叔父さんの話2 | 怖い話します(選集)

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今回は、俺が子供の頃、叔父さんと山に行ったときの話をします。
登山じゃなく、渓流釣りがメインだったけど、
キノコ採りや山菜採りもやった。小学校高学年の頃が一番多かったです。
叔父さんはどうしてかずっと独身なので、
自分の息子みたいにして可愛がってもらいました。

九字
そんときは確か秋のキノコ採りだったと思いますけど。行った先は
秩父のほうでした。叔父さんの車に乗せてもらって、オートキャンプ場を
ベースに林に入っていきました。登山道から外れた山の中腹、
やっと踏み跡がわかる程度の道を叔父さんの後についていくと、
なんとなく視線を感じたんです。後ろから誰かに見られてるみたいな。
振り返っても何もないんです。でも、道を曲がってしばらくは視線を意識しないけど、
直線に出ると見られてるような気がしてしかたがなかったんです。
でも、街にいるときに、そんなに人の視線に敏感なほうでもなかったですし、
笑われるのを承知で叔父さんに言うと、
叔父さんは、「うーん、そうか? 何かいるかな」こう言って、右手の人差し指を
口にくわえて唾で濡らし、それを高く頭上に立てたんです。

「何やってるの?」って尋ねたら、
「ああ、これか。テレビでやってる鬼太郎の妖怪アンテナみたいなもんだ。
 鬼太郎の場合は髪の毛だけど、指を唾で湿すと、わかりやすいんだよ」
こう言って、しばらく指の向きを変えたりしてましたけど、
「ああ、いるいる。でも、たいしたもんじゃない。
 こういう山ならどこにでもいるやつだよ。
 鹿とか野生動物がいるのと変わらない。気にしなくていい」
それでも気になったので「どんなやつなの?」って聞いたら、
「じゃあ、ちょっとかわいそうだけど、九字切りをやってみせるか」
「くじきり、って?」
叔父さんはちょっと真顔になって、こんなふうに説明してくれました。

「呪文みたいなものなんだ。これは密教からきてるのかな。
 正式には、 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 という呪文を、両手で
 1字ごとに違う印を作りながら唱えるんだけど、それは難しいし時間がかかる。
 それに肝心なのは、これだと高級な魔物にしか通じないってことだ。
 それよりも、四縦五横ってののほうが、程度の低い妖怪には効くんだ。
 あそこの藪に隠れて、こっちを覗ってるみたいだから、
 今やってみせる。要領を覚えておくんだよ」
右手の指をくっつけて手刀を作り、藪の方角に向けて気合を込め、
前面の空中に縦に4本、それに重なるようにして横に5本、
線を引くように空中を切ったんです。
すると、藪の中から何かがぴょーんと跳び上がりました。

サッカーボールくらいの頭に大きな一つ目、
その下は巨大な一本足で両手は短かったです。
それはびょんびょん跳ねて、崖から藪の斜面に落ちていきました。 
叔父さんは笑って「やっぱり一つ目か。このあたりの山には多いんだよ。
 あいつ目が一つしかないだろ。だから目が2つある人間を怖がって、
 悪さは自分からはしてこない。さらに四縦五横をやったからね。
 これを空中に書くと格子窓がたくさんできるだろ。それを籠目(かごめ)
 とも言って、やつからすれば目が10も20もある怪物に見える。
 昔から笊(ざる)や籠を魔除けに使うのは、あちこちにあるんだ。
 だからああやって跳び上がるほど驚いて逃げてった」
「こっちが驚いた。あんなのが本当にいるんだ!」

「いやあ、普通の人には見えないんだが、
 ○○はちょっとばかし素質があるんで実体化して見えたんだろ。
 たぶん亡くなった姉さんから受け継いだもんだろうね」
「あの空を切るのは、どういう順番でもいいの?」 「本来の密教だと
 順番はあるけど、目がたくさんあるように見えればいいんだから、
 そう気にしなくていい。野犬をにらみつけるくらいの気合は必要だよ」
こんなふうに言ってました。そうですね、この後、
山には何度も入りましたが、見たことはないです。
気配を感じたことはありますけど。
悪いものじゃないとわかったんので、四縦五横もやったことはありませんよ。
なんだか可哀そうな気もして。

