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Wright Brothers

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今からちょうど105年前の1903年12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州キティホークの海岸で、ウィルバーとオーヴィルのライト兄弟が世界で初の有人動力飛行に成功した。

兄弟が開発・製作した12馬力のエンジン搭載の「ライトフライヤー号」で4回の飛行を行い、飛行時間59秒、飛行距離256mが最高記録だった。

それまでの飛行の試みの多くが跳躍かその延長のものでしかなかったのに対して、主翼をねじることによって制御された彼らの試みは、飛行機の実用化に道を開いたといわれている。

子供の頃から飛行機に興味を持っていたライト兄弟は自転車工房で働きながら研究を続けた。

ライト兄弟を成功に導いたもの…、それは運まかせにはせずに"常識"で動くことを成功の秘訣としていたことだった。

手に入る限りの本や文献を読みあさり、当時としては極めて高度な科学的視点から飛行のメカニズムを解明、風洞実験によって得たデータを元に何機かの試作機を作成し一歩一歩堅実に飛行機の製作を行っていった。

最初はエンジンが搭載されていないグライダーでの実験、このテスト飛行によって兄弟の操縦技術が上達したといわれている。

そして、いよいよエンジンとプロペラを搭載した「フライヤー」の製作を開始した。

当時たくさんの自動車用エンジンが存在していたが、出力の割に重すぎて飛行には適した物は無く、やむを得ず航空用エンジンを自分達で作ることに。

水冷12馬力で水や燃料を加えた重量は約90kgという軽量で高性能なエンジンと、風をうまく捉えるよう工夫したプロペラを開発し、全長6.4m、全幅12.3mの「ライト・フライヤー」が完成した。

そうして準備の整ったライト兄弟は、1903年12月17日に世界で初めて人間の操縦による動力付き飛行機の飛行を成功。

「人をのせて、みずからの力で離昇し、速度を減じることなく前進し、離陸地点と同じ高さの場所に着陸した世界史上初の飛行であった」
当時は誰もが信じなかったそうだが、ここに飛行機が飛べる事を証明したのだ。

ライト兄弟の偉業によって、大空を自由に飛行するという人類のドワイルドな夢が実現したんだよね。

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BLACK GOLD


これまでにも“コーヒー”の話題にはあれこれ触れてきましたが、なかなかどうしてずいぶんと考えさせられる映画を昨日観ました。

『おいしいコーヒーの真実』

今日もそうですが、目覚めのブラックコーヒーで1日が始まりました。

考えてみたら、コーヒーを飲まない日なんてありません。

全世界で1日当たりの消費量がなんと20億杯、石油に次ぐ巨大で国際的貿易商品であるコーヒー産業の知られざる実態をこの映画は教えてくれました。

アフリカ最大のコーヒー生産国であり、コーヒー発祥の地であるエチオピア連邦民主共和国では、輸出収入の67%を占めるコーヒーが、1500万人の生活を支えています。

しかし、高品質で取り引きされ、年間800億ドル以上の利益をもたらす商品であるにもかかわらず、貧困にあえぐ生産者たちが後を絶たないんだよ。

このパラドックスの顕著な例が、コーヒー原産国であるエチオピアというワケなんだ。

もっとも、生産者が食べるコトにも苦しみ、子供たちを学校に通わすコトも出来なくなった原因は、2001~02年に起こったコーヒーの国際価格の下落にある。

ここ30年間で最安値にまで落ち込み、世界的な“コーヒー危機”とまで言われたんだよ。

1989年までは、生産者に支払われる価格を支えるシステムとして「国際コーヒー協会輸出割当制度」があった。

“価格安定帯”を設定し、国際価格がソレを下回らないように、生産国に輸出量の制限を課制する制度だ。

ところが、世界貿易機構(WTO)は同制度を受け入れず、ニューヨークとロンドンの取引所が決めたモノを国際価格とし、多くの契約がそのNY取引所の価格を基準としている。

