栄アパートの話 | 怖い話します(選集)

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

※ このブログでコメント等にはお返事できません。
お手間ですが、「怖い話します(本館)」のほうへおいでください。

こんばんは、私、村野ともうしまして、4年前に郵便局を退職し、
現在は年金生活です。家族は、子どもらはみな独立して
家を出てますので、妻と2人暮らしですよ。いや、寂しいという
ことはありません。家には少しの庭もありますから、
趣味の植木いじりをしたり、子どもらも盆正月には孫を連れて
顔を見せてくれますしね。あとは妻と近場の温泉地に出かけたり。
現役時代が忙しかったから、今の生活には十分満足しています。
それでね、3ヶ月ほど前のことですが、家の裏手の空き地だった
とこに、アパートができたんです。その話を最初に聞いたときは
「へえ」と思いました。都会ならあたり前のことでしょうが、
私が住んでるのは地方でも過疎のひどいとこですから。

ええ、毎年数千人単位で人口が減少してます。だから、平日の
昼にスーパーやホムセンに行けば、老人ばかりですよ。
あ、まあ、私もそのうちの一人なんですが。ですから、
そのアパートも、もしかしたら老人だけが住むのかと
思ったんです。ほら、最近あるでしょ。年金生活の
お年寄りが助け合いながら暮らすようなのが。それだと、
急に具合が悪くなったりしても、ご近所で助けてくれます。
でね、やはり予想どおり、入居者はみな老人だったんですが、
変なんですよ。え、何が変かはこれからお話していきますが、
もうね、何もかもがおかしい。いや、アパート自体はごく
一般的なもので、2階建ての下が5室、上も5室。

中へ入ったことはありませんが、窓などから考えて、一世帯が
2部屋だと思います。で、普通はアパートの部屋って
ぽつぽつ埋まっていくものでしょ。それがね、栄アパートは、
完成の翌日からすべて埋まってたんです。いやいや、
このあたりは先ほど言ったように過疎地ですから、他所から
転居してくる人なんて珍しいですよ。それと、その人たち、
どうやら夜中にいっせいに引っ越してきたみたいで、朝になると
満室になってた。引っ越しの挨拶などはありませんでした。
今はそれが普通ですけどね。で、私ね、早朝にウオーキング
してるんです。妻は腰が悪いので一人で。それで、そのアパートの
前を通ったとき、1階の郵便受けに近づいてみたんです。

そしたら1夜にして全部名前が入ってて。その名前というのが、
みな名字の最初に「栄」がつくんです。榮田、栄村とか。
全10室のすべてが栄○なんだけど、かといって、同じ名字は
ないんです。これも不思議ですよね。さらに不可解なのは、
アパートの住人が誰も外出しないこと。ええ、アパートに
駐車場はありますが、車は1台も停まってないし、
バイクや自転車も見かけない。でもね、確実に人は住んでるんです。
夜になれば部屋の窓に明かりがつきますから。その窓も、
どこも同じ色のカーテンがかかってて、中は見えませんが。
じゃあ、生活用品はどうしてるかと思うでしょ。
それが全部宅配なんです。同じ業者が2日に1ぺんくらい来て、

どこかの部屋に入っていく。ダンボールで食料品なんかを
買い込んでるんでしょう。これは興味を持つなってたって
無理でしょ。宅配の兄ちゃんに事情を聞こうかとも考えましたが、
守秘義務があるでしょうからね。それで私、じつは退職時に
土地を売ってるんです。子どもらのためにと思って買ったんですが、
みな離れた場所で暮らすようになったし。そのときに世話になった
不動産屋の社長とは、よく顔を合わせるんです。いや、
お恥ずかしい話ですが、パチンコ屋でです。それでね、
その社長に会ったとき、栄アパートの話を出してみました。
そしたら「うちでは扱ってない」と。これもねえ、駅のこちら側には
そこの不動産屋しかないんですが、入居者募集の依頼もなかった。

