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Beaujolais Nouveau

Beaujolais Nouveau


毎年、この時期になるとちょっとワクワクしてしまう、フランスからの便りがやってくる♪


「今年のボジョレーの出来は気候に恵まれ、例年以上の出来という事です!」
とのお馴染みの(笑)触れ込みと共に売り出されるワイン。


そう、今年は今日11月15日0時がボジョレー・ヌーヴォーの解禁だよね。


11月の第3木曜日が解禁日となっているボジョレ・ーヌーヴォー、ここ日本では日付変更線の関係で本場フランスよりも早く飲めるっていうのは何となく嬉しい^ ^


冷蔵庫で軽く1時間ほど冷やし、
コルク栓を抜きワイングラスに注ぐと現れる鮮やかなルビー色の輝き、そして新鮮な果実味豊かな香り・・・。

これからやってくる季節を感じてしまう☆


去年、知り合いから頂いたヌーヴォーがとても美味しくって、今年もその銘柄を注文してある。


銘柄は内緒(笑)、まだ今年のを飲んでないからね。
(ヒントは青いラベル・・・)


フランスのブルゴーニュ地方南部に隣接する丘陵地帯、ボジョレーで生産される赤ワインの新酒プリムールがボジョレー・ヌーヴォー。


その年に採られた葡萄から作り込むために、急速に葡萄を発酵させ醸造期間は2ヶ月足らずとかなり早く、造り方も通常の赤ワインとは異なるんだ。


バナナのような香りのするガメイ種という品種のブドウを使い、急速に醗酵させるために密閉タンク内に葡萄を房ごと投入し、炭酸ガス気流中に数日置く。


二酸化炭素が充満した中に置いておくことで渋味と酸味を和らげ、果実味たっぷりの紫がかった爽やかな早飲みワインになる訳だ。


その為、重厚で深みのある赤ワインにしては、渋みが少なく口当たりの良いフレッシュな味わいに仕上がっている。


かつては、各メーカーがどこよりも早くヌーヴォーを出荷しようと競い合っていたものがエスカレートしていき、しまいにはワインとして十分出来上がっていないにもかかわらず出荷してしまう・・・
なんて事があったんだ。


それ故、解禁日が設けられ各メーカーともその日まではワインとしてきちんと作り込める、そして対等な販売競争が行なわれるようになった。


日本での80年代のバブル時代、ボジョレー・ブームは凄かったね(汗)


バブルと共にそのブームは消え去ったが、ここ10年位で日本でもすっかり市民権を得たワインの存在。


かつてのようにラベル(ブランド)を飲むのではなく、美味しいワインのテイストを純粋に楽しんで飲むようになったんじゃないかな?


この解禁日に合わせて一気に発売されるから、その豊富な種類にどれを購入しようか悩むよね?


デパートや大手酒屋で店頭試飲も盛んに行なわれているので、自分好みの1本をじっくり吟味してみるのもいいだろう♪


赤が苦手という方は、より軽く飲みやすいロゼもある。


さらに、白ワインが好きな方は、マコン地区でシャルドネ種から作られているマコン・ヴィラージュ(ボジョレーではないが)もオススメ。


いつもの赤ワインとは別物だが、ヌーヴォーの持つピュアなフルーティーな味わい、そしてバランスが良く華やかな香り・・・。


この時期だからこそ楽しめる若い新種(ヌーヴォー)のワイン、今宵はこの解禁日をドワイルドに祝ってみませんか?


