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Thanks 2009 dowild

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何やらスローダウンしエンスト気味?!で結果、尻すぼまりな感じになってしまった今年のドワイルドブログでしたが…(;^_^A

皆さんご安心あれ、熱いハートの勢いは少しも止まってませんし、芯はこれっぽっちもブレてません^^

また公私ともにいろんなコトが怒涛の如く起こりましたが、挑戦の年と掲げた今年の目標はクリアできました♪

厳密に言うと現在進行形で、ソレはまた明日、来年へと続きます。

たくさんの方に対する感謝の気持ちがまんまやるべきコトへのパワーと変わってるのですから、来年もハッピーでドワイルドな年になるのは間違いありません(^.^)b

本年もドワイルドな皆さま心からありがとうございましたm(__)m

2010年も最高の笑顔でお逢いしましょう♪

良い年を♪ 

See you next dowild☆

dowild.s

FASHION MEANS LIFE

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今年のクリスマスは皆さんどんな風に過ごされていますか?

すべての人に安堵した幸せな時が流れているコトを願います…☆

Long time no see,dowild.sです^^

メリー・ドワイルド・クリスマス♪

食べるコトや遊ぶコトと同等に、着るコトに対して己が魂を吹き込むが如くソレを悦喜に換えて、自身の信条や美意識の表現にする種族が存在します。

そう、我々人間ですね(*^_^*)

世間ではソレを“スタイル”と呼び、「あの人は独自のスタイルを持っている」などと言ったりします。

こと男のファッションは、人生を照らすと言ってもよいでしょう。

時に仕事を表したり…上を目指すため、家族を養うため、食らうため。

頭の先からつま先まで、残酷にも服装は“生き様”を正直に映すコトだって。

「人間、性格を変えるコトはできないが、人格を変えるコトはできる」とかのゲーテは言いました。

人格は進化しながら形成される…そのプロセスにファッションはとても役立つんですね(^.^)b

あのシルベスター・スタローンを一躍スターダムへと押し上げた'76年の映画「ロッキー」は皆さんご存知ですよね?!

主演・脚本を務めたスタローンと、スクリーンの中の主人公ロッキー・バルボアの境遇はとてもよく似ているんです。

“ヘルズ・キッチン”と呼ばれるNYのイタリア系スラムで生まれた、紛れもないプア・ホワイトのスタローンは当時、用心棒やポルノ映画への出演で食いつないでいました。

「ロッキー」の舞台となったのは、息も凍るようなNYの冬。

劇中で彼が襟を掻き合わせるように羽織るレザージャケット姿は、まさにブルックリンのブルーカラーの象徴でもあります。

普段から着ていたであろうそのレザージャケットは、彼にとても馴染んでいました。

スクリーンとリング、現実の生活と映画の中の虚構、食うための仕事と夢を追い続けるコト…

2つのフィールドで戦い、そしてその両方に勝ったニューヨーカーのたくましさを、そのレザージャケットは教えてくれたような気がします♪

では、これからお気に入りのレザージャケットを羽織り出掛けて参ります^^

今宵、皆さまにとって夢と希望の溢れたドワイルドな夜となりますように☆

dowild.s

Tasogareryuseigun

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家の近所で、かれこれ20年通ってる馴染みのラーメン屋が二軒あります。

そのどちらにも雑誌やコミックマンガが置いてあるのは昔から知ってましたが、マジマジと読んだコトはありませんでした。

ごく最近のハナシなんですけど、たまたま目に付き手に取ったのが「課長 島耕作」でも有名な弘兼憲史さんの描く『黄昏流星群』だったんです☆

ずいぶん前に少しばかり読んだコトもあり、コレ知ってるよォ~なんて思いながら読んでるうちに今ではすっかりハマッてしまったんですよ(*^_^*)

思えばマンガ本を読まなくなってずいぶん久しいですし、ましてや買って読むコトをしなくなって10年以上は経つと思うんですが、このマンガいや“激画”実にオモシロイんです♪

そんな歳になったからかなぁなんて思いつつ夢中になって読んでおります^^

というのも登場する主人公が40代以降のいわゆる中年・熟年・老年といった面々だからなんですね(^o^;