すなわち生産者は販売価格を、バイヤーは購入価格を、すべてNY価格から推計するというワケだ。

現在、多国籍企業(クラフト社、ネスレ社、P&G社、サラ・リー社)の4社が世界のコーヒー市場を支配しているが、大企業だけ、より一層の利益をもたらすといった仕組みなんだよね。

カフェは人と人が出逢うコミュニティでもある…そんな親睦の場を温めるコーヒーが、貿易の不公正により、まるで奴隷のような賃金しかもらえない搾取の労働に支えられているコトを知った(´Д`)

映画の中で、コーヒー栽培に従事する人々に「西欧諸国でコーヒーが1杯いくらすると思う?」との問いで、その金額が告げられた時、彼らの手から離れる時の価格とはあまりにもかけ離れている事実に、失笑と怒りの混じったどよめきが起きたシーンが印象的だった。

1971年に開業したシアトルにあるスターバックス1号店で、誇りに満ちた顔でインタビューに答える女性店長の映像の後、そのスターバックスも使うエチオピアのコーヒー豆を生産するシダモ地区が飢餓に見舞われ、栄養補給センターで泣き叫ぶ子供たちの映像が映るんだが、この対比はかなりショッキングだ。

監督は言っている。。。

コーヒーの愛飲家が企業に倫理的なビジネスの仕方を求め、フェアトレードのキャンペーンをするよう要求するコトができたら、生産者の変化の手助けができると。

日本はアメリカ、ドイツに次いでコーヒーの輸入が多い。

日本のフェアトレードシェアは、レギュラーコーヒー市場のわずか0.2%、アメリカでは全コーヒーの約2%がフェアトレードだという。

コーヒーを日常生活に欠かせないモノとして愛飲している俺も、ソレがどのような人々の手で作られ、どのような道をたどってカフェあるいは自宅のテーブルへと届いているのか?

毎日の身近な1杯の裏側に隠されているもうひとつの顔、その小さくて大きな一歩を教えてもらった。

“コーヒーは黄金だ(英題:BLACK GOLD)”と、エチオピアではいつもラジオで流れているそうだ。

しかしソレを聞いている農民には何の見返りもない真実を知った。

‐Your Coffee Break will Never be the Same‐

“二度と体験できない最高のコーヒーブレイクを”

映画の中で走る宣伝カーに書かれたこのコトバの本当の意味をドワイルドに受け止めたい☆

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Air Race

"空のF1"と呼ばれる過酷な空中バトル「レッドブル・エアレース」をご存知かな?

2003年にオーストリアの飲料メーカー・レッドブル社の企画で始まった飛行機パイロットによる国際シリーズ。

世界屈指の操縦技術を持つパイロットが最高時速400km/h、最大荷重10Gの重力に耐え、高さ20mの複数のパイロン(エアゲート)で構成されたスラローム・コースを次々と通過してタイムを競っていく。

3次元で繰り広げられる、アクロバティックで激しく過酷なエアレースなんだ。

以前、雑誌でチラッと見たことはあったんだけど、先日TVで初めて見たエアレースの模様は想像以上のスピード感と迫力で凄い!

世界トップクラスの飛行技術を持つパイロットたちは、元トップガンパイロットや現役の民間機の機長など、超一流のパイロットが名を連ねる。

この世界、何より飛行本数など経験によって培われた技術がものをいうだけあって、20~30代はまだまだヒヨッコ(笑)、エアレース選手の平均年齢は45歳だそうだ。

10Gという自分の10倍もの圧力に耐えながら、よりハイレベルのスピードと正確性とテクニックを追求する過酷なエアレース。

従来のレースよりビッグなスケールで展開され、異次元の世界観を持つドワイルドな"AIR SPORTS"から目が離せない。

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American New Cinema


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1967年の映画『俺たちに明日はない』が皮切りとなり、「アメリカン・ニュー・シネマ」は始まった。