Beaujolais Nouveau

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Cowboy & Bandana

Cowboy & Bandana


バンダナ(Bandana)とは本来、染色手法のコトで、古くからインドに伝わる技法のコトだ。

直接にはヒンディ語の「バンドーヌー(Bandhnu)」というのが語源になり「絞り染め」を意味する。

日本の“絞り”と同様に、布地を糸で部分的に強く縛り、その後に染めるコトで独特の模様が現れる技法なんだ。

コレがバンダナ・プリントであり、ソレによって作られたスカーフなども“バンダナ”のネーミングで呼んでたというワケ。

インドからヨーロッパに伝えられたのは、18世紀のコトだったという。

そもそも大判のシルク地で、時代とともにコットン製も作られるようになり、首元の装飾としてだけじゃなく、ハンカチ代わりにも使われるようになった。

バンダナの伝統的色合いとしては、圧倒的に赤を基調としたモノが多く、次いで青、現在では白、黄、黒etc.と、実にバラエティに富んでいる。

カウボーイたちに愛用されるようになったのは1800年代以降のコトだ。

Cowboy & Bandana


バンダナの別名には“ワイルド・ラグ”“シルク・ラグ”“カチーフ”“カウボーイ・マフラー”などがあった。

言わずと俺らは“ドワイルド・ラグ”と呼んでいるが(笑)

実際、カウボーイ自身はまず例外なく「ワイプス(Wipes)」と呼んでいたんだ。

本来なら“ネッカチーフ”といったところだろうが、口や鼻などを“ワイプする(拭く)”コトもあったろうから、そのネーミングが生まれたのだろう♪

ずいぶん前に書いたが、カウボーイが朝起きてまずするコトはカウボーイハットを被るコトだと。

実はもう一つあって、この“ワイプス”を首に巻く儀式こそ重要なんだ。

それほど深く彼らの生活には欠かせない小道具であるからだ。

巻き方は諸君もよくご存知だと思うが、三角形になるよう二つ折りにして、首の後ろでゆったりと結ぶ。

“ワイプス”は、ハンカチであり手拭いでありマスクであり、あらゆる場面で活用した。

川の泥水はコレで漉して飲んだ。

食事の際はナプキンになり、食後には布巾にもなった。

あるいは食料などを包んで、鞍に結んでおくコトもあったろう。

また、怪我や骨折の際には包帯となり三角巾ともなった。

さらには、仲間に合図を送る時の信号旗にも。

たった1枚の布だが“ワイプス”を活用できなくては一人前のカウボーイとは認められなかったんだよ。

現代で、カウボーイならざる我らがバンダナを流用するスタイルは、やはりジーンズを置いて他ならないだろう。

ヒップポケットからチラッと見えるオシャレくらいは間違いなくやりたいものだ^^

時にはソレを“ワイプス”と呼んだカウボーイたちのドワイルドな暮らしぶりに想いを馳せてみるのも一興ではないかい?

Cowboy & Bandana

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THE GREAT GATSBY

THE GREAT GATSBY

やっぱり名作と言われる映画ってのは何度観てもいいもんだ♪

ロバート・レッドフォードが好きなのもあるが、「華麗なるギャツビー」(1974)をまた観た^^

原作、スコット・フィッツジェラルドの「The Great Gatsby」は、20世紀の文学作品の中でも最高級のモノ。

映画ではあの巨匠“フランシス・F・コッポラ”が脚本を書いたんだが、納得の出来栄えだ。

1920年代のアメリカの精神的混乱を、上流階級に属する若者たちの生き方を通して描いた映画なんだけど、なんといってもレッドフォードが最高にチャーミング。

ジョン・ギャツビー(ロバート・レッドフォード)はニューヨークの東20マイル、ロングアイランドの広大な邸宅に住む謎の大富豪。

そのもの静かな紳士のたたずまいは、彼のとてつもない財産に裏打ちされている。

全編に映し出されるオシャレに身をやつす男も女も、これがまたハンパじゃない。

ギャツビーは2週間おきに自分の大きな邸宅の庭でパーティを開いていた。

そしてタバコ王、代議士、妻を殺した男の弟、レビューガールと、ワケありの男や女を平気で招待するんだ。

しかし自分は豪邸の奥の部屋から出てこないで、集まった客の総てを十二分にもてなすワケだ。

パーティの豪華な料理ばかりか、毎回庭に立てる赤と白のストライプの大テント、オペラ歌手、座興の芸人、二組のバンドに費やす金も莫大なモノ。

そんな意味のないパーティを催すのにはワケがあった…

対岸にたたずむ「ハーバーライト」の船着き場を持つ大富豪の妻が、彼のかつての恋人だったからだ。

THE GREAT GATSBY

その女性デイジー(ミア・ファロー)はその昔彼が軍の少尉だった頃、ルイビルのキャンプで愛し合ったが、彼がヨーロッパ戦線で大戦を戦っている間に、シカゴの富豪トム・ブキャナン(ブルース・ダーン)と結婚していた。

