真の医療者をめざして
◆イベント案内◆

◎福岡 病の根本原因と自然治療 ~フィンドフォーンからの学び~

2018年8月19日(木) 14:00-16:00

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  • 19Aug
    • 大分県波当津 コオロギ タカシさんのところへ行って来ました。

      大分県波当津 コオロギ タカシさんのところへ行って来ました。彼と出会って5年、、、人と人とはご縁で結ばれていることをつくづく感じます。コオロギさんはシャーマンのような存在、絵を通してこの世の裏を知らせてくれる。彼は龍の絵を描く。最新の作品は『金龍』。0次元であるドットで描かれた龍は、まるで裏の世界でうごめいているエネルギーそのものを顕わしているようだ。陰陽で成り立つ相対世界。。。結果の世界である目に見えている世界など、瞬間的に現れては消える花火のようなものでしょう。いつまで私たちは打ち上げ花火のような結果の世界のみで対症していくのでしょう。。。そろそろ原因へのアプローチ、、、いや原因と結果は表裏一体同じもの。それ故、原因と結果を同時に生み出す「無」そのものに心を置こう。そうした時、この世を因果のGameとして創造する者へと変容を遂げられる。運任せ、偶然を願う者ではなく、「孫子の兵法」を記した孫武のように環境を統制できる者への身分を上げることができるだろう。コオロギさんからもらったカードにこう記してあった。「安心してください。まだ何も始まっていませんから。」。。。私たち人類のGameの本番はこれからです!ねっ!コオロギさん❣️」

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  • 17Aug
    • 私の医師人生、最終章の幕が開いた。

      目を開け、この相対を見る。。。その瞬間、私はこの世界の住人となる。色形、、、判断が起こる。イメージ、、、物語が始まる。喜怒哀楽、、、感情が動く。この世界のGameは、自分の内なる問題がAll clearされない限り、絶対に逃げられないように出来ているようだ。すり抜けることなどできないようになっている。この世界で何が起ころうと、それは自分の内なるものが顕在化しているに過ぎない。どこに隠れようとも、自分からは決して逃れられないように。そして忘れていた頃に顔を出す。20年前、私に錐の先端を突きつけてきた出来事があった。「本質へ向かえ!」と有無を言わせず決断を迫ってきた出来事。。。弟の病。20年前の私には力がなく、なにも見えておらず、ただただ吹き荒れる弟の病の症状に翻弄され泣いてばかりいた。あれから20年経った今、私はどうなっているのだろう・・・。あの頃のように訳が分からずにただただ翻弄されるのだろうか?打つ手がないと言って嘆くのだろうか?・・・8月15日朝、一通のメールが弟から届いた。受け取った時、「来たな。」と。弟の病から始まった私の医師人生、最終章の幕が開いた。準備体操は十分にした・・・。私はもう20年前の私ではない。翻弄されない。そしてメソメソしない。真っ向からすべてを受け止めていく。

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  • 16Aug
    • 人類が到達すべきところ、私たちの源泉はワンネスではない。

      ZEROになることなど、感覚の世界では不可能だ。真理、すなわち無=ZEROは、感じること不可能な世界。感じようとした瞬間、そこには認識する側される側の境界線が生まれる。考えるな!感じるな!真理とは理(ことわり)。理解せよ!すべてを分かってZEROになる。すべてが分かるから無になれる。。。。すなわち、無知の完全性。動物と人間の決定的な違いはここにある。人間には悟性があるが動物にはない。人間だけが理を持って、真空エネルギー(ワンネス)を破ることができる。中途半端なスピリチュアルは尚一層、危うい世界を作り出す。更なる相対比較を生み出してしまう。ワンネス…この一枚の膜の罠を突破せよ!人類が到達すべきところ、私たちの源泉はワンネスではない。。。ワンネスを超えた無なのです。

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  • 15Aug
    • 「今ここの奇跡」と出会うために