とりわけ作者の弘兼氏が自身で気持ちがよくわかるからか、団塊世代の男性が多く登場し、そんな年代ならではの恋愛を主軸に人生観などを描いた短編漫画集なんです。

事実は小説より奇なりといいますが、小説いやマンガだから描けるような奇想天外なラブストーリーの展開に、あっ俺にも似たような経験が(汗)などといつも我とわが身を重ねて読んでます^^;

偶然どちらの店にもこの黄昏流星群のコミックがかなりの巻数を置いてあり、その二軒のラーメン屋限定でビール飲みながら読むようになったのでした(笑)

小学館発行の青年向け漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」に1995年から連載開始となり、現在も継続されてます。

2000年には第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞していますし、TVドラマにもなったり、映画化もされました。

映画といえば、そんな黄昏を描いた有名な映画、ズバリ「黄昏」がありますね♪
ヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘップバーン、そしてジェーン・フォンダらが出演した名作、ご覧になりましたか?

皆さんはどうでしょう?この“黄昏”というコトバの響きにはなんとなく切ないような悲しい響きが伝わってきませんか?

辞書によると「たそがれ」とは、薄暗くなった夕方は人の顔が見分けにくく「誰だアレは」という意味で「誰そ彼(たそかれ)」と言ったコトから「たそかれ(たそがれ)」は夕暮れ時を指すコトバになったそうです。

まさに落日寸前の状態から人生の晩年を表すコトバになったんでしょうね。

人生の盛りを過ぎたというコトなんでしょうが…だからといって“黄昏”を悲観するコトもありませんよね^^

逆に考えて「やっと黄昏までこぎつけた」「黄昏を手に入れた」なんて思えば黄昏流星群で描かれているような“第二の青春”が待っているかもしれません(^.^)b

そんな風に思えば、黄昏どきはまるで人生の黄金期のようにも思えてきますしね♪

秋の黄昏どきは、つるべ落としの秋の夕暮れというくらい早く日が落ちますが、人生の黄昏はどうやらゆっくり日が沈むようです…^^

英題が長すぎて今日のタイトルに入りませんでしたが、老いゆく過程で光り輝く…「Like Shooting Stars in the Twilight」

黄昏流星群と、弘兼氏があえて“流星”にこだわったとするなら、黄昏の中で一瞬の輝きをする瞬間…人生最後の一瞬の輝きみたいなモノを描きたかったのでしょうか?

だとするなら、とてもドワイルドな儚いモノを感じてしまいます☆

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Melton Wool

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写真はこのシーズン愛用のハーフ丈アワードジャケット、いわゆるスタジャンです♪

レターでわかるようにラングリッツレザー社の製品で、ボディは“This is Award Jacket”で名高いDehen(ディーエン)社が手掛け、24オンスという分厚い「ウールメルトン」を使って作られたモノです。

今からちょうど70年前の1939年、アメリカでは濃紺のコートが大流行しました。

いつの世も紳士服の流行を巻き起こすキッカケは、戦争、スポーツ、映画などに端を発するのがおおよその相場ですが、この流行に関してはそのどれにも当てはまらなかったんです。

1938年11月号の「エクスファイア」誌の記事では、イギリスのキツネの狩猟地区として有名なメルトン・モーブレーで初めて着られた丈夫な素材、メルトン地で作った濃紺色のコートの復活を伝えていました。

イギリスで、ハンティングコート素材として用いられていたメルトン地は一時期廃れていましたが、徐々にその良さが再認識され、雑誌の力を借りて'39年に一気に人気が爆発したというワケなんですね(^.^)b

そもそもメルトンとは、縦糸、横糸ともに太い番手の紡毛糸で平織または綾織し、圧力をかけて布地を詰まらせる縮絨(しゅくじゅう)という工程を経たのちに、表面を毛羽立たせた織物なんです。

およそ20~30%圧縮されるため、その織り目はヒジョーに密になり、肉眼では織り目の存在がわからないほどなんですよ。

この縮絨という工程によって、織生地に防寒性と撥水性そして耐久性をもたらし、より外套に適した素材に化けるというワケです。

戦時に着られたピーコートやダッフルコート、そして今日取り上げたアワードジャケットにメルトンが採用されたのは必然だったんですね。

メルトンの語源には、前述した地名のほか、この織物の仕上げ法を発明した“ハロー・メルトン”によるものという説もあります。

メルトン地の主素材は、何を置いてもウールなワケですが、中でもメリノウールは羊毛の代名詞であり、世界最高品質と評されているのをご存知でしたか?