彼は、デイジーの心を取り戻すため8年間、暗黒街で金儲けをする。

やがて大金を手にしたギャツビーは大邸宅を手に入れ、奇妙なパーティを始めたといいワケ。

男は女の億倍も過去にこだわる(笑)彼は希望へのあくなき執念と、類い稀なほどのロマンティックな心情の持ち主だ。俺とソックリ!?(笑)

そういう見果てぬ夢を追う所には男のロマンさえ感じる。

そして再会…2人の愛は再び燃え上がるが、デイジーに夫と別れる気はない。

かつて2人が別れた理由を、彼女はこう言った。

「裕福な女は貧しい男とは結婚しない、知らなかった?貧しい男とは結婚しないの」

こういう女が相手でも、ホレた男ってのは本当にバカだ^^;

何年も努力して大金持ちとなり、デイジーの桟橋の緑の灯火を対岸にみる豪邸を手に入れたりするんだから。

ロマンティックに過ぎるギャツビーは…書き過ぎた、ここまでにしておこう(笑)

さて、この映画に登場する男達の美しいシャツ、見事なスーツは、あの“ラルフ・ローレン”によるモノ。

典雅な夜会服、美しい色合いのスーツが、薄情で自分だけが幸せならいいというヤツらをより一層冷酷に見せて、片想いの男の物語をきっちりと締め括っている。

白いフランネルスーツに代表されるレッドフォードの着こなしは「ギャツビールック」と呼ばれて、当時、大流行したんだ♪

ギャツビーは、グラマラスで、裕福で、ミステリアスな面を全て自分で操作するコトができたドワイルドな“自分像”を創り上げる天才だったのかもしれない。
THE GREAT GATSBY

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Layla -Eric Clapton-


Layla -Eric Clapton-


かつてスローハンドの異名を持ったギタリスト、エリック・クラプトンの代表曲でありターニングポイントとなった「いとしのレイラ」。


アコースティックで渋く演奏された、アンプラグド・バージョンも有名だよね。


ジャズの即興性とブルース・ロックを融合した伝説のバンド「クリーム」を解散したクラプトンはブラインド・フェイスを経て、アメリカの南部ミュージシャンとデレク・アンド・ザ・ドミノスを結成。


アメリカ南部のブルースやジャズといったルーツ音楽に強い影響を受けていたクラプトンが、念願だったアメリカでの活動を開始したのだ。


この「Layla(いとしのレイラ)」は、1970年にリリースされたアルバム「Layla and Other Assorted Love Songs」にタイトル曲として収録された。


