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dowild baton



もう12月、今年も残すところあと僅かだね。


この時期、クリスマスのデコレーションやイルミネーションで華やかに輝いた街を歩くのが好きなんだ^ ^


澄んだ空気の中に煌めく幻想的な光の世界、似合わないかもしれないが(笑)ドワイルドにロマンチックで最高☆


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


ところで、バトンって知ってる?


ブログやmixiで流行っているバトン、回ってきた人は質問に答えて次の人に回すってモノ。


このドワイルド・ブログでもこの度、二度目のバトンが回ってきました。


一回目はshigeが引き受けたんだけど、今回は「masaya、ドワイルドな感じで答えてみろよ」と。


ドワイルドな感じって?(汗)


はい、了解しました。


なので、今日はドワイルド流バトンです。


その前に言わせてもらうと、今は飲んでちょっと酔っ払い・・・。


酔わないと素直になれないドキドキドワイルドです(^^ゞ


ではでは、さっそくバトンを始めましょうか。


シークレットバトンって言うのかな?

※ルールはひとつ
 一部の質問を消して答えること


Q身長は?

 175cm


Q体重は?
 65kg


Q送り主は誰?
 いつもコメントしてくれている、ドワイルドなうさとんさん♪


Q送り主を食べ物に例えると?
 ほのぼのうさとんさんは、フランボワーズのムースケーキかな?
 ふんわりとした口当たりに、甘いだけでない大人の味がさりげなく(笑)


Q今のアドレスの意味は?
 ドワイルド・ネームです。


Q恋はしていますか?
 恋っていう表現ではわからないけれど、いつも人を愛しているかな?


Q相手はどんな人?
 ドワイルドに素敵な人です(笑)


Qぶっちゃけ誰よ?
 (;^_^A


Q君 秘密とかある?
 あるよ。
 秘密にしていた方がハッピーって事もあるし・・・。


ここからがシークレット
質問は消してください


Qはてなマーク

 小学生の頃。


Qはてなマーク

 もうしています。


Qはてなマーク
 ありません(汗)


Qはてなマーク
 10回位かな?


Qはてなマーク
 中高生の頃はたくさん(笑)


Qはてなマーク
 大まかな部分で感じるかな?
 でもその半面、自分でドワイルドに切り開きたい。


Qはてなマーク

 LOVE & PEACE


以上です、何か照れるな(汗)
お粗末さまでした・・・。


次に回す人は五人だそうです。


個人的にお送りしますので、回ってきた方はヨロシク・ドワイルドです^ ^


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POINT45

POINT45


またやってしまった…困ったコトによくやるんだ(´Д`)

ついこの前借りてきたDVD「ポイント45」をまたも借りちゃったよ(>_<)

しょーがないから…というより、ミラ・ジョウ゛ォウ゛ィッチもアウトロームービーも好きだし再び観たんで、せっかくだから紹介しよう^^

ミラといえば最近は「バイオハザード」2部作と「ウルトラウ゛ァイオレット」という両作品とも人間離れしたアクションをメインとした出演作が多い。

しかし、この「ポイント45」目にした資料やチラシにはミラが黒の革ジャンに網タイツ姿、ピストルを握っている写真が大きくレイアウトされていてかなり興味をそそられた。

しかも“R指定”バイオハザードの彼女しか知らない諸君が観たら、ミラがこんなコトも!?と、驚きの作品だ。

NYの吹き溜まり“ヘルズキッチン”その街で生まれ育ったキャット(ミラ・ジョウ゛ォウ゛ィッチ)は、裏社会でピストルや様々な盗品を売り捌くアル(アンガス・マクファーデン)の情婦として身を置きながら、決して豊かではない生活を送っていた。

そんなキャットが、45口径拳銃の密売に手を出したコトがアルの逆燐に触れ、度を越す暴力を振るわれる。

変わった構成で描かれる映像が実にオモシロイ♪

登場人物と家族の独白が時折挿入されるんだが、ハンディカメラで撮影されてるためか、常に微妙にレンズが揺れ、絶妙かつ奇妙なライブ感を出している。

かなりキワどい性描写や飛びかうスラング、暴力シーンが溢れ、髪を切られアルから暴力を受けるキャットの姿は、迫真の演技も相まってとても痛々しい。

アル役は「ブレイブハート」のアンガス・マクファーデン、暴力でしか愛を表現出来ない男の恐さと哀しさ、嫉妬心と支配力が強く、女性に対してDVを加える粗暴な男を見事に演じてた。
POINT45


