Friday the 13th
最初に…写真と本文は一切関係ありません^^
奇しくも今日は「13日の金曜日」、真っ先に思い浮かべてしまうのは映画のジェイソンなのですが^^;
そもそも“13日の金曜日”は、英語圏の多くとドイツ、フランスなどの迷信において不吉とされる日なんですね。
いわゆるキリスト教圏では縁起の悪い日として忌み嫌われています。
古代においては暦の必要性から、六十進法が用いられたため、12ヶ月や12方位、12時間などのように、時間や方位にもしばしば使われた12に対し、その隣の素数である13は調和を乱すモノとして不吉な数と考えられました。
イエス・キリストがゴルゴダの丘で処刑されたのが13日の金曜日と言われており、また最後の晩餐に13人の人がいたコトから(13番目の席が裏切り者のユダだった)、古来より不吉な“数”とされる「13」と、「金曜日」を不吉とする考え方が混じり「13日の金曜日」が言われるようになったようです。
西洋では多くの建物の階数とか、ホテルやアパートの部屋番号、飛行機の搭乗ゲート等々、様々な場所がこの「13」という数字を外して作られていますしね。
パーティなどでも、13人目の招待客になるコトは嫌われていますし、14人呼ぶ予定のパーティでもし1人欠席が出れば急遽もう1人呼ぶとか^^;
「13」という数字でモノ言えば、アメリカが独立宣言をした当初の州の数は“13州”でしたから、国旗の星の数も“13個”でした。
現在は50州あるのでもちろん星も50個ですが、紅白の横線は赤が7本、白が6本の合計“13本”と、独立当初の州の数を意味しています。
1853年、浦賀に黒船がやって来ました。そう、ペリー来航です。
ペリーを日本に派遣したのは、アメリカ“第13代”大統領フィルモアでした。
因縁めいた最も有名なハナシでは、アポロ“13号”の事故があります。
打ち上げが中部標準時で“13:13”(迷信を打ち破るといった意味が込められていました)であったコトが、科学の結晶を迷信のさらなる拡大に寄与してしまうという皮肉な結果をもたらしました。
ちなみに西洋では忌み数である13ですが、中国の一部地域では「十三」と「実生(実るという意)」の発音が似ているため吉数としているそうです。
仏教においても、釈尊を守護する十三仏があり、13は吉数として捉えられているようですね。
さて「13日の金曜日」、ドワイルドな皆さんはどう思いますか?
不吉だと気にしますか?
それともあっさり笑い飛ばしちゃいますか?☆
dowild.s
Fair Hand
突然ですが最近、筆記体でアルファベットの文字を綴りましたか?
そう、フッと気が付いたんだけど、自分自身もここしばらく筆記体では英文を書いていないし、人が書いた文章も見ていないな…、と。
昔、中学生の頃に英語の授業で習ったじゃない?
筆記体って何となくカッコいいじゃない?当時映画でしか触れた事の無い本格的な英語って感じで^^
綺麗に書けるようになると嬉しくてね(笑)、当時の英語のノートはもっぱら筆記体で書いていたのを覚えている。
ところが、最近知ったんだけど今の若い子(笑)は学校で筆記体を習っていないんだってね?
というのも、日本では明治時代初期に欧米の教育システムを取り入れた当初から重要視されてきたこの筆記体だが、実際欧米では現在プライベートなメモやサイン以外はほとんど使われない。
かつてはリンカーンが自ら書いたゲティスバーグ演説をはじめ公の場でも広く用いられていたのだが、今では年配の方しか使っていない"古い"文字って事。
例えてみると、日本語での筆で崩して書いたような行書体の様な存在なんだよね。
それに気付いた日本の教育では、1989年改定の学習指導要領より中学校の指導範囲から筆記体が削除され、それからは筆記体を教えなくても良いということになっている。
学生の頃さんざん練習し愛用していた立場としては、ちょっと寂しい話だけどね。
ノスタルジックな雰囲気が漂う筆記体での文章。
メモを取るときなんかにさりげなくサラサラって使ってみるのも粋なんじゃないかな?
