多文化精神医学、国際精神保健、代替精神保健を考える | 女医の国際精神保健

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精神保健および公衆衛生を軸に、韓国、ロンドン、ジュネーブ、ニース、フィジー、赤道ギニア、東京、インド。
他にも、旅行、馬術、音楽、写真などについて記載しています。

現在、研究において「当事者の希望」を主役においております。
これまでの私の「精神医学」の教育や研修や実務は「医学的見地」であり「医師の視点」ですので、新しい情報や考え方を日々学んでいます。
例えば、INTARの会合でもこちらの本でも「当事者の視点」が非常に強調されており、勉強になります。

こんな中で、世界の精神保健を取り巻く分類として下記があるのかと思います。
1 精神医学(医学部で学ぶやつ)
2 国際精神保健(公衆衛生大学院で学ぶやつ)
3 多文化精神医学(人類学者、社会学者など非医療の視点が多い)
4 代替精神保健(当事者が率いることが多い)

私としては1でやってきて、2を積み上げたので、その視点が一番しっくりきます。
でもその視点は3や4の方々には「医者本位」「西洋本位」と批判をされることが多いです。
3に初めて出会ったのは こちら  こちら
そして、今回 こちら を見かけました。
カナダのMcGill大学は多文化精神医学のメッカで、本件はそこで行われた2012年の学会のまとめです。
ジュネーブにいた頃にMSFの精神保健担当の友人君がこの学会に参加して、いわゆる上記1−4の人々が白熱したって噂は聞いていました。
他の大御所からも1と2が圧倒された会合だったと噂に聞いていたので、動画と報告記事が見れて素晴らしいです。

そして、4は当事者を重視する私にとって非常に応援したい集団ですが、「代替」とあることからもわかるように非常に精神保健に対して攻撃的。
最終的に目指すところは一緒だと思うし、「現状の改善・向上」を求めているという意味では共通だし、心強い応援団同士と思いたいのだけど。
「精神保健」が普遍を探している中、「代替精神保健」は当事者の経験に基づく「一例」「例外」が強調されすぎると私には感じられます。
また、「(仮想)敵」がいてこそ結成されている「代替精神保健」はその「敵」をいかに潰すかに終始して、「代替」を育てることができていないのも焦れったい。
「精神保健」が介入したがることから「お節介」というのも分かるけど、「助けて」と求められることもあることをもう少しお伝えしたくなっちゃう。
「Fight against something and we focus on what we hate. Fight for something and we focus on what we love.」Simon Sinek

共通項を探すのはなかなか難しいですが、「向上心」「自己批判」を持ち続けて取り組みたいと思います。