長髪に無精ヒゲ、ちょいメタボな体型に(笑)黒のタンクトップそして黒の革コートが雰囲気だしリアルでイイ。

アルの仲間でキャットに思いを寄せるライリー役に「ブレイド」のスティーブン・ドーフ、キャットの親友でレズビアンのウ゛ィック役にサラ・ストレンジ、そしてキャットと同じ過去を持つソーシャルワーカーのリズ役には「24‐TWENTY FOUR‐」のアイーシャ・タイラーと、一癖あるキャスティングが華を添えている。

友人たちは、男ばかりか女たちまでが「キャットの肉体の虜」というのがミソ。

ミラ初の濡れ場には、ファンの俺もドキドキだ(*^_^*)

劇中に出てくる「女の武器はHip(尻)、Rip(唇)、Tit(乳房)」過激なそのセリフが、キャットの気持ちの変化を表していく。

ちょっと控えめなミラの胸が逆にキュートなんだ^ロ^;

新境地に挑むミラの役者としての意気込みを感じさせるとともに、等身大の女性をパーフェクトに好演している。

暴力でしか女性を愛せない男と、ソレを受け入れてしまう女の性を描き、かつ復讐を絡めたドワイルドなサスペンスドラマだ。

あっという間に準新作になってて借りたもんだからまだ日にちがある…もう一回くらい観るか☆(笑)

POINT45


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Hotrod


Hotrod

1980年代、雑誌「POPEYE」という名の黒船に乗って様々なアメリカンカルチャーが怒濤のごとく傾れ込んできた。

俺もそのウィルスにどっぷり感染してしまった一人だ^^

遡ればそれよりも前のまだほんのガキの頃から観ていた数々のアメリカ映画…旧きよき時代のアメリカが今も変わらず大好きで、俺の憧れなんだ♪

さて、先日書いた「エド・ビッグダディ・ロス」の記事の中の“ホットロッド”って何?というご質問を数件いただいたので、今日はアメリカン・カルチャーの一つであるホットロッドについてお話ししよう。

簡単に言っちゃうとクルマの改造=カスタムのコト。

1940年代、南カリフォルニアのドライレイクで、若者たちによるクルマやバイクのスピードトライアルが盛んに行われていた。

エンジンをチューニングしたり、ムダな装飾品を外して軽量化するコトでスピードを競い合ってたワケ。

いつしか、そんなクルマを“ホットロッド”と呼ぶようになったんだ。

そのホットロッドを連想した時に真っ先に思い浮かび、またホットロッドを語るうえで必ず例えられるほど世界一有名なのが「1932フォード・デュース・クーペ」通称“Milner's Coupe”そして「デュース」という愛称で呼ばれるクルマがある。

そう、映画「アメリカン・グラフィティ」で、街一番のホットロッダーとして登場する“ジョン・ミルナー”が乗ってたマッスルカーだ。

このクルマの正体は、1932年に生産された「フォード・モデルB(B型フォード)クーペ5ウィンドウ」

フォードが初めてV8エンジンを搭載したこのクルマは、たった1年間しか生産されなかった。

「デュース」という名は'32年型のフォード車全般を指す愛称で、正式名称ではない。

映画の中でボブ・ファルファ(若き日のハリソン・フォード)が“デュースクープ”と発音するコトから、そう呼ばれるコトもある。

「アメリカン・グラフィティ」の背景は、“ゴールデンエイジ”と称される1950年代=フィフティーズ文化のエピローグであった。

また当時の一部の若者たちが好んだ“ホップアップ(チューニング)”されたホットロッドを登場させたコトは、同時期に青春時代を過ごした監督ジョージ・ルーカスにとって不可欠な存在であったからだ。

Hotrod

中でも、ベース車輪にデュースクーペを起用したのには、構想段階から決まっていたと言われるほど思い入れがあったそう。

ライセンスプレートのナンバー「THX138」は、ルーカスの処女作「THX1138」からというのは有名な話だ。

インテリアには違反切符を入れる“C.S.(チキンシット)”がドアの内側に、キャロルにプレゼントしたシフトノブには小さなピストンが使われ(クールだゼ^^)ルームミラーにはミルナーの戦歴を物語るメダルが吊り下げてあり、最高にゴキゲンなマシンなんだよ♪

