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Rocket Men

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どこか遠くへ行きたい―

自分の知らないところへ行ってみたい―

未知なるコトを知りたい♪

ほんの小さな子供のころから、自然と人はそんな思いに突き動かされる生き物なのかもしれません(^.^)b

物心がついて初めてそう思った瞬間…たぶん、ソレこそが全ての“冒険”の始まりなんだと思います。

家の周辺から近所の公園、学校、隣町へと広がる冒険心、その最果てにあるのが“宇宙”だったりしませんか?^^

1958年のNASA設立から50年、そして人類初の月面着陸からちょうど40年。

そんな記念ともなる節目の今年、いよいよ明後日21日から「宇宙(そら)へ」(原題:Rocket Men)が公開されます♪

あの「アース」や「ディープ・ブルー」を制作したイギリスのBBCの作品で、監督は「ダイアナ~プリンセス最後の日々~」など、実録ドラマに定評のあるリチャード・デイルが務めています。

NASAは設立当初から全てのプロジェクトを16ミリフィルムで克明に記録を残しておりました。

宇宙で撮影されたフィルムを含む門外不出のハイクォリティ映像を使い、宇宙飛行士たちの挑戦、奮闘を描き、NASAの歴史の全貌を明らかにしたドキュメンタリーなんですよ♪

NASAによる'59年からの有人宇宙飛行のマーキューリー計画で、'61年1月に人間に先立ってロケットに乗り、16分間の宇宙飛行を体験したのは実はチンパンジーの「ハム君」でした^^

そのわずか3ヶ月後、ソ連はウ゛ォストーク1号にユーリ・ガガーリンを乗せて宇宙に送り出していますからね^^;

人類で初めて宇宙を飛んだガガーリンはあの有名な、そう「地球は青かった」というコトバを残したワケです。

宇宙飛行士が宇宙船の外に出て活動するEVA(船外活動)、つまり宇宙遊泳も、ソ連がアメリカに先んじたりの宇宙開発競争でしたが、1960年代を締めくくる最大のイベントはやはりアメリカのアポロ計画でしょう。

'69年7月、世界中で大勢の人々がTV画面を注目している中、月面に降り立ったニール・アームストロング船長の「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」と語ったコトバは、大きな感動を呼びました。

最後のアポロ17号までで合計6回の月面着陸に成功し、12人の宇宙飛行士が月に降り立ったアポロ計画はやがてスペースシャトルへと移り変わってゆくのです。

冒険には危険がつきものと言いますが、アポロそしてスペースシャトルでも多くの犠牲を払いました。

先人たちの失敗が、後の人間のスキルとなり、最終的な成功へと繋がったというコトを決して忘れてはなりませんね(´Д`)

見果てぬ夢だったドワイルドな宇宙への冒険、地球の美しさを再確認しに、週末は久しぶりに映画館へと足を運んでみようと思います☆

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Adventure Family

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日射しが強くなる前にと午前中にいつものジョギングを終え、お手製パスタでブランチを楽しんだあと、いったい何度目だ?!の「アドベンチャー・ファミリー」を観てました♪

便利で快適な都市生活のようですが、ストレスフルな仕事、なにかとややこしさを増すばかりの日常生活は、知らず知らずのうちにドワイルドな感性を蝕んでいるような気がします^^;

そんな気分の栄養剤としては、最適ですよこの映画は^^

'77年の公開ですが、子供のころ観たコトがあるという方も多いのでは?