dowild.m
GUINNESS
昨晩の飲み過ぎで、二日酔いのまま今日はこんな話題を(*^_^*)
旨いビールはノド越しスッキリ♪
しかし、無条件にそう思い浮かべるなら大手ビールメーカーの思うツボなんですね^^;
“ノド越しスッキリ”はピルスナーに代表されるラガービール(低温熟成の下面発酵ビール)の特徴を謳ったモノで、ソレだけがビールの魅力ではないんですよ(^.^)b
“ノド越し”よりもむしろ“香り”や“口当たり”を愉しむビールも世の中にはたくさんあります。
ソレは“エール”と呼ばれる常温熟成の上面発酵ビールで、もともとビールの原点とはコチラにあるんですね。
おおよそ20年ほど前からアメリカあたりでも“クラフトビール=手造りの芸術品”として、味にうるさいインテリ層を中心に人気が上昇し続けています。
昨夜飲んだ「ギネス」はそのエールの中でも際立つ個性を持った“スタウト”という種類のビールです。
世界のビールを大分すると20くらいのビアスタイルになりますが、中でもスタウトと言えばおのずとギネスとなるワケなんです。
ビールでは口に含んだときの感触を“マウスフィール=口当たり”と呼んでいますが、ギネスの甘くほろ苦い口当たりは、クリーミィな泡と芳醇なボディによるモノで、その秘密は秘伝のレシピにこそあります。
ビールは大麦モルトを主原料としますが、日本やアメリカではコレに米やトウモロコシを加え“スッキリ感”を出すのが普通になっています。
ところがギネスはソコに米やトウモロコシではなく、ローストバーレイを使うコトで“香ばしさ”を加えているんですね。
“ローストバーレイ”とは大麦をモルト化せずにローストマシンでゆっくりと焙煎したモノで、漆黒のボディは(実際には濃いルビー・レッドです)このコーヒー豆のような黒い焙煎麦によってできあがるワケです。
ソレが気品あるホップと融合したとき、ギネスの香ばしさとあのえもいわれぬふくよかな味わいが生まれるんですよ♪
エールはラガーと比べて“香り”が強く感じられるビールなんですが、ソレは発酵にかかわる“酵母”によるモノです。
ワインの香りの一部や日本酒の吟醸香も“酵母”が造り出すモノですが、エールの上面発酵酵母はコレによく似ています。
ビールの風味を決定付けるのはズバリこの“酵母”なんですね。
そんな背景があるから、どこのビール会社もモルトやホップなどの原料は外部から調達しているのに、酵母だけは自社培養して企業秘密としているんです。
ギネスの酵母も『門外不出』、250年前から受け継がれてきた特殊な酵母はもちろんギネスだけのモノ。
この酵母と芳醇なバーレイの成分が世界にふたつとない個性的なビール「ギネス」を造り出すんです^^
加えてもう1つの魅力が、あのクリーミィな泡♪
口に含んだときのとっても柔らかな感触はたまりません(^.^)b
漆黒のボディと見事なまでに調和した純白の冠(ヘッド)。
ゴクゴクと勢いよくノドを通過させるのではなく、口当たりや香りを愉しみながら、ゆったりとした気分で飲むドワイルドなビール、ソレがギネスなんです☆
…って、そんなコトを考えながら飲む最初の数杯はいいですよ…
毎度のコトながら飲み過ぎは次の日、あの楽しかった思いを見事に“泡”と消し去ります(^o^;
頭痛ェ~(>_<)反省っ(T_T)
dowild.s
Mini
家の近くに英国車のミニを得意にする車の修理屋さんがあって、週替わり位に車検や修理で持ち込まれる車両を目にする事が出来る。
ほとんどがノーマルかライトカスタム程度のミニなんだけど、そこに佇む小さな車体が放つ個性や雰囲気の違いを見るのが楽しくってさ^^
オーナーの愛情が感じられる良い状態が保たれたボディ、全く同じデザインなのに豊富なカラーバリエーションとささやかな装飾によって1台1台違う印象を受けるのはこの車ならではだと思う。
外装パーツの素材や塗装の良さ、完成されたデザインだからだろうか?その可愛らしい小さなミニからは品の良い高級感と変な色気を感じるんだよね。
1959年から41年間もの間、基本スタイルを保持し変わらぬ姿で人々を魅了してきたミニ。
2000年からはBMWニューミニとして生まれ変わったが、やっぱりミニといえばこのスタイルの印象は根強い。