メリノ種は中世にスペインで開発され、品種改良によって毛色をなくし、極細の羊毛が採れるようにと200年かけて作り上げた羊です。

現在の生産地としては主にオーストラリアが有名ですが、元を辿れば帆船時代に彼の地に持ち込まれたのがキッカケというコトなんですね。

特にタスマニア産の太さ16~22ミクロンの羊毛は有名で、高級番手の糸が採れ、上質の毛織物に用いられています。

そんなメリノ種の子羊(生後半年程度)から採れる毛がラムウールと呼ばれ、さらに繊細緻密な毛織物を織り上げるコトができ、繊維は若干短めですがソフトさとしなやかさを兼ね備え、このラムウールから生まれた滑らかで美しい織生地こそが最高にドワイルドなメルトンというワケなんですよ☆

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Fire King

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ドワイルドな皆さま、ずいぶんとご無沙汰してしまいました(;^_^A

お元気でしたかぁ?^^

1ヶ月以上ぶりの更新になってしまいましたが、ソコは何食わぬ顔して(笑)今日はこんなおハナシを♪

アメリカンウ゛ィンテージ・テーブルウェアの代名詞として人気の「ファイヤーキング」は、アメリカのガラス製品メーカー“アンカーホッキング社”が1942年から1976年まで製造していた耐熱ミルクガラスブランドです。

生産終了から30年以上が経ち、古いモノだと優に60年以上の歳月を経ているにもかかわらず、そのポップでキュートな色使いやデザインは現在でも多くの人を魅了して止みません。

当時からスーパーでごくフツーに安価で売られていた庶民派食器だったゆえ現在コレクティブルアイテムとしてもてはやされながらも、飾って眺めるコレクションとしてだけでなく、使って楽しむアイテムとして愛され続けられているんですね(^.^)b

とは言うものの、現実にはすでに作られていないワケで、またひとつの生産数は決して多くなかったのと、数は少なくても種類やバリエーションが無数に存在するため、特にファイヤーキングのアドマグは“レアなモノ”が多いんですよ。

ウ゛ィンテージと呼ばれるモノ総じてそうですが、モノによっては数万円~数十万円なんていう希少なアイテムもある上、昨今のファイヤーキング人気の煽りを受けて、悲しいかな全般的な相場は 上がる一方です(>_<)

現地アメリカでも、どんなに安いモノであっても10ドル以下で見つけるコトは難しいのが現状のようですしね。

さて、ファイヤーキングブランドが誕生した'42年、時代は大量生産、インダストリアルデザインの全盛期でした。

同ブランドでも数々の商品やシリーズを生み出しました。

ちょうど第二次世界大戦ではあったものの、アメリカは'40年代からベビーブームを迎え、かつ経済成長真っ只中。

まさに“旧きよきアメリカ”と呼ばれたのがこの時代で、一般市民にもそれは活気が漲ってました♪

そんなときに作られていたファイヤーキングだからこそ、豊かで明るい時代の雰囲気が反映され、ハッピーな色使いや大胆なデザインのモノが多く、さらに安価で機能性があったコトが、瞬く間にアメリカの一般家庭に受け入れられていった理由でしょう。

アメリカらしいちょっと不揃いなファイヤーキングを手にすると(笑)、とたんに時計の針は巻き戻り、掌の中に当時の豊かなアメリカが現れ、たった一杯のコーヒーに遥か彼方のアメリカを感じるコトができるんです(*^_^*)

ずいぶん前にも書きましたがコレクターではありませんが、コレだ!というデザインのアドマグにもう一度出会えるかはわからないので、一期一会な気持ちで手に入れたりしてます。