都会で暮らす一家が、コロラド州のロッキー山脈の麓に居住地を移し、大自然の中で暮らすというストーリーなんですね。

途方もなく美しい景色、限りない自由を手にする代わりに、一家は自然との格闘を余儀なくされます。

日本とは自然のスケールがまったく違う、アウトドア・ライフの厳しさと素晴らしさを知らしめされる映画です。

ソレはまるでアメリカンドリームを夢見て西部を目指し、危険と隣り合わせの野営生活を続けながら荒野を切り拓いた開拓時代の人々の生活が透けてさえ見えるような…

新天地で日々懸命に生きるコトで、本来あるべき人間らしさを取り戻し、家族の絆が深まってゆくのですが、生き方に疑問を感じたなら、地球から知恵を借りればイイんだという答えがソコに描かれているような気がします(^.^)b

自然のなかに身を置き、森羅万象と対峙するコトで、人間が本来もつ“カン”が戻ってくるんでしょうね。

文明の利器のない時代の人間がもっていた経験からくる知恵のようなモノ、都会での生活では忘れかけてしまっている感覚。

いわゆる“野生の直感”というヤツです。

自分のため、そして地球のためのドワイルドなアウトドア・ライフ、やっぱり憧れますね☆

dowild.s

Highball

ウイスキーが、お好きでしょ~♪♪♪

「ハイボール」だいぶ巷で流行ってますねェ(^.^)b

かくいうこの俺も、最近行った居酒屋、焼き鳥屋などではけっこう飲んだりしておりました(*^_^*)

日本においてのハイボールですが、昭和30年代にトリスウイスキーを炭酸で割ったモノを“トリハイ”“Tハイ”と呼び親しまれてた以来の大ブームらしいですね。

つい口ずさんでしまいそうな冒頭のBGMが流れ、小雪が出演しているCMが現在のヒットのキッカケになったかは定かではありませんが、あのCM観てたらけっこうそそられるのは確かです♪

TVニュースで言ってましたが、若い女性の“炭酸がオシャレ”という感覚が定着し広まったのも要因みたいですね。

シャンパンを飲むリッチ感のような…^^

こと日本では、ウイスキーのソーダ割りのコトだけをいうように思われがちですが、そもそもハイボールとはカクテルの一種なんです。

例えばアメリカのBARでハイボールをオーダーすると、「ソーダで割る?ジンジャーエールで割る?」と、聞き返されます。

アメリカでは、ジントニックやホーセズ・ネックといったカクテルもハイボールの類に入り、1930年代頃からレモンやグレナデンシロップ、ビターなどを加えるのが流行し出しました。

広義としては、スピリッツをソーダやトニックウォーターなどの炭酸飲料や、水、湯、フレッシュジュースなどアルコールの含まれていない飲料で割ったモノ全般を指すんですよ。

確かにアメリカ人は、ウイスキーを割って飲みたい時のオーダーの仕方が、「ジャック&コーク」とか「ターキー&ソーダ」などと明確でとても分かりやすいですしね(^.^)b

語源も諸説ありますが、どれもユニークです。

開拓時代のアメリカにおいて、蒸気機関車による長距離移動のときに、途中で水の補給のための停車の際、棒の先にボールをつけたモノを掲げて合図してました。

その時にウイスキーのソーダ割りのサービスがあったというコトからの説。

同じく旧き時代のアメリカの鉄道で、ボール信号というのが一般的に使用されていて、ボールを掲げていれば“go”掲げていなければ“don't go”という合図のもと働いていたある駅員が、隣の駅のボール信号を望遠鏡で見ながらウイスキーをちびちびやっているときに、ボールが“ハイ”になったら汽車が来るというので、ソーダを入れて一気に飲み干したからという説。

因みに、「ボール信号」が語源であると、バーテンダー発祥の地アメリカのバーテンダー養成学校では教えています。

他にもイギリスのゴルフ場のカウンターでウイスキーを飲んでいた人が、急に自分の打つ順がきたコトを知らされ、慌ててそばにあったチェイサーにウイスキーを混ぜて飲んだところ非常に美味しかった。