      彼との出会いは2012年。私の人生が「探求する人生」から「変革を起こす人生」に変わった。私はずっと探求していた。病とはなにか?苦しみとはなにか?人間とはなにか?生死とはなにか?人生とはなにか?…。彼ノ ジェスは私に言ったのだ。「この世の中で誰かが分かったことは、誰でもが分かる。」2018年今、私は彼の言う通り「分かっている。」傲慢に聞こえるかもしれない、、、しかし「分かっている」ことがはっきりと分かる。なにが分かっているのか?。。。それはすべての源泉の動きの仕組み。宇宙の立ち上がりの仕組み。そのことが分かった時、時間空間存在などという錯覚.ストーリーに邪魔されない原液の「今ここの奇跡」と出会える。それは逆に言うと、今ここを捉えない限り、夢の中。夢の中の寝言。悟りや無の境地など、なにも遠いところにあるのではない。今ここ、時間空間存在の間にある。それを認識できるのかできないのか。。。それだけのこと。彼は言う。「この世の中で誰かが分かったことは、誰でもが分かる。」、、、それは真実だ。私たち人類は確実に目覚め、時間空間存在がすべて錯覚であることに気付き続ける。それは四苦八苦に掴まる生き方から、自分が創造する新しい生き方へのシフト。人類のゲームチェンジです。

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  • 14Aug
    • 人類歴史第1章の完結に向けて。。物質の限界まで辿り着いたからこその自然回帰

      熊の胆(くまのい)。。。今年4月 岩手に行った。友人の五内川 浩代さんより「熊の胆」をご紹介され、熊を捕るマタギと熊の胆という物(ブツ)に出会いに。。。そこには日本古来の療法として伝承されている蝮の焼酎漬け、熊の胆嚢などで様々な病と対峙してきた古の人々の叡智があった。マタギからのお話は臨場感に溢れ、一歩一歩熊を崖に追い込んでいく様などは捕る側、獲られる側の双方向の感情が流れ込んでくるかのようだった。追い込まれた熊が最後に威嚇として体を立ち上がらせた瞬間、熊の心窩部を外して鉄砲を放つ!そうして射止めた熊の胆嚢を取り出し、それがまっこと良く効く薬となる。また蝮を高濃度の焼酎に漬け、怒り狂った蝮は毒を吐く。その毒こそが妙薬となる。。。。それぞれが動物虐待のように聞こえるだろう。あるレイヤーではそうかもしれない。しかしもっと俯瞰したレイヤーから見たらそうではない。体というものにフォーカスした時には、他の体との引き換えなど以ての外。しかし人間、動物、植物とは、、、存在欲求を持つ体だけの存在ではない。人間が万物の霊長と云われる所以から見たら、伝承療法は腑に落ちる。人間の奢りではなく。。。そして熊の胆に話を戻そう。伝承療法とは兎角、肉体への直接的な働きかけではない。古の人々の認識能力、これには脱帽。彼らは「人間の本質」を認識していた。そして生きとし生けるものの本質を認識していた。胆嚢壁は4層からなる。粘膜層、筋層、漿膜下層、漿膜これらは人間の肉体を除いた他4層に共鳴する。気体、感情体、精神体、真我そして熊を怒らせるという行為は、怒りという強烈なエネルギーを胆嚢に溜め込ませることによって、より高いエネルギー値を熊の胆に持たせたのだ。蝮も然り。この世の中はすべてバイブレーション、故にすべてに共鳴原理が働く。熊の胆がなぜ人間の様々な病に効くのか、そして様々な自然療法がなぜ効くのかは、、、人間の構成要素を3次元という1層でみるのではなく、5層構造でみる認識能力が必要不可欠です。そして更に、この世の中を物質世界として捉える表層的な認識ではなく、すべてはバイブレーションであることを認識する技術が必要でしょう。今、時代の波は非自然から自然へ戻ろうとしている。しかしそれはただの昔返りではない。物質の限界まで辿り着いたからこその自然回帰。正反合、、、合で完結!私たちは今、人類歴史第1章の完結に向かっている。

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  • 13Aug
    • 真の平和は、私達ひとりひとりの内なる目が開いて行く事でのみ成される