ちょっと大袈裟ですけど、千載一遇の出会いをしたファイヤーキングには、とってもドワイルドなアメリカン・ノスタルジーを感じてしまうんですね☆

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American Character

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ウチから歩いて1分の所に「Big Boy」があるので、ソコでパチリッ♪

あらためて撮ってみると、少々キモい感じ?!(笑)

ソレを真っ向から撮ってる俺は、さしずめヘンなオジサンだったかな(^o^;

まぁソコは置いといて、皆さんもご存知であろうこのキャラクターは、映画「オースチン・パワーズ」の中にも出てくるんですよね。

アメリカのファミリーレストランのマスコットキャラクターであるこの「ビッグボーイ」、突拍子もない映画での登場を差し引いたとしても、そのインパクトはなかなかキョーレツなものがあります^^

赤と白のチェック柄のズボンにサスペンダーを着用し、ハンバーグを持つ仕草は単に可愛らしいというだけではなく、しっかりとその存在を主張していますし、なんというかキャラクターが立つだけでその場がとてもあか抜けて見えたりもするんです(^.^)b

アメリカの持つ“陽気”で“はつらつとした”イメージのなか、常に時代のヒーローを求めるこの国は、映画、スポーツ、音楽など様々なジャンルで数多くのスターを生み出し、またそれらのヒーローたちは、キャラクターとなって親しまれてきました♪

とりわけアメリカのキャラクターといえば、架空の生き物や身近な動物といったモノが多いですね。

スパイダーマンやバットマンといったスーパーヒーローに、グリーンピースのCMでお馴染みのグリーンジャイアントをはじめ、20世紀のスーパーキャラクターであるディズニーの面々やスヌーピー、そしてポパイ♪

彼らには子供たちを大人に成長させ、大人たちを少年少女の時代に戻す…まるで魔法使いのような能力がありますよね^^

まさにソレは自らのアイデンティティを再確認させてくれる作用のような。

よくアメリカのキャラクターには夢があると言われるのはそういうコトなんでしょう。

そういったアメリカン・キャラクターたちが、今なおノスタルジー以外の部分で我々の心から離れないのは、アメリカ人が持つ天性の大らかさと、ごくありふれた日常をその時々で素直に受け入れ、ソレをまるごと仲間たちと分かちあって楽しんでいこうというドワイルドな姿勢がキャラクターというモノに染み込んでいるからなんだと思うのです☆

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Lipton/RAINFOREST ALLIANCE

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Would you like a Coffee or Tea?

ブログにもさんざん書いてますが、俺はコーヒーが大好きです♪

別に紅茶が嫌いなワケではなく、とは言うものの自宅でもお店でいただく場合でもブレイクタイムにはやはりコーヒーを飲んでますね(*^_^*)

そんな俺もごくたま~にペットボトルの“午後の紅茶”を飲んだりします(笑)

そこで皆さん、現在、世界中で紅茶がどれくらい飲まれているか、ご存知ですか?

世界の紅茶の年間生産量は約296万トンです。

この数字ではピンとこないでしょうが、じつのところ紅茶は水の次に多く飲まれている飲料と聞けば、いかに世界中で親しまれているかが想像できませんか^^

実家にいた頃の思い出で言うと、母親も大のコーヒー党でしたが、なぜかいつも欠かさずあの黄色いパッケージで有名な「リプトン」のティーバッグが家にありました。

今日はそのリプトンが今年7月から発売をスタートさせたティーバッグのハナシなんですが、これがまたとってもエコロジカルなんですね(^.^)b

そのティーバッグには、国際的な非営利環境団体“レインフォレスト・アライアンス”の認証茶園で生産された茶葉が50%以上使用されているんです。

日本で同団体の認証茶園による紅茶が発売されるのは、コレが初めてのコトなんですよ。

環境保護と地域コミュニティの生活改善を目的に、1987年に設立された団体で、まだエコロジーやフェアトレードが現在ほど認識されていなかった時代から活動を行っており、世界的な信頼も非常に高い団体なんです。