ソコにたまたまハイ・ボールが飛んできたから(笑)という説。

最もシンプルなのは、炭酸の泡(玉)が上にあがっていく様からという説。等々…

ココまで読んでお気づきになった方、またはTVで確かやってたのでご存知の方も多いと思いますが、“酎ハイ”もまたハイボールからきた造語なんですね。

なんかこの記事書いてたら、やんちゃだった頃、矢沢永吉の「ウイスキーコーク」を聴きながら“コークハイ”飲んで、ウイスキーコークとコークハイってどう違うんだよ?!なんて言ってた懐かしい日々を思い出します(*^_^*)

ウイスキーを入れてからコーラを注ぐのがウイスキーコークで…とか言ってたヤツもいたなぁ(笑)

「ハイボール」…好きですが、やはり「ウイスキーソーダ」と呼ぶのが気分だし、しっくりくるのは俺だけでしょうか?^^;

なんならやっぱり、ウイスキーはロックに限るでしょ!

…なんてドワイルドな意地を張るのはとりあえず置いといて、なんだかウイスキーを飲みたくなってしまったという皆さんも一緒に、今宵はあくまでキンキンに冷やした“ハイボール”で涼んでみるのもいかがなもんでしょう☆

P.S こんなこと公の場で言うのは初めてで照れくさいんですが、今日は妻の誕生日なんです♪
ビール党の2人ですから、ウイスキーの記事書いときながら実際はとことんビールでカンパイといきそうな…(^o^;

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Grasse of Paris

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静岡の実家に帰ってるdowild.2が心配でメールをしたところ、大きな被害もなく無事のようでした(;^_^A

皆さまのご無事を心よりお祈り申し上げますm(__)m

今日のお昼番組「ごきげんよう」で、お笑いタレントのほっしゃんが、フィレンツェが大好きだって言ってました。

というワケで、たまにはこんなハナシを♪

シャネル、ディオール、ロシャスと、思いつく限りの世界に名だたる香水を生み出したルーツが南仏はグラースという町にあるんです。

この町の繁栄は、カトリックの司教が居を構えた13世紀にまで遡ります。

鞣し革、小麦、ワイン、オリーブなどが盛んに商われ、中世のコートダジュール地方においては、海側の町よりも内陸にあるグラースの方が豊かさを誇っていたんですね。

特に重要な品目であったのが鞣し革で、今では朝市が立つ旧市街の中心エール広場には、皮鞣しの工房が軒を連ねていたそうです。

個人的に興味深いのは、この辺のハナシなんですが^^;

変革(革だけに・笑)は16世紀、ルネッサンス時代の文化の発信地イタリア、スペインから香りのイイ革、つまり鞣し革に植物の香料を染み込ませたモノがもたらされました。

町中に皮を精製する匂いが漂っていたグラースで、商人たちが香りを染み込ませた革を扱い始め、さらには革製品の中でも特に贅沢な手袋に香りをつけた“香りつき革手袋”の製造を始めたんです。

1614年には、彼らの仕事に対し、フランス国王が専門職としての「メートル・ガンティエ=パーフュマー(手袋・香水師)というタイトルを与えました。

コレに伴いグラース近郊では、恵まれた気候、地形を利用して、香料用の植物となるバラ、ジャスミン、月下草、オレンジ、スミレなどの花栽培が盛んになり、以降は革よりもむしろ香料、香水などの香り加工がこの町を代表する産業へと移り変わっていったのでした。

獣の皮を精製する匂いから、花の、そして香水の香りのする町へと変貌を遂げたグラースでは、コスメティックや芳香剤などのトイレタリー、さらには食用まで、様々な“香り”が製造されており、約30あるという工場全体で、フランスの香料の3分の2を生み出しているといいます。

さらに、香り作りに欠かせない調香師と呼ばれるスペシャリストたちも、世界的に活躍する顔ぶれの多くがグラースの出身か、またはこの町で修行したキャリアを持つという、紛れもなく“香りの都”だったんですよ。