実在した主人公カップル、ボニーとクライドは強盗の常習犯であり、機関銃で蜂の巣にされるという破滅的なエンディング…

この低予算のB級映画の大ヒットは、夢と希望で作られていたアメリカ映画界に強い衝撃を与え、アメリカ映画は大きく方向を変えるコトとなったワケだ(^.^)b

フランスではヌーベルバーグが勢いを増し、アメリカ本国でもビートニク、ヒッピーが文化の本流を脅かし始めるなど、その予兆はすでにあったんだよね。

そんな所謂カウンター・カルチャーが生まれる大きな要因となったのはやはりアメリカが抱えたベトナムのトラウマだろう。

ベトナム戦争への介入と敗戦によって、国という体制への不信感はアメリカ中に蔓延していたからね。

利潤優先のハリウッド映画産業が、低予算でヒットを生み出す映画があるとわかれば手を出さないワケがない^^

作り手と資本側の表向きの利害は一致し、アメリカ映画は大きく舵を変えるコトとなった。

『卒業』などの青春映画がニュー・シネマとしてヒットしていく中で、ザラついた現実を体現したリアルな反体制映画『イージー・ライダー』が現れる。

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ヘルズ・エンジェルスとヒッピーを融合させたかのようなスタイルのピーター・フォンダとデニス・ホッパーは撮影中も本物のマリファナを吸ったそうだ^^;

ハーレーで荒野を疾走する姿はニュー・シネマのみならず、自由を求める精神を象徴するモノとなった。

作品に込められた、自由には弾圧と敗北、そして死が隣り合わせであるというメッセージは、現代にも影響を与え続けている。

追って登場した『バニシング・ポイント』は、自由と死のリアリティを描くという点でさらに踏み込んだ映画だ。

社会、人生全てに失望したベトナム帰りの主人公は、白いダッジ・チャレンジャーで荒野を猛スピードで爆走し続ける…

そして彼が最後に行き着く先はドロップ・アウトの英雄でもなく、自由の敗北でもなく、文字通り“バニシング・ポイント”、つまり存在の消失点だったんだ。

スピードの恍惚によって、死を人生の終わりではなくエクスタシーに変質させ昇華させるエンディング、求道的とさえ言えるこの映画は今観ても刺激に満ち溢れ、まさにニュー・シネマにしか作れなかった傑作と言えよう。

こういったニュー・シネマの影響はトーゼン、同時代の東海岸にも飛び火した。

『タクシー・ドライバー』の舞台は広大な荒野ではなく、猥雑にごった返す夜のニューヨーク…

爆走するクルマではなく、ゆっくりと流すタクシーだ。

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ソレはまるでニュー・シネマにある解放感を全て反転させたような、自由を閉ざされた中で、デニーロ扮する主人公トラビスが爆発させる“狂気”は奇しくも今の時代が持つ狂気と全く変わりがないような気がする…

ニュー・シネマは実質的に'74年の『ダーティーメリー・クレイジーラリー』で終わりを告げたとされている。

主演はあの『イージー・ライダー』のピーター・フォンダだった。

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長身で哲学的なルックス、革のライダースジャケットに身を包んだフォンダは、アメリカン・ニュー・シネマのアイコンとしてスクリーンに、そして若者の心の中へと記憶された。

一方、監督のデニス・ホッパーは、自由の敗北の代償を背負わされたかのようにハリウッドを追われる。

『ブルー・ベルベット』で再び見せた“狂気”の復活まで15年以上に渡る低迷を、ドラッグが見せる悪夢と共に過ごし続けるコトとなった。

ベトナム戦争によりアメリカン・ドリームから覚め、厳しい現実を目の当たりにした人々は、作りモノの完璧なヒーローより、徹底したリアリズムの世界に生きるニュー・シネマのアンチ・ヒーローに共感したワケだ。