茶園に限らずですが、農園がその認証を得るためには環境面や経済面、社会面などさまざまな面で持続可能な条件=サステナブルを満たさなければなりません。

森林や人的健康への配慮はもちろん、注目すべきは収穫量や生産方法、品質などにおいて持続可能な経営プランを備えているコト、そして従業員の労働環境に加え、住居や学校、病院など地域に生活基盤が整っているコトといった面にまで基準が定められている点なんです。

世界的にみてもこの認証基準は最も厳しいといえるでしょう。

そういった団体と認証をあえてリプトンが選んだコトにこそ、今回のティーバッグの意義があるのでは♪

リプトン紅茶を展開する英蘭企業“ユニリーバ”は、“衛生”という観念がまだ薄い1880年代の英国で、石鹸によって清潔で健やかな生活を人々にもたらしました。

いち早く「衛生・安全・サステナビリティ」という3つの企業理念を掲げ、環境や健康面へ積極的に取り組んできたのです。

つまりレインフォレスト・アライアンスのような信頼性の高い団体をパートナーにするコトは、ある意味必然だったんですね(^.^)b

100年以上の歴史をもつ世界的な紅茶ブランドの作る美味しくて安全ないれたての紅茶…

ソコにあるのは、ティータイムに味あう幸せだけではありません。

紅茶を飲む人、作る人、商う人、すべての人々が、いつまでも健やかに紅茶で繋がっていられますように♪

そんなドワイルドな願いがこの一杯には込められているんです☆

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DINER

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今日のDINNER(夕食)のハナシじゃありませんからっ(笑)

20世紀初頭、自動車が加速度的に普及していく中で、アメリカのロードサイドには様々な大衆文化が花開いていきました。

ドライブインをはじめカーホップ、ドライブスルーなど、いわゆるクルマに乗ったお客を対象にしたレストランが各地に現れ、さらに自動車旅行客を相手にしたモーテルが次々と開業したんです。

日本でもお馴染みの“Holiday Inn”は1952年に創業。

“Best Western Motels”はもう少し古く1946年にはすでにチェーン化されて現在のカタチに近いモーテル・チェーンが出来上がっています。

まさにクルマが、様々なロードサイド・カルチャーを生み出していったワケですが、その代表ともいえるのがやはり「ダイナー」でしょう♪

ルーツは19世紀後半、ロードアイランド州プロビデンスのウエストミンスター通りに出店した、馬車を改造して作った“ランチワゴン=屋台”なんですね(^.^)b

いつでも移動できるランチワゴンのメリットは、不動産と違い手軽にスタートできるため地代の高い都市部などでも簡単に開業できるというコトでした。

また、レストランの閉店した後に空腹の客を呼び込むなど、現在でいうコンビニの役目も担っていたようです。

本格的にイスやテーブルを用意したダイナーが登場したのは1920~30年代に入ってからになります。

鉄道用の食堂車を模した金属製ダイナーカーは、小規模な自動車会社などによる“ダイナーカー・カンパニー”によって生み出され、第二次大戦を挟んで飛躍的に増加していきました。

中には鉄道用食堂車をそのまま使ったモノもあったようですが、徐々にステンレスで屋根を覆った流線型のストリームライナー型ダイナーへと発展していったのです。

現存するクラシック・ダイナーの多くは、アメリカ東部から中西部に多いんですが、これは当時のダイナーカー・カンパニーが主にニュージャージーやマサチューセッツなどに多かったコトにも起因しているようですね。

特にニュージャージー州は別名“ガーデン・ステート”と呼ばれていますが、知る人ぞ知る、地元では“ダイナー・ステート”の愛称で親しまれています♪

とにもかくにも、そうやってダイナーが広がったコトで、我々が現在ハンバーガーやホットドッグを気軽に愉しめるようになった要因でもあるワケなんですよ♪

普段はめっぽう食べないのに、ダイナーに入るとついついアップルパイなんぞを食べてしまうのは、映画の観すぎですね^^;

残念ながらロードサイドの“食堂車”として永く親しまれた、そして映画(アメリカン・グラフィティやダイナー)によく登場するようなクラシック・スタイルのダイナーは、近年ではハンバーガー・チェーンを筆頭にしたファストフード産業に押され、その数は年々減ってきています(´Д`)