やがてその軌跡は、香りを慈しみ育てるモードの都パリへと伝わりました。

百花繚乱ともいうべきパリの香水事情…パリの人々はまるで空気を彩るように香りを纏います^^

ソレは服やメイクと同じように、装いを完成させるためのファッションの一部であったり、あるいは生活空間そのものを演出するために欠かせない要素であったりするんですね♪

かつてデザイナーのパコ・ラウ゛ァンヌは、「南仏の花と海を眺めるために、パリからコート・ダジュールに向けて、愛車のフェラーリを走らせている若い女性を連想させる香水」と、調香師に注文を出しました(汗)

また、男性向け香水史に残る名作『ダウ゛ィドフ』の「クール・ウォーター」などを作り出した生粋のパリジャンでもある調香師ピエール・ブルドンは、「偉大なる調香師はポートレイティスト(肖像画家)」と言ってはばかりません。

彼はモデルとなる女性、その人の振る舞いを観察したうえでソレを香りに表現してゆくのだそうです。

たしかに、ひとりのパーソナリティをコトバや視覚的な介在なしに語る力、そこはかとなく、けれども確実に語る、「香り」にはそんな力が秘められている気がしますよね(^.^)b

まるで香りの海に身をゆだねているかのようなグラースからパリへの旅路、お楽しみいただけたでしょうか?(笑)

惜しみなく降り注ぐ湯水のような香りの中でふと訪れ心が響く瞬間、それこそが自分の求めている香りだった…そんな運命的な出逢いがあったらステキですね(*^_^*)

旅には、いつもどこかで自分自身を探している、そんな深く静かな欲求が伴います。

香りがポートレイトであるからには、心動かされた香りはその人自身を映し出す鏡のようなモノでしょう。

その幸運な出逢いこそが自分探しの旅の終着点だったなんて、とてもロマンティックでドワイルドじゃありませんか☆

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HAND MADE

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こんにちは、一昨日の記事でのラムのスペルは“RUM”でしたね(^o^;

dowild.2さんにすかさずつッこまれましたが、肉汁飲んでどうすんだ!って感じで…(笑)

本人はちゃんと書いたつもりでおりましたが、いつものアップ時間が大幅に過ぎてしまってたんで焦っちゃいました(^^ゞ

俺としたコトが(汗)…まぁたまにはご愛敬というコトで(^.^)b

さて、ブログお休みしてた先月の約1ヶ月ほどの間にコツコツと作り上げてた逸品があります♪

相変わらずピンボケで粗雑な写真で申し訳ないのですが、ズバリ「骸骨リング」です(^^)v

この場を借りて感謝を申し上げたいのが、またまた親愛なるdowild.kことmacaroni Drop〈マカロニ ドロップ〉~バターナイフをはずさないで~のkiaさんなんですm(__)m

銀を愛し、革を愛し、とりわけシルバーアクセサリーには造詣が深く、その知識の広さにはいつも驚かされております。

総じてその「モノ」に対する愛情・情熱は“同じ匂いがする仲間”としてとても嬉しく思ってるんですよ^^

そんな彼の7月1日のブログ「本当の意味の手造り」を読ませていただいたのがキッカケで、ハンパなままだった“モノ作り”への血潮が再び疼き始めたのでした♪

実は、かれこれ10年くらい経ってしまうんですが、アクセサリー好きが高じて自分で作品を作ろうと思った時がありました。

そのさらに昔、彫金技術を持つ職人の友人と一緒にシルバーアクセサリーを作ってた経験があるんですが、俺が紙にデザイン画をスケッチしたのを見て友人がワックスを彫りおこし原型を作るというモノだったんです。

今度は自分で最初から最後まで一貫して作ってみようと思い立ったんですが、工程は知ってるとはいえ銀作りは出来ないし…ヒラめいたのが“木”を使って作ってみようというアイデアでした。

手始めに指輪でもと思い、ソレには固い木が必要だと東急ハンズへ走りました(笑)

頭の中にパッ浮かんでたのが“コアの木”と“黒檀”でしたが、材料となるコアは発見できず黒檀でのチャレンジとなったのです。

(中略)

