士は己を知る者の為に死す -92ページ目

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解

昔、母の実家に帰省する途中で迷子になった。たぶん、四つか五つの頃だ


大分駅で、日豊本線から豊肥本線に乗り換える。次の汽車まで時間があったのだろう、母と姉、そして僕の三人はトキハデパートへ


いつの時代も女性の買い物は男にとって退屈なものだ。自分の好きな物を眺めているうちに、母と姉はどこかに行ってしまった。


「しまった!迷子になった」


しかし、龍二少年は泣くことを知らなかった


「さて、どうしたものか?我々は、汽車に乗って母の実家に帰る途中。ならば、母と姉は汽車に乗るために必ず駅にやってくる。決まりだ!駅に行って二人を待つことにしよう」


おいおい!普通、子供が迷子になったら親は捜すだろうが!


賢いつもりが、やはり幼児。親が捜すことなど思いつきもせず、すたすたと駅へ歩く。泣くこともなく、しっかりと歩いていたからだろうか、すれ違う大人に声をかけられることもなく駅に辿り着いた


駅前のロータリー、車道と歩道の境目に50センチほどの柵がある。背が低いのでそれによじ登り、きょろきょろと辺りを見回す。目印は自分と同じ柄のコート。姉と僕は、お揃いのコートを着ていた。冬だったのだろう


どれくらい待っただろうか、母が必死の形相でかけてきた。こっぴどく怒られた。
「女の買い物は退屈なんだよぅ。付き合わされる僕の身にもなってくれ」
という幼児の主張が、あっさりと却下されたのは言うまでも無い


母が言うには、デパート中を、それこそ従業員を総動員して捜したそうだ。いくら捜しても見つかるわけがない。僕はとっととデパートをあとにして駅に来ていたのだ。そこで、母ははたと思いついた。あの子ならやりかねない。そう思って駅に来たそうだ


父親が国鉄職員だったからだろうか?駅は安心できる場所だった



それから、またある日のこと


今度は遊園地で迷子になった。その遊園地は、麓から山の中腹までケーブルカーで上がると、そこが入り口だった。帰りもそのケーブルカーで麓まで下りる
「そうだ、きっと家族は家に帰るため、ケーブルカーの乗り場にやってくるはず!」
学習しない子供だった


僕はすたすたと、ケーブルカーの乗り場へと向かう。途中、若いお兄さんに呼び止められた
「ぼく!ぼく!」
「はい?」
「ぼくは迷子じゃないのか?」
「はい、迷子です」
「泣いてないから違うかと思ったけど、やっぱりそうか。ぼくは偉いね」


迷子の場内放送を聞いて、僕が迷子だとわかったらしい


今回も、無事生還を果たした。しかし、母の一言


「あんたは、なんで泣かないの!?泣けば、回りの人がすぐに迷子だとわかるのに!」
「そんなことを言われてもねぇ。迷子になって泣くなんてガキみたいでかっこ悪いじゃん!」
「あんたはガキなの!こ・ど・もなの!」
「ふ~ん、そんなもんかねぇ」
「もう!可愛げがないったらありゃしない」

ブログネタ:タイムマシンがあったら過去と未来、どっちへ行く? 参加中
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戦国時代にタイムトリップして、織田信長の死の真相を確かめたい

織田信長の死については、本能寺に秘密の抜け穴があったと言う噂があり、非常に気になります

もし、抜け穴を使って脱出していたとしたら、どうしてその後世に出て来なかったのか?これに対して、謀反にショックを受け、天下統一の野望も失せたと言う説がありますが、はたしてあの信長が絶望するのだろうか?また、一方では抜け穴は何者かによって塞がれていて、信長はそこで自害したと言う説もあります

知りたい!




♪タイムマシンにお願い・・・ by Sadistic mica band
ブログネタ:頭にこびりついて離れない歌ってある? 参加中
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♪安心はシンワ 安心はシンワ♪




このコマーシャルを初めて見た日は一日中頭の中を駆け巡っていた




個人的な事情で、サラ金は大嫌いです。コマーシャルに出るタレントも常識を疑います
しかし、このメロディーにはやられた

そうそう、女性の味方乳バンド・・・って、おい!


聞いたこがない人もいるかもしれないけど、アメブロを見ている貴方。そうそう、今自分を指差した貴方です。貴方も使っているんですよ


おそらく、大多数の人は「Internet Explorer(通称IE)」を使っていると思います。そう、インターネット上のホームページを表示するソフトの総称がブラウザーです


「総称?」と、ひっかかった貴方。鋭い!探偵の素質ありです


そう、ブラウザーは「Internet Explorer」だけではないのです


有名どころでは「Netscape」「FireFox」「Lunascape」「Opera」等があります。個人が作成したフリーソフトを含めると、それは星の数ほどとまではいきませんが、結構な数です