それでも、ファストフード店に付いてまわる“マニュアル”などに振り回されるコトのないダイナーには現在もたくさんの“人の温もり”が集まってるんです^^

魅力的なダイナーカーを製作する会社もほとんどが廃業し、ダイナーの先行きは決して明るくはありませんが、アメリカのロードサイドにはやっぱりドワイルドな輝きを放つダイナーのネオンが欠かせないと強く思う俺なのでした☆

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ROCK'N'ROLL

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秋晴れの爽やかな日曜日、皆さんいかがお過ごしでしたか?

またまたご無沙汰してしまいましたが(汗)俺は相変わらず趣味に遊びに仕事にとドワイルドな毎日を送っておりました(^^)v

そして昨日、今年も恒例の矢沢永吉ライウ゛に行ってきましたよ♪

とは言うものの、永ちゃんがデビューして以来毎年続けてきたライウ゛ツアーを37年目にして初めて封印した去年、事実上のコンサート活動はありませんでしたから、1年ぶりに待ちわびた44,000人のオーディエンスたちはみな最高の盛り上がりをみせていました。

図らずも去る9月14日は永ちゃん60歳のバースデー、そして今回の直球勝負なツアータイトルであり4年ぶりのニュー・アルバムである『ROCK'N'ROLL』をひっさげ、さらには20年ぶりとなる東京ドームというメモリアルイヤーですからね(^.^)b

ステージ両脇に並べられた30台のハーレーの爆音とともに「ワン・ナイト・ショー」で幕開け♪

事情通からの情報で知っていましたが、サプライズ・ゲストの氷室京介と甲本ヒロトとシャウトした「黒く塗りつぶせ」

愛娘yokoとは「Sugar Daddy」をデュエットする一幕も^^

ステージに設けられたスクリーンには、'75年の日比谷野外音楽堂でのキャロル解散ライウ゛や、'97年にロンドンのウェンブリースタジアムで開かれたイベントに出演した際の懐かしい映像も映し出されてました。

コチラは永ちゃんのウィットに富んだナレーションつきで(笑)

振り返ると「矢沢、50になりました」と放ったコンサートも俺はソコにいました。

あれからあっという間の10年と永ちゃんも言ってましたが、「60になってどうすればいいかと思ったけど、海の向こうにはミック・ジャガーとか現役のロッカーがいる。日本にまだいないんだったら、オレやる。最初に」のコトバが印象的でしたね^^

ココで少しハナシが脱線しますが、入場前にいつものようにツアータイトルのタオルを買おうとしたら「今から並んでもらうお客様は開演に間に合わないかもしれません…」のアナウンス。

おい、おい、まだ2時間前だぞ(@_@;)

会場内での販売もありますのでの促しのままそそくさと会場へ。

あろうことか俺の直前の女性2人組が2枚下さいとの返答は「本日最後の1枚になります」…マジっ?!

すかさず別の窓口にいったのですが、結果は同じでした(T_T)

仕方なく好きなカラーの赤地に筆文字で“yazawa”が描かれたタオルを購入。

コレ、家に帰れば同じヤツあるんだよなぁ…と思いつつテンション下がりながら席に着いたのでした。

ファンの方は嬉しいと思いますが、俺の席のまっすぐ4つ前にあの倖田來未が座ってたんです。

タンクトップ姿で、左腰に彫られてたバタフライのタトゥーがセクシーでしたよ^^

4人で来てたのですが、それぞれが買ってきたばかりのタオルをガサゴソと袋から取出し、倖田來未が背中に羽織ったのがなんと俺と同じヤツだったんです(*^_^*)

その辺一帯ではその柄、俺と彼女だけでした…と、ファンではないんですが、別の意味で盛り上がり、気分も取り直ししたという余談でした(笑)

それよりも横にいた友人のdowild.uちゃんがバッチリ“dowild”のバックプリントされたTシャツを着てたんで、そっちの方が気になっちゃったりなんかして(^o^;