立体を彫り起こすというのは想像以上に難しく(汗)途中で挫折、10年近くが過ぎた頃、kiaさんの記事が目に止まったというワケです♪

感謝というのはソコで「象牙椰子」の存在を知ったからなんです。

南太平洋諸島、熱帯アメリカ、熱帯アフリカなどに生息するヤシ科の常緑樹の種子の胚乳を工芸材料にする数種のヤシの総称。

別名「アイボリーナッツ」と呼ばれ、ボタンや傘の柄などに用いられたりするほどメチャクチャ固い実?種?なんですよ。

名前の如く“象牙”のように艶やかで乳白色のその色合いは、作ろうと思ってる「骸骨」にピッタリだし♪

事実、kiaさんのその記事で“謎のお客様”なる人物が製作した「骸骨の造形物」の写真が掲載されておりました。

「よっしゃあ~っ!」と奮起したのがココからでした^^

固いのもそうなんですが、集中して彫ってると3~4時間なんてあっという間に過ぎてしまいます。

無論、元には戻せないので彫り過ぎには細心の注意が必要ですね^^;

厳密に言うとまだ完成を迎えたワケじゃありません。

リングのサイズを指幅に研磨する最終工程が残ってます。

それと作ってみて初めて気が付いた点がありました。

実というか種みたいな素材なので、今回トライしたようなリングなど中をくりぬく製作物の場合、中心にある“空洞部分”の位置関係の見極めが重要ですね。

職人っぽく語ってみましたが、デザインの勉強したワケでもなければ、その道の経験もないズブのシロウトです(;^_^A

「好きなればこそ成せるワザ」が、少しばかり証明できたでしょうか?(笑)

自分なりの世界観を大切にし、これからももっとドワイルドに精進して参りたいと思います☆

dowild.s

RAM

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昨夜は馴染みのBARで久しぶりにラムを飲みました♪

ちょうど季節も夏なので、海と酒というキーワードでボンヤリ考えていると思いついたのがやはりラムでした。

夏に似合う酒ですよね(^.^)b

そしてラムといえば、海の男たち海軍を連想させます。

英国海軍にはもともと“ration liquor”とよばれる配給酒があり、ラムは別名「ネルソンの血」と呼ばれるほど縁が深いんですよ。

トラファルガーの戦いで有名なネルソンが戦死した際、その死体をラムの樽に入れて帰英したんです。

その途中でなんと、水兵が勝手に樽のラムを飲んでしまったんですね^^;

どんな所にも必ず1人はいるよねみたいな困った水兵ですが、英国に着いてさらにビックリしたコトが判明…

なんとネルソンの体内の血管内の液体がすべてラムになっていたんです(@_@;)

水兵が飲んでいたのはあろうコトかネルソンの血液だったんですよ!!…というような、夏にはもってこいのハナシもありますが(笑)

そんな英国海軍とラムのカンケーはかなり古く、1655年のジャマイカ占領で、それまでのフランス製のブランデーからラムを配給するコトになったのです。

はじめはライムなどをそえて出されていましたが、18世紀半ばには水で割る習慣も一般的になりました。

何日分かの酒を一気に飲み干した不届き者がいたためと(笑)、味わいのためではなく、アルコールの影響を最小限におさえるのを目的としたんですね。

やがて、この水で薄めたラムは“GROG(グロッグ)”と呼ばれるようになりました。

現在ではカクテルとしても有名です♪

語源は、この飲み方を提唱したエドワード・バーノン提督の着ていた制服の生地“grogram”からきているという説と、西インド諸島のコトバからの由来という説がありますが、残念ながら真偽のほどは謎のままなんです^^;

ともあれそうやって海軍に定着したラムですが、1971年まで英国海軍では水兵たちに日々の配給酒としてふるまわれ、“tot”という愛称で親しまれながらドワイルドな海の男たちに飲まれ続けられていたのでした☆

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Icecream

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やっと梅雨が明けたところもあるくらい異常な気候の今日この頃。

だってもう8月ですよ!