無骨でありながら、どこか哀愁の漂うギターのリフで始まるこの曲。


誰もが一度は耳にしたことがあるメロディであろう♪


その至上のリフはその勢いを決して緩めることなく、一気にクライマックスまで引っ張っていく。


そしてメインが終わると、まるで台風が去った後のような穏やかなピアノのメロディが曲を引き継ぎ、この曲を見事に完成させるんだ。


また、このレコーディングにゲスト参加したデュアン・オールマンの泣き叫んでいるようなスライド・ギターも見逃せない。


そんな曲の構成や感情剥き出しのクラプトンの歌声、クラプトンとデュアンのギターバトル。


最高だ♪


有名な話だが、この曲にはこんな逸話がある。


ザ・ビートルズのメンバーとエリック・クラプトンでは音楽の上でも、プライベートでも親交があった。


中でもクラプトンと仲がよかったのは、ビートルズのリードギターのジョージ・ハリスンで、お互いの家を行き来するほどだったんだ。


ジョージの家に遊びに行くといつも美しい女性がいた・・・
その女性とはジョージの妻パティである。


頻繁にお互いの家を行き来しているうちにクラプトンは親友ジョージの美しい妻を愛してしまう。


許されない愛にクラプトンは苦しみ、その苦しみの中から1970年にLaylaが生まれたのであった。


ちなみにタイトルの「レイラ」とは、中東に古くから伝わる物語『ライラとマジュヌーン』で主人公に狂おしいまでに惚れられる美女ライラのことである。


1977年にジョージ・ハリスンとパティは離婚、そして1979年にクラプトンと結婚した。


しかし、どんなわだかまりがあったか分からないが、その後もクラプトンとジョージの仲は壊れることなく続いた。


結局、その後クラプトンも離婚しちゃうんだけどね・・・。


この曲は、親友をとるのか愛してしまった女をとるのか、どうしようもない葛藤、悩みと言った感情がストレートに表現された曲である。。


クラプトンがこれほどまでも感情を込めて歌ったのはおそらくこの曲が始めてではないだろうか?


そういう話を踏まえて聞くと実に感傷深く聞こえる、エリック・クラプトンのドワイルドな名曲なんだ。


Layla -Eric Clapton-


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PICKUP TRUCK

PICKUP TRUCK


ここ最近、新宿や渋谷の街を歩いていると、どデカイ宣伝カーをよく見かけるようになった。


米国GM社のトレーラーが、アーティストなどのビジュアルが輝く内照式のBOXを載せて音楽ガンガンに走っているのだ。


こんなトラックってアメリカではお馴染みだけど、日本じゃまずお目にかかれないモノ。


思わず車ばっかりジロジロ眺めちゃってさ・・・(笑)


この圧巻されるサイズがカッコイイよね~♪
オーバー・ザ・トップじゃないけどいつかはマイ・コンボイを持ちたい、なんて憧れたもんだ。


さて、アメリカの車といえばピックアップトラックの存在も見逃せない。


ご存知のように日本での需要はあまりないが、アメリカではセダンやバンと共に主流のファミリーカーなんだ。


ピックアップトラック
語源は、荷物をひょいとつまんで(Pick up)投げ入れ、運ぶことのできる、荷台(Bed)の付いた便利なトラック。


家具やアウトドア用品、日曜大工の材木等々、大きな物でも苦もなく運ぶ、という用途にはもってこいの実用性。


また、今の日本ではとても許されないが、海外では荷台に人が乗っている姿も普通に見かける。


前に遊びに行ったサイパンでは、現地に住む友人のピックアップの荷台で移動したのは楽しい思い出だ♪
(飲みに行った帰り、スコールに降られたり・・・)


さすがにオアフのフリーウェイで、時速100kmで走る車の流れの中で荷台に人が座っているのを初めて見た時はビックリした!
後ろ向きに乗っているから、手を振って挨拶したりして^^


アメリカの生活を支えている実用車、ピックアップトラックはフォード社が1917年に販売を始めた。


当初は農場で使われていたのだが、ピックアップトラックの自動車税がかなり安かった為、所得の少ない若者達がこぞって乗り始めたのも急激に普及した理由の一つだった。


米国メーカーはもちろん、日本のメーカーもこの人気に目を付け、こぞってピックアップを開発・生産していった。


今でも日本メーカーのピックアップをアメリカでよく見かけるのは嬉しい事だ。


ピックアップトラックがアメリカでこんなにも人気があるのは何故だろう?


もちろん雨の多い日本とは違う、気候的な要因も大いにあるだろう。


また、アメリカでは大きな荷物やたくさんの荷物を運ぶ機会が多く、このオープンな荷台の使い勝手はピッタリなんだ。


数日間かけてじっくり楽しむアメリカのキャンプ生活。


生活をそのまま外に持ち出す・・・
キッチン用品や寝具等、生活用品を丸ごと運ばなければならない。


そんなライフ・スタイルを過ごす上で、ピックアップトラックの積載量は必然なのであろう。


また、開拓時代から大きな大陸を移動してきたアメリカの歴史。


遠い昔に東部から西部へ、馬車に家財道具一式を積み込んで旅をした開拓者へのほのかな郷愁もあるのだろうか?