叩き出しのリアフェンダー、そして剥き出しのエンジンは、1960年代中期のシェビー=シボレーのエンジンと、数々のカスタムが施され、1台のクルマにさえとことんディテールにこだわったまさにこの映画のために製作された改造車だった。

しかし悲しくも「失敗作」というユニバーサル映画からの早期判断が下された。

その穴埋めとしてこのデュースクーペを売却しろという命令があったが、興味を示す者が現れなかったのと、いざ公開してみると映画は予想外の大ヒットとなり、続編の「アメリカン・グラフィティ2」製作までの6年間、ユニバーサルにディスプレイされてたというこぼれ話もある。

とまぁ、約半世紀以上も前に生まれたホットロッド&カスタムと呼ばれるカルチャー。

映画のおかげもあり、デュースといえば“黄色”をイメージする諸君も多いはず。

ホットロッドを語る上で欠かすコトの出来ない、まさにホットロッドの代名詞と呼べるクルマそれが“ドワイルド・オブ・ホットロッド”デュースなんだ。

Hotrod


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L.A.Confidential


L.A.Confidential


「1人の女、ひとつの真実 -男たち、野獣の輝き。
世界を手に入れた男。
愛を手に入れた男。
美しい女性から、凜々しい女性に変わった女。
だれにも“秘密”はある。
男でも、女でも、組織さえも……
この事件を話さずにはいられない。」
かつてこれほどまでに、全米マスコミを魅了した映画があっただろうか!


というキャッチコピーと共に、1997年に公開された映画「L.A.コンフィデンシャル」はもちろん俺も魅了された^ ^


時は50年代初頭のロサンジェルス。


ダウンタウンのカフェで元警官を含む6人が惨殺された事件があった。


被害者の相棒だった刑事はこの事件の真相を追う。


すると事件は意外な展開に・・・。


警察と暗黒組織でうごめく人間模様を描いたサスペンス映画だ。


「L.A.コンフィデンシャル」は、1990年に発刊されたジェイムズ・エルロイの「L.A.四部作」の第2話である同名小説を原作として、カーティス・ハンソンによる監督・製作・脚色によって映画化された。


この映画を観てエルロイの原作も読んでみたんだけど、これがまた素晴らしいんだ♪


アカデミー賞でも9部門にノミネートされ、作品賞の最有力候補として注目されていたが、残念ながら大ヒット映画「タイタニック」が11部門!を受賞し、この作品の受賞は助演女優賞(キム・ベイシンガー)と脚色賞の2部門に止まった。


ホントこの映画は深いよ~。


2回目、3回目と観るごとに面白さが発展していくんだ。


ちょうど気に入った本を読み直すのに似ている感じかな?


原作小説の持つ深さを見事に映画化していると思う。


そしてこの映画のもう一つの見どころは、本当に50年代に撮影されたかのような感じの古臭い雰囲気が漂っている点。


その雰囲気を見事に作り出している演出、そして一癖も二癖もある登場人物を演じた素晴らしいキャスト達・・・。


L.A.Confidential


この作品が出世作となったラッセル・クロウとガイ・ピアーズ、そしてキム・ベイシンガー、ジェームズ・クロムウェル、ケヴィン・スペイシー。


個性溢れるセクシーな顔ぶれが揃っているんだ。


中でもケヴィン・スペイシーはいいアジだしているよね(笑)


この人がこの映画で演じた雰囲気、その声は50'sそのものじゃない?


