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「あきらめ」の真意

自分に任せ、自分を楽しんでいる
自分に牛耳られ、自分が苦しんでいる

同じ世界に

一方は希望、一方は絶望を見る
一方は楽園を創造し、一方は苦境を保とうとする

どちらを選んでいるかの違いがあるだけで
すべての人に前者を選ぶ能力は備わっています。

信じるというちょっとした勇気
多くの人にとってはあきらめという
ゲートをくぐらなくてはなりませんが。

いつまでもそのための背中を押されるような
出来事が続くはずです。

そしてゲートをくぐり抜けると…
(人によっては段階ごとに、その度に)

な~んだ!どうして早くそうしなかったんだろう?
なぜ?こんなことにひたすらこだわっていたんだろう?

となるわけです。

楽を選ぶのがこんなに苦しい(ツライ、コワイ、悔しい)なんてねショック!

無自覚な脚本家

過去も未来も
原因も結果も
理由も顛末も

「今」この瞬間、自分が仮想するストーリー。
身体も感情も条件づけられた通りにそれに反応する。

そしてそれが現実として目の前に再生(展開)される。

自分の考えを他人のものとして傍観してみると

まるで今朝の夢を思いだしながら筋道を立てるように

現実というシナリオを自分が描いていることに
気がついたらビックリするよ。

というか、ビックリした叫び

自分の仕業(しわざ)

結局のところ自分の仕業

自分によって生かされ
自分によって殺され(せ)たりもする

自分によって怒り、苦しみ、憎み
自分による高揚感も得ることができる
それらはみな現れ消え失せていくけれど

雲の覆いを取り払った太陽のような
平安の喜びを望むのならば

頭ではなく
心の声を聴くようにすること

羅針盤を選び違えると

同じく「したいこと」をするようでも
(とくに後者は流れにまかせるカンジ)

迷いの森に足を踏み込むか
明らかな道が拓けるか
結果はまったく異なるものになるから…

というより、今この毎瞬、結果を選んでいる
そして今、羅針盤を換えることもできる

誰もがもれなく。