それ故、アメリカ人のピックアップへの思い入れは強く、自分のトラックを「MY CAR」ではなく「MY TRUCK」と呼ぶんだ。


「A-CAR-LIKE-TRUCK」
ピックアップトラックはドワイルドなアメリカの人たちのライフスタイルに欠かせない,、特別な存在なんだ。


PICKUP TRUCK

dowild.m

WARNING★

小次郎とかいうあなた楽しんでる?
いい加減コメント削除するのが面倒くさいからサ…

ヨロシク dowild

Zippo BLU


Zippo BLU

マニアとかコレクターといったソレではないが、自分なりのこだわりを持ったジッポーを今まであれこれ収集してきた。

ここ最近は、そんなに気にもしてなかったジッポーだが、今日ある知人が使ってたモノを見てビックリしたんだ。

あのオイルが燃えるからこその独特な炎の匂い、ところがその知人の使ってたジッポーは、なんとガスライターだったんだよ。

「えっ?何ソレ???」

心ではそう思ったが口には出さず、知ってるよ言わんばかりにクールを装った(笑)

ジッポーだけに、ドワイルド魂に火が着いてしまい調べたよ^^

1932年、アメリカ、ペンシルバニア州で生まれた角張った長方形のフォルムを持つシンプルでありながら機能性、耐久性に優れたライターこそが、不動の傑作「ジッポー」なワケだ。