1956年のオイルショックで求められたのは、極めて経済的な4人乗り小型車だった。
その為、省スペースにエンジンとミッションは2階建てで収められ、ミッションはデフごとエンジンのオイルパンの中に収納。
エンジン・ミッション・デフを合体させ、自動車史上初のFF(前輪駆動)でエンジン横置き搭載という画期的なメカニズムが産まれた。
そのコンパクトなパワートレイン設計によって、小さな車体にもかかわらず必要十分な車内空間を確保することに成功している。
これが現在の小型車の基本となっているスタイルなんだよね。
さらに、タイヤをボディの4隅ギリギリに設置するレイアウトや4輪独立懸架サスペンション、10インチホイールのタイヤを開発・採用することによる重心の低下と安定性。
モノコックで形成されたボディと駆動軸の中心にのったエンジンとのバランス、足回りの安定が類まれなるコーナリング性能を実現した。
そう、省スペースの偶然の功績が"自動車工学の奇跡"とまで呼ばれるミニを生み出す事になったんだ。
かなり前に知り合いのミニに乗った事があるんだけど、当時の軽自動車よりさらに狭い車内空間ではあるが決して窮屈ではなく乗り心地は悪くなかった。
その車はエアコン・オーディオ無しでマニュアル車という熱いミニだったんだけど、夏にドライブした時は違う意味でも熱かったよ(汗)
41年も変わらぬ姿で人々を魅了してきたスタイル、生産が終了してしまったのは寂しいが小型車の歴史を切り開いた自動車界の最高傑作なんじゃないかな?
dowild.m
C.F.Martin
ヤードバーズのギタリストとしてデビューしてから45年。
来週の大阪城ホールを皮切りに、日本武道館へと、エリック・クラプトンの18回目となる来日ももうすぐですね♪
折しも初来日から35年という節目の年です。
ドワイルドな皆さん、チケットの準備はO.Kですか?^^
“三大ギタリスト”“ギターの神様”と讃えられるのはよしとして、ブルースとともに歩んできたアーティスト、クラプトンが「マーチン」のウ゛ィンテージ・モデルを愛用しているのは、あまりに有名なハナシです(^.^)b
もちろん、そのマーチンのギターが1833年から作られているのは、ギターをかじった経験ある方なら当たり前に存じ上げているコトでしょう。
何しろ糸巻きがあるヘッドの上方に、マーチン社のロゴと並んで「EST.1833」の文字が記されていますからね。
マーチン社と同じくアメリカを代表する、というよりも、やはり世界的なギターメーカーのギブソン社が、ピックアップ付きの“ES-150チャーリー・クリスチャン・モデル”を世に送り出したのは1935年、ソリッド・タイプでは最初のエレキギターである“ブロードキャスター・モデル(テレキャスターの前身)”をフェンダー社が発表したのは1948年のコトだ。
そんな余りにも有名なギブソン、フェンダーという両雄がエレキギターを手掛ける100年以上も前から、マーチン社は最高級ギターの製作を続けてきたんですね。
エレキギターとアコースティックギターの違いを考えれば、およそ100年の時間差はトーゼンのコトでしょうが、その事実に改めて感慨を覚えるのは、日本の若者の前に、マーチン、ギブソン、フェンダーの単に楽器という存在を超えて魅惑的でさえあるギター群は、ほとんど同時に出現したためなんです。
1960年代の初め、ロックとフォークがアメリカから押し寄せてきました。
誤解を恐れずに言えば、ビートルズさえアメリカ経由でやってきたワケですが(笑)、ロックとギブソン及びフェンダーが、フォークとマーチンが、ほとんど一体不可分に見えたモノでした^^;
コピー、イミテーション、レプリカの氾濫がしばらく続いたあと、フェンダーが、そしてギブソンが身近な存在となり、アコースティックギターの最高峰であるマーチンが間近に見えてきた現在、ロックとかフォークという分類を超えてアメリカを感じさせるドワイルドなサウンドが、ソコにあるコトに改めて気付いたりします☆
アコギは“禁じられた遊び”エレキは“ディープパープル”で挫折した男ですが…(笑)
dowild.s
Flannel-Shirt
強風や大雨、晴天の空とホント様々な表情を見せてくれる最近の天候ですが、皆さまいかがお過ごしですか?