      上があれば下があるように、、、外があれば内がある。私たちが見ている世界、そこにも外と内がある。外とは言わずもがな、目を開けて映る世界。内とは・・・例えば、「カレーを食べる。」と決意する。その決意するまでの過程で動く世界。すなわち意識無意識領域の世界。外を見る目の機能は、人間であれば50歩100歩でしょう。しかし内なる目の機能に関しては、盲人もいれば覚者もいる。物質、因果論だけが絶対であると主張する人は、外の世界を見る目だけが開いており内なる目は瞑っている。そして内なる目があることすら知らない。人生における様々な試練の中、神に祈るという経験をした人たちは、内なる目を開き、見えない神を見ようとした人たち。永遠のベストセラーにもこう書かれている。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」それはすなわち、試練は内なる目を開き、いつしか真理の泉を見つけるということ。私たち人間が日々するべきことは、内なる目を開け、深い認識力を持つことに尽きるでしょう。なぜなら人間は無知故に苦しみ、無知故に恐れ、無知故に争うのだから。深い認識は、他者の問題は己の問題として捉え、己の問題は人類全体の問題として捉え、人類全体の問題は人間精神の構造の問題として捉えるようになる。認識が深まれば深まるほど、複雑がシンプルに変わっていく。すなわち境界線が減っていく。それは争いが減るということであり、世界が平和になるということである。平和とは、一人一人の認識が生み出すものなのです。

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  • 12Aug
    • 『特別な自分』を捨て去ったとき、私達は完全なる宇宙の「道具」となる。

      宇宙にあるすべては「道具」である。それは人間も例外ではない・・・。私たちは道具に過ぎない。これが腑に落ちた時 一段階、ワンネスを悟ったと言えるだろう。それは個人と言う幻想が剥がれ落ちたことを意味するから。ワンネスとはまるで熱エネルギーのようなもの。すべてがフラットであり、高低差がない。この宇宙空間にある光、物質、生命、精神という区別はなく、すべてはただ有る。ハサミを見て道具と認識するならば、自分にとって他者は道具にすぎないのだ。そして自分も道具にすぎないのだ。これを受け入れるのは難しい?・・・なぜなら「人をモノ扱いしてはいけません!」「私は道具なんかじゃない!」、そう主張しろと教えられたから。しかしよくよく考えてみる。私たちはただ存在している。「自分は・・・」などという意識は後天的に植えつけられた概念。真実は「ただ有る」のみ。逆説的に聞こえるかもしれない・・・でもこの逆説を理解しなければ、人類において愛は絵に描いた餅にすぎなくなる。特別・・・などという概念を生んだ瞬間、それは境界線を作る。そして境界線はいつしか、相対比較となり争いを生み出す。「すべては道具にすぎない。自分も例外ではない。」・・・この気づきは、人類のガチガチになった肩の力を抜き、前進中毒を解毒する。そして摩擦抵抗がなくなり、あらゆることがスムーズに流れるようになるでしょう。特別な自分、、、この認識がすべての摩擦抵抗の始まりなのだから。

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    • 真の心が触れた時、宇宙森羅万象すべての癒しが起こる

      石川 眞樹夫先生の自然療法講座、、、私の魂の最も深いところを振動させる。恐らく、彼は全人的医療の最高峰に位置するでしょう。彼はアントロポゾフィー医学と呼ばれるルドルフ・シュタイナー博士によって始められた医療体系をベースに、自らの探求の末に導き出したシンプルな自然療法を提唱する。バッチフラワーレメディ尿レメディホ.オポノポノ食事療法この4つで、人間の体を治癒に至らしめるに充分な器に導く。では治癒とは何か?。。。それは顕在的な事象の出来事ではない、真の治癒とは、、、自分の内と外の「空間」と過去未来という「時間」を克服し、「今ここ」に至ること。つまりZERO、になること。この体は意識が入る器である。そして意識が現象を生み出している、病という現象も例外ではない。。。ならばどんな意識を迎え入れるのか?どんな意識を迎え入れられる器なのか?体なのか?器を整えること、、、自然療法が見ている先はそこである。彼は言う。この世の中には5つの療法がある。対症療法手技療法心理療法ホメオパシーナチュロパシーそして真の治療は、上記の真ん中に位置する心理療法で充分なのである。真の心が触れた時、宇宙森羅万象すべての癒しが起こるのだから。石川先生の自然療法講座はただの勉強会ではない。。。私たちは「道」を説いてもらっているのだ。5時間の講座の最後に、先生が言った言葉が私の深みに突き刺さりました。「自分、そして自分の愛する人のために自分を投げ打ってもいいという決意をした時、もうすでに物事は成就しています。」と。自分という存在の境界線を消すことができたなら、そこは無限の可能性という境地そのものなのでしょう。

