

こういうことって、

周りに感謝する気持ちがあってこそ

初めて体感できる感覚なのです。



わかりずらくてスミマセン!



もっと具体例を公表できるときがくれば

ブログで書いていきたいと思います。