しかもカラッとした感じではなく、ジトーっとベタつく不快な天気が続いています(´Д`)

それでも暑いという体感は拭いされず、ついアイスクリームを口にする機会が増えてるdowild.sです^^;

似合わないとか言わないで下さいよ(^^ゞ

ハイ、昨夜も食べました。。。

晩酌の後の口直しというか、デザート感覚ですかね(*^_^*)

写真でわかるように、LOTTEの「ぎゅぎゅっと」、MORINAGAの「アイスボックス【濃い果実氷】温州みかん」は冷凍庫にストックするほどハマッてます(;^_^A

氷菓子というモノはそれこそ紀元前からあるようで、ユリウス・カエサルやアレクサンダー大王にまつわるハナシの中にも出てくるそうです。

日本でも氷室(京介じゃありません・笑、古代版冷凍庫のようなモノ)が古来よりあるので、氷を利用した御菓子の紀元は相当古いみたいですね。

「アイスクリーム」は1550年頃のイタリアが起源らしく、コレにはやはり諸説あるようですが、1686年にはパリでアイスクリームの商業提供が始まっているんです。

ただし、この頃は乳製品というよりメレンゲを利用したシャーベットのようなモノだったそうですよ。

諸説の中にはマルコ・ポーロが中国から持ち帰ったという説もあるようですが、実際、マルコの記述に「北京ではアイスミルクが売られていた」という記録があるみたいで「米と牛乳を煮込んでドロドロにし、香料を加えてから雪で冷やす」といったモノらしく、このハナシからするとかなりアイスクリームっぽいですよね(^.^)b

現在のアイスクリームの原型は、1720年にシチリア島からパリに出てきてカフェを開いてたフランソワ・プロコープという人物が作ったホイップクリームを凍らせたモノ“グラス・ア・ラ・シャンティ”であるとされています。

日本初のアイスクリームは、1869年(明治2年)6月(旧暦)、町田房蔵が横浜の馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売したモノ。

その名も「あいすくりん」♪ネーミングは聞いた覚えのあるという方も多いのでは?

当時1個2分(現在の貨幣価値でなんと8000円)という超高級品だったそうです(食べても汗が出そうですね@_@;)

太陽暦でいう現在の5月9日は「アイスクリームの日」♪

コレは日本アイスクリーム協会が1965年(昭和40年)に制定したんですが、なにやら31日だと思っているのはどこのどなたでしょう?(笑)

因みに日本におけるアイスクリーム類は、乳等省令により以下に分類されます。

アイスクリーム…乳固形分15%以上(うち乳脂肪分8%以上)

アイスミルク…乳固形分10%以上(うち乳脂肪分3%以上)

ラクトアイス…乳固形分3%以上

これがアメリカの食品医薬品局による規制では、アイスクリームは乳固形分20%以上、乳脂肪分が10%以上を含むモノとされるんですから、いやはややっぱりパワフルですね(笑)

実は上記の成分、なんとなくはわかっていたのですが、良きお付き合いをさせてもらってるdowild.kことmacaroni Drop〈マカロニ ドロップ〉~バターナイフをはずさないで~のkiaさんがずいぶん前に書いてた記事を拝見してから、より一層意識するようになったんです(*^_^*)

ついでに言っちゃいます。

俺も「MOW」大好きです♪

基本バニラが好きな俺としては、やはりアイスミルクでもなくラクトアイスでもない、アイスクリームをチョイスしてしまうんですね^^

おおよそドワイルドなハナシじゃありませんでしたが、皆さんのお気に入りのアイスクリームは何ですか?