どんな天候であろうとも、やっぱり冬は"寒い"という事実。
インフルエンザも流行っているようですが、どうか皆さま、風邪にはくれぐれもお気を付けて^^
☆
この季節は毎晩寝る前に翌日の天気予報をチェックして、防寒レベルを定め(笑)翌朝着ていく服を決めているんだ。
「明日はLevel5だからダウンジャケットだな♪」なんてね。
それにより着ていくアウターを選択するんだけど、ハーフ丈のジャケットやコートに欠かせないインナーはやっぱりネルシャツで決まり。
温かいサーマル素材の長袖Tシャツ(時にはTシャツを重ね着して)にネルシャツ、その上に防寒性の高いジャケットを羽織れば大抵の寒さには耐えられるんじゃないかな?
もちろんマフラーと手袋も忘れずに。
セーターやスウェット、フリースなど温かいトップスは色々あるけれど、やっぱり色合いや様々な表情のチェック柄を選ぶのも楽しいネルシャツが好きなんだよね。
特にヘヴィウェイトのネルシャツは保温性が抜群で、それでいて軽く優しい着心地がたまらない。
いつも安く手に入る古着で購入するんだけど、たくさんある中から自分の好きな色・柄・サイズ・コンディションを選ぶのは楽しく、そして理想の1着にめぐり合えた時の感動といったら…。
(って、ちょっと大袈裟かな?)
気がつけば、同じようなネルシャツが何着もクローゼットの中に掛かっているんだけどね(笑)
寒くて辛いドワイルドな冬の朝、そんな中から「今日はどれを着ていこうか…」と悩むのがささやかな楽しみだったりして♪
dowild.m
Coke&Hamburger
冷たく降りしきった雨もあがり、爽やかな2月のスタートですよォ(^.^)b
アメリカ好きを自負し、あれこれ語ってますが、どれくらいぶりだろう?