素晴らしい俳優達がこの手の作品に絶対必要だと思うムード即ち空気、そして匂いを醸し出している。


最後まで謎めいたストーリーとその語り口、古めかしい美術や音楽に最高の演出がほどこされた「L.A.コンフィデンシャル」


まさにドワイルドな一級のハードボイルド作品なんだ。


L.A.Confidential


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TSUBAKI SANJURO


TSUBAKI SANJURO


無精ひげを生やしたただの素浪人。


しかし類まれなるユーモアで人を煙に巻き、卓越した知恵で多くの試練を乗り越え、その必殺の剣で絶体絶命の危機をなぎ倒す・・・。


そして「手前達のやる事は危なくて見ちゃいられねえ!」と、弱い立場の人々や困っている人を見て見ぬフリができない。


ちょっとおせっかいかも知れないが、頼りになる男・それが椿三十郎だ。


ご存知、巨匠・黒沢明監督と主演・三船敏郎のゴールデンコンビによる1962年に公開された不朽の名作「椿三十郎」。


その前年に公開された「用心棒」の続編的な作品で、用心棒の桑畑三十郎と椿三十郎の人物像が共通している点も興味深い。


凄腕の浪人・椿三十郎が、上役の不正を暴こうと立ち上がった9人の若侍に助太刀する痛快アクション時代劇。


三十郎は「用心棒」から通ずるキャラクターながら「椿」の方がより人間味が増し、ユーモアと知略が強調されている楽しい映画だ。


黒沢明監督もこの作品は肩の力を抜いて、ほのぼのとした明朗感を大切にしながら演出したという。


数ある黒沢作品の中でも、最もユーモアと人間味溢れる物語なんじゃないかな?


面白いキャラクターがたくさん現れ、善人も悪人もどの登場人物もみんなイキイキしているのが印象的だった。


また、クライマックスでの決闘シーンは、日本映画史に残る壮絶な名シーン。


敵方の室戸半兵衛との一瞬の居合対決、三船敏郎の殺陣は凄まじい迫力!


黒沢明監督いわく、「フィルムのコマに剣が映っていないほど素早い」ものだったそうだ。


やっぱり凄いよね三船敏郎さん、そして何といっても黒沢明監督は・・・。


今見返してみても全く古さを感じない・・・、世界中に影響を与えた、まさに現代映画の原点なんじゃないかな?


その椿三十郎がこの度45年振りにスクリーンに甦るそうだ。


TSUBAKI SANJURO


森田芳光監督、織田裕二主演の新「椿三十郎」、今日12月1日いよいよ公開☆


ちなみに12月1日は「映画の日」なんだよね。


予告編を見たけど、なかなか期待できそうな感じで楽しみだ。
(カラーだし)


何でも、今回も黒沢明監督による当時の手書きの台本をアレンジ無しでそのまま使ったとか。


「藩の不正・汚職を正すため立ち上がった・・・」
何だか今の時代にこそピッタリなんじゃないかと思ったりして???


日本が誇る監督「世界のクロサワ」と名俳優「世界のミフネ」によるドワイルドな名作「椿三十郎」が、今回どんな風に仕上がっているのか楽しみだ♪


TSUBAKI SANJURO


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ROOT BEER


ROOT BEER

そのネーミングを持ちながら、ビールではない不思議な炭酸飲料を紹介しよう。

「ルートビア」…まんまビールだと思うよね(笑)しかしアルコールは一切入ってないんだ^^

アメリカにおいて、かつて家庭で作られてた伝統的なハーブ飲料がそのルーツとされる。

ごく普通に鎮咳消炎薬としても用いられていたそうだ。

商品として作られたルートビアは、1866年5月16日に“チャールズ・エルマー・ハイアー”なる人物が開発したモノが最初とされている。

ハイアーは1876年、フィラデルフィアにおける建国100年祭の場で、ハーブや木の根のスパイスなどをブレンドした紅茶に入れるための粉末を発表した。

そして1893年に、ビン詰めの炭酸飲料としてルートビアを発売し始めたんだ。

現在でもルートビアは、全米飲料市場3%のシェアを持っており、アメリカ人にとっては馴染み深い飲みモノの一つではなかろうか。

また、地ビールのように地域独自の「地ルートビア」なるモノも数多く販売されている。

それほど一般的ではないが、自家製ルートビアなんかも造られたりして親しまれてるようだ。

このルートビア、本場アメリカでは星の数ほど種類があるが、やはりA&W(エンダー)とDAD'S(ダッツ)が2大ブランドだろう♪

A&Wは、ファーストフード店だ。1919年、カリフォルニア州ロディにルートビア・スタンドとして誕生し、以降、ハンバーガーレストランとして発展したが、ルートビア缶メーカーとしてのA&Wの方がつとに有名だ。

ROOT BEER

そしてDAD'S、コレはけっこう昔から日本でも流通していた。

とは言っても沖縄限定の話。

返還前の沖縄に、米兵がアメリカン・スタンダードを持ち込んだワケだ。

沖縄の方なら昔からよく知ってる飲みモノなのでは?