ともあれ年輪の刻まれた容姿とは裏腹に、変わらずエネルギッシュで原点がブレてないからこそ輝いていれる永ちゃんから今回もタップリとパワーをいただきました♪

「60からの自分、角度を変えればいくらでもドキドキする。これからも現場でドキドキできる矢沢でいたい」と発言した永ちゃんのように、俺もチャーミングでドワイルドに歳を重ねていきたいと強く感じたライウ゛だったのです☆

P.S 18日はdowild.mことmasayaの誕生日でした。
相変わらず音沙汰もなく、元気でやってくれてるならソレでイイんだけど…俺も仲間もみんなオマエのコト祝ってたよ☆

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Evel Knievel

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さぁ夏もこれからだ♪なんて思ってたらあっという間に8月も終わりですね…

海に山に、花火に海水浴と、それぞれの夏の思い出、人生のリュックサックにいっぱい詰め込みましたか?^^

月末にかけてメチャクチャ忙しく、久しぶりの更新になってしまいました(*^_^*)

ワンコイン(500円)で観れた「宇宙(そら)へ」はちょっと得した気分でしたよ♪

ただ、以前観た「ザ・ムーン」と内容がほとんど同じだったというのがご愛嬌でしたが^^;

さて話は変わりますが、先日友人から聞いてはじめて知りました。

一昨年亡くなられてたんですね(´Д`)

皆さんは彼をご存知ですか?幾多のモーターサイクル・スタントを敢行し、全米中で大人気を誇ったスタントマン「イーブル・ニーブル」を。

俺も子どもの頃TVで観た勇姿しか知らないんですが、純白に星条旗をあしらった革ツナギを纏い、何十台ものクルマの上をバイクでジャンプする様はとても衝撃的でした。

中学の時、近所の空き地にちょうど山積みになった土があり、友人の兄キのバイクを借りてジャンプしたりしてたのはまさにイーブル・ニーブルのマネでした^^

“生涯で最も多く骨折(433回)した人間”としてギネスブックにも載っている伝説的なアメリカン・ヒーローなんです。

自らショーをプロモートし、会場の準備、チケットの販売、そして司会まで彼自身がこなしていたんですね。

ショーを拡大する為スポンサーがつきましたが、本名のボビー・ニーブルを“Evil”knievelと改名する要望があったのを“Hells Angels”とイメージがかぶるコトを避けたかった彼は“Evil(凶悪)”ではなく、もじって“Evel”にしたなんて逸話もあります。

回を重ねる毎にショーの内容はエスカレートしていき、結果29日間も昏睡状態になったり、一回のジャンプで35ヶ所も骨折したりと長期入院生活を強いられるコトもありましたが、何があっても不屈の精神でチャレンジし続ける不死身の男として伝説を積み重ねていったんです。

中でもグランドキャニオンでのジャンプはあまりにも有名で、専用に用意された蒸気ロケットエンジンの“Skycycle X-2”は、元NASA(ココにも出てきましたね^^)のエンジニアによって設計されました。

一機25万ドルするこのマシンは3機製造されましたが、内2機は無人テストで失敗。

本番では発射のショックでパラシュート・カバーが外れ、渓谷下の川に落下、奇跡的に軽傷だけですんだんです。

そして1976年シカゴ・アンフィシアターでの最期のジャンプまでスーパーヒーローであり続けたんですね。

彼はほとんどすべてのジャンプに重たいあのハーレー・ダビッドソンを使いました♪

ハーレーの人気向上にも大きく貢献した立役者でもあるんです(^.^)b

現在のスタントのように軽量でサスペンション性能に優れたモトクロッサーでも使っていれば飛距離も伸びたろうし、また防げた事故もあったのは明らかでしょう。

それでもハーレーでジャンプする彼は、間違いなくアメリカを象徴するヒーローでした。

スターズ&ストライプのジャンプスーツにマントというコスチュームもクールですが、6ショット分のワイルドターキーを忍ばせたステッキをさりげなく持つなど、その装いも含めて文句無しのカッコ良さがあったんです♪

2007年12月没。享年69歳。

死の直前まで、「神は俺以上にタフなろくでなしは作らなかった」と豪語する最高にドワイルドな男だったそうです☆

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