バスキンロビンスもハーゲンダッツもホブソンズもブルーシールも、貴方のコトを待っていますよ☆

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Powerful Eat

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一般的に、かつてアメリカは食文化に乏しい国と言われていました。

移民によって形成された国ゆえ、オリジナルの食文化が育ちにくかったからでしょう。

しかしそこはダイナミックで合理的な国、さすがアメリカと言えるオリジナルの食スタイルは、旧き良き時代から変わらぬカタチで残っているんですね(^.^)b

毎日目まぐるしく変わる世界経済を動かすウォール街のビジネスマンにも、次世代のアメリカを担うべく勉学に勤しむ学生にも、必ず訪れるのが1日3回の食事の時間です♪

誰とどこでとるかは様々でしょうが、共通して言えるのはいずれも実にパワフルなコト^^;

アメリカという国を形容する単語として外せないのが、やはり“パワフル”というコトバ。

ブレックファーストには糖分たっぷりのパンケーキやドーナツ。

肥満が社会的問題となった頃から特に注目を浴びるようになったベーグルなんてのもありますが、ブルーベリーやストロベリーの甘いディップ類をはじめ大定番のピーナツバターなどをタップリと塗りますからね^^;はたしてヘルシーと言っていいのやら…(笑)

日本ではおやつ感覚のドーナツですが、アメリカでは今も昔も人気の朝食メニューですし(昨日買って残ったクリスピー・クリーム・ドーナツをたまたま朝食べたんでこの記事書いてます^^)

ランチは、食べ応えのあるビーフパテを挟んだハンバーガーを頬張るのは当たり前。

そしてディナーには、野生味溢れる肉をその本来の味を楽しむべくシンプルな調理法で料理したプレートで、明日への活力を補うというワケです(*^_^*)

昨今、ヘルシー志向が高まったとは言え、まだまだこんなパワフルスタイルの食卓が健在なのが正直なところなんですよ。

“草食系男子”とやらが増殖している日本が、経済においても政治においてもパワーゲームに弱いのは、こんな食事のスタイルひとつ見ただけでも納得がいくという感じですね(笑)

高カロリーなど気にせずパワフルな食事を豪快に食べるのも、ドワイルドパワーの源になる気がします☆

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Convoy Driver

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「コンボイ」と聞くと、おおかたの方は映画で観たアメリカの大きなトラックを連想するのではないでしょうか?

古い映画ですが、皆さんご覧になりましたか?!

あながち間違いではないのですが、実はコレ1975年にC・W・マッコール(ビル・フライズ)により作られたアメリカの大型トラック運転手の歌♪

そう、楽曲名だったんですね^^

この歌に影響を受けて、1978年にサム・ペキンパー監督が作った映画が“コンボイ”だったワケです。

人生のほとんどの時間をロードで生き、メガサイズのトレーラーを自由に操る彼らをサムは「コンボイドライバー」と呼んだのでした。

1975年の日本ではというと、菅原文太主演の映画「トラック野郎」が公開されました。

何を隠そう当時、小学生5年の俺は1人で映画館に観にいくほどのめり込んでいたんですね(*^_^*)

「仁義なき戦い」からはじまる義理と人情を演じる文太兄ィが、写真集まで買ってしまうほど大好きだったし、将来は絶対トラック野郎になるんだ!なんて真剣に思ってた頃でした^^;

コンボイからは少しハナシが脱線しましたが、トラック野郎の何作目かは忘れたけど黒沢年男が本場アメリカのコンボイを駆って出演していたのには「ウォー、日本でこんなデカいトラック走らせれるのかよー??」と、ビックリしたもんです(笑)

さて、今の時代パソコンの画面をワンクリックすれば、どこに住んでいても手軽に欲しいモノが手に入ります。

しかし、どれだけネットショッピングシステムが進化しようとも物流は人の手に委ねられるのです。

重く巨大な建築資材や取り扱いに細心の注意を払う必要のある化学薬品も言うに及ばず、あらゆるモノをアメリカのどこへでも運ぶ物流の要、ソレがコンボイドライバー なんですね。

都心から辺境へ、または辺境から都心へと砂煙を上げてインターステイツ(ハイウェイ)を疾走する男たちは、思い思いにカスタマイズしたコンボイをまるで愛馬のように可愛がります。