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  • 10Aug
    • 次なる「時代を変える技術」とは、武士道に通づる日本の心の技術である

      幕末の三舟の一人、山岡鉄舟。。。西郷隆盛をして、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」と評された人物。彼はこう考えていた。精神文明と物質文明が調和してこそ「真の文明」である。。。と。精神文明に重きを置いた日本という国物質文明に重きを置いたアメリカという国この両国は1941年12月、世界を巻き込んで大衝突した。戦争はいけない。しかし時代の流れというものを俯瞰して見た時、この両国の衝突は地球における文明開化の前触れのように見える。これからやってくる未来。。。それは真の文明が花開く地球時代の到来。人類が待って待って待ち望んだ世界。今はまだ、お伽話にしか聞こえない人たちもいるかもしれないが、確実にそんな未来はやってくる。「なぜ、あなたはそう言い切るのか?」…そう聞かれたら答えましょう。「時代を変える技術があるから。」そしてその技術こそ、鉄舟が創始した無刀流、心外無刀、心の外に刀無し に通ずる技術。宇宙森羅万象を心と捉え、姿形に惑わされない。今ここの消滅を心の眼で認識する技術。n-Tech。日本で生まれた武士道に通ずる技術。私はこれからの時代は日本から始まると確信している。それは民族主義や私が日本人だからという理由ではなく、、、武士道というものがこの国には生まれたから。鉄舟は100年も前から言っていた。「今後は祖先伝来の武士道をもって頭脳となし、抽象科学、物質的思想を手足となし、武士道である頭脳が指揮官となって、物質的科学が手足のごとき遵奉者となる。」と。真の文明を築くのは、現代を生きる私たち一人一人。そして日本人として生まれた自分たちには、やるべき仕事が確実にあると思っています。もうすぐ終戦記念日を迎えます。先の戦争、現代、そしてこれから来る未来は一直線に繋がっています。あの戦争の意味を、一人の人間として、そして地球人として捉える二つの目が必要なのでしょう。そうした時始めて、あの戦争で命を懸けてくれた人々に死の意味を与えてあげることができるのだと思います。

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    • 自由とは、あらゆる事象に対し自らが主体となり、今ここ解析し直せる

      大学時代によく通った道を歩いていた、、、ふと忘れていた感覚が蘇ってきた。あの純で切ないバイブレーション。。。私はあの頃、一生懸命に恋をしていた。しかし興味深いことに、私が思い出したのは恋の物語ではなく、バイブレーションのみだった。。。なるほど、、、どうやらこの世界の仕組みを知っていくと分かるのだが、この世はすべて5パターンのバイブレーションで出来ている。生命も、物質も、光も、思考感情も、、、あらゆるすべて例外なく。そのバイブレーションに色形をつけ、概念をつけ、物語をつけて、私たちは独自の物語を創作して世界を見ている。「好き」という感情のバイブレーションがある。好きな人に会った時のときめきのバイブレーションがある。切ない思いを感じた時のバイブレーションがある。そして、それぞれのバイブレーションに良し悪しをつけたり、ラベリングをしたりして解析をしていくのだ。その解析は徐々に条件反射になっていき、私たちはまるで機械のようになっていく。。。条件反射以外の解析はできなくなっていく。。。これを不自由という。「自由とはなにか?」・・・自由とは、ありとあらゆる事象に対し自らが主体となり、今ここ解析できること。いくらでも解析し直せること。そして解析できるためには、「なぜ自らが解析していいのか。」の理由を明々白々に知ること。逆説的に言えば、どんな概念であっても、それは所詮、どこか誰かの解析に過ぎないことを知ること。それを知った時、「自由を手に入れた!」と魂の歓喜の叫びが起こるでしょう。

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  • 08Aug
    • 真に人生を始めるために「あたな何を絶ちますか?」