「Netscape」通称「ネスケ」これは、2003年6月のVer7.1で開発中止となりましたが、ブラウザーの核であるGekkoエンジンは「FireFox」に引き継がれました

http://www.mozilla-japan.org/products/firefox/



「Lunascape」は、IEエンジンとGeckoエンジンの両方を搭載したタブ切り替え型ブラウザー。IEエンジンでうまく表示できないホームページは、Geckoエンジンで表示するとうまくいく、また、逆の場合もあります

http://www.lunascape.jp/



「Opera」は独自のエンジンを搭載するブラウザーで、無料バージョンでは、広告が表示され、有料バージョンでは広告が表示されません

http://jp.opera.com/



最近、アメブロで、トラブルの声を耳にします。原因は、通信であったり、JavaやCGIであったりもするので、ブラウザーを代えても解決するとは言えませんが、試してみる価値はあると思います


もちろん、IEとの併用もできますので、気に入らなければアンインストールするだけで、元の状態に戻ります


マイナーなブラウザーは、ウィルスやワームのターゲットになり難いと言うメリットもあります

晴れていても、日曜日は家でぐだぐだしている


違うのは洗濯物が乾かないくらいかな?




この季節、に濡れた新緑が美しい。傘をさして散歩する。晴れた日の新緑は目に眩しい。の日の新緑は心に沁みる


大地を洗う。空気を洗う。心を洗う





散歩がら帰ったら、靴がびちょびちょだった


色々洗ってくれるだが、靴は汚すのであった


おあとが宜しいようで _(_^_)_

当事者でない僕は、すっかり失念していた




北朝鮮による拉致問題


北朝鮮の在り様については、国民ではないから語らない



しかし、日本の国家としてのの在り様はどうだ!?


国民を守らない国家を国家と言えるだろうか?ちょっと矛盾した文章だが、これしか思いつかない


何よりも、国民を守るから国家なのではないか?





極論を言えば、戦争をしてでも国民を取り返すべきではないのか?


決して戦争を望むわけではないが、それが国家ではないだろうか?


結果として、より多くの命を失うことになるかも知れない。しかし、命の重さを数で量ることは不可能だ。


国家として、国民として、毅然としなければ、外国になめられる





中国の潜水艦に領海侵犯をされた事件を憶えているだろうか?自衛隊は、爆雷も魚雷も投下していない。ただ見ていただけ。ただ追いかけていただけ。


「領海から出て行ってほっとした」でいいのか?


当らないにしても、攻撃をして追い出すべきではないのか?


国際法で認められた権限さえもタブーなのか?


戦後、日本は丸腰にされ、尊厳を奪われ、徹底的に糾弾されて臆病者になった


魚雷を発射したら、何と言われるか?爆雷を投下したら、何と非難されるか?


軍国主義の台頭、侵略国の再来・・・


平和主義は平和主義であって、腰抜けになってはならない


さて、現実問題として、戦争は論外。では、我々にできることは何だろう?


それは、忘れないことだ


拉致問題を風化させてはならない。有耶無耶にしてはならない


一人の声は小さいが、世論になれば政府をも動かすことがある


一瞬の風は忘れられてしまうが、継続する風には対策を強いられる




だから、皆さん、忘れないでください

ブログネタ:部活何してた? 参加中
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地味ですねぇ

え?私の学校にはなかった?

そうですねぇ。昔、一大登山ブームがあったそうですが、今では・・・

他の部活に比べて、道具にお金がかかるので、登山部がある高校は少ないですね。私の学校には、ザイルや鐙(あぶみ)、ハーケン等々ロッククライミングの道具までありました。高校生には危険だからと禁止されていたけど ヾ( ´ー`)

入部したきっかけは「女子と一緒にテントに泊まれるぞ」と言う、甘い勧誘の言葉でした。今にして思えば・・・

一番の思い出は、由布岳でブロッケン現象を体験したことかな?

引率の先生の話では、滅多にお目にかかれない現象だそうで、学生よりも先生方の方が興奮してました。何でも、三十年近く登山をしていて初めて遭遇したそうで

あ、ブロッケン現象と言うのは、自分よりも下に雲があって、自分の影が雲に映る現象です

二番目の思い出は、アイゼンを付けて、クラブハウスの廊下を走ったこと。

アイゼンは、雪山用の装備で、靴につける鉄製のスパイクです。雪山に登ることはなかったのですが、同級生のひとりが買ってきて、何故か異常に盛り上がり、興奮して廊下を走ってタイムを競いました。木製の廊下は穴だらけ。こっぴどく叱られました。


三番目の思い出は、春山登山で登る途中に採取した山菜を、顧問の先生が持って帰ったこと。

先生はキャンプ地まで、車で来ていたのですが、朝早くに一人だけ撤収。私達が起きたときに先生の姿はなく、山菜も消えていました。朝食のおかずにする予定だったのに~ (x_x;)

他にもストーブの着火に失敗して火事になりかけたり、朝テントの回りを牛に囲まれていたりと、沢山の思い出ができました。クラブおメンバーは、今頃何処で何をしているのだろう?

「羊が四匹」






柵を飛び越える






「羊が五匹」






柵を飛び越える







「羊が六匹」







柵に激突して気絶した

ドカン!バタン!キュー



今夜も眠れない




お~っほっほっほっほ!