ジッポーの歴史は、まんまオイルライターの歴史と言っても何ら過言ではあるまい。

いわばオイルライターの代名詞であるジッポー社だが、今年ちょうど75周年を迎えていたんだ。

その長い歴史に新たなストーリーを刻むべきリリースされたのが、知人の持ってたジッポー初のフリント式ガスライター…その名も「ブルー」

なによりも、ネーミングの由来になったクリーンで美しい青い炎がビューティフル♪

コレは、独自の特許技術である2段階バーナーにより生まれたモノで、ジッポーの炎へのあくなきこだわりの集大成ともいえる。

金属製のボディはもちろんのこと、クリック・サウンド(開閉音)、製造年月日が刻印されたボトムスタンプなど、伝統の技が抜かりなく随所にいかされている。

Zippo BLU

当然、炎が風で消されないように、バーナーを取り囲むチムニーも健在だ。

そのチムニーに施された穴が、ジッポーの頭文字である「Z」を象っているのが、とってもユニークだ^^

着火方法が素晴らしい♪2段階になってて、巷のガスライターとは全く違うオリジナルなモノ。

ボディのサイドには、ガスの残量がひと目でわかる小窓がつく。

従来のオイルライターのフリント(着火石)をそのまま使えるってのも気が利いている。

製品に対する絶対的な自信があればこその「永久保証」はもちろんだ。

伝統を継承しつつ、ガスライターとして優れたパフォーマンスを発揮する「ジッポー・ブルー」

その青い炎は、ジッポーの、そしてライターの新たな歴史を照らし出してくれるに違いない。

伝統に裏付けされた匠の、創立75周年にして迎えたドワイルドな挑戦の幕開けだ。

早速、明日買ってこよ☆

Zippo BLU

dowild.s

THE RIDE

THE RIDE


昨日、またまた“アロハ”な感じのホットな映画を観たんで紹介しよう。

「THE RIDE ‐Beach to the Soul of surfing‐」

約100年前のハワイを舞台に、サーフィンの原点やハワイアンスピリットを教えてくれるサーフ&ラブ・ムービーだ。

THE RIDE


2002年、史上最年少でサーフィンのワールドチャンピオンに2度輝いた21歳の主人公デビットは、メディアやファンに持て囃されてスター気取りに振る舞っていた。

そして舞台はハワイ、オアフ島のノースショア(サンセットビーチ)で開催されたサーフ大会へ…

優勝候補の筆頭として出場するが、バランスを崩してワイプアウトしてしまう。

レスキューがジェットスキーで救出に向かうが、そこには彼の姿も形も見当たらない。

意識を失って海中へと沈んでいった彼を救ったのはレスキューではなく、ある壮健な青年だった。

海辺に引き上げられて九死に一生を得たデビットが目覚めると、そこはなんと1911年のワイキキビーチ…

そう、100年前のハワイにタイムスリップしてしまったんだ。

そして彼を救ってくれた青年こそ、あの“サーフィンの父”と讃えられる英雄「デューク・カハナモク」なワケだ。

もうこの時点でワクワクなんだが^^

デュークと仲間たちとの交流、そしてレフアという名の女性との出会い…

THE RIDE


このままいくと全部書いてしまいそうなんで(笑)これ位にして。

何しろダイヤモンドヘッドをバックに、当時のワイキキで唯一の存在モアナ・ホテル(現在のシェラトン・モアナサーフライダー)が映る時代背景。

100年のギャップが生むスイムウェアや、蓄音機に電話、飛行機などの時代の噛み合わない会話が実にユニークでサ^^

ハワイアン・ミュージックの伝説とも言えるケアリー・レイシェルが歌うメインテーマ曲を初め、ケアヒウ゛ァイ、タイマネ・ガードナー、ハパなどハワイを代表するアーティストの素晴らしい楽曲が、全編を通して流れるんだ♪

コレはハワイ出身のネイサン・クロサワ監督だからこそ出来た映像と音楽の夢のコラボだろう。

監督はもちろんのこと、キャスト、スタッフ、ロケーション、音楽と、その全てがハワイアンで出来ている。

ここまで純粋にハワイの人たちの手によって作られた映画はかつてない。

ハワイの偉大なる自然の美しさを通して、主人公にマナ(魂)の精神が芽生えていく感動のハワイアン・ムービーだ。

映画を通してまた一つ真の「ハワイアンスピリット」を感じた…“アロハ”と挨拶するコトで、きっと何かがドワイルドに変わるはず…。

THE RIDE


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CAMPARI


CAMPARI


イタリアならではの美しい輝きを放つ、鮮紅色のリキュール「カンパリ」。


ディナーを演出するアペリティフ(食前酒)として、世界中で人気の銘柄だ。


普段はもっぱらビール党だが、体調が優れない夜や飲みすぎの時にはカンパリにスイッチしているんだ。


その独特の苦味とほのかな甘みは、日頃飲み疲れた胃腸を優しくケアしてくれる・・・
ような気がする(笑)


ソーダで割ったカンパリソーダ、そしてカンパリグレープフルーツをトニックで割ったスプモーニも美味い♪


可愛らしい色合いとは違い、ビターでスッキリとした味は体に良さそうで・・・
イタリアの養命酒か!?


実際、その味と成分により昔は胃薬として飲まれていたそうだ。


イタリアを代表する薬草系リキュール「CAMPARI」


ビター・オレンジの果皮、キャラウエイ、コリアンダー、カルダモン、ナツメグ、シナモン、リンドウの根など30種類以上のハーブ(薬草)とスパイス類が配合されている。


イタリアをはじめ、世界中のバーやレストランで定番のアペリティフとして有名な銘柄だ。


っていうか、ロングカクテルとしては珍しく食前酒にも向いている、と言うべきなのかな?


どのような食事にも相性が良く、このほろ苦さが料理の味をさらに引き立ててくれるんだ。


CAMPARI


1860年、イタリアのミラノでカフェを経営していたガスパーレ・カンパリ氏が「ビッテル・アルーソ・ドランディア(オランダ風苦味酒)」という名前の自家製リキュールを開発。