      厳しいかもしれないが…決断なき者に道はない。道なき者に未来はない。未来なき者に人生はない。決断があって初めて、人生が本当に始まると言えるでしょう。そして決断とは…読んで字のごとく、断つことを決めること。。。。「あなたは何を断ちますか?」悩み多き人の特徴として、その裏には小さな計算が透けて見える。どっちが得か?どっちが益か?…損得で動くのは下の下。人生など二者択一。やるの?やらないの?そして、やることを選択したということは、無限の選択肢の中から一つを選んだことと同義。すなわち、他の可能性すべてを断つことを決めたということ。あっちの可能性も、こっちの可能性も残しておくから迷いが出る。悩みが出る。弱くなる。。。それは単なる保身と言う。真の強さは、決断からしか生み出せない。

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    • 本当に知らなければいけない『正しく知る』とはどういうこと?

      「ある存在Aを見て、あなたは何を見る?」鳥だ。雲だ。人間だ。・・・etc.そんな単語を答えるならば、それは概念を見ているということになるだろう。それはすなわち表象を見ているということ。しかしそれはそのものを「知っている」ということとは違う・・・そのものの姿形をなぞっているだけにすぎない。では、本当に「知る」とはどういうこと?事物を正しく「知る」ということは、、、まず、すべての存在は自分独自の観点が働いていることを知ることから始まらなければならない。自分が感じるすべて、それはエネルギーも含めて・・・自分の観点が生み出した自分の解析の結果態である。それは何を隠そう・・・この世界には完全な客観の世界は存在しないということ。私たちはみな、自分勝手な解析の世界に生きているということである。鳥一羽を見ても、違うイメージ違う解析で見ている。Aさんにとっては和み鳥でも、Bさんにとってはやかましい鳥であるというように。ありとあらゆるものすべてがその調子。故に、存在で見てしまったら、それは正しく知ることは不可能となる。ではどうしたら正しく知ることになるのだろう?そもそも、存在は固定されたものではなくバイブレーションであることを理解することが必要でしょう。そしてそのバイブレーションの「素材」「仕組み」「目的」、この3つを知った時、私たちは始めて、そのものを「正しく知った」ということになる。で、ここまで頭を絞って書きましたが、何が言いたいのかというと、、、なぜ地球から戦い争いがなくならないのか、なぜ真の協力関係を作られないのか、、、その理由が、私たちは何一つ正しく知らないからだからです。自分勝手に捉えた独自の単なる解析を「知った」と勘違いしているからです。取るに足りない小さな問題でしょうか?違う・・・山一つを焼き尽くしてしまう山火事も、始まりは小さな小さな火種から始まるように、世界を転覆させてしまう大事件は私たち一人一人の小さな小さな認識から起こるのです。眠い・・・おやすみなさい。

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  • 07Aug
    • あなたは、握りしめている存在というラスボスを切れますか?

      体の目ではなく、心の目を養うことを教えてもらった。体の目など嘘ばっかりを見る。姿形に惑わされ、そのものの本質にたどり着けない。条件状況でコロコロ変化する姿形など所詮、錯覚なのだから当たり前なのに、、、。。。。「医師として、私は何を見なければならないのか?」そんな問いを持ち続けていた。私たち医師は、西洋文明の申し子である。西洋文明とは境界線をどこまでも細かく細分化していく世界。体の目を鍛えていく世界。でも、いくら細胞を細かく砕いても、いくら体の目を凝らしても何も見えなかった。本質など何も。。。しかし今、その理由がよく分かった。ものごとの本質は、体の目には見えないところにあり、存在そのものにはないのだから。星の王子様は本当のことを言っていたなと感心至極。これは小説の中の話ではなく科学の話だったのだなぁと。「本当に大切なものは目に見えない。」病の本質とは、目に見える細胞という存在にあるのではない。本質は、細胞足らしめているその人自身の情報場である観点にこそある。…しかし「ならば情報場を変えればいい!」と効率性、合理性に洗脳されている我々は短絡的に飛びつくがそうではない。本当のlast bossは、その情報場すなわち観点を生み出すために発動した意識の揺らぎ「認識」。そこにこそメスを入れること。タンスの中の洋服を整理するのではなく、タンス自身をなくしてしまえ❗️。。。これが治癒の道。そしてこれは、自分自身の「存在」という認識にメスを入れること。治癒は自らの内からしか起こらない、、、その理由は、病とは「あなたは、握りしめている存在というラスボスを切れますか?」と真の自分から問われているメッセージなのだから。