で、社長に事情を話すと、「うーん」と考え込んでから、
「どっかの会社の退職者が優先的に入れるとこかな」と。
でも、すべての名字に栄がつくのはやっぱり変でしょ。それを言うと、
「わからないなあ、栄がつく人だけが入れる互助団体でもあるのかなあ」
そんなことを言ってましたね。でね、詮索好きのじじいだと
思われるかもしれませんが、朝の散歩のときに様子をうかがってたんです。
ほら、買い物は宅配でできても、ゴミ出しは無理でしょ。
そしたら、ゴミ回収の日に、中年の女性が6時半ころにそのアパートを
訪ねてきて、各部屋からゴミ袋を回収してゴミ捨て場に運んでました。
おそらくそのためだけに雇われてるんでしょ。徹底してますよね。
ですが、その女性が1階の部屋のドアを開けたときに、

ちらっとだけど、住人の姿が見えたんです。それがね、体つきは
小柄で、老人の動作に見えました。顔には、木のお面をつけてたんです。
これはぎょっとしましたよ。いや、怖いような面ではありません。
うーん、埴輪というのに一番近いかな。素朴な楕円形の目と口が、
年輪が見える塗られてないお面についてましたね。
で、ゴミ回収の回を重ねるたび、他の部屋の住人の姿も見たんですが、
やはり同じ面をつけてたんです。これ、どう思いますか。
まさかずっと面をつけたまま生活してるということはないでしょうから、
ドアを開ける用事があるときだけ、用心のためにかぶってるのか。
でも、何を用心するんですか。そのとき、ふっと怖い考えが
浮かんだんです。ここの人たち、もしかして指名手配されてる

犯罪者で、裏の業者かなにかと契約して、世間に顔を見せない生活を
してるのかもって。ありえない話ですけど、そのときは、考えれば
考えるほど それしかないように思えてきて。けど、そんな疑い
だけで警察に通報するわけにもいきませんよね。あ、それから、
私らのとこは古い地域ですから町内会がありますが、そのアパートでは
町会費の払い込みが一括して町会長さんのとこにあったみたいです。
けど、回覧板は回さなくてもいいとも。で、気になったまま過ごして
たんですが、私とこに実害などはまったくないですからねえ。
で、1ヶ月前です。夜中、2時ころに救急車のサイレンが聞こえ、
家の裏に回って停まりました。あのアパートだと思って、
起きて見に行ったんです。2階の部屋の一つから、

救急隊員によって老人の男性が運ばれてきました。仮面はつけて
ませんでした。意識はないみたいでしたが、家族はついておらず、
一人暮らしのようでしたね。じゃあ、誰が通報したのか。そのとき、
全室の窓の明かりはついてて、あちこちのドアが開き、住人が
出てきて手すりのついた廊下に立ちました。そしたらですね、全員が
同じく例のお面をつけてたんです。しかも目にあたる部分が血のように
赤黒く濡れてると思いました。これには、私だけでなく救急隊員も驚いて
ましたが、一人が「どなたか同乗される方はおられますか」と大きな声で
聞いたんです。そしたら、1階の端の住人が「わたしが」と言い、
お面を外したんですが、ふつうの老人でしたねえ。年はたぶん
私より十も上で、75歳くらいに見えました。

で、その人が出てきて隊員に何か話し、救急車に乗り込んだですが、
そのとき、小さい声で「いただいた、栄あれ、いただいた、栄あれ」
と言ってるのが聞こえました。運ばれた方が亡くなったのかは
わかりません。葬儀はおろか、まったく何の話もなかったですから。
ただね、2日後には郵便受けのその部屋の名前が、別の「栄○」に
変わってたんです。ですから、おそらくもうこの世にはいない。この話は、
さっき言った不動産屋の社長にもしましたよ。そしたら「ふうむ、
 お互いに生命保険をかけてるのかもな。受け取り人は家族である
 必要はないし、そんな話は聞いたことがある」って。わからないことも
ないです。今の時代、老後資金はみな不安ですから。ただ、あのお面の
意味は・・・ ここのみなさんなら何かわかりますでしょうか。