そんな体制に抗う孤高でドワイルドなヒーローたちの生き様は、良くも悪くも俺のハートを熱くして止まない☆

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VAN HOUTEN COCOA

近頃、急激に寒くなってきたね。

いよいよ冬本番、くれぐれも体調管理はしっかりして厳しい寒さを乗り切りましょうね☆

ここ最近、そんな強い冷え込みと共によく飲んでいるのがココア。

絶妙な温もりとまろやかな甘さがホッと優しく染み渡り、心も身体も温めてくれる上質なテイストがたまらない。

各メーカー様々な種類のココアをラインナップしているけど、特に気に入っているのがバンホーデンのココアなんだ。

1828年にココアパウダーを世界で初めて作り、ココアの代名詞的存在になっているオランダのメーカー"バンホーテン"

ヨーロッパの菓子職人から"Velvet feeling -ベルベットの優しさ-"と賞賛され、愛用されている、きめ細かく深い風合いのココアパウダーを製造しているんだ。

もともとココアの原料であるカカオ豆の学名は「Theobroma Cacao」、ギリシャ語で「神の食べ物」を意味する。

実際に古代アステカ帝国では王様の飲み物と考えられカカオ豆が貨幣として使われるなど、チョコレートが飲み物であった時代、カカオ豆は高価かつ気高い貴重品だったんだ。

新大陸の発見に伴い、ヨーロッパに初めてチョコレートをもたらしたのはスペイン人で、当初これに砂糖を加える事で美味しさが増す事に注目した王侯貴族を中心に、一般にも広く愛飲されるようになっていった。

18世紀までのヨーロッパでは焙炒したカカオ豆からペースト状のココアマスを作り、それをそのまま食すかお湯に混ぜて飲用していたそうだ。

しかしカカオ豆に含まれる脂肪分の含有量が多い為、水とのなじみが悪く、しかも発酵した酸が残り刺激の強いままの状態だった。

19世紀初め、そんなココアの難題を解決し今日知られているココアパウダー製造法を発明したのが"C.J.Van Houten"

すなわち、バンホーテン社の創始者なんだよね。

まず、焙炒したカカオ豆を絞って脂肪分であるココアバターを取り除き、ココアケーキを作った。

次に、このケーキを細かく粉砕してココアパウダーの製造に成功、水とのマッチングを飛躍的に高めたんだ。

さらに酸性が強いカカオ豆にアルカリを加えることにより、パウダーを中性に近づけ、極めてまろやかで飲み心地を良くする工夫も同時に開発している。

このアルカリゼーション工程は「ダッチ・プロセス」と呼ばれ、現在でも世界標準となって広く採用されているココアパウダーの作り方なんだ。

バンホーテンは世界で始めて開発したココアパウダー製造の功績により、1828年オランダのウィリアム1世から栄誉の勲章を授けられた。

以来、バンホーテンのオリジナル技術は、秘中の秘として伝えられ現在も脈々と受け継がれている。

「バンホーテンの歴史はココアの歴史」
ココア製造のリーディング・カンパニーとして今年180周年を迎えたバンホーテン社。

そのドワイルドな歴史と功績は、深みあるその一杯で味わう事ができるんだよね。

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HOYA CRYSTAL Skull Collection


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1945年、クリスタルガラス食器のメーカーとして創業した「ホヤ クリスタル」。

眼鏡を掛ける方なら“ホヤ レンズ”としての方が馴染み深いのかな?!

