Hotrod | dowild<ドワイルド>blog

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1980年代、雑誌「POPEYE」という名の黒船に乗って様々なアメリカンカルチャーが怒濤のごとく傾れ込んできた。

俺もそのウィルスにどっぷり感染してしまった一人だ^^

遡ればそれよりも前のまだほんのガキの頃から観ていた数々のアメリカ映画…旧きよき時代のアメリカが今も変わらず大好きで、俺の憧れなんだ♪

さて、先日書いた「エド・ビッグダディ・ロス」の記事の中の“ホットロッド”って何?というご質問を数件いただいたので、今日はアメリカン・カルチャーの一つであるホットロッドについてお話ししよう。

簡単に言っちゃうとクルマの改造=カスタムのコト。

1940年代、南カリフォルニアのドライレイクで、若者たちによるクルマやバイクのスピードトライアルが盛んに行われていた。

エンジンをチューニングしたり、ムダな装飾品を外して軽量化するコトでスピードを競い合ってたワケ。

いつしか、そんなクルマを“ホットロッド”と呼ぶようになったんだ。

そのホットロッドを連想した時に真っ先に思い浮かび、またホットロッドを語るうえで必ず例えられるほど世界一有名なのが「1932フォード・デュース・クーペ」通称“Milner's Coupe”そして「デュース」という愛称で呼ばれるクルマがある。

そう、映画「アメリカン・グラフィティ」で、街一番のホットロッダーとして登場する“ジョン・ミルナー”が乗ってたマッスルカーだ。

このクルマの正体は、1932年に生産された「フォード・モデルB(B型フォード)クーペ5ウィンドウ」

フォードが初めてV8エンジンを搭載したこのクルマは、たった1年間しか生産されなかった。

「デュース」という名は'32年型のフォード車全般を指す愛称で、正式名称ではない。

映画の中でボブ・ファルファ(若き日のハリソン・フォード)が“デュースクープ”と発音するコトから、そう呼ばれるコトもある。

「アメリカン・グラフィティ」の背景は、“ゴールデンエイジ”と称される1950年代=フィフティーズ文化のエピローグであった。

また当時の一部の若者たちが好んだ“ホップアップ(チューニング)”されたホットロッドを登場させたコトは、同時期に青春時代を過ごした監督ジョージ・ルーカスにとって不可欠な存在であったからだ。

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中でも、ベース車輪にデュースクーペを起用したのには、構想段階から決まっていたと言われるほど思い入れがあったそう。

ライセンスプレートのナンバー「THX138」は、ルーカスの処女作「THX1138」からというのは有名な話だ。

インテリアには違反切符を入れる“C.S.(チキンシット)”がドアの内側に、キャロルにプレゼントしたシフトノブには小さなピストンが使われ(クールだゼ^^)ルームミラーにはミルナーの戦歴を物語るメダルが吊り下げてあり、最高にゴキゲンなマシンなんだよ♪

叩き出しのリアフェンダー、そして剥き出しのエンジンは、1960年代中期のシェビー=シボレーのエンジンと、数々のカスタムが施され、1台のクルマにさえとことんディテールにこだわったまさにこの映画のために製作された改造車だった。

しかし悲しくも「失敗作」というユニバーサル映画からの早期判断が下された。

その穴埋めとしてこのデュースクーペを売却しろという命令があったが、興味を示す者が現れなかったのと、いざ公開してみると映画は予想外の大ヒットとなり、続編の「アメリカン・グラフィティ2」製作までの6年間、ユニバーサルにディスプレイされてたというこぼれ話もある。

とまぁ、約半世紀以上も前に生まれたホットロッド&カスタムと呼ばれるカルチャー。

映画のおかげもあり、デュースといえば“黄色”をイメージする諸君も多いはず。

ホットロッドを語る上で欠かすコトの出来ない、まさにホットロッドの代名詞と呼べるクルマそれが“ドワイルド・オブ・ホットロッド”デュースなんだ。

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