今日はホント久しぶりに「コーク&ハンバーガー」という王道の組み合わせのランチをとりました^^
コカコーラはもちろん好きですよ♪
けど、気が付けば進んで飲む機会はめっぽう減りました^^;
ハンバーガーにもコーヒーとか、炭酸飲みたけりゃ昼だって、ハンバーガーにビールとかですし(笑)
それでもやっぱり、あらためて味わってみると、この組み合わせって最高ですね♪
そんなコカコーラの製造販売が日本で始まったのは1961年。
ジョージア州アトランタで薬剤師が、その“褐色の飲み物”を売り出してからすでに75年も経っていたんですね。
マクドナルドハンバーガーショップの日本第1号店が東京・銀座に開店したのは1971年。
同じシステムの店がアメリカに登場して23年後のコトです。
もちろん、それ以前から日本人は、コーラやハンバーガーの存在に気付いてはいたんです。
特にコカコーラの工場は1946年以来、日本国内の6ヶ所に建てられました。
ただしソレら日本産コークは在日米軍関係者用で、不正に流出した一部が、喫茶店やバーでまるで密輸入品かのように扱われていたんですよ^^;
食品の場合、単にそのものが伝わるのと、システムやスタイルを伴って移入されるのとではまったく意味が違います。
システムやスタイルは、たいていブランドとともにもたらされるんです。
コカコーラがその先駆けで、10年後のマクドナルドは“食”におけるアメリカンブランド大量移入時代の幕開けを告げました。
アメリカ生まれのファーストフード、ファミリーレストラン、コンビニエンスストアー、ショッピングセンターなどが続々と登場し、定着したのが'70年代なんですね。
『コーラだハンバーガーだって騒いだけれど、今の若者はお茶を飲みながら弁当を食べてるじゃないか』
確かにその通り(*^_^*)
しかし、缶入りやペットボトル入りのお茶を、コカコーラのスタイルで飲み、コンビニで買った弁当をハンバーガー感覚で食べているコトを見落とさないで下さい(^.^)b
シャネルで身を飾り、メルセデスを乗り回しても、貴族的なヨーロッパ文化に近づけるワケじゃありません。
けれども、コーラを飲み、ハンバーガーを頬張っているうちに、アメリカ文化は体の奥まで染み込み、日常生活の意識と行動まで変えます^^
それこそがまさに、大衆的で普遍的なアメリカン・ブランドのドワイルドなところなんですね♪
振り返れば少年の頃、とにかく一番、手に届きやすいアメリカは、やっぱりコークとハンバーガーだったんです☆
dowild.s
Keith Moon
最近のMyブームは、60~70年代に活躍した英国ロックバンド「The Who」なんだ。
特にキース・ムーンの叩くドラムに夢中で^^
昔から大好きなバンドなんだけど、ipodで音量全開(笑)でイヤフォンで聴いていると結構新しい発見があるんだよね♪
キース・ムーンって個性的で面白いミュージシャンだったんだな、って改めて感心しちゃってさ。
決して力んでないクネクネした手首からスナップを利かせて叩かれる大音量のサウンド、全編フィルイン的な激しい奏法は誰も真似が出来ないほど型破りで芸術的。
この存在がザ・フーの変則的なサウンドの要となっているといっても間違いじゃないだろう。
ところで、彼のドラムセットにはハイハットが存在しない。
水平に置かれたドラムセットに身を乗り出して、幾つかのシンバルを使い分けて刻むリズムが彼のスタイルなんだ。
また、彼が1966年に世界で初めて使用したと言われているツイン・バスの存在も見逃せないポイントだよね。
枠に捉われがちな"ドラム"というパートの壁を最初からブチ破っているっていうか…。
なんかね…、彼のプレイはまるで子供が夢中になって太鼓を叩いているように聴こえてきて楽しくなってしまう^^
メンバーの後ろで、「ウォー!」って大声で叫びながら叩いているし(笑)
そして、何より有名なのはザ・フーのステージ・パフォーマンスである「Auto Destruction(ステージでの楽器の破壊)」。
キース・ムーンはこの楽器破壊に特別な敬意を示し(笑)、ドラムセットを激しく蹴り、打ち付けることに熱中した。
テレビ番組に出演した際にはドラムセットに大量の火薬を仕込み、「マイ・ジェネレーション」演奏終了後にこれを爆破させたんだ。
それによりギタリストのピート・タウンゼントが聴力障害を負い、番組に出演していたぺティ・デイヴィスを気絶させた事実は有名な話(汗)
プライベートでも様々なスキャンダル、「変人」「壊し屋」としての名声を欲しいままにしたキース・ムーンだった。
そんな事が許されるのもキース・ムーンの人柄のおかげ、彼の憎めないおどけた性格は「Moon the Loon」の愛称で愛すべき人だったという。
ドワイルドな逸話ばかりが有名だが、彼は楽曲にピッタリ合った繊細でセンスのいい太鼓を叩いていた天才ドラマーなんだよね。
dowild.m
Tote Bag ‐L.L.Bean ‐
スーパー等での買い物時、主婦層はもちろんのこと、エコバッグを活用している姿は日常的にスタンダードなスタイルとなってきましたね(^.^)b
俺も普段の“主夫的”買い物の時には(笑)袋を貰わず、マイバッグを愛用しています♪
何の変哲もない布製の「トートバッグ」なんですけどね^^
そんなトートバッグの原型は、1944年に発売された“アイス・キャリア”つまり氷運搬用のバッグだったって、ご存知でしたか?