日本の粋を集めた新設の京都迎賓館のガラス食器類、またミス・ユニバースをはじめ、クリスタル製のトロフィーは、数多くの賞に採用されているんだよね。

グッドデザイン賞はもちろん、国内外で数々の賞を獲得してきた日本が世界に誇るクリスタルメーカーなんです(^.^)b

そんな老舗が“カッティングエッジラグジュアリー”をコンセプトに'05年、リブランドを、そして'07年、南青山にオープンしたオンリーショップにはまさにコンセプト通りの、東京のストリートカルチャーがギュッと凝縮されたかのような空間が広がってます♪

“秘密の花園”(*^_^*)をコンセプトにした1階フロアーといい、漆黒を思わせるB1フロアーといい、いずれもかつてのHOYAのイメージとは異なる新たなアイコン的シリーズとして登場したのが「スカルコレクション」なんだよ。


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天然石にはない、水滴を思わせるポッテリ感がクリスタル最大の特徴だが、丸みを帯びたシルエットゆえ“骸骨”というデザインの特性が存分に発揮されています♪

因みに世界にはクリスタルの名門ブランドがいくつかありますが、ホヤ クリスタルは玄人筋でNo.1の呼び声も高いブランドで、その純度には文句のつけようがありません^^

昨今の銀細工を筆頭に、今や市民権を得た感のある『骸骨=スカル』というモチーフを、大人の嗜みとも言われるクリスタルで表現したピンズ、カフリンクス、リング等で、胸元、袖元、指先にキラリと光らせるのもグッとセクシードワイルドかもしれない☆


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SHINE A LIGHT

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もうだいぶ前の話だけど、ローリング・ストーンズの来日公演に初めて行った時の事。

ステージにメンバーが現れ「BROWN SUGER」のオープニング曲を演奏しだしたその時、涙が止まらなかった。

小中学生の頃、FENのラジオからふと流れてきた「SATISFACTION」にゾクゾクし鳥肌が立って以来、過去のモノとしてのめり込んでいたストーンズ。

80年代前半はメンバーにとって色々あった訳だが、実際に復活を遂げた全く転がる勢いの失っていない大御所を目の当たりにし、感無量になってしまったんだろうか…。

とにかく"The Rolling Stones"というバンドは、初めて聴いたその時以来、俺にとっては思い入れが強すぎる特別な存在なんだ。

最近でもメンバーは歳を重ね(60代半ば!)更に燻しがかかった渋さとアジを醸し出し、若い頃よりも元気なんじゃないか(笑)という程のパワーを感じてしまう。

そんなストーンズの姿をリアルに捉えたライブ・ドキュメンタリー映画「SHINE A LIGHT」が本日12月5日からいよいよ全国ロードショーされる。

これは2006年秋、ニューヨークのビーコン・シアターで開催された二日間の小規模なライブを、コンサートの全体像から舞台裏までを織り交ぜて撮影したという内容。

収容人数2,800人というストーンズの公演ではありえないアット・ホームな規模で行なわれた、この映画の為の特別なライブだったんだよね。

監督はストーンズの大ファンだという巨匠マーティン・スコセッシ監督で、18台ものカメラを駆使して臨場感たっぷりにフィルムに収めているそうだ。

クリスティーナ・アギレラ、バディ・ガイ、ジャック・ホワイトといった豪華ゲストとの共演も気になる所。

これは絶対に臨場感溢れる映画館で観ないとね♪

ローリング・ストーンズのリアルな演奏を体感できる「SHINE A LIGHT」、ドワイルドな究極のライブ・ドキュメンタリーに違いない☆

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Calvin Klein


ブランド設立40周年を記念した世界的とも言えるイベントが、去る9月7日ニューヨークで開催された。

ゲストには、エウ゛ァ・マンデス、ハル・ベリー、ナオミ・ワッツ、イーサン・ホークなど、時代を代表するセレブリティが名を連ね、「カルバン・クライン」の偉大なる功績を讃えたんだ。