さて気になるフレーバーなんだが、強い甘味と湿布臭とでもいうのかな、以前ブログで書いたドクターペッパーなんかを連想する諸君も多いと思うが、まったく似て非なるモノ。

強烈なハッカ味と匂いが独特な、フツーの日本人には未体験なシロモノだ。

輸入食料品店やソニープラザなんかで購入出来るので、そのトワイライトゾーンを体験してみたい諸君は是非お試しあれ。

ハマると意外に抜けられないクセになるお味かも♪

有名なジュール・ベルヌの「神秘の島」という小説がある。

南北戦争末期を舞台にし、絶海の孤島に投げ出された人々が、当時持ち得る最先端の科学知識をもとにサバイバルしていくというストーリー。

その中に、松の根を発酵させるとビールの代わりになる爽やかな飲みモノが作れるという記述がある。

そんなロマンを馳せながら味あうルートビアも、そう悪くはない。

ROOT BEER

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ED“Big Daddy ”ROTH


ED“Big Daddy ”ROTH

1960年代、ロサンゼルスのストリートシーンで生まれた「ラット・フィンク」

一見不気味な、それでいてどこか憎めないこの“ネズミ”は、アメ車好きなら特に、知らない者はいないと言っていいほど有名なんじゃないかな?

その生みの親こそ、アンダーグランド・カルチャーの重鎮「エド“ビッグダディ”ロス」なんだ。

ED“Big Daddy ”ROTH

1932年、ハリウッドに生まれたエド・ロスは、小さい頃から絵を描くのが大好きだった。
また、それと同じくらい車にも興味があったんだ。

ジャンク・ヤードから部品を拾ってきては、ガラージにあった簡単な工具で車を組み立てていたという。

まさにこれが彼のホットロッドのルーツだ。

彼の頭で思い描く、理想のホットロッドをカタチにするには、ボディラインをどうするかというコトが最大の問題であった。

金銭的な余裕も、立派な設備があるワケでもない。

そこで思い付いたのが、ボディにグラスファイバーを使うというコト。

グラスファイバーは通常ボディに使われるスチールよりも加工がしやすく、値段も安い。

コレは当時のカーカスタム界にとって、思いもよらない画期的なコトだったんだよ。

やがて小規模ながらも自分の店を持って、カスタム・パーツの製作やピンストライピングで生計を立てていた。

'60年代になると、アメリカ西海岸を中心に、ホットロッドシーンは最高の盛り上がりを見せ始める。

そんな最中「ラット・フィンク」は誕生したんだ。

'61年のクリスマス、休日を友人と過ごしていたエド・ロスは、当時からすでに超有名なキャラクター“ミッキーマウス”について語り合ってたという。

「蒸気船ウィリー」で初めてミッキーマウスが世に出た頃は、まるで棒きれみたいだったのに、その後何年かでなんて進歩したんだろうというコトが話の中心だったそう。

彼はその話にインスピレーションを受け、ミッキーの父親のつもりの姿を絵に描いた。

紙ナプキンに描かれたそのネズミの胸には、スーパーマンのように“R.F”とイニシャルが入れられて。

ED“Big Daddy ”ROTH

その紙ナプキンを持ち帰り、次の日、Tシャツのペイントを頼みに来た客に見せた所ソレが大ウケ♪

ラット・フィンクは有名なキャラクターとして歩み出し、全米の10代の若者を中心に大人気となり、'63年頃にはTシャツやポスター、カー・デカールが大量生産されたんだ。

カリフォルニアを代表するホットロッド・ビルダーでありピン・ストライプ、ブラシ・アートの達人、そしてカスタム・カー界に革命を起こした人物、それがエド・ロス。

残念ながら、2001年4月4日、心臓発作でこの世を去っている。

エドが、車にアートとしての価値観を付け加え、ソレを世の中に認識させたコトの功績は非常に大きい。

またアメリカを代表する新しいアートとして高い評価を受け、その先駆者として「ED“Big Daddy”ROTH」の名を歴史に刻んだ。

彼は生前、自由に生きてきたという…

その自由こそが彼の創造の原点だったんだろう。

そして創造するコトの楽しさ、自由の素晴らしさを教えてくれたのがエド“ドワイルド”ロスなんだ。

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NIRVANA


NIRVANA


90年代初期に世界中に旋風を巻き起こし、まさしく風のように去っていったニルヴァーナ。


ご存知のように、当時流行したグランジ/オルタネイティヴの先駆けとなった伝説のバンドだ。


これまでのジャンルを固定観念無しに個性的にミックスさせ、前衛的でアンダーグラウンド的なサウンドで新たなロック時代の幕開けを予感させた。


MTVで初めて聴いたニルヴァーナ・・・、「Smells Like Teen Spirit」のプロモーション・ビデオにはちょっとしたショックを受けたんだ。



薄暗いライブハウスで演奏する三人のメンバー、何故かチアガールがボンボンを持って踊っており、徐々に白熱していきメチャクチャになっていくライブ風景♪


掃除夫のおじさんまでモップを持ってノリノリだし(笑)


