産女
今回はこういうお題でいきます。妖怪談義です。さて、
『姑獲鳥の夏 うぶめのなつ』は、1994年に刊行された、
京極夏彦氏の長編推理小説で、「百鬼夜行シリーズ」の第一弾
でもあります。ベストセラーになったので、みなさんの中にも
お読みになった方は多いんじゃないでしょうか。
当ブログでは、ホラー映画や小説の場合はストーリーを書いてますが、
ミステリ作品は、できるだけネタバレは避けるようにしています。
この小説では、冒頭に「20ヶ月も子どもを身ごもったままの女性」
という謎が出てきて、それを軸に物語が展開していきましたよね。
映画『姑獲鳥の夏』
で、この題名、「姑獲鳥 こかくちょう」と書いて「うぶめ」と
読むのは、明らかに熟字訓なんですが、どうしてそうなったかというと、
もともとは別の妖怪だったのが、混同されたためです。姑獲鳥は
中国由来の妖怪、産女(うぶめ)は日本の妖怪と考えられています。
まあ、このあたりはオカルト好きの方ならご存知かもしれません。
姑獲鳥のほうから説明していきます。西晋代の博物誌『玄中記』に
出てくる鳥の妖怪で、鬼鳥とも言います。中国語で画像検索すると
下図のようなものが出てきました。中国の荊州(現在の湖北省)に多く
棲息し、羽毛を着ると鳥に変身し、羽毛を脱ぐと女性の姿になります。
姑獲鳥の中国語検索の画像
で、姑獲鳥の話は、「羽衣伝説」とも関係があるんです。羽衣伝説は
日本各地にあって、典型的な筋は、衣服を抜いで木にかけ、
裸で水浴びをしている美しい乙女らを男性が見つけ、衣服の一そろいを
隠してしまう。乙女たちは鳥に姿を変えて飛び去ったが、隠された
一人だけは鳥の姿に戻ることができず、その男の妻になる・・・
だいたいこんな内容で、西欧にも「白鳥処女伝説」という類話が
あります。これ、姑獲鳥にも同じような話があるんですね。
ただし、羽衣伝説の場合、女たちは天女ですが、姑獲鳥は鬼神。
もう一度上の画像を見てください。天女と同じように、
ひれ(細長い布)を身に着けているのがわかります。
白鳥処女伝説
ただ、姑獲鳥が天女と違うのは、人間に害をなす怖い妖怪であること。
他人の子どもを奪って自分の子とする習性があり、夜に干された子どもの
着物を見つけると、自分の血で印をつけ、つけられた子は魂を奪われ、
ひきつけの一種である無辜疳(むこかん)という病気になるとされます。
なぜこういう妖怪が出てきたかはわかりませんが、托卵という動物の
習性がありますよね。鳥のカッコウの場合、ホオジロやモズなどの
巣に卵を産みつけ、カッコウの雛は早く孵化して、もともとの卵や雛を
巣の外に落とし、仮親から餌をもらって成長し、巣立っていきます。
もしかしたら、このあたりのことが関係しているのかもしれません。
カッコウの托卵 自分よりずっと大きい雛に餌をやる仮親
で、姑獲鳥は嫌な妖怪なんですが、唐の時代になると、『酉陽雑俎』
などで、姑獲鳥は出産で死んだ妊婦が化けたものとの説が
出されるようになります。おそらくですが、姑獲鳥の話はこの頃に
日本に伝わり、産女と混同されていったんじゃないでしょうか。
さて、産女のほうですが、死んだ妊婦をそのまま埋葬すると、産女
という妖怪にになるという伝承は日本で古くからあり、多くの地方で
子どもが産まれないまま妊婦が死亡した際は、腹を裂いて胎児を取り出し、
母親に抱かせたり負わせたりして葬るべきと伝えられていました。
産女
産女は、川など水に関わる場所にいて、そこを通る人に自分の子を
抱いてくれと頼んできます。産女の腰巻きには血がついて描かれる
ことが多く、これは産褥の禊と関係しているのかもしれませんし、
中国の姑獲鳥が、子どもの衣服に自分の血をつけることが
変形したのかもしれません。
こう書くと、産女もなかなか怖い妖怪なんですが、日本にはもう一つ、
「飴買い幽霊」という話がありますよね。夜になると一文銭を持って
飴を買いにくる女がいる。それが6夜続き、7日目の晩にはお金が
ないと言って、女物の衣服を差し出した。飴屋が翌日、
その服を市で売ろうとすると、裕福な男がそれを見て、
飴買い幽霊
「死んだ娘のために墓に入れたものだ」と言う、男と飴屋が墓に
行ってみると、新しい土饅頭の中から赤ん坊の泣き声が聞こえ、
掘り起こしてみると、娘の亡骸が生まれたばかりの赤ん坊を抱いていて、
娘の手に持たせた三途川渡し代の六文銭はなくなっていた・・・
ということで、姑獲鳥、産女、飴買い幽霊は、もともと別の話で
あったものが、それぞれの部分部分が混同して現在まで伝わっている
ということでしょう。この手のことは他の伝承でもよく見られ、
それを読み解いていくのはなかなか楽しいものです。
静岡市葵区の産女観音
さてさて、最後に、現代に産女が現れたというオカルト話があるのを
ご存知でしょうか。1984年(昭和59年)静岡市産女(現 静岡市葵区)
の県道で、女性が運転する車が集団登校中の児童の行列に突っ込み、
児童数人を跳ね飛ばしてガードレールに激突しました。加害者の証言では、
三つ辻の道路の左側に老婆が立っており、避けようとして事故になった。
ですが、事故を目撃した児童は、車がバイクを追い越そうとして
歩道に入ったと証言し、老婆のことにはふれていません。その場所は
古くから産女新田と呼ばれていて、地名の由来は江戸時代に牧野喜藤兵衛
という者の妻が妊娠中に死に、その霊が何度も現れたため、その怨念を
鎮めるため村人が産女明神として祀ったものである・・・ では、このへんで。