チェルシーの東はずれにカルバン・クラインブランドが誕生してちょうど40年。

余分な装飾を排し、カッティングの美しさを探求するコトで究極のシンプルを追い求めた同ブランドは、モード界にミニマリズムの旋風を巻き起こしたんだよね(^.^)b

ホルストから続く、アメリカ的な質実剛健さとエレガンスを兼ね備えたカルバン・クラインは、ニューヨーカーのみならず世界中の人々に支持されるコトになる。

そのスタイルこそがいかにもニューヨーク的であり、ニューヨーク的ファッションが世界へと広がったワケだ。

俺も今は別ブランドのモノを愛用してますが^^;5~6年ほど前までは海外旅行に行く度にカルバン・クラインのアンダーウェアをよくまとめ買いしてたものでした^^

そんなカルバン・クラインとニューヨークの蜜月は、40年後の今年、高架鉄道跡を利用した公共公園「ハイライン」で結実するコトになる♪

全長1.5マイル、マンハッタンの東を22ブロックにもわたって走る空中公園の運営にあたり、カルバン・クライン社が資金をバックアップしたんだよ。

コレはカルバン・クライン社のニューヨークに対する将来への投資とも言える出来事であろう。

ニューヨークの歴史にも残る一大プロジェクト地であるハイラインで、その生誕を祝い、さらに祝典のために、建築家ジョン・ポーソンがハイラインの入り口に特設会場を設置した。

カルバン・クラインの原点とも言えるカラー、白とグレーの直線的な空間は、ジョンが手掛けたマディソン街のブティック同様、限りなくミニマルな出来となったようだ。

10番街、30丁目に突如現れた白い箱のような建物に中に入ると、一面に白い空間が広がり、グレーを配した通路に沿って階段を上ると眼前には公園が広がるという景観。

線路跡には緑が植えられ、東にはニュージャージー、西には摩天楼がそびえ立つ。

そしてこの建築物の中には、光の彫刻家ジェームス・タレルが制作した光のインスタレースョンが展示され、招待客を楽しませたそう。

是非この目で見てみたかったものの、この建築物そしてインスタレーションは一夜限りのために制作されたモノだったんです(´Д`)

もはやお目にかかれるコトはないが、マンハッタンの景色を望める格好のスポット、新しい公園ハイラインは近い未来ニューヨーク市最大のプロムナードとして、カルバン・クラインとニューヨークのドワイルドな夢とともに、訪れる人々を楽しませてくれるコトだろう☆

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QUARTER POUNDER

QUARTER POUNDER

派手な宣伝トラックがいつもグルグル回っている渋谷の日常の風景。

ちょうど1ヶ月くらい前かな?

変わった宣伝カーが走っていたんだよね。

それには黒地に赤い文字で
「ニッポンのハンバーガーよ もう遊びは終わりだ」
と過激なキャッチコピーが書かれていたんだよね。

あとは
QUARTER POUNDER  SHIBUYA OMOTESANNDO
って文字だけで。

すごくインパクトがあってさ、目に付いたんだけど
何だろう?新しくできたハンバーガー屋?
って全くの謎だったんだよね…。

当時の噂では「あれはマクドナルドらしい」とも耳にして。

その割に企業名も公開されていなかったのが疑問だった。

宣伝費も掛かっているだろうし、何だかマックのプロモーション効果の調査のようなものかな?なんて思ったりして…。

そして、蓋を開けてみたらやっぱりマクドナルドだった(笑)

日本新発売「クオーターパウンダー」

QUARTER POUNDER

その名の通り1/4パウンド(通常のビーフパティの約2.5倍)のビーフパティを両面から一気に焼き上げ、ビーフそのもののジューシーさと美味しさを封じ込めた、アメリカンテイストを思い切り満喫できるハンバーガー。

そういえば15年位前に初めて行ったハワイ・マウイ島でホテル近くのマクドナルドに入ったんだけど、その時日本では見たことの無かったこのクオーターパウンダーを食べたんだよね。