コイツら何者だ?って思ってさ。


一度聴いたら忘れられない印象的なリフ、パンク・ロックのようにシンプルなコード進行に深さを持ったメロディ・ライン、

そしてクールで熱いあの歌声・・・。


これまで聴いたことのない世界だった。


というか、キャッチーなポップソングと勢いのあるハードロック、リアルなパンクを上手く兼ね備えたって感じかな?


熱狂と憂鬱の両極を行き来する曲と魔力的なカート・コバーンの詞世界は、まさしく苦悩する魂の叫びだった。


当時やっていたバンドのリハーサルでよく演奏したっけ。


この曲のプロモーション・ビデオはMTVで繰り返し流れ、アルバム「NEVERMIND」は全米NO.1の大ヒット。


幼児が裸で水中を泳ぎ、紙幣の餌に釣られるというアルバム・ジャケットも印象的だった。


NIRVANA


一躍ロックスターの仲間入りをしたニルヴァーナ、そしてバンドの顔ともいえるカート・コバーン。


60年代製のフェンダー・ジャガーのレフティ(左利き用)をかき鳴らし、薄汚れたブルージーンズにボーダー柄のモヘア・セーター、ネルシャツ、カーディガン、Tシャツをラフに重ね着したスタイルが彼のトレード・マークだった。


そんな着崩したカジュアルなファッションはその後のミュージシャンだけでなく、世界中に大きな影響を与えた。


当時のカート・コバーンには特別な存在感やオーラを感じて、本当カッコ良かったな~。


ところがカートはバンドが大成功を収めどんどんビッグになるにつれ、この成功に葛藤を抱くようになっていった。


「ネヴァーマインド」のメジャー市場を意識しての曲作りは、結果的にアンダーグラウンド志向だった自分を裏切ったとして自分自身にも強い憤りを感じていたそうだ。


そして、メディアの伝える"ロックスター"としてのカートのイメージと本来の自分の姿のギャップ・・・。


ドラッグ依存症と精神病に悩まされた上、1994年自宅にてショットガンで頭を撃ち抜き自殺、去年27歳であった。


遺書には
「It's better to burn out than to fade away」
(衰え消えて行くより、燃え尽きた方がいい)

と・・・。


人それぞれ、色々な人生があると思う。


その死によって伝説となり永遠のカリスマとなったカート・コバーン。


彼の急速すぎたドワイルドな人生が、音楽シーンのみならず現代文化全体に多大な影響を与えた事は間違いない。


NIRVANA


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FEN


FEN


遥か昔(笑)、授業で初歩的な英語を習い始め、ビートルズやローリング・ストーンズといった海外の音楽に夢中になっていた頃・・・。


純粋に英語の持つ雰囲気、そしてアメリカやイギリスといったまだ見ぬ国に憧れていた、若かりしdowild.m少年がいた。


そして、その頃から夢中になって聞いていたラジオは米軍放送のFENだった。


当時"Far East Network"極東放送としてAMラジオの810KHzから流れていた放送は、全てが英語で行なわれておりアメリカの姿そのもの、実にアメリカンだった。


レッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズ、エアロスミス、ドアーズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、そしてエルビス・プレスリー・・・。


アメリカのスタンダード・ナンバーが1日中ゴキゲンに流れ、その頃の貴重な情報源であり刺激を受けて聞いていたものだ♪


ニュースや天気予報、スポーツ中継・・・。


ネイティブな英語のDJは正直何を言っているのか意味はよく分からなかったけど、ちょっとはヒヤリングの勉強にもなっていたのかな?