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  • 06Aug
    • 夢の現実化に必要不可欠な真の協力関係は、自分を明け渡す勇気から始まる

      大事であれ、小事であれ、、、何かを成さんがために私たちは生まれてくる。そしてそのために絶対不可避な条件がある。。。それは一人で考えていることなど観念にすぎない。この世界は「2」で現象化されるという基本法則です。例えば、右の手と左の手が合わさって音が生まれる。卵子と精子が合わさって子供が生まれる。認識する側とされる側があって始めて、、、宇宙が存在する。もし自分が夢を描き、その夢の現実化を本気で考えるのなら、協力関係という目に見えない融合の力が必要不可欠。要するに、夢の現実化にはminimum2人が必要ということです。2人が一つになることで始めて新しい何かが生まれるのだから。しかし更に効率を高めるためには「5」です。5人が一つになった時、叶わない夢などないでしょう。この宇宙に例外は作られない。。。以上のことは自分の手の指を眺めれば当然のように分かること。指は1本では役に立たないが、親指と人差し指でつまめるようになる。しかし5本の指が使えれば、、、沢山のことができるようになる。ってね。しかし言うは易し、行うは難し。。。違う人間同士が「一つ」になる、、、これが出来ないから人類は中途半端なのだ。なぜ?それは、私たちはそれぞれが違う認識の世界を生きているため、決して分かり合えていないという事実を直視していないから。「平和」という一言に対し、72億人は72億通りのイメージ、感情、思考を持ち言動を起こしている。分かり合えず、ぶつかり合うのは当たり前。・・・「一つ」になるための条件。明確で詳細なビジョンの共有過去のイメージ、思い込みを捨て去る決断そして、、、相手に自分を明け渡す勇気・・・「自分」を握って離さない者とは、永遠に一つにはなることは不可能です。

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  • 05Aug
    • 女性が真の性に目覚めた時こそが、偏りすぎた男性社会ゲームの終焉

      セクシャリティ。。。なぜこんなにも性が覆い隠されているのだろう?友人の遠藤 ゆうかさん、彼女はチネイザンとカルサイネイザンの施術者である。チネイザン、カルサイネイザンとは生殖器、生殖器につながる内臓部位の腹部から、血流やリンパの流れに関係する両脚を含め、生殖器周辺部位に至る腹部から下半身全体にかけて施術するタイの施術法。女性性の象徴的部位である生殖器のトラブルを抱えている女性があまりにも多い現代。彼女は言う。「腹部、そして生殖器周辺があまりにも硬い女性が多い。。。女性たちの体が感じない体になっている。」一人一人の女性に無意識の性の抑圧がある、しかしそれだけではなく、人類全体で掛けてきた女性の性の歪みがある。その歪みが現代社会において、これだけ多くの婦人科系疾患を生んでいることは明らかでしょう。すべての存在の大元が「無」から生まれていることを悟り知った今、精神と器官臓器細胞は重畳していることがはっきりと分かる。私は思う。。。性というものをシャドウに隠してはならない。なぜならこの世のすべては性そのものだから。自然界を見渡してみる。ありとあらゆるものが性の発露であり、性の交わりであることを見つけられるでしょう。人間も自然から生まれたものならば、私たちは性そのものだと言えるのだ。ならばその根源を歪めたら、何をやってもすべてが歪むのは至極当たり前。。。この世は一枚のエネルギー場である。スターウォーズでいうフォースの世界。大きな力を抑圧した時、大きな反作用が起こることは誰でもが想像できるでしょう。性というのは生命の根源、そして。。。新たな生命を生み出す女性性というのは、一つの宇宙など瞬時に消し去るほどの驚異的な力を有している。それを歪め、シャドウに追いやったツケは、、、自分たちに跳ね返ってくる。誰が犠牲者であり、誰が加害者であるなどと言う問題ではなく、人類が取り組まなければならない「人類の存続」をかけた問題定義。昨今、話題になった東京医大の女子学生の入試不正問題など、なにも真新しいことではない。。。私たちは本質的な問題など何一つ解決していないことの再認識させられただけのこと。私は作ろうと思う。女性が性を堂々と語れる風潮を。何が私たちを恍惚に導き、何が私たちを萎えさせるのかを。。。そして、嫌なものは嫌だと、好きなものは好きだとはっきりと表現する体を取り戻していくシステムを。女性が真の性に目覚めた時、その時は偏りすぎた男性社会ゲームがゲームオーバーとなる。間違いなく。

