ラッシュライフ 伊坂幸太郎
(今のところ)伊坂幸太郎で一番好きな作品。ほとんど全員が幸せにならないのは伊坂幸太郎の癖なのか、それとも最近の流行なのか?小説の中では描かれませんでしたが、犬を抱いた失業中のおじさんも幸せのネタを手に抱えたまま過ごしてハッピーエンドを迎えそうにないし、画家のお姉さんも危機は脱したけれど幸せになる感じはしませんもんね。
そういえば私がここのところ読んでいる本はハッピーエンドがありません。。。私が選ぶからハッピーエンドが無いのか?それとも最近はハッピーエンドを描くことが禁止されているのか?単にはやっていないだけのか?
銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド
非常に優れた民俗学的な見地からの歴史考察。家畜と栽培食物の変遷と広がりについては(この世界の専門的な人たちからしたら常識かもしれませんが)目から鱗というか「モノの見方」というものの大切さを痛感しなおしました。種の繁栄のために種として家畜や栽培食物に遷移することを選択したという視点と、その種の原産地が「どこにあったか」という要因によって文明のあり方が規定されてしまったという単純な気候・風土を超えた文明発展要因があったという、いわれてみれば当然過ぎることが1900年までの歴史(結果として現代にいたるまで)にどれだけ影響を与えていたか。
日本でも網野善彦が東日本と西日本の栽培食物分布と歴史風俗の差について論じていますが、日本史的には稲の北限と常用樹のような気候問題が主になりますが、世界史的には原産種という問題があったのだということを知るだけでも読む価値のある本です。
北方水滸伝
ハードボイルドを読むと「けっ」と唾を吐きたくなるような私ですが、北方謙三も歴史・講談モノになると素直に楽しめてしまいます。ハードボイルドモノの作者にありがちですが、北方謙三の書く漢(オトコ)達は類型的に非常に薄っぺらで、楊家荘に出てきたキャラも水滸伝に出てくるキャラもほとんど一緒です。ここら辺は車田正巳が書くキャラがどのシリーズも顔も性格も変わらないのと全く一緒。違うのは舞台だけ。ついでに言えばやっていることも時代と場所が違うだけで同じです。
ただ108人も英雄豪傑が出てくる水滸伝辺りは一人ひとりの造形までしているととてもじゃないけどやってらんないので、この位がちょうどいいんではないかとも思わないでも無い次第。
悪口ばかり書いていますが、エンターテイメントとしては非常に秀逸な作品です。私は引き続き続編の楊令伝も読んでいます。
どうでもいいですが、吉川英二の水滸伝の後書きで栗本薫(中島梓名義だったかも)が「私は原作に忠実な翻訳を先に読んでいたので、吉川水滸伝の登場人物たちは行儀が良すぎてつまらない。だいたい李キという人物は人肉を食ってしまうような粗暴というか人倫のかけらも無いキャラなのに吉川水滸伝ではみんな倫理に則った人物として描かれていてつまらない」という趣旨のことを書いていました。後書きで「つまらん」と書く栗本薫はやはり只者ではないが、載せる編集部も編集部だと思うぞ。