ともあれ、テレビや映画のように字幕は無い放送なだけに自分はよそ者の世界・・・
積極的に入り込んでいかないと参加できないラジオだったんだ。


もともと太平洋戦争中に米軍兵士を激励する為のラジオ放送として、1942年アラスカのゴディアック島に開局したアメリカ軍直営のラジオ局「AFRS(the Armed Forces Radio Service)」が起源。


その後、各地で兵士や兵士の家族向けに放送をする局が開局し、日本では1945年に沖縄で放送が開始された。


その年の夏、第二次世界大戦の末期には、米軍の支配下にあった島々の日本軍に対して。抵抗を止めて降伏するよう勧告する放送を行なったそうだ。


終戦直後の1945年9月に米軍はNHKの本部を使いWVTRというラジオ局を開局、1952年まで行なわれたこのラジオ放送がFENの原型となったもの。


ところで、現在の1chを米軍が使用していた為、NHKのテレビ放送は3chに開局せざるを得なかったそうで・・・。


1953年にスタジオは全て米軍基地内に移り、FENとして日本各地で放送されるようになったんだ。


ここ関東で聞いていたのは、横田基地のスタジオから放送されているFEN Tokyo、愛称"Eagle 810"。


他にも青森県三沢基地、山口県岩国基地、長崎県佐世保基地、沖縄県嘉手納基地にも放送局があるそうだ。


1997年に米軍内でFENを含む世界中の放送網の統廃合が行なわれ、その結果AFN(American Forces Network)に改名された。


内容は変わらなかったけど、何となく寂しかったな~。


今では廃止になっているが、FENの頃は午前0時00分に「This is the Far East Network」というアナウンス後の時報、そして「君が代」と「星条旗」が深夜しみじみと流れていたんだ。


アメリカ軍による他国でのラジオ放送・・・、
鋭く言っちゃうと、ずばりアメリカ国営放送がここ日本や諸国の基地から今でも継続されているのは間違いのない事実。


考えようによっては、かなりややこしい問題になっちゃうのかな?


ともあれ、当時は"アメリカ"を感じる為に、純粋に楽しんで聞いていただけなんだけどね。


そんな、その気になればアメリカを身近に感じる事ができた、当時の俺にとってはドワイルドなラジオ局だったんだ。


FEN


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PRIMO BEER

PRIMO BEER


全世界66億人のドワイルドな諸君(笑)連休いかがお過ごしでしたか?

めっきり寒くなり、ビールのおいしいシーズンになってきましたね^^

いやいや冗談ではなく、熱ったか~い鍋つつきながら冷えたビール、これもまた最高の組み合わせなんです♪

基本、1年中ビールのドワイルドにとって切っても切れない大切な存在なんですよ(^^)v

さて今日はそんなビールの…とは言ってもとっくに消滅し、飲みたくても飲めないビールブランドのお話しだ^ロ^;

かつてハワイに存在した太平洋で最も大きかったであろうブルワリー、それが「プリモビール」

PRIMO BEER


1897年、プリモは太平洋の島としてはおそらく初めてのビールブルワリーとして開業した。

もともとアメリカの統治を受けていたハワイは、当然メインランドからの観光客も多く、ビール需要も相当高かったんだ。

ハワイ好きの諸君ならご存知だとは思うが、マトソンライン(ずいぶん前だが、ハワイネタ読んで下さいね^^)に代表されるように、サンフランシスコなどからの船が当たり前な交通手段だった。

もちろん荷物の運搬も海運に頼っていた時代。

自然の成り行きで、ビールを飲みたければ自分たちで作ってたワケ。

そんな折り、観光客のビール需要に応えるべくして誕生したのがプリモビールだったんだよ♪

PRIMO BEER


しかし1950年代以降、空の便が観光客の主な交通手段へと変化していくのと同時に、空輸便が増えていった。

それに伴いビールの貯蔵技術も進化を遂げ、同時にメインランドから様々なビールがやってきた…徐々にプリモの存在意識も薄まり、やがて淘汰されてしまうコトに。

幸いにして、観光客の需要が高かったのも関係し、ノベルティ類が非常に充実していたコトで、現在もその歴史をいろんなアイテムで垣間見れる。

数あるハワイアナの中でもプリモグッズは、格段にコレクターのハートを刺激して止まない^^

陽気な風土が反映されたハワイらしいデザインに加えメインランドにはなかった珍しさが、ボトルや空き缶ひとつとってもコレクタブルアイテムに変えた要因でもあろう。

何はともあれプリモはあくまでビール、はたして美味かったのか?

見てるだけでハワイを感じれるイカしたボトルデザイン。

HAWAIIAN LEGEND BEER…

きっと美味しかったに違いない空のソイツを眺めながら、旧きよき日の爽快感を想像し、国産ビールを飲るのもなかなかドワイルドでオツなもんだ(笑)

PRIMO BEER


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