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  • 04Aug
    • 母性とは「自分」と「相手」という境界線を溶かす能力である。

      子育て中、私は外科医をしていたためとても忙しかった。子どもと一緒に過ごせる時間は限られており、そしていつも疲れていたなぁと過去を振り返る。もしもう一度、子育てのチャンスがあるならば、自然のリズムに合わせ、自然の声を聴きながらやってみたいなと妄想することもあります。笑私の妄想は置いといて、よく相談されることですが。。。子供との時間があまり取れないお母さんが世間からよく言われること「もっと子供との時間をつくってください。」…でも実際は時間が取れない。「どうすりゃいいんだい?」と。これはもっと深い洞察が起こった時、社会全体の思い込みであることが見えてくる。時間とは相対的なもの。。。時間などそもそもない。「すべての事象は瞬間的に起こっている。」これが真実。ものごとは瞬間で起こり、瞬間で終わっている。対人においても同じこと。出会いの時間的な長さなど幻であり、リアルにあるものはその瞬間の深さのみ。子供と相対している時、相手とどこまで一体となっているのか?すなわち、どこまで自分の境界線を開いているのか?どこまで深く子供を自分の内に入れているのか?母性とは、独り善がりの思い込みの執着ではない。母性とは溶鉱炉のようなもの。「自分」と「相手」という境界線を溶かす能力である。

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  • 03Aug
    • 変革を生み出す力は、団結すること

      そもそも、己自身に問うてみる。「自分という存在は、そんな後生大事にするほど大切か?」命の問題ではなく、存在の問題として。。。の問いだけど。自分という存在をそんなにも大切に思ってしまったら、雁字搦めになってしまう。身動き取れずになにも挑戦できなくなってしまう。だから、、、ほどほどにしたらいいと思う。自分など、大宇宙の中の一個の細胞、、、それくらいに思っていたら自由です。自分の感情?自分の思考?自分のイメージ?自分の成功?自分の立場?自分の体?自分の悩み?、、、「自分!自分!」やかましいな、と。「特別な個人」、、、そんなものは本当に居るのだろうか?体の中にすっぽりハマり、そこから外を眺めるから「特別な個人」がいるように見えるが、体の外に心を置けば、宇宙という一個体の中の一つの細胞のような存在でしかない。特別な個人など・・・私は個人主義の洗脳であると思っている。個人というものを特別視させれば、人はエゴに走るようになるのだから。個という境界線をどんどん強固にし、人類は一人一人がバラバラだ。団結など生まれようがない。。。なにかを変えようとする時には「力」が必要です。そして力は団結からしか生まれない。歴史から学べるはず・・・。欧米の植民地支配のやり方は、アジアの団結を切るというのが常套手段だったでしょう。一人一人をバラバラにしておけば力は生まれない。この世の中は力学が働いている。変革は「力」がどうしても必要不可欠です。