氷といっても製氷工場で作られた、まるでビデオデッキをもっと分厚くしたようなシロモノだから、ソレを中に納めて運ぶバッグが、いかに頑丈かは想像がつきますよね^^
俺が長年使ってるのが実はメールオーダー(通信販売)で名高いエル・エル・ビーンのモノなんですが、トートバッグの祖「アイス・キャリア」自体は、時代の流れとともに今から遥か昔にカタログからは消えてしまっています。
ソレもトーゼン、冷凍冷蔵庫の普及で、氷を買って持ち帰るコトなどなくなったからなんですね。
しかし、1965年になって“ボード&トートバッグ”が登場したんです♪
アイス・キャリアのイメージは踏襲しているが、ハンドル部分には鮮やかな赤や青に染めた生地を使い、もはや重い氷を運ぶコトなど想定してはいません。
ハンドルが長いモノ、革製のモノ、ファスナーが付いたタイプ等、バリエーションも増えました。
そう、買い物、通学、レジャーなど、多目的に使えるバッグとして生まれ変わったワケなんですよ(^.^)b
何を放り込んでも、しっかり受け止めるのは、単純このうえないデザインと、まさにアイス・キャリアから受け継いだ堅牢な作りだからでしょう。
屈強な帆布製バッグは様々なコピー製品を生みましたが、今だエル・エル・ビーンのトートバッグを超えるモノは見たコトがありません。
使い込むほどに、シミがつきクタクタになるほどに愛着も沸いてきます。
やがて使い込んで、使い古せばまた同じモノを手に入れる…
日常で当たり前に使うドワイルドな“定番”とは、そういうモノなんですよね☆
dowild.s
Cocktail
トム・クルーズ主演の映画「カクテル」
1988年に公開されたゴキゲンなこの映画、バーテンダーをしている若者の恋愛や苦悩を描いた青春ドラマって感じだったよね?
ところで「カクテル」の原作本は、映画とはちょっと雰囲気が違っているんだ。
ニューヨーク、1984。
いちばんホットで、いちばん危険なバーテンダーを求めて美女たちが吸い寄せられる場所〈カクテル・バー〉。
蝕まれ、変質してゆく街と人を酒場という鏡に映し出して、観念の風景と〈街もよう・人もよう〉を共鳴させるパワフルな言語。
快楽主義の恍惚と毒を完璧に描ききった20世紀末をいろどる高級娯楽小説。
この解説文もどうかと思うけど(汗)、映画の華やかさとは程遠い、この文章に表現されているようにダークな背景が舞台のちょっと危ないストーリーでね。
ヘイウッド・グールド著、芝山幹郎訳の小説、今では原作と共に絶版になってしまったのが残念だが、古本で探せばまだ見つかるんじゃないかな?
ストーリーはもとより翻訳が上手いんだろう、強烈で勢いのある文章にドップリ引き込まれてしまう。
映画同様に最後はハッピーエンド??的な結末なんだけど、それまでの成り行き任せの"地獄めぐり"ともいえる内容がなかなかリアルで過激でね。
"爽やかなトム・クルーズ"的な映画のイメージで読まないほうがいいよ、イメージが壊れるから(笑)
機会があったらぜひ読んでほしい、ある意味俺のフェバリットで本物のドワイルドな小説なんだ。
dowild.m

