自分のカフェでお客に飲ませたところ、非常に好評で人気を博したという。


お客達はこの長い名前の代わりに「ビター・カンパリ(カンパリの苦味酒)」と呼ぶようになったんだ。


やがてガスパーレ氏はミラノの中心街にカフェを移転、新しいカンパリのカフェにはミラノ市民が集い、当時の流行最先端カフェとして繁盛したそうだ。


1882年にガスパーレ氏が亡くなり、その跡を引き継いだ息子のダビデ・カンパリ氏は非常に商才にたけた人物であった。


商品名を「CAMPARI」に変更、
当時流行していた白ワインを炭酸水で割るスプリッツァからヒントを得て、カンパリのソーダ割りを提案し、世に広めたのだ。


そして工場を拡大し、スイスやフランスへの輸出を始める。


ダビデ氏は宣伝も熱心に行い、当時の有名なオペラ歌手など美女モデルをたくさん起用していた。


中にはダビデ氏と恋の噂があった女性もいるとか・・・。


"ミラノのカンパリ"から"世界のカンパリ"へと成長を遂げ、今や世界190ヵ国以上で愛飲されている。


「赤い宝石」
情熱のお酒、恋のお酒として知られるカンパリ。


時には赤い液体に酔いしれて、ほろ苦い愛を語ってみる・・・

そんなドワイルドな夜を過ごすのもいいんじゃないかな☆


CAMPARI


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DRAGON FRUIT


DRAGON FRUIT


ドラゴンフルーツ・・・
何だか強そうな名前だな~(笑)


ここ最近の沖縄情報で頻繁に耳にしていたこの名前。


知り合いからも「美味しいヨ~!」と、ドラゴンフルーツの話はさんざん聞かされていたんだけど・・・。

恥ずかしながら、これまで食べてみる機会がなかったんだ。


こないだ酔っ払って近所のスーパーに立ち寄ると、異様なインパクトがある!この鮮やかなピンク色の物体が目に入ってさ。

「お~、これが話題のドラゴンフルーツか!」
興味本位で沖縄産のそれを買ってみたのだ。
(酔っ払って買い物をしてしまう・・・、ドワイルドの血筋か!?)


さんざん酒を飲んでいたので、家に帰って食べてみる気もしないまま台所に放置(汗)
次の日を迎えたわけだ・・・


あくる日、さてさてどうやって食べるんだ?
なんて思って、知人に聞いてみたら
「ドラゴンフルーツはバナナと同じように数日熟成させてから食べると美味いよ♪」

3~5日間寝かせる事で、甘みが増し青臭さが無くなるそうだ。

早まらなくって良かった!


我慢の数日が過ぎ、外見が多少痛んでいる様になってきた。

そろそろ食べごろかな?

真ん中を包丁で割ると、中には白い果肉の中に小さな黒い種がまるでキウイフルーツのように散らばっている。


スプーンで掬って待望のお味見拝見・・・。


コレ美味しいな~♪
キウイに似ているが、サクッとした新しい味!


決して甘すぎずサッパリとした味、食感が癖になりそうだ。


ドラゴンフルーツにも種類があって今回食べたのが果肉の白いホワイトドラゴン、サッパリとした甘み控えめ。


もう一つ、果肉が赤いレッドドラゴンという、濃厚で甘めの種類もあるそうだ。
そっちも味わってみたいな~☆


DRAGON FRUIT


ちなみにホワイトとレッドの見分け方はその形なんだって。
ホワイトドラゴンは縦長の楕円形、レッドドラゴンはボールのように丸い。


ドラゴンフルーツは中米原産のサボテン科の植物で、欧米ではピタヤと呼ばれている多肉植物。


ベトナムやマレーシアなど東南アジアをはじめ、台湾、中国南部とイスラエルなどで主に栽培されている。


沖縄産が騒がれているが、沖縄や九州で農業栽培されはじめたのは近年の事だそうだ。


実際、農薬もほとんど不要で病害虫に強く、寒さに弱い点を除けば非常に生命力の強い植物なんだ。


日当たりが良く、水はけの良い土壌に植えつけるだけで誰でも簡単に栽培ができる。
さすがサボテン!


ただし、非常に大型のサボテンで1年で1m以上成長し、放っておくと10mほどになってしまうそうだ(汗)

栽培には場所を選ばないと・・・。


ヘルシ-食品として非常に注目されており、ビタミン・繊維・ブドウ糖及び体に必要なミネラルを多く含んでいる。


またゴマ状の小さな種子は腸を刺激して便秘を改善、美容フルーツとしても人気が高いとか。


中国名"火龍果"

龍のように木がうねって、真っ赤な実が龍の眼のように見えることから名付けられた。


中国において「龍」は、厄を食らって幸運を呼ぶと言われ、運気上昇など幸運の象徴とされている。


さしずめドラゴンフルーツは、ドワイルドなラッキー・フルーツなのかもしれない。


DRAGON FRUIT


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