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    • 天と地を繋ぐ役割として女性たちはある。

      球体には中心がある。しかしその中心は実在しない。。。されど中心が球体すべてのバランスを取り、球体を球体足らしめている。今日は女子3人会議❣️縄文から始まり、マザロジーについて語り合った。分離分断の世界観にしがみつき、ポジション争いをする旧時代、、、個という存在が何によって存在足らしめられているのかを、まるで健忘症にかかったかのように忘れ振る舞う社会。。。かっこ悪いのだ。中心の意志から離れてすることなど、独り善がりのSEXのよう、、、自分以外は皆、白けていく。持続可能な開発、発展。。。それが求められている昨今、ポジション争いではなく、winとwinの協力関係をいかに築くかが最も重要な課題であろう。そのためには繋がりと利他能力が何よりも必要となっていく。個人で勝っても持続可能な発展はないのだから。中心の意志は、個というバブルには一切の興味もないだろう。そのことに一早く気づいた者たちが次の時代の勝者となることは明らかだ。マザロジー。。。確実に時代は膨張を止め、球体の中心への収斂に舵を切った。そんな時代の開闢の前に、どんなにエゴを膨らませても、結局は母性に包まれ溶かされてしまう。なぜなら中心から離れられる存在は、塵一つとしてないのだから。その真実を生きる時代が幕を開ける。そして人類歴史で傷ついた女性のクラウドは、神秘な体を通すことによってヒーリングが起こり、本来の女性のミッションを果たすようになるであろう。そう。。。天と地を繋ぐ役割として女性たちはある。七恵さん、紅子さん、、、直感力と洞察力を兼ね備えた新しい時代を築く素晴らしい女性たち。今と未来を見通す眼力は、現代を生きる巫女そのものです。素敵な女子会、頻繁にやっていこう❣️楽しかった❤️

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  • 02Aug
    • 完全に生きる清々しさは、すべての恐れが一掃された瞬間に訪れる。

      愚痴や不満や言い訳が蔓延している。。。それがどれほど世界を汚しているのか、、、目に見えない公害を撒き散らしている。それらは、発散しきれないエネルギーが形を変えた表出。。。「完全に生きるためには、完全に死ぬことだ。」と言われている。では「完全に死ぬ」とはどういうことなのだろう、、、考えてみた。それは何一つ掴まずに今ここ自分を完全燃焼させることだろう。何一つ、、、思考も感情もイメージも、そして存在すらも掴まずに燃やすこと。人間とは小賢しい生き物である。ちっぽけなエゴを守ろうと、マインドが働き、計算が働く。しかしそれでは完全に死ぬことなどできない。ゆえに完全に生きることはできない。「明け渡してしまえ!」、、、マインドの遥か下から魂が囁いてくる。明け渡しの恐れを超え、握りしめていた拳を開いていく、、、最後に「己の存在」という境界線を明け渡した時、「・・・なんだ、自分など、もともと何ものでもなかったのだ。」という真実に気づく。すべての恐れが一掃された瞬間、と同時に完全に生きる清々しさが訪れる。第一段階の人生とは、自分で作った境界線を越える「戦い」なのかもしれない。そしてその後より真の人生が始まると言えないだろうか。境界線を超えてから、私たちは自分の人生を完全に生き始めると言えないだろうか。

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      テーマ:
  • 01Aug
    • すべては消滅を繰り返している。振動している。

      仕組みで見ればシンプルなのに、存在で見た途端、複雑になる。。。この世の中を複雑にしているのは、私たちのものの見方である。医療をやっているとそれが良く見える。細分化してバラバラにしていく、そして一つ一つを固定化する、、、これが西洋医学のものの見方。だから最新の研究に付いていくために、沢山の論文を読み情報を得ていっても更に最新がくる。エンドレス…。しかし残念ながら、どれを取っても部分でしかない。全体が取れていない。その理由は「すべてを存在という固定で見ている」から。「この宇宙空間に固定しているものなど何一つない!」という真実を捻じ曲げてしまっているから。すべては振動しており、すべては今ここ消滅を繰り返している。。。そしてすべては巡っている。それが分かった時、全体を捉えるには「存在を存在として捉えてはいけない」ことに気付くだろうか?人間の体を見るのも同じ。臓器、細胞、DNA…など、単体として捉えていったら、それは物理学が最終理論に辿り着けないのと同じ罠にはまる。すべては消滅を繰り返している。振動している。、、、肉眼に誤魔化されてはいけない。肉眼では全体を捉えることなど不可能なのだ。全体を捉える裏ワザは、「消滅の仕組み」を観ること。そうした時、すべての複雑は一掃され、残るのはとてつもないシンプルな動きだけが観える世界。すべての事象はシンプルな動きで起こっている。人間の体も例外ではない。ものの見方を「存在」から「動き=仕組み」へ、ここが世界がひっくり返る特異点。

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H8年東京女子医科大学卒業。 同大学消化器病センター外科にて がん治療に従事。 国立国際医療セン...

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