九字 四縦五横


呼名
これも子供の頃に叔父さんと山へ行ったときの話ですよ。
そんときは春で、渓流釣りでした。キャンプの道具を背負って、
川を遡っていったんです。まだ少し寒かったけど、天気がよかったのを
覚えてます。河原を歩いてると、叔父さんが、
「うーん、妙な気を感じるなあ」って言い出したんです。
一つ目の妖怪の後のことでしたので、これもその手のことだとピーンときて、
「また、一本だたらとかいうやつかな?」って聞きました。そしたら、叔父さんは、
「あれより気が強いな。もう少し強いやつかもしれん」って言い出しました。
「どうしてわかるの?」
「まだ聞こえないかもしれないけど、名前を呼んでる気がするんだ」
「誰の?」叔父さんは、あごをしゃくって俺のほうを指したんです。

「いいかい、もし名前を呼ぶ声を聴いても、ぜったいに返事しちゃいけないよ」
「どうして?」 「取り込まれる可能性があるんだ。
 名前ってのはまじないがかかりやすいんだよ。
 だから昔の人は本名をあんまり人に明かさないようにして、
 たくさん呼び名を持ってたんだ」  「どういうこと?」
「うん、そうだなあ。例えば、坂本竜馬だとすれば、竜馬というのは通称なんだ。
 本当の名前は諱(いみな)と言って呼ぶのを避けられてた。
 叔父さんも詳しくは知らないけど、確か直柔(なおなり)って言ったんじゃ
 なかったっけ。その他に、ある程度 位のある武士だと役の名前、
 越前守とか左衛門丞(さえもんのじょう)そんなので呼ばれることが多かった。
 まあこれは、呪いをかけられるからではなかったけどね」  「ふーん」

「だから、今からもし名前を呼ぶ声が聞こえたとしても、返事をしちゃいけないよ」
「もし、返事をしちゃうとどうなるん?」 「取られてしまうかもしれないよ。
 そして山の中の荒れ果てたお社とか祠に連れてかれて」
「うわ!」それを聞くとすごく怖くなってきたんです。
「でも、どうして僕の名前知ってるのかな?」
「それは・・・」叔父さんは僕の後ろに回り、「ああ、やっぱり」って言いました。
続けて「これ新しいリュックだろ。後ろにでかでかと名前が書いてある。
 お父さんが書いてくれたんだろうけど、山じゃこういうのはあんまりよくない。
 妖怪が名前覚えちゃうからね」
「こないだの四縦五横は効かないの?」
「いや、効くとは思うけど、ちょっと虚をついてやらないとね」

「虚?」 「うん、妖怪のあてが外れて呆然としたところにかけるんだよ」
それから叔父さんは、ひそひそ話の声になって、
「今から名前を助春って呼ぶから、返事しろよ」こう言いました。
助春ってのは俺の本名と響きは似てるんだけど、違うんです。
叔父さんはわざとらしく「助春、もう1時間で淵に出るぞ」こう大声で言ったんで、
俺もわざとらしく「ハイ」ってでっかく返事したんです。
何度も呼ばれては返事する、というのをくり返しながら進んでいくと、
大きな滝に出ました。
「助春、これは回らなくちゃいかんな」  「ハイ、おじさん」
そして叔父さんは大岩の横の土になったところを登り始めました。
俺も後に続いて、真ん中へんまできたときです。

大岩の陰から「ス・ケ・ハ・ル」って呼ぶ声が聞こえたんです。
叔父さんが小声で「返事しろ」って言ったので、「ハーイ」って大声で叫びました。
すると、しゅーしゅーと音を立てて、岩の陰から大きな蛇が出てきたんです。
頭には藻みたいな毛がいっぱい生えた、大人の腿くらいの太さの蛇でした。
しっぽのほうは岩の陰になってて、どのくらいの長さかわからなかったです。
すでに上に立ってた叔父さんが、蛇の頭に向かって四縦五横を素早く切りました。
それを見たのか、蛇はぐらっと傾き、
体をよじってなんとか体勢を立て直そうとしましたが、
そのまま滝つぼにどぶんと落ちて流されていったんですよ。
叔父さんは「ハハハ」と笑って、「あの蛇もリュックに書いてあった名前と
 混乱しただろう。だからよく効いた」こう言いましたよ。

一本だたら