さよならの代わりに 貫井徳郎
「慟哭」「ヤヌスの二つの顔」などの代表作にみられる時代・年代を錯綜させるのが得意な貫井徳郎らしく、タイムスリップにタイムパラドックスの概念を絡めた恋愛小説。
こういうさっぱりとした恋愛小説も書けるんだと感心してしまいました。
ストーリー自体はバッドエンドなのに、読後感はスッキリしていてなかなか良かったです。
〔新釈〕走れメロス 他4編 森見登美彦
個人的には村上春樹の次に来るのは「この人しかいない」と思っている森見登美彦の短編集。
パスティーシュというかパロディというか本当に楽しそうに書いています。後書きで「走れメロスは太宰が書いていて楽しくてしょうがないという印象」と述べていますが、森見さんの方がよっぽど楽しんでいると思います。
時代的に区分した場合の私のアイドルは「吉川英治→司馬遼太郎→村上春樹」となるのですが「村上春樹の次は森見登美彦になるのではないか」と睨んでいます。
フラット化する世界 トマス・フリードマン
「レクサスとオリーブの木」などグローバル化する世界とローカルの二項対立を描かせたら右に出るものがいない、米国のジャーナリスト。重厚な内容の割には軽くて誰にでも読めます。高校生くらいのうちに読んでおくといいんではないかと。
導入部でタイトルに付与された寓意が説明されていますが、コロンブスの「地球は丸い」から「フラットな世界」へとまた世界が変わっていくというストーリー性を付け加えていることが、著作全般を通して言えることですが著者のジャーナリストとしての枠に留まらない語り部としてリベラルの旗手にしているのでしょう。
第一章の終わりで”Ricard
is right. Ricard is right”と自分に言い聞かせざるを得ない姿は、先進国に住むリベラル派に共通の悩みですね。頭で分かっていても目で見たものの印象の故に人間は間違え、難しいことを思考停止して単純な解を与えるナショナリズムに走るわけです。皮膚感覚とはそぐわない「正しさ」を追求する進歩的知識人の辛いところです。
リカードの章で命題として上がっている「搾取されているのは誰か?」というフレーズは「搾取」という単語が使い古されており、キーワードとして取り出すのは逆に有害ですが、現代の資本主義の一面と落ち着かなさには深い共感を持ちます。単純に右翼に走れば世の中どれほど楽なのか(笑)