それまでのマクドナルドの印象とは違ったテイスト、ボリュームたっぷりで美味しかった♪

このクオーターパウンダー、アメリカでは1973年から販売されており、ビッグマックに並ぶマクドナルドの顔として知られているそうだ。

日本にマクドナルドが上陸した数年間はメニューにあったんだけど、それ以来ずっと姿を消していたそうな。

そして、いよいよ本格的な日本全国展開に先駆けて、11月1日に表参道と渋谷駅東口に「QUARTER POUDNER SHOP」をオープン。

それが、先に書いたプロモーションって訳だったんだ。

数日前、いつも利用している駅の構内にあるマクドナルドに「QUARTER POUNDER」のバナーが飾られていてさ。

いよいよ各店舗でも販売が開始されるようだね。

まだ食べてないんだけど、これは早速試してみたいバーガーだ。

「クォーターパウンダー・チーズ」と「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」があるらしいんだけど、そこはもちろんダブルで(笑)

マクドナルドのビーフへのコダワリを体現したクオーターパウンダー。

きっと以前オアフで味わったままの食べ応えと満足感の得られる、ドワイルドなハンバーガーに違いない☆

早く食べないと^^

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WESTERN MOUNTAINEERING

WESTERN MOUNTAINEERING

日増しに寒くなってきましたね(´Д`)

ドワイルドな皆さまお風邪など召されてませんか?

もうあと2日で12月ですもんね、寒さがこたえるワケだ(*^_^*)

そんな折、すでに大活躍しているのが冬のマストアイテム“ダウンジャケット”です♪

軽くて暖かくて、このシーズンは手放せませんよね(^.^)b

正直、ドワイルドなこだわりのダウン何着も持ってるクセに^^;またまたハートが揺らぎ近々購入しようと思っているのが「ウエスタン マウンテニアリング」の“FLIGHT JACKET”というネーミングを持つダウンなんですよ♪

北アメリカに住むとある2人の登山家が、妥協のない良質な“ダウンの寝袋”を求めて立ち上げた、知る人ぞ知る30年以上の歴史を持つかな~り本格的なブランドです。
WESTERN MOUNTAINEERING

使用されるインサレーション(「遮断」「断熱」を意味する、保温性のある中綿のコト)は、その原産国ではなく実際のフィルパワーにこだわりを持ち、全てのプロダクツに850フィルパワー以上の良質なダウンを使用しているんだよ。

因みに、ダウンの産地として主だった所には、ポーランド、カナダ、ノースヨーロピアン、ハンガリー、アジア(中国など)がありますが、生産者によって異なるので一概には言えないけど、一般的に緯度の高い寒冷地や寒暖の激しい地域では良質なダウンが育つといいます。

また、フィルパワーとは、ダウンの復元力を表す“数値”のコトで、一定の温度と湿度の条件下で、1オンスのダウンを圧縮し、自然に何立方インチ復元するかを測定します。

数値が高いほど空気の含有量が多く、保温性の高い良質のダウンとされ、通常550フィルパワーあれば充分な保温性を持つといわれるんです。

まだ雑誌でしか見てませんが、キルティングの盛り上がり、モコモコ感がスゴイのは、そんな驚異の850フィルパワー以上のダウンが130グラムも封入されている証拠なんですね♪

この膨らみこそが、ブランドの全てを語ってるワケですよ^^

ハッキリ言ってこのクオリティ、またソレ以上のプロユースのモノは他ブランドにもあります。

キメ手はやはりデザインであり、ディテールのトータルバランスなんですね。

ハンドウォーマー以外の装飾は一切排除した潔いデザイン、言っちゃえば何の変哲もないような(笑)、だからこそ惚れてしまいました(*^_^*)

大好きな、そしてラッキーカラーの赤をチョイスしようと思ってます(^^)v


品質を守るため、必要以上に事業を拡大するのではなく自分たちの目が行き届く範囲で、ウエスタン マウンテニアリングの全てのプロダクツは生産されている。

その設立時から変わらない誠実さや情熱、2人の登山家のスピリットは、スリーピングバックだけでなく、こうやってダウンウェアにも生かされており、間違いなくドワイルドなパフォーマンスを発揮してくれるハズにちがいない☆

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