タップリの朝食とブラックコーヒーで目を覚ますと1日約500キロはひたすら寡黙に走るし、夜は運転席の後ろに設けられたベッドルームで安眠を貪る^^

ときに数週間にも及ぶ道程を旅し、路上に生涯を捧げた男たちは、まさにかつて未開の西部へと旅し夢を掴んだフロンティアスピリッツの末裔とも言えるでしょう。

映画でよく見るスタイルもそうですが、実際のコンボイドライバーたちに共通したファッションがジーンズにチェックのネルシャツ姿ですね(^.^)b

ハードワークに耐えうる堅牢さもそうでしょうが、簡単にジャブジャブと洗え乾きも早い。

しかもただのワークシャツと違って、仕事後にそのまま町へ繰り出しBARにだって行けるユーティリティーなシャツというワケです(笑)

そして欠かせない定番がベースボールキャップ♪

キャッチーなカンパニーロゴを纏ったそのキャップには、帰属するオーガナイゼーションへのロイヤリティとその看板を背負った男の責任感とプライドが漂ってきます。

最後にもう1つ「オーバー・ザ・トップ」という映画を思い出しましたので…

シルウ゛ェスター・スタローン扮するコンボイドライバーがアームレスリングで優勝し、商品としてピッカピカのトラックを手に入れるのですが、インターステイツの住人たるコンボイドライバーはタフでドワイルドじゃなければいけない、腕っぷしの強さだけでは務まらないんですね☆

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2009 dowild summer

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お久しぶりです\(^O^)/

ドワイルドな皆さまお元気でしたか?

あっという間に7月も終わりを迎えましたが、何か不安定でビミョーな天気の日々、貴方の夏はもう始まってますか?それともまだこれからでしょうか?^^

1ヶ月以上ぶりの更新になってしまいましたけど(汗)その間ちょいちょい旅行というか旅にも出てました♪

この季節の海を眺めているだけで例年ならギラギラ、メラメラ、ギトギトと勝手にカラダが疼きはじめていたもんなんですが…

サングラスだアロハだって徹底的にカッコつけてカタチから入る俺にとっては飛びっきりの季節なハズのに(笑)

なぜかいつもとは違う夏を感じているdowild.sなのでした^^;

まぁソレはソレで山なんぞにも行きましたよ♪

キレイな景色を見て、キレイな空気を吸いながら、自分のこれまでの足取りを振り返ってみる。

ソレだけでも新しい自分と出会うきっかけになったりしますしね(^.^)b

たとえば作家やミュージシャンが物づくりのために旅に出かけるのは、自身を日常にはない場所に置くコトによって、新しいテーマを探したり、自分ですら気付かなかった新しい才能を開花させる作用があるからなんだと思います。

少しハナシはズレますが、ボランティアなんかを経験してみるのもいいきっかけになるのでは?と、思う今日この頃。

これまでの自分のキャリアとはまったく違う分野の人、自分とはまったく違う経験をしてきた人のハナシを聞くと、目からウロコが落ちるコトだってあります♪

人は旅に出る…理由は様々でしょう。

寛ぐため、癒すため、目的を探すため、学ぶため、そして新しい刺激を求めるため…

人生と対峙し、自身が夢と希望を持って生きるための踊り場として旅があります。

その場所で足を休め、息を整え、再び人生という階段を上がって行くのです。

もちろん旅を通じてアクシデントも体験するでしょう。

その体験におけるオポトゥニティとリスクが高まるプロセスほどドワイルドで愉快なモノはありません^^

体当たりで海へのロングドライブでも楽しんでみませんか?

たとえ惨めな夏に終わったとしても、またひとつ成長という大きな足跡を残してくれるハズです。

夏は始まったばかりです♪

キラキラした夏の海へ今年もドワイルドに飛び込みましょう☆

dowild.s